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研究や教育等の記事を書いています。掲載内容は個人的見解であり、群馬県立女子大学の立場や意見を代表するものではありません。

ウクライナ軍の「反転攻勢」は、どのくらい成功する見込みがあるのか

2023年05月31日 | 研究活動
我が国では、「専門家」と言われる人たちが、メディアを通して、ウクライナ軍のロシア軍に対する「反転攻勢」について、さまざまな解説を行っているようです。私は、そのごく一部しかフォローしていませんので、確かなことは必ずしも言えませんが、日本と海外の専門家の見立てが、かなり違うように思えます。そこで、この記事では、来るウクライナ軍の反攻を分析した海外の識者による「楽観論」と「悲観論」を紹介したうえで、それらの説得力を検討してみることにします。

戦争と予測
戦争研究の泰斗であるカール・フォン・クラウゼヴィッツが強調するように、戦争はかなりの偶然性に支配されています。そのため戦争の行方を正確に予測することは極めて困難であり、研究者は、予測というリスクのある推論にはかかわらないのが賢明なのでしょう。その一方で、市民の皆さんが、ロシア・ウクライナ戦争の今後に注目していることを考えれば、専門家は自分の研究分野の重要な出来事の予測を避けるべきではないかもしれません。人間の予測力を科学的に研究した心理学者のフィリップ・テトロックとジャーナリストのダン・ガードナーは、予測について、こんな興味深い発言をしています。

「(人間の)予測可能性に限界があることを認めることは、あらゆる予測を無益な営みとして切り捨てることとはまったく違う…超予測力は柔軟で、慎重で、好奇心に富み、そして何より自己批判的な思考が欠かせない」(『超予測力』早川書房、2018年、24、38頁)。

そして彼らは、超予測者になるための10の心得を読者に伝授しています。その1つが「どんな問題でも自らと対立する見解を考えよ」(同書、380頁)です。これは分析や予想の精度を向上させるためには必須の作業でしょう。

楽観論
ウクライナの反転攻勢は成功するだろうとの楽観論を述べているのが、ロブ・リー氏です。彼は、シンクタンク「対外政策研究所」の上席研究員であり、ロシアの防衛政策を専門にする元海兵隊の士官です。以下のように主張しています。

「ロシアとウクライナの双方が常に全資源を前線に投入し、戦争は直線的なものだと思い込んでいる人がいると思うが、そういうわけではない。ウクライナはこの夏、ロシアが冬の間に得たものより、はるかに大きな前進を成し遂げるチャンスがある。弾薬の入手可能性や他の変数について重要な長期的問題が依然としてあるが、ロシアの冬期攻勢が失敗し、NATO加盟国からより高性能な武器が提供されることが最近発表されたため、私はウクライナの可能性についてより楽観的になっている。ロシアの装備問題は深刻化しており、戦闘・戦線維持のために囚人に頼ることが多くなっている。私は、ロシアがかなりの前進を実現するのに十分な攻撃力を回復できるのかどうか、懐疑的だ。問題は、現在支配している領土を守れるかどうかである」。

リー氏の楽観論の根拠は、①ウクライナは米国などの北大西洋条約機構(NATO)加盟国から、武器や弾薬などの供与等の支援を受けることにより、ロシア軍に深刻な打撃を与えられる攻撃力を得ることができる、②ロシア軍は兵士の質も装備も劣化している、ということです。①については、後ほど、詳しく分析することにします。②については、ロシア軍の実情を示す確かな情報が入手しにくいために、不確定要因として取り扱います。

悲観論
ウクライナの反転攻勢は失敗に終わるだろうと断言しているのが、ダニエル・デーヴィス氏です。彼は、「ディフェンス・プライオリティ」のメンバーであり、元米陸軍士官です。デーヴィス氏は、安全保障関係の記事を主に掲載するプラットフォームである1945に寄稿した論考「悲しい現実―ウクライナ戦争は今やロシアに流れが傾いている―」において、その理由を以下のように説明しています。

「ウクライナは(バフムートなどの)この4都市の戦いで、文字通り数万人の死傷者と膨大な量の装備・弾薬を失った。ロシア側の10対1の火力優勢を前提とすれば、ウクライナはロシア側よりかなり多くの死傷者を出したのは間違いないだろう。しかし、仮に犠牲者が同じであったとしても、ロシアにはより多くの戦闘員を集めることができる数百万人の男性がおり、必要な弾薬をすべて生産するための主要な国内産業能力もある。

