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研究や教育等の記事を書いています。掲載内容は個人的見解であり、群馬県立女子大学の立場や意見を代表するものではありません。

ロシア・ウクライナ戦争の言説と国際関係研究

2022年07月29日 | 研究活動
ロシアがウクライナに侵攻してから、5か月が過ぎました。今もウクライナでは殺戮と破壊が続いています。この戦争がいかに凄惨なものであるのかは、戦争のデータを一瞥すれば分ります。イギリスの『エコノミスト』誌の記事によれば、この戦争での致死率は平均をはるかに超えているのです。「1816年以後の戦争での1日平均の戦死者は約50人だった。ロシア・ウクライナ戦争はもっと血生臭い…2月24日以後、ロシア兵は約15000人死亡しており、1日平均では約100人だ…この戦争の致死率は、世界大戦を除く欧州での大規模戦争のそれを超えている」ということです。さらに、この戦争の損害は経済にも及んでいます。ロシアに制裁を科した西側は、その逆流もあり、多くの国が高まるインフレに悩まされています。ハンガリーのオルバーン・ビクトル首相は7月15日、ウクライナ侵攻をめぐる対ロシア制裁で欧州連合(EU)は「自らの肺を撃ち抜き、欧州経済は息も絶え絶えだ」と述べました。この発言はかなり誇張されているので割り引いて解釈すべきですが、制裁の西側への反動が深刻になりつつあるのは事実でしょう。

出口が見えない戦争
さらに悪い知らせは、ロシア・ウクライナ戦争の出口が、全くと言ってよいほど見えないことです。ロシアは人口、兵力、武器、経済力等でウクライナに優っており、また、プーチン大統領をはじめとする指導者は、西側が「ウクライナ支援疲れ」やインフレ、天然ガスなどの資源不足から、時間が経てば音を上げるだろうことに期待して、妥協しそうにありません。それどころか、むしろプーチンはますます強気の姿勢をみせています。かれは「ロシアを敗北させられるなら試してもらおう」と西側を挑発するような発言をしています。また、ウクライナのゼレンスキー政権を念頭に「停戦交渉を拒否するほど、私たちとの合意は困難になると理解すべきだ」と降伏を勧告するとともに、 「ロシアはまだ本気になっていない」と言い放っています。

他方、ウクライナは西側からの増大する軍事的支援に期待をして、戦争での妥協を頑なに拒んでいるようにみえます。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は「ロシアが奪った領土の維持を認めるような停戦は、さらなる戦闘を促すだけだ」と指摘して、戦闘のいかなる停止も拒否する構えです。こうしたゼレンスキーの対ロ強硬姿勢は、ウクライナ人の戦争への妥協を拒む態度に支えられています。7月26日に実施された世論調査によれば、ウクライナ人の94% が戦争でウクライナが勝つと信じているそうです。また、41%のウクライナ人が、勝利とは2014年1月時点の国境の回復と全てのウクライナ領からのロシア軍の追放を意味すると回答する一方で、同じく41%のウクライナ人はロシア軍の壊滅とロシア解体に向けた国内混乱の促進を勝利と解釈すると回答しています。ウクライナが、勝利を収められると確信する戦争をやめようとしないのは、当然の帰結といえるでしょう。

こうした戦争の手詰まり状態は、識者を悩ませています。早い段階から戦争の終結を主張し続けていたラジャン・メノン氏(ニューヨーク市立大学・コロンビア大学)は、ややあきらめ気味に、説得力のある出口戦略が見つからないと落胆しているようです。「この戦争は、少なくともどちらかが、戦闘は不毛であるか、おそらく大災厄だと悟るまで続くだろう…その間、大殺戮は続き、西側だけでなくそれ以外の国々の経済的苦痛は増し、西側とロシアの直接衝突のリスクは背景に潜在し続けるのだ」との最近の発言は、戦争のむなしさをわれわれに訴えています。

首をかしげてしまう言説
ロシア・ウクライナ戦争については、日本のロシア研究者が活発に発言をしています。国際関係の理論研究者であるわたしは、ロシアの事情に詳しい地域研究者から多くを学んでいますが、中には、疑問符をつけざるを得ない意見も散見されます。それらは戦争に関する豊富な国際政治研究の成果をほとんど無視しているか、戦略のロジックに明らかに反するものです。戦争はとてつもない被害を人々に与える惨事であるがゆえに、それを分析する際には、複数の視点からアプローチすることが好ましいでしょう。そうすることで、われわれはより正しい答えに近づくことができます。こうした社会科学の方法論上の要請から、ここでは、わたしが疑問を持った見解を批判的に検討してみることにします。

あるロシア研究者は、ウクライナ情勢が日本の安全保障に及ぼす影響を以下のように述べています。

「ロシアの隣国である日本は、大規模な侵略を受ける可能性は小さいとしてもロシアの脅威と決して無縁ではない。またそれ以上に、軍事力による領土奪取の前例が東アジアおよび世界に与える影響によって、安全保障環境が悪化しうる国である。また、世界平和・世界秩序の維持を中心的に担うべき国の一つでもある。ロシアによる侵略を終わらせることは、日本が欧米と共に負う責務である」。

侵略国は「前例」に従うのか
このパラグラフは、普通に読むと、ごく当然のことを言っているようにみえますが、よく考えると、かなりあやしい前提に依拠した議論になっています。ロシアのウクライナ侵略が「前例」となって、アジアの現状打破国が同じような侵略行為に及ぶ恐れがあると読めます。それでは、国家は他国に侵攻するかどうかを決める際に、前例に大きく影響されるものなのでしょうか。有力な国際政治研究は、この問いに対して「ノー」と答えています。

政策立案者が威嚇の信ぴょう性を判断する際に、何に影響されるのかを体系的に深く研究したダリル・プレス氏(ダートマス大学)は、その答えを「過去の行動」ではなく「バランス・オブ・パワー」に見出しています。一般常識で直感的に考えれば、われわれは他人の行い(例えば約束を守るか)を判断する際には、その人の過去の行動からしばしば推察します。しかしながら、このことは国家間関係には当てはまらない可能性が高いのです。かれの画期的な研究『信ぴょう性を計算すること』(コーネル大学出版局、2005年)によれば、ヒトラーはミュンヘン会談でイギリスが示した「宥和政策」から西欧は弱腰であり、さらに領土を拡張しても対抗してこないだろうと考えて、ポーランドに侵攻したのではありません。ヒトラーも将軍たちも、チェコスロバキアやポーランドへの侵攻計画を立案する際に、イギリスやフランスのドイツに対する「警告(威嚇)」の信ぴょう性を議論していないのです。かれらは、イギリスやフランスの出方をバランス・オブ・パワーから推察していたのです。

1938年にナチス・ドイツがチェコスロバキアに侵攻しようとした際、同国の将軍たちは、ドイツは英仏の軍事行動を排除するのに十分な軍事力をまだ持つに至っていないと判断していました。こうした判断のもと、ヒトラーは(不本意ながら)「ミュンヘン協定」により、ズデーデン地方を獲得することで危機を収束させました。1939年になると、バランス・オブ・パワーは、ドイツの軍事力の拡充やソ連との不可侵条約の締結により、ドイツ優位になりました。ポーランド危機に際して、イギリスとフランスはドイツの侵略を看過しないと威嚇していたのですが、ドイツはそれを軽く見てポーランドに侵攻しました。ここでのポイントは、ドイツがイギリスやフランスの過去の「宥和」から学習して、侵略をしても両国は見逃すだろうと判断したのではなく、自分が強くなったのだから、両国は手出しできないはずだと計算して、ポーランドに兵力を進めたということです。

このような指導者の敵国の行動に対する判断は、アメリカの意思決定でも観察されます。ワシントンの政策決定者は、ベルリン危機やキューバ危機において、ソ連の出方を判断する際、同国が過去にとった行動の「前例」ではなく、バランス・オブ・パワーに頼っていたのです。

