野口和彦(県女)のブログへようこそ

研究や教育等の記事を書いています。掲載内容は個人的見解であり、群馬県立女子大学の立場や意見を代表するものではありません。

美しい理論は正しい!?ウォルツの「国際政治理論」再考

2016年07月19日 | 研究活動
ケネス・ウォルツの『国際政治の理論(Theory of International Politics)』(原著1979年)は、国際関係研究における「金字塔」でしょう。他方、ネオリアリズムと呼ばれるウォルツの理論は、さまざまな研究者から、その限界や予測に対する反証が提示されています。では、われわれは彼の国際政治の理論をどう評価すればよいのでしょうか。

『国際政治の理論』の訳者である岡垣知子氏(獨協大学)は、「訳者あとがき」で次のように述べています。

「ウォルツは、理論的な敷居を突破した者のみが知っている美しい世界と科学的研究の醍醐味を示すことによって、国際政治学に新しい学問的知見を開いた」(同訳書、282ページ)。

この「美しさ」とか「醍醐味」といった価値観で科学の理論を評価することには、多くの社会科学者がためらいを感じることでしょう。そのような主観的な物差しではなく、客観的なデータによる実証や反証こそが、科学における理論を評価する基準だと。そして、国際関係研究では、ウォルツの理論は、その予測が観察に合致しないので、「棄却」「否定」されたという見解も示されています。ウォルツ自身が、二極システムの持続性を予測していたにもかかわらず、冷戦があっけなく終了したではないか。ネオリアリズムは、もはや過去の理論だと。

では、そもそも社会科学であれ自然科学であれ、「科学」は実証的証拠により、理路整然と理論が選択さてきたのでしょうか。実は、そうでもないようです。科学史において大反響を呼んだ話題の書物、スティーヴン・ワインバーグ(赤根洋子訳)『科学の発見』文芸春秋、2016年によれば、科学の中の科学たる物理学において、「理論の美しさ」は、とても重要な要因であると指摘されています。



少し長くなりますが、『科学の発見』から引用します。

「コペルニクスの理論は、実証的証拠の裏付けを持たない理論が美的基準によって選択され得ることを示した古典的な例である。…コペルニクスの主張は単に、『プトレマイオス説の奇妙な点の多くが地球の自転と公転によって一挙に説明できるし、惑星の並び順とそれぞれの軌道の大きさに関して、プトレマイオス説よりもコペルニクス説の法が遥かに明快である』ということに過ぎなかった。…物理学の歴史に繰り返し現れるもう一つのテーマ―観察結果にかなりよく合うシンプルで美しい理論は往々にして、観察結果にさらによく合う複雑で醜い理論よりも真実に近い―の実例である」(同書、202-203ページ)。

ここまで読んだ方は、「コペルニクス説」を強引に引照してウォルツ理論を擁護するのは、「贔屓の倒し」だと思われたかもしれません。確かに、そうかもしれません。しかしながら、アナーキー(無政府状態)とパワー分布で、戦争と平和、国家のバランシングや模倣、同盟など、数多くの事象を説明するネオリアリズムは、そう簡単に否定できる理論ではないように思うのです。もちろん、ウォルツの理論に対する拒否反応は、国際関係論の発展にとって健全なことでしょう。ですが、ネオリアリズムを全面否定する前に、再度、物理学史の以下の教訓に耳を傾けても、無駄ではないでしょう。

「後世まで残る科学理論や科学手法は…喜びを提供するものである。…ニュートンの理論のような、数多くの観察結果を見事に説明する理論を考えもなしに否定してはならない、という教訓である。その理論がうまく機能する理由を考案者自身も正しく理解していない場合もあり得るし、科学理論はいずれ、さらにうまく機能する理論の近似理論だったと判明するものだが、それらは決して単なる誤りではない」(同書、318ページ)。

「美しさ」と「醍醐味(喜び)」は、どうしても科学的理論と無縁ではないように思えるのですが、いかがでしょうか。

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国際関係論に最も影響を与えた学者は誰か

2016年07月05日 | 研究活動
外交専門誌の『フォーリン・ポリシー』が、国際関係論に関するさまざまな調査結果をウェブサイトに公表しています。私も興味深く読みました。

「この20年間において国際関係論に最も影響を与えた学者は誰か」との問いの結果は、以下の通りでした。

第1位 アレキサンダー・ウェント(オハイオ州立大学) 41%
第2位 ロバート・コヘイン(プリンストン大学)    34%
第3位 ジョン・ミアシャイマー(シカゴ大学)     33%

このトップ3の学者を「理論」のカテゴリーで順位付けすれば、「コンストラクティビスト」「リベラリスト」「リアリスト」の順番です。なお、「イズム(主義)」は国際関係研究にとって「悪」であり、当該学問の発展を妨げると主張したデーヴィッド・レイク(カリフォルニア大学サンディエゴ校)は、15位(7%)でした。

この結果は、国際関係論の先端においても、依然として「イズム(ism)」が大きな役割を果たしてきたこと、それが「乗り越えられた」わけではないことを示唆していると思います。なお、公平性を期すために付言すれば、数理的アプローチで著名なジェームズ・フィアロン(スタンフォード大学)は、第4位(25%)に入っています。

国際関係論の教育・研究機関のランキングでは、全般的に、ハーバード大学とプリンストン大学の強さが目立ちました。

「今後10年間におけるアメリカ外交政策の重要課題は何か」という問いに対しては、「地球規模の気候変動」が1位(46%)であり、「中国の軍事的台頭」は2位(28%)でした。この結果は、もはや「ハイポリティクス」「ローポリティクス」の二分法が時代遅れになったことを示しています。米中(米ロ)戦争の可能性については、多くの国際政治学者が極めて低いと考えているようです。

詳しくは、同雑誌のサイトをご覧ください。

 

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