簡単に言えば、ウクライナにはロシアと比較して、失った人員や装備を補う人材も産業能力もないのだ。しかも、ロシアは戦術的な失敗から学び、戦術的に改善すると同時に、産業能力を拡大していることを示す証拠がある。しかし、ウクライナにとって弾薬や装備の不足以上に大きいのは、訓練を受けた経験豊富な人材の数である。熟練した兵士や指導者の多くをわずか数ヶ月の間で補充することはできない」。

デーヴィス氏の悲観論の根拠は、①ウクライナ軍はロシア軍より兵士の損耗が激しい、②ロシア軍は戦術を改善しているので、昨年のような敗北を喫しにくい、などのようです。

楽観論と悲観論の比較考量
予測の裏づけるデータは、その妥当性を判断する有力な材料です。ただし、分析者は、エビデンスに対する過小反応と波状反応を避けなければ、予測の正確さを上げることができません(『超予測力』379—380頁)。ビッグデータの時代において、専門家は、自説を支持するエビデンスやデータを比較的容易に入手することができてしまいます。その結果、間違った推論を正しいと信じ続けたり、正しい主張を誤りだと判断したりする危険があります。したがって、エビデンスの解釈や適用は慎重に行う必要があります。私が入手できるデータには限りがありますので、それで楽観論と悲観論の勝敗を明確につけることはできません。これから分析することは、入手可能な証拠による両方の予測の相対的な妥当性の評価であることをご理解ください。

現時点では、残念ながら、ウクライナ軍の「反転攻勢」は劇的な戦果を上げられないとする、悲観論を支持するデータの方が優勢であるようです。

第1に、NATOがウクライナに供与するレオパルト戦車やF-16戦闘機などは、ロシア・ウクライナ戦争の趨勢を劇的に変える要因にはなりにくいということです。このことについて、マーク・ミリー米統合参謀本部議長は、婉曲な言い回しながら「戦争に魔法の武器はない。F-16はそうではないし、他のものもそうだ」と、高まるウクライナ軍の反転攻勢への期待にくぎを刺しています。フランク・ケンドール米空軍長官も「F-16は劇的なゲームチェンジャーにはならないだろう」と、冷静な判断を周囲に促しています。ランド研究所のブリン・ターンヒル氏も「F-16が戦場のバランスをすぐに変える可能性は極めて低いと思われる。ウクライナ上空の空域は引き続き争奪戦となり、ウクライナの地上軍は、ドローンを含むウクライナの既存の航空プラットフォームによる航空支援に頼る必要があるだろう」と指摘しています。彼らの言い分が正しいとするならば、我々は特定の武器や兵器がウクライナ情勢を一変させるだろうと期待しないほうがよいということです。

第2に、伝えられるところによれば、ロシア軍は火力でウクライナ軍を圧倒しています。マリア・R・サフキージョ氏は、3月1日時点で「ウクライナ戦争は大砲を中心とした激しい戦闘となり…ロシアは、キーウが自由に使える重砲1門に対して10門という数的優位性を持っている。さらに、ウクライナは弾薬が不足しており、緊急に砲弾を供給する必要があると、ゼンレンスキー政権は警告している」と報じています。この記事の内容が正しければ、ウクライナ軍は「消耗戦」の行方を大きく左右する重砲に代表される火力で、ロシア軍に大きく劣っているということです。

第3に、ウクライナ軍はNATOの訓練を受けて戦闘能力を向上しようとしているようですが、上手くいっていないことが報告されています。ウクライナ軍を訓練した元米兵によれば、これからロシアに対する攻撃を行う同軍は、分散型の作戦を行うミッション・コマンドや兵士の効率的な訓練の欠如しており、緒兵科連合の作戦を行うのが難しいようです。また、ウクライナ軍は、場当たり的な兵站(補給)やメインテナンスといった問題も抱えているとのことです。こうしたことはウクライナ軍の課題を以下のように浮き彫りにします。

「ウクライナは、大都市での大規模な攻撃作戦や大規模な河川横断をまだ実施していない。これらの作戦はいずれも非常に複雑で、資源と人手を要するため、成功させるためには歩兵、装甲、砲兵、兵站、医療など、すべての資産を緊密に同期させる必要がある。ウクライナ軍は…諸兵科連合作戦に関する訓練と作戦に再度焦点を当てるとともに、夜間作戦に熟達させる必要がある」。