この研究成果が正しいとするならば、現状維持国が挑戦国の要求に屈したとしても、その信ぴょう性は低下しないのです。そして、ここから得られる政策的含意としては、「国家は信ぴょう性(信頼性)確保のための戦争を行うべきではない」(同書、160ページ)ことが挙げられます。なぜならば「危機において敵国に折れても、国家の信ぴょう性や自国のパワーに対する認識は傷つかない」(同書、157ページ)からです。このロジックをロシア・ウクライナ戦争に適用すれば、アメリカは潜在的な現状打破国の将来の侵略を抑止するためだけの目的で、ロシアのウクライナ侵攻に関与するのは間違いだということです。仮にアメリカがロシアのウクライナ侵略を黙認したとしても、中国やロシアが、それを安易に「前例」とはみなさないということです。習近平もプーチンも、アメリカはロシアの侵攻に及び腰だったから、アジアで自分たちの勢力拡張行動を黙って見過ごすはずだなどと単純に計算したりはしないでしょう。そうではなく、かれらは現状打破行動をとった場合、アメリカがどの程度強く出てくるかをパワー・バランスにもとづき判断するに違いありません。

ヨーロッパとアジアの役割分担
こうした国際政治研究の知見が正しいとするならば、アメリカや日本がヨーロッパでの戦争に政治的・軍事的な資源を傾斜的に投入することは、アジアでのバランス・オブ・パワーを中国やロシア有利に傾けます。このことは、これらの現状打破国にアジアでの機会主義的な勢力拡張を許すスキを与えかねません。この点について、エルブリッジ・コルビー氏は次のように警鐘を鳴らしています。「われわれ全てのために、日本は明確かつ力強くアメリカがアジアに集中するように後押ししなければなりません。アメリカの現在の注意と関心はヨーロッパと今や中東に分散しています。放っておくと、日本は悲惨なことになるでしょう」ということです。

上記のロシア研究者の政策提言は、「自己充足的予言(self-fulfilling prophecy)」すなわち自らが避けようとした災厄を自ら招いてしまう愚行になりかねません。「世界平和や世界秩序のためにロシアを懲らしめる」という言説は、「水戸黄門」のような勧善懲悪のストーリーを好む人々の道徳観念に合致しますので、無批判に受け入れやすいものです。また、「侵略の前例を許すと、邪悪な指導者は、それを見て別の侵略を企てる」との推論は直観に合致するものです。しかしながら、直観に頼った単純な道徳的思考は、しばしば間違いを犯します。社会科学としての国際政治研究の成果は、それを正してくれる、われわれの力強い味方です。ロシア・ウクライナ戦争やそれが我が国の安全保障に及ぼす影響を考える際に、こうした知見を活かさないのは、知的資源を無駄にすることにほかなりません。

なお、アメリカがアジアへのリバランスを実行することは、ロシアの侵略からウクライナやヨーロッパを見捨てることを意味しません。ここで重要なことは、国際システムにおけるパワー分布に見合った安全保障の役割分担を確立すべきだということです。第1に、西欧諸国はウクライナに対して、もっと多くの軍事支援をできるはずです。下の表は、西側の関係各国の対ウクライナ軍事支援額を棒グラフで表したものです。これをみれば一目瞭然のように、アメリカがとびぬけて高い金額を出しています。第2位のイギリスでさえ、アメリカの10分の1程度しか拠出していません。ヨーロッパの政治経済をけん引するドイツは、イギリスよりかなり少ない支援にとどまります。この点について、前出のコルビー氏の次の指摘は的を射ています。すなわち「アメリカは100ドルの内3.47ドルを防衛に使う…ドイツは1.44ドル…我々の負担を増やす前に、同盟国の負担を引き出したらどうだ」ということです。さらに、フランスにいたっては申し訳程度と言われかねない対ウクライナへの軍事支援額になっています。要するに、西欧の主要国はヨーロッパの安全保障という公共財の相応のコストを負担せずに、アメリカに「ただ乗り」しているのです。ウクライナがロシアと戦うための費用を西欧諸国がもっと負担すれば、アメリカは台頭する競争相手である中国をアジアで封じ込めることに、より集中することができます。その結果、ヨーロッパでもアジアでも、バランス・オブ・パワーがより保たれるようになるのです。



第2に、NATOに加盟するヨーロッパ諸国は、ロシアに対抗する十分な軍事力を保有しています。アナトール・リーヴェン氏(クインシー研究所)は、ロシアと西欧の戦力バランスについて、「2021年時点で、NATO主要5カ国の(予備役を含めない)現役の地上兵力は50万人を超えており、それに比較するとロシアは28万人であり、大半は現在、ウクライナに釘付けになっている」と分析しています。攻撃が防御を突破するのに、通例では3:1の優位性が必要であることを考慮すれば、ロシアが約2倍の陸上戦力を持つNATOの防衛力を粉砕するのは困難でしょう。ロシアがNATO域内に攻め込んできたとしても、西欧諸国だけで、これを撃退する十分な戦力を保有しているのです。

侵略国の野望は無限なのか
ロシアが帝国復活の野望を抱いている話は、一般によく聞かれます。上記のロシア研究者も、同じように以下のことを主張しています。

「ロシアがウクライナ全体、さらには旧ソ連地域全体を領土ないし属国とし、欧米中心の世界秩序を壊そうとする野心を持っている限り、例えばドンバス併合が認められればそれで満足してウクライナへの干渉をやめるということはありえない。時が経てばまた攻撃的な行動を始めるだろうから、国境の正式な変更が仮の停戦ラインの設定より安全ということはないのである。欧米・日本は、ウクライナの主体性を尊重し、中小国の独立を守る国際秩序を維持していかなければならない」。

このパラグラフも、至極まっとうなことを言っているように読めます。しかしながら、よく考えてみると、いくつかの深刻な問題を抱えていることが分かります。ロシアは本当に旧ソ連の復活、ひいては世界秩序の転覆といった壮大な野望を持って、ウクライナに侵略したのでしょうか。もしかしたら、本当にそうなのかもしれません。プーチンは、自分自身をピョートル大帝になぞらえるなどして、その偉大さをアピールしていますから。しかしながら、この仮説はエビデンスにより、ほとんど支持されません。

第1に、この主張はとんでもない政策を暗黙に提言しています。かれはロシアが際限もなく攻撃的な行動をとるとほのめかしています。停戦ラインをどこに引こうが、国境をどのように確定しようが、ロシアは満足せずに、時期が来れば再び侵略を試みるアクターとみなされています。そうであれば、ロシアに攻撃をやめさせる方法は、1つしか残りません。それはロシアを国家として抹殺することです。このロシア研究者は、ロシアを世界から消し去ることを擁護するのでしょうか。

第2に、ロシアは軍事的に弱すぎて、旧ソ連の時にワルシャワ条約機構の加盟国だった東欧諸国を支配下におさめられないでしょう。ましてや「世界秩序」をひっくり返すことなど、ロシアにとっては夢物語でしかないでしょう。現在のロシアがウクライナで限定的な作戦行動しかとれないことは、西側の軍事オブザーバーのほぼ共通した見解になっています。カナダ軍は、ロシアが戦争における戦略目標を下げたと、次のように的確に分析しています。「人員と装備のかなりの損耗により、ロシアはウクライナで野心を達成する軍事力がもはやないようだ。今や戦略目標を下げざるを得ず、漸進的領土の統制を新しい公式の論拠としている」。ロシアは緒戦で電撃的に首都キーウを陥落させようとしましたが、みじめな失敗に終わりました。そこでモスクワは、ウクライナ東部のドンバス地方の征服に戦力を集中投下せざるを得なくなったのです。

こうしたロシア軍の惨状について、元米国防長官のジェームズ・マティス氏はロシア軍の戦いぶりを「哀れ」と形容するとともに、ウクライナでの軍事行動は「非道かつ戦術的に無能、作戦上おろかであり、戦略的にばかげている」とこき下ろしています。元米海兵隊だったダン・カルドウェル氏も「ロシア軍はワルシャワ、ベルリン、パリを奪取できない」と断言しています。

ロシア兵のウクライナにおける傍若無人ぶりの報道の陰に隠れて見過ごされがちですが、ロシアは意図的に戦争のエスカレーションを抑制しているようです。すなわち、NATOとの衝突を避けるために、ロシア軍は作戦行動をウクライナ領域内にとどめているのです。オースチン・カーソン氏(シカゴ大学)は、この点について鋭い観察をしています。「ロシアは戦争を封じ込める強力で直観的な方法を提供している。3月、ロシアはポーランド国境付近をミサイル攻撃したが、NATO加盟国の領域内の補給ルートを標的にしなかった…ロシアは能力があるにもかかわらず、NATO加盟国への攻撃を避け続けているのだ」ということです。この証拠は、ロシアが東欧の征服を意図していない蓋然性を示しています。

