最近読んだ本の中で、印象に残ったものを紹介したいと思います。
ジョン・グレイ、松野弘監訳『ユートピア政治の終焉―グローバル・デモクラシーという神話』岩波書店、2011年。¥4000+税
『ユートピア政治の終焉』は、本格的な政治哲学の書物です。本書のテーマは政治に潜む終末論的宗教の普遍性を暴くことであり、内容を一言で紹介すれば、「理想的な社会(千年王国)を創ろうとする試みは、必然的に悲劇的な結末に終わる」というものです。このような格言は、政治的リアリズムの底流を流れるものですが、理想と現実の逆説的な関係は直感的には、すぐには理解しがたいのではないでしょうか。なぜ理想を追求することがいけないのか?それは、いかなるユートピア思想にも、善い目的(理想郷の建設)を達成するためには、たとえ暴力(革命、戦争、テロ)であれ、いかなる手段も正当化されるという考えが内在しているからです。
グレイは次のように述べています。
「人間が互いに相容れない事柄―興奮と静かな生活、自由と安全…を欲するのは当然のことであると思われる。人間が衝突から自由な存在になるのは不可能であり、それが試みられた場合はいつでも、その結果は人間にとって耐えがたいものになる。仮に人間の夢が実現されたとするならば、その結果は夢半ばで潰えたユートピアよりもひどいものとなろう。…不可能な目的を達成するために非人道的な方法を用いることは、革命的ユートピア思想の本質である」(同書、24-25ページ)。
本書を読んでいて、私の脳裏に浮かんできたのは、故永井陽之助先生のことです。「全能の幻想」「政治とは、より少ない悪を選択すること」といった永井政治学の格言は、グレイの政治哲学に通じるところがあります。
実証主義者の観点からすれば、グレイの主張が正しいと論証するためには、人類の究極的調和の追求と破滅的結末の因果メカニズムを反証可能な仮説にすること、そして、その仮説の妥当性を検証すること、これら2つの作業が不可欠であり、残念ながら、本書では十分になされていないように読めます(とりわけ、サッチャーリズムの事例は、やや強引な引用であり、他の事例に比べて、従属変数の変化がほとんどないのでは)。しかしながら、政治哲学は政治哲学の方法論(認識論)がありますので、こうした実証主義との対話はすれ違いに終わるかもしれません。
「夢」という言葉が氾濫する今日の日本社会において、『ユートピア政治の終焉』は西欧の政治哲学の英知が凝縮された、重厚かつ示唆的な読み物だと思います(原書のタイトルはBlack Mass〈黒ミサ〉ですが、この書名そのものが同書の重みを象徴しており、なおかつユートピア思想の本質を暗喩しています)。
ジョン・グレイ、松野弘監訳『ユートピア政治の終焉―グローバル・デモクラシーという神話』岩波書店、2011年。¥4000+税
『ユートピア政治の終焉』は、本格的な政治哲学の書物です。本書のテーマは政治に潜む終末論的宗教の普遍性を暴くことであり、内容を一言で紹介すれば、「理想的な社会(千年王国)を創ろうとする試みは、必然的に悲劇的な結末に終わる」というものです。このような格言は、政治的リアリズムの底流を流れるものですが、理想と現実の逆説的な関係は直感的には、すぐには理解しがたいのではないでしょうか。なぜ理想を追求することがいけないのか?それは、いかなるユートピア思想にも、善い目的(理想郷の建設)を達成するためには、たとえ暴力(革命、戦争、テロ)であれ、いかなる手段も正当化されるという考えが内在しているからです。
グレイは次のように述べています。
「人間が互いに相容れない事柄―興奮と静かな生活、自由と安全…を欲するのは当然のことであると思われる。人間が衝突から自由な存在になるのは不可能であり、それが試みられた場合はいつでも、その結果は人間にとって耐えがたいものになる。仮に人間の夢が実現されたとするならば、その結果は夢半ばで潰えたユートピアよりもひどいものとなろう。…不可能な目的を達成するために非人道的な方法を用いることは、革命的ユートピア思想の本質である」(同書、24-25ページ)。
本書を読んでいて、私の脳裏に浮かんできたのは、故永井陽之助先生のことです。「全能の幻想」「政治とは、より少ない悪を選択すること」といった永井政治学の格言は、グレイの政治哲学に通じるところがあります。
実証主義者の観点からすれば、グレイの主張が正しいと論証するためには、人類の究極的調和の追求と破滅的結末の因果メカニズムを反証可能な仮説にすること、そして、その仮説の妥当性を検証すること、これら2つの作業が不可欠であり、残念ながら、本書では十分になされていないように読めます(とりわけ、サッチャーリズムの事例は、やや強引な引用であり、他の事例に比べて、従属変数の変化がほとんどないのでは)。しかしながら、政治哲学は政治哲学の方法論(認識論)がありますので、こうした実証主義との対話はすれ違いに終わるかもしれません。
「夢」という言葉が氾濫する今日の日本社会において、『ユートピア政治の終焉』は西欧の政治哲学の英知が凝縮された、重厚かつ示唆的な読み物だと思います(原書のタイトルはBlack Mass〈黒ミサ〉ですが、この書名そのものが同書の重みを象徴しており、なおかつユートピア思想の本質を暗喩しています)。