戦術レベルの軍事的パフォーマンスは、このことを分析したカイトリン・タルマージ氏によれば、野戦指揮官のイニシアティヴと指揮官同士のコミュニケーションにより、砲兵、航空支援、機甲部隊、機械化歩兵、揚陸部隊、工兵等が強固で調整された行動をとれるかによります。残念ながら、現在のウクライナ軍は、こうした統合任務を遂行するのは難しいでしょう。つまり、ウクライナ軍が陸軍部隊の諸兵科連合作戦を行うことに四苦八苦しているのであれば、これに航空支援を組み込むことなど、そう簡単にはできないということです。

他方、ロシア軍は緒戦の失敗から学習して戦術を改善しているようです。ロシア軍の戦闘を詳細に分析した、英国王立防衛安全保障研究所の研究員であるジャック・ウォルトリング氏とニック・レイモンズ氏は、調査報告書「ミートグラインダー―ウクライナ侵攻2年目におけるロシアの戦術 ―」において、「ロシア軍には学習能力がある。ロシアの最初の傲慢さは、ウクライナの腕前に対する健全な尊敬に取って代わられた…兵力運用の欠点を特定し、緩和策を展開するための集中的なプロセス(がロシア軍にあると)の証拠はある」と結論づけています。

第4に、ウクライナ軍はロシア軍より兵士不足に悩まされるだろうということです。ロシア軍とウクライナ軍の戦死者については、確かな数字を入手するのは困難ですが、スイスのジュネーブ国際・開発研究大学院のプログラムである「小型武器サーベイ」推計によれば、ウクライナ軍の死者は、開戦から1年間で約64000人に上ります。これが仮に正しいとして、バフムートでの死闘による多くの戦死者を積み上げれば、戦前のウクライナ正規兵の約3分の1以上は失われたことになります。スイスのような中立国からの情報には、ロシアの偽情報が紛れ込んでいることがあり、その扱いには慎重になるべきですが、世界的に評価の高い研究機関のデータは無視できないでしょう。

もちろん、この戦争ではロシア軍も相当な死者をだしています。さらに、リー氏が指摘するように、ロシア軍の兵員や装備は、我々が想像する以上に劣化しているのかもしれません。これらの不確定要因が強くウクライナ有利に働けば、上記の悲観論を覆すかもしれません。しかしながら、ウクライナとロシアで兵士供給の潜在力を単純に比較すれば、後者が優位性を持つことは否定できません。ロシアには何百万人もの成人男性がいる一方で、ウクライナは、東部前線で経験豊富な兵士が激減していると伝えられているのです。

これらの証拠は、ウクライナ軍がロシア軍に大打撃を与えられる予測を弱めています。戦争に対する劇的な外生的衝撃がない限り、入手できるデータは「悲観論」を支持しているようです。

間接戦術は有効か
戦争の帰結は、物質的な軍事バランスだけでは決まりません。軍事組織が導入する戦術は、戦局を大きく左右します。このことについて戦略論の大家であるリデル・ハートは次のように指摘しました。

「あらゆる時代を通じて戦争に効果的な戦果を収めることは、敵の不用意に乗じて敵を衝くことを確実ならしめるように間接アプローチを行わない限り、ほとんど不可能である…間接アプローチの戦略はこの『敵の後方に向かう機動』をも包含し、それよりも広い意味を有する」(『戦略論』原書房、1986年〔原著1967年〕、4-5頁)。

つまり、ウクライナ軍が機動力を最大限に発揮して、間接接近によりロシア軍の不意を衝けば、大きな戦果を得られるということです。これについて専門家は、どのような見立てているのでしょうか。米国の海軍大学のジェームズ・ホームズ氏は、やや悲観的です。かれはこう分析しています。

「リデル・ハートの戦術が成功すれば、守備側の努力を狂わせ、戦場での決定的な勝利の道を開くことができる。しかし、ここでも奔流を構成するのは、大砲や航空戦力の支援を受けた大量の歩兵と機動兵である。ウクライナの指揮官は、このような作戦を実行するのに十分な人力や火力支援があるのか疑問に思うかもしれない。そして、それは正しいかもしれない」。