第3に、ロシアは経済的に弱すぎて、東欧諸国を強引に統治することはおろか、世界秩序を破壊することなど到底できないでしょう。ロシアのGDP(2022年)はイタリアより少なく韓国と同程度です。ロシアの世界全体のGDPに占める割合は、わずか1.6%ほどです。このような中級国程度の経済力しか持たないロシアが、どうやって東欧を占拠したり、世界の経済体制を破壊したりできるのでしょうか。仮にロシアが東欧諸国に手を伸ばしたところで、ウクライナで経験したような現地の強いナショナリズムの抵抗にあうでしょう。ですから、どんなに想像力を働かせても、予見しうる将来において、旧ソ連帝国の復活や世界秩序を崩すなど、ロシアにとって実現不可能な野望であることは自明であるように思います。

第4に、日本も欧米諸国も、国際秩序を守るという名のもとに、安易に世界各地の紛争に介入することは控えるべきです。国際政治の世界において、ナショナリズムは継続する力強いイデオロギーです。このことはウクライナ人がロシア人の侵略に対して、必死に抵抗していることからも伺えます。アメリカやロシアはアフガニスタンに侵攻した際に、現地の人たちから強い抵抗を受けて、撤退を余儀なくされました。アメリカのヴェトナム、イラク、リビアへの軍事介入は愚行に終わりました。スティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)が、古典的研究『同盟の起源』(ミネルヴァ書房、2021年〔原著1987年〕)で明らかにしたように、大国が中小国に対して戦力を投射することは、ナショナリズムの反発を受けるだけではなく、周辺国から脅威とみなされやすく、敵を結束させる副作用を生み出します。ワシントンの政策立案者に対して、世界各地への安易な介入を戒めて戦略的抑制を説くリアリストの政策提言は、こうした現実政治の要請から生じているのです。

ロシア研究者の同国に関する深い知識には敬意を払いますが、既存の国際政治研究は、論理的で経験的に裏打ちされた深い洞察を提供してくれます。ロシア・ウクライナ戦争は、ロシアだけを観察すれば、その本質が理解できるような事象ではありません。そこには戦争や戦略のロジックが働いています。だからこそ、われわれには戦争のダイナミズムを明らかにする国際政治理論や関係各国の戦略的関係を説明する理論が必要なのです。


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プーチンを懲罰すればロシア・ウクライナ戦争は解決するのか

2022年07月13日 | 研究活動
ロシアのウクライナ侵略において、プーチン大統領は「主犯」とみなされています。ロシアの「戦争責任」はプーチンが負うべきであり、かれは「非人道的で邪悪」な指導者であると断罪することは、ごく普通の道徳的判断となっています。侵略された当事国のゼレンスキー大統領が、「この戦争でウクライナは“善”であることが自由世界全体にとって明らかだ。そしてロシアは負けるだろう。悪は常に負けるのだ」と訴えるのは、もっともでしょう。ウクライナへの最大の支援国であるアメリカのバイデン大統領は、プーチンに「人道に反する戦争を仕掛けた人殺しの独裁者であり、真の悪党だ」、「ジェノサイド(大量虐殺)」を行っていると最大限の道義的憤りをぶつけています。日本の林芳正外務大臣も「プーチン政権によるウクライナ侵略(は)明白な国際法違反であり、断じて許容できず、厳しく非難をする」と発言しています。こうしたプーチンへの怒りは、ウクライナにおけるロシア軍の残忍な行為への当たり前の感情でしょう。

リアリストの戦争原因論
多くの一般の人とは異なり、国際政治学の主要な学派を形成するリアリストは、ロシアを悪とみなすのを避けるか、ニュアンスを含んだ批判にとどめています。攻撃的リアリストのジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)は、最近の講演で、ロシアのウクライナ侵攻の主な原因や責任はアメリカにあるとの持論を次のように繰り返して強調しています。

「ウクライナ危機を引き起こした主な責任はアメリカにある。これは、プーチンが戦争を始めたこと、そしてロシアの戦争遂行に責任があることを否定するものではない。また、アメリカの同盟国にもある程度の責任があることを否定するものでもないが、彼らはウクライナに関してワシントンが主導するところに、ほぼ従っている。私の主張の中心は、アメリカがウクライナに対して、プーチンをはじめとするロシアの指導者たちが長年繰り返し主張してきた存亡の危機(実存的脅威)と見なす政策を推し進めたということである」。

リアリストのスティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)も、国際政治を善悪で見ることに、以前から警鐘を鳴らしていました。かれは「事情通は、世界政治を『安全が不足していて、主要国たちは望む望まないにかかわらず互いに争うことを強要される舞台』…ではなく…『善い同盟国』と『悪い敵』に区別し、状況が悪くなると、その原因を外国の悪いリーダーの欲深さや侵略性…理性のなさに求める」と主張していました。そして、プーチンを邪悪な指導者と断罪しないリアリストが多くの人々に受け入れらない理由をこう説明しています。すなわち、「世界を善い国と悪い国に分けて、アメリカと仲間の民主国は独自の美徳があると考える。全てのトラブルは邪悪で不道徳な指導者、とりわけ専制主義者により引き起こされる。こうした全ての考えを否定する理由により、リアリズムは不人気だ」ということです。

リベラルの戦争原因論
リアリストに真っ向から対立するのがリベラルです。リベラルは基本的に国際政治を善悪のレンズを通してみます。そして、アメリカをはじめとする善なる民主主義勢力は「リベラル国際秩序」の守護神であり、ロシアといった悪である専制主義国を打倒して、これを守らなければならないと説きます。リベラルは、ロシアのウクライナへの侵攻を地球規模の民主主義と西側のリベラルな価値への攻撃と広く解釈します。そして、彼らの処方は、EUとNATOの拡大を徹底して貫き、より強力なリベラル世界秩序を必要であれば直接介入してでも構築することなのです。こうしたリベラルの言説は、我が国では、大半の研究者のみならず、ほとんどの市民が抱くものでしょう。

リベラルの言説は、ロシア・ウクライナ戦争に対する人々の義憤を代弁しているのでメディア受けします。世の中には善悪があり、善人が悪人をやっつけることにより、平和で幸福に満ちた世界が訪れるという進歩的な考えは、世の中は対立や紛争に満ちており、そこに善悪を認めるのは難しいとする保守的な観念より、希望に満ちた前向きのものだからです。しかしながら、こうした啓蒙主義的な観念には、大きな落とし穴があることをリアリストは教えてくれます。

リベラルの矛盾
プーチン個人に戦争の根本原因を見るリベラルの診断や処方は矛盾しています。リアリストのケネス・ウォルツ氏は、今から60年以上前に、戦争の原因を指導者の判断や行為のせいにすることに内在する問題を以下のように鋭く指摘していました。

「人間の邪悪さや愚かさの証拠を単純に指摘して…犯罪や戦争のような望ましくない事件を(これらに)関連づけるのは単純な仕事である…そう試みようとすると、事実と価値判断のごったがえしの中で動きがとれなくなる」(『人間・国家・戦争』勁草書房、2013年〔原著1959年〕36、40ページ)。

ロシア・ウクライナ戦争の原因について、リベラルは総じてプーチンの「帝国主義的野望」や「ウクライナをロシアの属国とする妄想」に求めています。ティモシー・シュナイダー氏は、プーチンがウクライナを国家として消すことを目指した植民地戦争を行ったと断言しています。日本のあるウクライナ研究者は、プーチンが「ウクライナは本当の国ではない」と語ったことに着目して、「『妄想の歴史観』を背景に、ただウクライナを自分のものにしたかった」から侵略したのだと言っています。しかしながら、このような戦争原因の説明は筋が通りません。なぜならば、プーチンがウクライナを植民地支配する「妄想」に取りつかれていたならば、2022年2月より前に、ウクライナに侵攻すべきだったからです。

