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NATO東方拡大は間違っていたのか

2022年04月22日 | 研究活動
外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』が「冷戦後のNATO拡大は戦略的な間違いだったのか」という質問をアメリカの主要な国際関係研究者や元実務家に投げかけて、その回答を公表しています。その結果は、「そうだ」より「ちがう」と答えた人の方が少し多いということでした。アメリカの専門家は、NATO拡大は「正しかった」と考える人の方が、「間違っていた」と判断する人を上回っているようです。



意外な回答をしたのが、リベラル派の大御所アン=マリー・スローター氏(ニュー・アメリカCEO、プリンストン大学)です。彼女は「そう思う」と答え、以下のように述べています。「NATO 拡大は対ロシア関係では戦略的間違いだが、旧ユーゴの崩壊に向き合う中東欧諸国を安定させる点では正しいことを行った」ということです。

リアリストは、予想通り「強くそう思う」と回答しています。ジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)やスティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)はもちろん、若手のジョシュア・シフリンソン氏(ボストン大学)が含まれます。かれは「米国の目的がパワーの投射、将来のロシアの侵攻を最小化することだったのなら、NATO拡大以外の選択があった」と、その理由を述べています。戦略理論家の重鎮リチャード・ベッツ氏(コロンビア大学)は「強くそう思う」、スティーヴン・ビドル氏(コロンビア大学)は「そう思う」と回答しています。かれらの返答から読み取れるのは、国際関係論のリアリスト学派の研究者や戦略研究者は、総じて、冷戦後のNATOの拡大は間違いだったと否定的に評価していることです。

それでは、NATO拡大は正しかったと回答した研究者を見てみましょう。クリントン政権で国家情報会議議長や国防次官補を務めた知日派のジョセフ・ ナイ氏(ハーバード大学)は「違う」と答えて、NATO拡大を擁護しています。ダニエル・ネクソン氏(ジョージタウン大学)は、「違う」と回答して「ロシアが旧ワルシャワ条約機構の大半の国を支配していただろう」とのシナリオを提示しています。こうした理由でNATO東方拡大を肯定する見解は、日本の国際政治学者も示しています。ロシア研究の専門家である若手の歴史学者クリストファー・ミラー氏(フレッチャー・スクール)は「強くそう思わない」として、以下のように主張しています。「大半の中東欧を横断して平和と安定を提供したことは、歴史的な偉業であった…NATO拡大はロシアの報復主義に一定の役割を果たしてしまったが、国内要因がはるかに重要だ」ということです。ダニエル・フリード大使(大西洋評議会)は、自分がクリントンとブッシュ政権のこの政策の設計者の1人だったので「強くそう思わない」と、身内びいきの回答をしているのは興味深いです。ジャニン・デーヴィドソン氏(デンバー州立都市大学)の「強くそう思わない」の理由は、リアリストと真逆です。すなわち「東欧の同僚から受けた、ロシアの再興と野心の可能性についての度重なる警告は正しかったことが今や明らかなようだ。我々NATOは攻撃的に東方拡大しなかった」と主張して、西欧の軍事同盟が東欧諸国を次々とメンバーに加えたことは、ロシアに脅威を与えるものではなかったと見ているようです。

このように冷戦後のNATO拡大の是非については、米国の専門家の間で意見が分かれています。ここから垣間見えるのは、研究者や実務家に内在する理論的パラダイムが、政策評価を左右することでしょう。リアリストはNATO拡大はロシアの安全保障を脅かすことにより、欧州の安定性を損なったと批判的に評価する一方で、リベラル派やNATO拡大期にアメリカの政策決定に携わった実務経験者は、NATO拡大を正しかったと擁護する傾向にあるようです。例外と思われるのは、スローター氏がNATO拡大に否定的だったことです。総合すると、やはり、理論と実践は切り離せないものだといえるでしょう。

NATO拡大という1つの事象について、これだけ専門家の見解が分かれるのですから、政策決定や評価は、賛成派と反対派の意見を聞くことが鉄則だでしょう。その上で、国民の信託を受けた政治家が、どのような政策をとるかを決めるのが、健全な民主主義の姿ではないかと、この調査を通じて強く思いました。

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