もちろん、ウクライナ軍がロシア軍の防御を突き崩すことは不可能ではないでしょう。ただし、ドイツ機動戦学派のスティーヴン・ビドル氏でさえ、「攻撃側な突破は適切な条件下ではまだ可能だが、十分な補給と作戦予備を背景に、準備された縦深防御に対して達成するのは非常に困難である」と指摘していました。ロシア軍の縦深防御はどの程度のものなのか、確かな情報が乏しいので確実には分かりませんが、この地図に示されたロシア軍の「要塞」の配置を見る限り、ウクライナ軍が突破と浸透を首尾よくできる条件には乏しいように現時点では思えてしまいます。くわえて、ロシア軍もウクライナ軍もドローンを戦場に大量に投入することにより、相手の行動を把握しやすくなっています。ドローンが戦争の霧を薄くしているのです。このためウクライナ軍がロシア軍の不意を衝いて機動戦を展開するのが難しくなっています。昨年のハルキウ反攻におけるウクライナ軍の「勝利」の再来を期待する声もありますが、これはシンプルにロシア軍に対して5倍近い兵力を集中できたからかもしれません。

要するに、ウクライナ軍は依然として厳しい道を進まなければならないだろうということです。今後、懸念されることの1つは、ウクライナ軍が大規模な「反転攻勢」を仕掛けた結果、損耗が激しくなり、ロシアの反撃に持ちこたえられなくない最悪の結果です。このことについて、前出のデーヴィス氏は「ウクライナは今、世界的なジレンマに直面している。最後の攻撃力を振り絞って、占領地で防衛するロシア軍に致命傷を与えるか、それともロシアが夏の攻勢を仕掛けてきたときに備えて力を温存するか。いずれの行動にも重大なリスクがある。私は、ウクライナが軍事的に勝利する可能性は今のところないと評価している。そのような希望を持って戦い続けることは、逆に領土をさらに失うことになりかねない」と心配しています。

国政術の要諦がより少ない悪を選択することであるとするならば、ウクライナにとってロシアに国土の一部を占領されているのは耐え難いでしょうが、キーウおよびその支援国は今以上のコストを支払う結果を避ける方策も視野に入れざるを得ないかもしれません。デーヴィス氏の言葉を借りれば、「西側諸国の多くがどれほど動揺しようとも、戦争の趨勢はモスクワに傾いている。これが観察可能な現実である。ワシントンがすべきことは、負け戦を支援する『倍賭け』の誘惑を避け、この紛争を速やかに終結させるために必要なことは何でもしなければならない」ということです。

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道徳主義の誤謬を犯す専門家たち

2023年05月22日 | 研究活動
我が国のロシア・ウクライナ戦争をめぐる論壇は、たいへん不健全になっている。不都合なことであっても、それを市民に伝えるのが専門家や知識人に与えられた社会的責任である。にもかかわらず、それが十分に果たされていないのだ。なぜそうなっているかと言えば、この戦争の言説を道徳論が支配しているからだろう。

「道徳主義の誤謬」が歪める戦争分析
ある事実が望ましくないからという理由で、その存在自体を否定してしまう非論理的思考は、「道徳主義の誤謬(ごびゅう)」と呼ばれている。今から30年以上も前に、こうした人間の価値判断が、いかに科学的探究を阻害するかに警鐘を鳴らしたのが、細菌生理学者のバーナード・デーヴィス氏であった。かれは科学誌の最高峰である『ネイチャー』に寄稿したエッセーで、その過ちを以下のように指摘している。

「道徳的な理由によってある分野の探究を遮断すると、その分野での知識が固定されてしまうので、事実上、『あるべき姿』から『ある姿』を導き出そうとする非論理的な努力になる。私は、この手順を『道徳主義の誤謬』と呼ぶことを提案したい」。

我が国の多くの専門家や識者は、ウクライナでの戦争を分析する際に、道徳主義の誤謬を犯しているようだ。現在、この戦争はロシア軍および民間軍事会社ワグネルとウクライナ軍が膠着状態に陥っている。バフムートをめぐる両軍の死闘は、ロシア・ウクライナ戦争が「消耗戦」になっていることを例証している。こうした消耗戦が、今後、どのように展開するのかについて、我々は3つのシナリオを立てることができる。すなわち、①ウクライナの反転攻勢が成功して、ロシアが占領した領土から撤退させられること、②両軍が一進一退の攻防を繰り広げる結果、消耗戦が継続すること、③ロシアがウクライナに打撃を与えることにより、占領地をさらに広げることである。