プーチンは20年近く、ロシアの権力を掌握し続けていました。その間、かれはなぜウクライナの征服を自重しなければならなかったのでしょうか。とりわけ、プーチンにとってクリミアを併合した2014年は、ウクライナ全土を自分の手に入れる好機でした。春名幹夫氏によれば、「2014年、ロシア軍…がクリミア半島を併合した際、弱体化していたウクライナ軍はほとんど抵抗しなかった。戦闘経験がなく、数十年間続いた政府の腐敗に加え…(2014年時ウクライナ軍は)医療器具や軍靴、ヘルメットといった装備も持っていなかった。クリミア半島併合の際の戦闘で、ウクライナ海軍は約70%の艦船を失った」そうです。つまり、2014年当時のウクライナは今より、はるかに弱かったのです。もしこの時点でロシアがウクライナに全面侵攻していれば、ウクライナ軍はより困難な抵抗を強いられ、ロシアが同国を占拠できる見込みは高かったでしょう。にもかかわらず、プーチンはクリミア併合のみに侵略行動を限定したことは、かれがウクライナに抱いたとされる妄想と矛盾します。

戦争の必要条件
戦争の原因を特定するに有効な1つの方法は、「必要条件を見定める反実仮想法」です、これをゲイリー・ゲルツ氏(ノートルダム大学)とジャック・リーヴィ氏(ラトガース大学)は、次のように紹介しています。「『もしXが起こらなかったり存在しなかったりしたら、Yは起こらなかっただろう』と推論するのだ。これが成り立てば、それは必要条件になる。なぜならば、これが『XはYの必要条件だった』と言い換えられるからだ…他方、常に存在する条件は『取るに足らない必要条件』にすぎない」(Explaining War and Peace, Routledge, 2007, 39ページ)。リアリストが主張するに、NATOをウクライナに拡大しようとしたことが、ロシアの生存を脅かして、同国を予防戦争に駆り立てたとするならば、NATO拡大がロシア・ウクライナ戦争の「必要条件」だと推論できます。

それでは、NATOが東方に拡大しなければ、この戦争は起こらなかったのでしょうか。これについて100%正確な反実仮想は不可能ですが、この仮説を支持する有力な根拠があります。それはドイツのメルケル元首相の次の発言です。すなわち「プーチンは(ウクライナのNATO加盟を)実現させなかっただろうと、私は確信していました。それは彼にとって宣戦布告だったでしょう」というものです。これは裏を返せば、この数年において、アメリカがウクライナ軍の訓練を支援したり、共同軍事演習を実施したりすることにより、同国を「事実上の」NATOのメンバーに組み込むような行動は、ロシアの予防戦争を誘発した可能性が高いのです。他方、プーチンというロシアの指導者は、ロシアがウクライナに侵攻したりクリミアを併合する前後にわたり、継続的に存在していました。つまり、プーチン・ファクターは、この20年間、ロシアとウクライナの対立と共存に対して「常に」作用していたので、この戦争の原因としては「取るに足らない必要条件」に過ぎないのです。

袋小路に入るリベラル
このようにロシア・ウクライナ戦争の原因に関する「事実」は、プーチン妄想説に不利です。もしプーチンがアメリカによるNATO拡大の実存的脅威からロシアの生き残りをかけてウクライナに侵攻したとするならば、かれは「合理的行為者」になってしまい、プーチン=邪悪な指導者の構図が崩れてしまいます。これはリベラルには受け入れ難いことでしょう。それでもリベラルが、あくまでもプーチンは「人殺しの悪党」だからウクライナに侵略したというロジックを押し通すのであれば、戦争を防止したり解決したりするには、プーチンの暗殺や失脚を視野に入れなければならなくなります。なぜならば、かれがロシアの大統領である限り戦争は続くからです。この戦争を終わらせるには、プーチンを暗殺するか権力の座から引きずり下さなければなりません。これはウォルツ氏が「(戦争決定した人物を)選別除去(すれば)平和の見込みも増加する…(そうなら)暴君殺害が科学的手法に含まれなければならない」(同書、66ページ)と喝破する通りです。しかしながら、バイデン政権はロシアの体制転換を目指さないと断言しています。善悪論に依拠したリベラルの戦略は、このように根本から矛盾してしまうのです。

それだけではなく、この戦争におけるリベラルの提言は、ますます事態を悪化させかねません。リベラルは、法に基づく国際秩序を守るためにロシアを敗北させなければならないと強く主張します。ロシアのウクライナ侵略は領土保全を侵害する国際法に反する行為なので、厳しく罰しなければならないからです。確かに、こうした主張には一理あるのですが、ロシア軍をウクライナから撃退して、リベラル国際秩序に泥を塗ったプーチンに懲罰を加えることが招くであろう帰結にも、われわれは深い注意を払わなければなりません。リアリストからすれば、リベラル国際秩序はソ連が崩壊した冷戦後の束の間に、アメリカが国際システムにおいて単独の大国として振舞うことができたときの副産物に他なりません。この「単極の瞬間」が終わりを迎えつつある今日に、アメリカがリベラル国際秩序の「幻想」を追い求めることには無理があります。

国際秩序と戦争
バリー・ポーゼン氏(マサチューセッツ工科大学)が的確に指摘するように、アメリカ主導のリベラル世界秩序の観念は、かなり陳腐に見えています。その知的構築物の礎だった単極構造はもはや存在しないからです。代わりに、我々はアメリカ主導の冷戦型連合の再来を目撃しているのです。エマ・アシュフォード氏(ケイトー研究所)も「ウクライナ(戦争)は、ポスト冷戦期のアメリカの地球規模での影響圏の限界と、ロシアが自己の地域圏と見なすものを守れることも示した、明らかな指標である。したがって、ウクライナでの戦争は単極の瞬間を延長線上にないのだ」と主張しています。アメリカが今も単独の覇権国であるならば、そのパワーを行使して、ロシア軍をウクライナから放逐できたか、戦闘を今よりも極小化できたでしょう。ロシア非難や制裁に参加する国家も、もっと増やせたでしょう。アメリカが圧倒的に強ければ、プーチンに「ロシアを敗北させられるなら試してもらおう」、「ロシアはまだ本気になっていない」とは簡単に言わせないはずです。 ウクライナにおける戦況やロシアの態度は、アメリカには世界規模のリベラル秩序を維持できるパワーが、もはやないことを示しています。

それでもアメリカがウクライナに積極的に軍事介入してロシアを敗北させようとすれば、核武装した大国同士が交戦するリスクは高まります。核問題の専門家であるスコット・セーガン氏(スタンフォード大学)は、この戦争は1962年キューバ危機以降において、核戦争になる危険がもっとも高いと警告して、ロシアを追い詰めた場合、以下の核使用のシナリオが想定されると分析しています。

「戦争が続く限り、核兵器の使用は現実味を帯びてくる…プーチンがウクライナ国内で核兵器を使用するケースも考えられる。ウクライナ人が主要都市で頑強に抵抗し、市街戦を展開し、数千のロシア兵が犠牲になれば、プーチンは、ゼレンスキー政権に即時降伏を迫るために、軍に命じてウクライナの都市を核攻撃するかもしれない。この忌まわしいシナリオは一概に空想とも言えない。1945年、アメリカは日本に対して同じ戦略をとっている」(「世界でもっとも危険な男―プーチンとロシアの核兵器―」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2022年5月号、42ページ)。

はたして、リベラルは、こうした世界を終末的な大惨事へと導きかねない危険を冒してまで、ロシアに懲罰を加えることを正当化できるのでしょうか。リベラル派の重鎮であるジョセフ・ナイ氏(ハーバード大学)は、核時代における倫理的責務について、次のように述べています。「道義的な憤りの表明は…ときに破滅的な結末へとみちびく…核の問題がわれわれにつきつけている難局を打開するために必要としている、新しい、思考様式とはほど遠いものなのである…われわれは…核戦争をおこすようなカオスを避けるという最小限の義務を負っている」(『核戦略と倫理』〔土山實男訳〕同文舘、1988年、20、47ページ)と。

