渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

怪談めいた話 ~日本刀で桜の太枝を切る~

2020年12月06日 | open



日本刀は一度見たらまずその個体を忘れ
ない。
再会してもすぐに以前見た時の事を思い
出す。

これは昔の話である。

ある所に桜の木があった。
年配ながら剣法道場の私の後輩でもあっ
たある人がその桜の木の太い枝を自分の
刀で切ろうとした。

手にしているのは、拵も立派な時代金具
が着いた時代物の刀である。

だが、何度もいくら斬りつけてもその桜の
太枝は切り落とせなかった。

見ると途方に暮れた顔をしている。私の
ほうを振り向いて、まるでもうこの世の終
わりだというような面持ちを見せていた
のだ。

刀を私のほうに差し出すようにして。

「こうやります」
刀を受け取った私は、先ほど彼が斬り
付けていた場所の横のやや幹寄りの太い
所に刀身を一刀吸い込ませた。

カッと一太刀で手首程ある枝が切断され
た。

刀は親国貞だった。
持ち主を見ると、なぜかパーッと明るい
晴れ晴れしい表情になって
いた。
私は何か言い知れない不安を覚えた。

それからしばらくして、その人は稽古に
来なくなった。

道場の館長に尋ねると口ごもる。副館長
に尋ねると、「あの人は
もう来られなく
なった」と言う。

病気で入院でもしたのかと思っていた。

その時から20余年が過ぎた。
あるネットオークションで、私が桜の太枝
を切ったその刀が出品されていた。登録証
には鉛筆書きで所有者だった人の苗字が
メモのよう
に書かれているのに目がとまっ
た。

刀身を見て「この刀はあの刀だ」とすぐに
気付いたが、登録証に鉛筆で記載された
苗字を見て同一刀であることを確信した。

だが、オークションの出品者は個人では
なく営業店舗のようだった。

私は、その刀のオークション出品状況を
見て、20数年ぶりにすべて
を悟った。
モニターから見えるその刀の登録証には、
べったりと血が染み付いた痕跡が残され
ていたのである。


この記事についてブログを書く
« がんばれヨシオ! | トップ | 切れ物実戦刀 »