戦争や軍事、国際政治の専門家であれば、これら3つのシナリオ分析にもとづき、ウクライナでの戦争の行方を予測するべきであろう。にもかかわらず、我が国では、③のシナリオが、全くといってよいほど排除されているのだ。なぜそうなるかといえば、「ロシア=悪、ウクライナ=善」の道徳的な二項対立が、想定されるあらゆるシナリオを立てて、それらを客観的に評価する作業を妨げているからだろう。国際法に違反して侵略を行い、人道の罪を犯したロシアがウクライナに勝つなどと語ること自体、道徳的に不都合であり、「破門宣告」に値する行為なのだ。こうした道徳的自己検閲は、学者や識者に偏った戦争の分析を強いることになる。その結果、国家の適切な政策立案は歪められ、国民の知る権利も蝕まれる。これは由々しきことと言わなければならない。

望ましくない結果を考えるということ
独立系のシンクタンクが数多く存在するアメリカでは、幸いなことに、道徳主義の誤謬を逃れた、ロシア・ウクライナ戦争の分析が発表されている。ここではクインシー研究所が発表した最新の報告書から、③のシナリオに言及した部分を抜粋して紹介したい。

「ウクライナの攻勢が失敗し、ロシア軍が反撃に転じ、ウクライナの領土をさらに奪取できる状態になった場合、ワシントンは既存の占領地をロシアの手に残して停戦を求めるか、ウクライナへの軍事援助を大幅に増やすかを選択しなければならないだろう。

しかし、このシナリオでは、こうした援助がウクライナのさらなる領土喪失を救うほど迅速に届くことはおそらくない。その場合、米国は、ウクライナが来年新たな反攻を開始し、それが失敗すれば再来年というように支援するか、米軍を派遣して直接戦争に介入するか(バイデン政権はこれに強く反発している)、おそらくポーランドに介入を許可するかのいずれかを約束しなければならないだろう。

例えば、ウクライナのロシア軍を攻撃するためにポーランドの空軍基地が使用されれば、ほぼ確実にロシアのミサイル攻撃が、その基地(米国かポーランド、または、両方)を襲うことになる。北大西洋条約機構(NATO)加盟国への攻撃は、ロシアとNATOを戦争の瀬戸際に追い込むことになる。また、米軍がウクライナ側に直接関与することは、中国がロシアへの本格的な軍事援助をしないことに終止符を打つ危険性もある」。

ロシア軍がウクラナイ軍に打撃を与えて占領地を拡大するシナリオが、荒唐無稽であるのならば、それを無視してもかまわない。しかし、残念ながらそうではない。ウクライナ軍がロシア軍に対して劣勢を強いられるエビデンスはいくつもある。

NATOのロブ・バウアー軍事委員長は、ウクライナでの戦争について、時代遅れの装備で訓練不足だが人数の多いロシア軍と、西側の優れた武器を持ち良く訓練された相対的に小規模なウクライナ軍との戦いになるとの認識を示した。これは言い換えると、ロシア軍が物量でウクライナ軍を凌駕しているということである。このことはウクライナの当局者も認めている。ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相は、4月下旬に、「我々の計算では戦闘任務を成功させるのに最低でも月36.6万発の砲弾を必要としているが、供給不足のため砲兵部隊は発射可能な砲弾量の20%分しか使用しておらず、これはロシア軍が使用する量の1/4だ」とEUに訴えていた。そして、消耗戦でモノを言うのは、兵力と火力なのだ。

戦争を冷静に見ているヨーロッパの人々
戦場となっているヨーロッパの主要国の人々は、ロシア・ウクライナ戦争の推移を冷静に観察しているようだ。ロシアのウクライナ侵攻から1年経った頃に実施された世論調査の結果がここにある。




このグラフを見ればすぐに分かる通り、フランスを除き、どの国でも半数以上の人たちが、1年後もウクライナとロシアが戦争を行っているだろうと答えている。さらに注目すべきは、ロシアがウクライナから1年後に撤退していると予測する割合は小さく、また、ロシアがウクライナを支配するとの回答はもっと少ないのである。我が国では、プーチンはウクライナを国家として認めておらず、時代錯誤の帝国主義的な「植民地戦争」を行っているとの言説が広く拡散されているようだ。しかし、ヨーロッパの人々の中で、ロシアがウクライナを支配するだろうと予測している人は、10%前後しかいないのである。要するに、ロシア・ウクライナ戦争は、今後も両軍による一進一退の攻防が続くだろうとの見方が大勢なのである。