キューバ危機で核戦争の深淵を見たケネディ大統領は、その翌年のある演説において、「核大国は敵に屈辱的な退却か核戦争のどちらかを選択させる対立を避けなければならない。核時代にこの種の選択をすることは、我々の政策の破綻か、世界にとっての集団的な死の願望のどちらかなのは明らかだ」と訴えました。おそらく、リベラルはロシアの核の威嚇をプーチンの虚勢と退けるのでしょうが、ベストセラー『ブラック・スワン』の著者であるニコラス・タレブ氏が主張するように、「将来を左右する大きなことで予測に頼るのは避ける…信じることの優先順位は、確からしさの順ではなく、それで降りかかるかもしれない損害の順につけるのだ…深刻な万が一のことには、全部備えておく」(同書、66-67ページ)ことが、リスク管理の基本になるでしょう。

リアリストの提言
それでは、リベラルに異議を唱えるリアリストのロシア・ウクライナ戦争への処方箋は、どのようなものでしょうか。前出のポーゼン氏は、以下のように提言しています。

「(西側は)不毛に終わるであろう反攻をウクライナに奨励すべきではない。むしろ、今、交渉の席に向かって動くべきだ…外交は不確実な結果を伴う実験だろう。だが、ウクライナと西欧の勝利の理論も継続された戦闘で試される。この二つの実験の違いは外交が安上がりなことだ…解決の概要は既に見えている。どちらも痛みの伴う妥協をしなければならない。ウクライナは相当な領土を諦める。ロシアは戦場で獲得した一部を諦めて、将来の領土的主張を放棄する必要がある。将来のロシアの攻撃を防ぐために、ウクライナはアメリカの強力な保証とヨーロッパの軍事支援(攻撃ではなく主に防御兵器)が確実に必要だろう」。

同じような提言は、若手の研究者からもだされています。エマ・アシュフォード氏(アトランティック・カウンシル)と新進気鋭の「リアリスト」であるジョシュア・シフリンソン氏(ボストン大学)は、ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立が敵意のスパイラルの局面にあるため、これがロシアとNATOとの全面戦争、すなわち「第三次世界大戦」にエスカレートしかねないことから、戦争の早期の終結を以下のように訴えています。

「停戦の機会に恵まれれば、紛争を終わらせることに力を尽くさなければならない。そのためには、敵対行為を停止させる見返りに、厳格な対ロ制裁の一部を解除するなど、困難で不快な選択を迫られるかもしれない。だが、他のいかなる選択肢よりも、そうしたやり方が、さらに劣悪な事態を回避するためには必要となるだろう…勝算はロシア側にあり、ロシア軍はより多くのウクライナ都市を占領し、市民にさらに大きな被害を与え(るだろう)…ヨーロッパでの紛争拡大リスクを抑えるもっとも効果的な方法は、ウクライナでの紛争を終結させることだ」(「紛争の拡大とエスカレーション?―ロシアと欧米が陥るスパイラルの罠―」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2022年5月号、55、60ページ)。

ここで改めて強調したいことは、マイケル・オハンロン氏(ブルッキングス研究所)が言うように、「自身の運命を決めることはウクライナ次第である。アメリカと同盟国は条件を指図することに携わるべきではない。しかし、そのことは対話を促す作業を排除するわけではない」ということです。こうしたリアリストの解決策は、「ロシアが侵略の手を休める保証はない」とか「ブチャの虐殺の悲劇が再来しかねない」といった理由で、リベラルは拒否します。こうした懸念は十分に理解できますが、ウクライナ軍に武器を与えてロシア軍を敗北させる「勝利の理論」は、さらなる戦争の犠牲者を覚悟した継続する戦闘による厳しい検証を受けることになります。和戦に最終的な決定権を持つウクライナのゼレンスキー大統領は、「ウクライナは武器が手に入れば領土を解放していくが、同時に一部の領土はおそらく外交的手段で取り戻すだろう、外交的手段の方が犠牲は少ないが時間がかかる」と発言して、戦争の外交的解決に少し前向きな姿勢を見せ始めています。

言論空間におけるリベラルとリアリスト
リベラルが自分たちの主張に対する異論に攻撃的なことは気になります。リベラルは自由主義をモットーとしているので、自由な議論を擁護すべき立場のはずなのですが、宿敵リアリストの言論には我慢ならないようです。リアリストのロバート・ギルピン氏は論文「リアリストは誰にも愛されない」において、「リベラルな社会は互いに戦争をしない一方、非リベラルな敵には攻撃的である。同様のリベラルの不寛容さは、競合するアイディアの市場でも成り立つのは明らかだ…リベラルの任務は…リベラルのイメージに沿った世界を作ることなのだ…リアリストによってもたらされるような、悪意のある『虚偽』は、彼らが悪さをしないように、消し去られなければならない」と四半世紀前に嘆きました。残念ながら、このことは現在の国際政治の現実と論壇の両方に、多かれ少なかれ当てはまるようです。

戦争研究者のビアー・ブラウメラー氏(オハイオ州立大学)は「リベラル国際秩序は内部での平和を維持することにおいて、素晴らしい仕事をしてきた。他方、それがほとんど変わらず存続すれば、世界を似たようなものに再形成する手段を武力を含めて使い続けることにますますなりそうだ」と指摘して、おびただしい膨大な犠牲を払った過去の戦争が、異なる国際秩序間もしくは特定の国際秩序とその外部の国家との戦争であることを明らかにしました(Only the Dead, Oxford University Press, 2019, p. 224)。前者の代表としては、400万人以上を尊い人命を奪った米ソの「代理戦争」であるヴェトナム戦争などがあります。後者の1つの例は、30万人以上の犠牲者をだしたイラク戦争です。国際秩序を守ることは、それと対立する国家との激しい戦争を時に伴うのです。

ロシア・ウクライナ戦争については、リベラルもリアリストもインターネットなどの言論空間で多種多様な意見を述べています。これにより健全で民主的な議論が促進されそうですが、実際にはそうなっていないようです。「エコーチェンバー現象」というものがあります。これは同じような意見や価値を信奉する特定の集団が内輪でコミュニケーションを繰り返することにより、それが強化されると共に人々の視野が狭まっていくのです。この現象の恐ろしいところは、特定の信条を持つ集団の人たちが、十分な証拠や裏づけがある反対意見に接すると、以前にもまして自分たちの意見を極端に信じるようになることです。そして、異なる意見を唱える人々を徹底的に攻撃したり誹謗中傷したりします(マシュー・サイド『多様性の科学』ディスカバー・トゥエンティワン、2021年)。

ロシア・ウクライナ戦争に関するリベラルの通説に真っ向から異議を唱えたミアシャイマー氏が、「ロシアはアメリカのディープステートの策略に引っかかって侵略をさせられた」という陰謀を擁護する怪しからん学者と断罪され、「親ロシア派」のレッテルを貼られて誹謗中傷されました。これはミアシャイマー氏の信用を貶めようとする、エコチェンバー内部からの典型的な攻撃でしょう。こうした攻撃に対して、かれは「私の意見が嫌いな人がいても構わないし、反論も大いに結構…大切なのは、一般的な世論とは異なる意見を表明したときに、それが尊重されることなのです」と懐の深い姿勢を見せています。

国際政治の学術や政策論を発展させる原動力が、その多様性にあることには、ほとんどの研究者は異議を唱えないでしょう。もし国際政治学界において、エコーチェンバー現象が起こっているならば、これは由々しきことであると、わたしは思います。

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最新の戦争研究からロシア・ウクライナ戦争を考える

2022年07月04日 | 研究活動
国際政治学において発達している「戦争研究」は、ロシア・ウクライナ戦争を理解する際に、多くのヒントを与えてくれます。ところが、我が国の言説では、残念ながら、その知見があまり取り入れられていないようです。これは少し気がかりです。国際法で侵略が禁止されているにもかかわらず、ロシアはそれを無視してウクライナの領土を踏みにじりました。その人道に反する「悪行」を罰したい気持ちは、おそらく、ほとんどの人たちが持っていることでしょう。もちろん、わたしもその1人ですが、ある学者が、日本はウクライナのロシアに対する徹底抗戦と領土の回復をどの国より強く支持する「最強硬派」でなければならないと、強い口調で主張しているのを知った時には、驚きを禁じ得ませんでした。

この人は、他人事のようにロシア・ウクライナ戦争を眺めている日本人がいるとすれば、それは問題だと断じて、自らの好戦的姿勢に日本人は従うべきだともとれる発言をしています。わたしがこうした攻撃的な言論に当惑されるのは、かれらが戦争のダイナミズムを十分に理解したうえで、自らの主張を展開しているようにみえないからです。そこで、この記事では最新の戦争研究の成果が、ロシア・ウクライナ戦争のエスカレーション・リスクについて教えてくれるところを書いてみることにします。

戦争は衰退していない
国家間の戦争は世界各地で継続的に起こってきました。われわれ日本に住む人間は、幸いなことに、戦後、戦争に巻き込まれませんでした。それなので、世界が平和になりつつあると思い込んでいたのではないでしょうか。その1つの根拠は、ロシアがウクライナに侵攻したときに、われわれが受けた強い衝撃です。21世紀の世界において、グローバル化と民主主義が発達したヨーロッパで、国家があからさまに国境を超えて他国に軍事侵攻することなど、まさか起こらないと多くの人は考えていたのでしょう。だからこそ、ロシアのウクライナ侵攻は愕然とする出来事だったわけです。

誠に残念ですが、実は「戦争」は衰退していないのです。確かに、ヨーロッパだけを観察すると、戦争は1400年以降、少しずつ減少傾向にあります。しかしながら、世界全体で見ると、戦争は増えているのです。ここで戦争の意味を明確にしておきましょう。戦争は国家同士が相互に武力を行使することから生じます。その結果として戦死者が1000人以上になった国家間の軍事衝突を「戦争」と定義することが、これまでは一般的でした。しかし、これでは999人以下の戦死者で済んだ戦闘は、戦争のデータからすっぽりと抜け落ちてしまいます。また、医療の発達により、戦争で負傷した兵士の生存率は向上しています。したがって、「致死性」で戦争を定義してしまうと、国家間の軍事衝突そのものが増えているか減っているか、分からなくなってしまうのです。そこで、この記事では、国家が相互に軍事力を行使した「紛争」の観点から、戦争の全体像を明らかにします。

ビアー・ブラウメラー氏(オハイオ州立大学)は、数々の最新的な統計分析の手法を駆使して、戦争の開始や裂度などを徹底的に調べました。その結果、戦争は減っているどころか、むしろ増えていることが分かったのです。その知見は、かれの近著『ただ死者のみ―近代における戦争の継続―』(オックスフォード大学出版局、2019年)で発表されています。この著作のタイトル「ただ死者のみ」は、プラトン(サンタナヤともいわれていますが)の至言「ただ死者のみが戦争の終わりを見たのである」からとっています。ブラウメラー氏は、1400年以後、10年ごとに起こった紛争をグラフにまとめています。それが図1です。これを一瞥すればわかるように、国家間の紛争は、とりわけ近代国家が誕生した19世紀初め頃から大幅に増加していることが見て取れます。

図1

出典:Bear F. Braumoeller, Only the Dead, Oxford University Press, 2019, p. 24.

要するに、国家が軍事力を相手に行使する闘いは、人間の歴史の発展とは関係なく、世界でかなり頻繁に起こっているということです。こうしたデータを見た人の中には、時代が現在に近づくにしたがい、国家の数が増えているのだから、その分、国家間の紛争も増えるはずだと考える人もいるでしょう。そこで、実際に紛争を起こし得る政治的関係を持つ2国の組み合わせが、どの程度の割合で紛争を始めているかを時系列でグラフにしたものを紹介します。それが以下の図2です。

図2

出典:Bear F. Braumoeller, Only the Dead, Oxford University Press, 2019, p. 87.

これを見ればわかるように、国家が紛争に踏み切る頻度も、やはり減少していません。1870年あたりが突出しているのは、ヨーロッパでの普仏戦争、南米での三国同盟戦争(パラグアイとブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの激しい戦争)を反映しています。1900年初めの出っ張りは第一次世界大戦、1950年前あたりの凸は第二次世界大戦です。横線は、時代区分における国家間紛争の平均値です。19世紀前半が低いのは、ヨーロッパ協調による相対的な平和が維持されていたからです。第二次世界大戦後の冷戦期は、大国間戦争が起こらなかったことを根拠に「長い平和」と呼ばれていますが、国家間の紛争は大戦を除けば、それ以前の時代より増えています。冷戦後、世界は平和になったといわれますが、紛争の水準はヨーロッパ協調がクリミア戦争により崩壊した19世紀後半とほとんど変わりません。つまり、世界は時代とともに平和になっておらず、長い目で見れば、むしろ危険になってきたのです。

戦争はとてつもない大惨事になり得る
ブラウメラー氏をはじめとする戦争研究者が発見した、もっとも重要なことの1つは、典型的な戦争は存在しないということです。すなわち、多くの戦争は小規模で終わりますが、少なからぬ戦争はショッキングなほど大規模になってしまうのです。そして、どの紛争がどの程度の激しい戦争になるのかは、紛争開始時にはまったく分からないのです。これはわれわれが戦争の結末や犠牲、コストを予測できないことを意味します。

われわれがよく目にする曲線のグラフは、釣りがね式の「正規分布」でしょう。サンプルの平均がもっとも高くなる左右対称のカーブしたものです。人間の伸長を例にとればわかるでしょう。日本人男性の平均身長は約170センチほどです。ここに多くの日本人男性が集中します。ですので、男の赤ちゃんを授かった時点で、その子が大人になったら、どのくらい大きくなるのかは、かなりの高い確率で予測できます。身長が3メートルにならないことは、誰にでも分かります。しかしながら、戦争は、こうした分布にはならないのです。戦争は、グラフの曲線の片方のすそが極端に吊り上がった「べき乗則」の分布にしたがうのです。

ブラウメラー氏らの計算によれば、全戦争の約半分は戦死者が約2900人です。一方で、残り半分の戦争の平均戦死者数はグンと上がって65万3000人になってしまいます。そして少数の大規模の戦争になると、戦死者数はけた違いに上昇します。第二次世界大戦では、少なくとも6500万人のも命が奪われました。第一次世界大戦の戦死者は約1500万になります。ヴェトナム戦争の犠牲者数は、約420万人といわれています。日本の隣で起こった朝鮮戦争では約300万人が死にました。このように半数近い戦争は、戦死者3000人規模なのですが、中央値を超えると、その数は急激に上昇して、世界大戦クラスになると、数千万人レベルの気の遠くなるような膨大な犠牲者を出してしまうのです。日中戦争と太平洋戦争で、日本は約300万人の貴い犠牲を払いました。このくらいの戦死者レベルの戦争は、戦争の長い歴史では何度も起こっているといったら、皆さんはおどろくでしょうか。実際にそうなのです。

ロシア・ウクライナ戦争は危険水域
ロシア・ウクライナ戦争でのこれまでの正確な犠牲者数は分かりませんが、西側情報筋の分析では、少なくとも2万人以上に達していると見積もられています。ドンバス地方では、ウクライナ兵が毎日、100-200名近く戦死しているといわれています。これは何を意味するのでしょうか。これまでに生起した全ての戦争の中央値は、戦死者で数えると、第一次中東戦争(1948年)になります。この戦争では、イスラエル側が6200名、アラブ側が2000名、その他、数千名の戦死者をだしています。その総計は1万数千名に上るとみられています。ロシア・ウクライナ戦争は、戦争の激しさを示す1つの指標である死者数から推論すれば、全戦争の中央値を突破して、おびただしい犠牲者を出しかねない大戦争へ日に日に近づいているのです。

くわえて、この戦争には戦争の深刻なジレンマが存在します。ジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)の次の指摘は、この戦争が単純に侵略国ロシアを敗北させることが、必ずしも望ましい結果をもたらさない可能性を示唆しています。かれはこう言っています。

「ここに思うようにならない逆説がステージ上にある。アメリカとその同盟国が目的(ロシアを敗北させること)を達成するほど、戦争が核戦争へ向かうであろう可能性は高まるのだ」。