外交交渉と戦争の犠牲
戦争の霧という不確実性は、その予測を難しくするが、多くのヨーロッパの人たちの予測が正しいとするならば、今年中にウクライナがロシアに勝利して、全占領地を奪還できる可能性は低いということになるだろう。もっともありそうなシナリオは、今後もウクライナ軍とロシア軍が押したり引いたりしながら「消耗戦」を続けることである。その結果として、現在とあまり変わらない膠着状態のもとで、ウクライナとロシアが「停戦交渉」をせざるを得なくなった場合、その間に失われた犠牲は、どのように理解すればよいのだろうか。

リアリストの研究者やジャーナリストの拠点である「ディフェンス・プライオリティ」のメンバーである、ダニエル・デべリス氏(シカゴ・トリビューン紙コラムニスト)は、ロシアを懲罰する戦争の結末に期待するのは非現実的であるとして、外交による停戦交渉の必要性を以下のように強く訴えている。

「(広島で開催された)G7では、ゼレンスキーの平和の方程式について大取引がなされた。しかし、はっきりさせておきたい。この『公式』は、交渉の原則というよりも、ロシアの全面撤退やロシア高官の戦争犯罪裁判など、ロシアに対する降伏条件のリストである。ここに中道はない。ゼレンスキーの立場は "ロシアが負ける "だ。その理由を知るのは難しくない。ロシア軍は戦争犯罪を行い、ウクライナの都市(マリウポリ、バフムート)を破壊し、領土を併合している。しかし、外交プロセスを開始するという観点からは、ゼレンスキーの『公式』は、既に死亡しているものである。キーウの今後数ヶ月の焦点は、ロシアの戦線をさらに東に押しやることだろう。しかし、膠着状態が続き、外交が重大な選択肢と見なされ始めたら、ゼレンスキーの公式を変えなければならないだろう。そうでなければ、話し合いは始まらないだろう」。

我が国では、何よりもまず、国際法に違反してウクライナを侵略したロシアが同国から引き揚げなければならないと強く主張されている。確かに、これは道徳的には正しい。しかしながら、道徳から現実を推論するのは非論理的であろう。残念であるが、道徳が現実を形成するわけではない。道徳的に受け入れがたい結果になる可能性が無視できないのであれば、われわれは、それを受け入れざるを得ない。

この戦争では、既におびただしい人命が失われており、今後も死者の数はさらに増えることになる。ある調査によれば、ロシア軍の死亡者数を証拠に基づいて推定すると、35,000人(2023年3月時点)になる。ウクライナの戦闘員の死者はおそらく20,000人を超える。ウクライナの民間人の死者数については、非常に大まかな初期推定値として、戦争の直接的影響(砲撃など)による死者が2万人、間接的影響(必須医療へのアクセス不足など)による死者が2万人となる。最近開示された米国情報機関の見積もりでは、2023年中には戦争が終わらないと予想されている。核兵器使用の可能性を除けば(可能性は低いがゼロではない)、戦争は終結するまでに合計60万人の命を奪うことになるかもしれないのだ。

これは不気味で気の滅入るような数字と予測であるが、実は、半年以上前から、こうなることは指摘されていた。国防アナリストのウィリアム・ハートゥング氏は、昨年の10月時点で、こう警告していた。

「ロシアの侵略から自衛するためにウクライナに援助を提供することは意味があるが、戦争を終結させる外交戦略を持たずにそうすることは、ウクライナの人道的苦痛を大幅に増大させ、米ロの直接対決にエスカレートする危険性のある、長く、過酷な紛争にしてしまうリスクがある」。

日本のみならず欧米の指導者や識者が、ロシア・ウクライナ戦争をマニ教的な善悪の戦いという二元論で語ることは、健全で客観的な分析を妨げるだけでなく、我々の戦争への理解を一定の方向に誤導する重い代償を伴っていると言わざるを得ないだろう。フランシス・ベーコンは、近代科学が花開こうとした約400年前に、「人間は真実であってほしいと思うことを信じてしまうものである」と喝破した。「真実であってほしいこと」と「真実になりそうなこと」は違う。これらを混同しないことが、戦争の予測をより正確なものにする第一歩になるはずだ。

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