ロシア軍がおとなしく撤退するのが最良ですが、そうする国であるならば、そもそも侵略などしないでしょう。それどころか、ロシアは敗北しそうになれば、それを避けるために、核兵器の使用に踏み切る恐れが指摘されているのです。実際、プーチン大統領は「ロシアは核兵器で誰も脅していないが、主権を守るためにロシアが何を持ち、何を使用するかを誰もが知るべきだ」と述べ、核使用の可能性を否定していません。ウクライナとそれを支援する西側は、核戦争を避けながら、ロシアを打ち負かすという、とてつもない難事業に取り組まなければならないのです。

戦争の拡大には要注意
戦争では、何がきっかけになって、それが一気に制御不能なほどエスカレートするのかは、よくわかっていません。ロシア・ウクライナ戦争を観察していると、エスカレーションを引き起こしそうな、危険な出来事が散見されます。ロシアがポーランド国境に近いウクライナ西部リヴィウをミサイルで攻撃したことは、それが間違ってポーランド国内に着弾していたら、一気にNATOとの戦争に拡大する可能性がありました。リトアニアは、ロシアの飛び地であるカリーニングラードへつながるロシア発の貨物列車をEUの制裁に従って制限し始めました。ロシアのパトルシェフ国家安全保障会議書記は、これに対して「ロシアはこのような敵対的な行動には必ず対処する」と表明しました。かれは「適切な措置が省庁間で検討されており、近いうちに実施する」、「その結果、リトアニア国民は深刻な悪影響を受ける」と威嚇しています。カリーニングラードが第一次世界大戦の引き金となったサラエボの再来にならないと、誰が断言できるでしょうか。

アメリカのサイバー軍は、ウクライナ支援のためにサイバー攻撃をロシアに行ったようです。ジャンピエール米大統領報道官は、ロシアへのサイバー攻撃は、ロシアとの直接的な衝突を避けるバイデン政権の方針に反しない認識をしていると述べていますが、これをロシアがアメリカからの「軍事攻撃」とみなしたら、米ロ戦争にエスカレートしたかもしれません。ウィリアム・テーラー米元駐ウクライナ大使は「ロシア領内から発射されるロシアの砲兵は、HIMARS(高機動ロケット砲システム)による破壊の正当化できる標的になるだろう」とロシアを挑発するような発言をしています。フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟すれば、アメリカの大西洋同盟はロシアと1000キロ以上の長い国境を接することになります。この国境付近でロシアとフィンランドが軍事衝突を起こせば、NATO第5条が適用されて、アメリカが軍事介入することになるかもしれません。そうなると核武装国同士が対決することになりますので、核戦争のリスクが高まります。これらはどれも、一歩間違えれば、ロシア・ウクライナ戦争を大戦争、最悪の場合は終末的な大惨事へと悪化させかねない危険な要因です。

戦争の複雑性をよく知るブラウメラー氏は、教え子の大学院生であるマイケル・ロパト氏との共著論文で、以下のように警告しています。

「我々は(ロシアへの)西欧の強力な対応に反対ではない。ただ、コストとリスクの現実的分析なしに全面勝利を求めることを懸念している…この道にある予測不可能性と危険を強調したい。この紛争がエスカレートしたら…大惨事になる潜在性はとてつもなく高い」。

ウクライナのゼレンスキー政権はロシアからクリミア半島を含む全てのウクライナ領土を奪還する姿勢を見せていますが、欧米では、アメリカのバイデン大統領が「ウクライナ抜きでウクライナのことを決めない」と発言している一方で、現実には、あちこちで戦争の出口戦略が論じられています。ウクライナの最大の支援国であるアメリカでは、ウクライナで続く戦争をめぐり、ホワイトハウス当局者が、ウクライナがここ4カ月で失った領土をすべて奪還できるという確信を失いつつあるそうです。アメリカやその同盟国が供与予定のより高性能な重兵器をもってしても、全領土を取り戻すのは難しいとの見方だということです。そのバイデン大統領自身も、ブリンケン国務長官やオースチン国防長官のウクライナが勝利するとの発言を非現実的とみなしており、ロシアとの戦争リスクの点から快く思わなかったと報じられています。アメリカ政府高官は、戦争を支援しきれなくなる懸念を抱くとともに、ゼレンスキー大統領が戦争終結に向け態度を軟化するかを静かに議論しているということです。

CNNのファーリード・ザカリア氏は「何らかの交渉による解決以外の選択は、ウクライナでの国と人々をさらに破壊する果てしない戦争だろう…そしてエネルギー供給、食糧、経済…の崩壊が…政治的混乱の激化を伴い、至る所で悪化するだろう。この陰鬱な将来を避ける終盤戦を模索する価値は確かにあるのだ」と指摘しています。The Nationは、最近の記事で「戦争は今やウクライナの限られた東南の領土をめぐる闘争になった…それがいつかは終わるのなら、遅かれ早かれ、何らかの実践的妥協を通じて、そうならざるを得ないだろう。何年もの苦難と破壊の後より…今、我々はこの妥協を模索すべきだろう」と主張しています。

ウクライナへの欧米と日本の支援の違い
ロシア・ウクライナ戦争が拡大した場合、ヨーロッパ諸国は、これに巻き込まれる可能性があります。こうした事態を避けるために、NATOはウクライナ支援を慎重かつ選択的に行っています。フランスのマクロン大統領が言うように「私たちはウクライナが身を守ることを支援するが、しかしロシアとの戦争には加わらない。そのため、一定の兵器、例えば、攻撃機や戦車は供給しない。これがNATO加盟国のほぼ公式な立場なのだ」ということです。ウクライナのゼレンスキー大統領もその合意は把握しているそうです。

ヨーロッパでは市民は戦争の終結に世論が動いています。ある世論調査では、ロシアに譲歩してでも可能な限り早期の戦争終了を望む「和平」派が35%、ロシアを制裁する目標を推す「正義」派が22%という結果がでています。ポーランドを除き、主要ヨーロッパ諸国では、和平派が正義派を上回っています。ヨーロッパ市民は経済制裁のコストと核戦争へのエスカレーションを懸念して、劇的変化がない限り、戦争の長期化には反対であるとのことです。

日本は主に財政面でウクライナを支援しています。しかしながら、アメリカや西欧諸国とは異なり、日本はウクライナに対して、同国がもっとも欲している軍事援助は行っていないに等しいです。財政支援も総額やGDP比では、主な西欧諸国を下回っています。おそらく、今後も、こうした日本の対ウクライナ政策が劇的に変更されることはないでしょう。こうした我が国の姿勢は、「ロシア・ウクライナ戦争で、日本は『最強硬派』でなければならない」という言動不一致な叫びをむなしいものにしています。

戦争研究の嚆矢ともいえるカール・フォン・クラウゼヴィッツは「およそ人間の営みのうちで、偶然との不断の接触が日常茶飯事であるような領域は、戦争において他にはない」(『戦争論(上)』岩波書店、1968年〔原著1832年〕、53ページ、訳文は一部修正)と喝破しました。残念ながら、クラウゼヴィッツの時代から200年近くが経った今日の国際政治学でも、戦争を動かす「偶然」の作用は解明できていません。われわれは戦争が時にとてつもなくショッキングなほどにエスカレートすることは分かっていますが、どのようにエスカレートするかは知らないのです。ロシアに立ち向かうウクライナを助けることに、異論がある人はいないでしょう。同時にわれわれが考えなければならないのは、戦争の賢人の忠告を無視すれば、この戦争に関わる全ての国家や人々が、とんでもない高い代償の支払う蓋然性があることなのです。


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国際規範は国家を死から守れるのか?

2022年06月28日 | 研究活動
国際関係研究は、アナーキー(無政府状態)において、国家がいかにして生き残るかを重視した学問ですので、どのようにして「死」に至るかは、ほとんど無視してきました。ケネス・ウォルツ氏に至っては「国際システムにおいて国家が死滅することは、ほとんどない」と言っています(『国際政治の理論』勁草書房、2010年〔原著1979年〕、182ページ)。しかしながら、世界から姿を消してしまった国家は、決して少なくありません。日本人になじみ深いハワイ王朝はアメリカに併合されて消滅しました。このように国家は死ぬことがあるのです。それでは、どのようにして国家は死に至るのでしょうか。国家の死とは、何を意味するのでしょうか。死にやすい国家とは、どのようなものでしょうか。これらの疑問に答えたのが、政治学者のタニシャ・ファザール氏(ミネソタ大学)です。彼女が執筆した労作『国家の死―政治と征服の地理、占領、そして併合―』(プリンストン大学出版局、2007年)は、国家の死を分析した珍しい著作です。ここでいう「国家の死亡」とは「他国に対する対外政策のコントロールを公式に喪失したこと」(同書、1ページ)を意味します。この定義に従えば、日本も太平洋戦争に敗れてアメリカに占領されていた間は、主権を喪失した国家として死んでいたことになります。



戦争による領土再配分の減少と規範
ファザール氏は、国家の死について、大標本による定量的な統計分析と定性的な事例研究を行い、主に2つのことを発見しました。1つは、第二次世界大戦が終了した1945年以後、国家の死が激減したことです。これは彼女によれば、国際社会に「征服に反対する規範(norm against conquest) 」が定着したことに起因します。この規範は、マーク・ザッカー氏(ブリティッシュ・コロンビア大学)による有名な論文で使用された概念である「領土保全規範(territorial integrity norm)」とほぼ同じ意味です。ここでいう「規範」とは正しい行動を定めた標準のようなものです。そして「領土保全規範」とは、国連憲章第2条第4項の次の規定に代表されるものです。すなわち、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」という規定です。

ザッカー氏によれば、こうした国際規範が国家の征服行動の正当でないものに変えました。主権国家からなる国際システムの誕生を促した1648年のウェストファリア条約締結から第二次世界大戦が終了する1945年まで、国家間戦争は119件も起こっており、その内の93件は「領土戦争」でした。ところが、この領土戦争の形態は1945年を境にして変わります。それ以前では、80%の領土戦争が領土の再配分を伴っていたところ、それ以後では、この数値が30%まで下がったのです。これは第二次世界大戦後、国家の主権が及ぶ範囲を定める国境が、戦争により変更されにくくなったことを示しています。かれは、この原因を「領土保全規範」に見出しました。そして、この規範の源泉は、他国の法的な領土主権を侵害しないリベラルな民主主義の拡大する信念と、領土の暴力による修正が引き起こす人道的苦難への恐怖に求められると、ザッカー氏は主張しました。こうして国家間の国境が持つ規範的地位は、地球規模の政治秩序において強化されたとみなされたのです。

緩衝国と国家の死
「領土保全規範」の知見は、その後、他国から領土を侵犯されやすい国家とそうでない国家を明らかにする研究に発展しました。ファザール氏はザッカー氏の画期的な「発見」をさらに発展させて、国境を越えた外部からの侵略により死に至りやすい国家の条件を明らかにしました。すなわち、「緩衝国(buffer state)」が死に至りやすいのです。緩衝国とは、ライバル関係にある国家に挟まれて存在する国家のことを指します。彼女の計算によれば、近代国家が誕生した1816年以後に死に至った国家の内、約40%は「緩衝国」が占めています。残念ながら、国家が位置する地理は変えることができません。対立するライバル国に挟まれた地理的状況に存在する緩衝国は、死の危険に隣り合わせなのです。

ライバル関係にある国家は、緩衝国を収奪することにより、相手に対して優位に立ちたいインセンティヴをもちます。第1に、緩衝国をコントロールできれば、これを大きな戦略的アドバンテージに転換できます。ライバル国との戦争になった場合、緩衝国を自らの統制下においた国家は戦局を有利にすすめることができるからです。第2に、それぞれのライバル国は敵が緩衝国を乗っ取ることにより、戦争で勝利する能力において、受け入れがたい劣勢を強いられることや、それをテコにした譲歩を引き出されることを恐れます。もちろん、ライバル国は緩衝国に対して相互に抑制的に対応した方が、双方の得になるかもしれません。しかしながら、一方の国家が緩衝国を征服して領土を拡張してしまったら、他方の国家は圧倒的な不利益を被ります。この最悪の事態を避けたいがために、ライバル国が緩衝国に対して互いに抑制を効かせるのは難しいのです(同書、第3章)。近隣国からの征服という悲劇に見舞われた緩衝国は、歴史上、少なくありません。大英帝国とロシア帝国に挟まれたアフガニスタンは、19世紀の終わりころ、イギリスの「保護国」にされてしまいました。同じころ、南米のブラジルとアルゼンチンの間に存在していたパラグアイは、戦争により、その領土のかなりの部分を両国に併合されました。フランスとドイツの中間に位置するベルギーは、第二次世界大戦の緒戦において、ドイツに国土を蹂躙されました。このように緩衝国は、国家として死亡しやすいのです。

中立と緩衝国
それでは緩衝国は、どうすれば生き残ることができるのでしょうか。既存の研究では、緩衝国が中立を保つことが生存のカギを握っていると見られてきました。緩衝国が中立を宣言すれば、ライバル国が自国を犠牲にして緩衝国を乗っ取るであろうと恐れる必要は減るからです。しかしながら、中立は必ずしも緩衝国を死から救うわけではありません。中立の宣言は、それが説得力を持つ場合にのみ効果を発揮します。ベルギーは19世紀の独立から数十年間は中立を保つ緩衝国であり続けました。しかしながら、ベルギーは普仏戦争や第一次世界大戦、第二次世界大戦で戦場になることから逃れられませんでした。緩衝国の運命は、その国自身の行動よりも、周辺のライバル国の行動に大きく左右されてしまうのです。

こうした厳しい立場におかれた緩衝国にとって、第二次世界大戦後に国家の死が激減したことは、良いニュースでした。近代国家が誕生した1816年以後、207か国の内、66か国が死んでいます。国家の死亡原因の75%以上は、暴力すなわち征服や占領によるものでした(同書3ページ)。その内訳を時期で区切ってみると、第二次世界大戦前が55件と圧倒的に多く、その後は11件に過ぎません。しかも、死んだ国家には、第二次世界大戦の戦後処理で連合国に占領された日本やドイツ、崩壊したソ連やユーゴスラビアといった事例を含んでおり、暴力により死んだ国家は南ヴェトナムやクウェートだけであり、ここに緩衝国は含まれていないのです(同書、23、27-28ページ)。もちろん、緩衝国の国境が全く侵犯されなかったわけではありません。冷戦期、ソ連は、東西陣営に挟まれた緩衝国ハンガリーにおける反政府デモを鎮圧するために、軍事介入しています。こうした悲劇的な出来事は起こりましたが、第二次世界大戦前に比べると、紛争や戦争のデータは、緩衝国が国家として生き残りやすくなったことを示しています。

規範、国際構造と国家の死亡
なぜ第二次世界大戦後、国家は暴力によって死亡しにくくなったのでしょうか。ファザール氏は、成文法である国連憲章から構成される「征服に反対する規範」が、強制的な領土の変更を大幅に減少させたのだと主張します。国家の指導者は、もはや他国を征服したり併合したりする行為を正当なものとみなさなくなったということです。その結果、暴力的な国家の死亡は事実上、世界から消えつつあるという結論に彼女は至りました。そして、この理論が正しければ、世界は緩衝国にとって生き残りやすい状態に変わったことを意味します。こうした研究成果から、ファザール氏は緩衝国の生き残り戦略について、いくつかの助言を自著で述べています。第1に、緩衝国は国家としての承認を模索するべきです。国際的に強く正当性を認められた緩衝国は、周辺のライバル国が武力を行使する際のコストを上昇させます。主権国家として正当性をもつ緩衝国を征服しようすれば、現状打破国は規範を破った汚名を着せられます。野心的な指導者といえども、自国の評判を落とすコストを支払いたくはないでしょう。その結果、緩衝国は生き残りやすくなります。第2に、緩衝国は「征服に反対する規範」を支持すべきです。そうすれば、この規範を維持しようとする国連などの国際機関やリベラルな価値を信奉する民主主義国は、この規範に違反して征服しようする行為から緩衝国を守ろうとすると同時に、侵略を企てた国家に懲罰をくわえるでしょう。こうして緩衝国は生き残りやすくなると考えられるのです。

戦後の国際法を基づくリベラル国際秩序に内包された「征服に反対する規範」もしくは「領土保全規範」は、暴力による国家の死を減らすとともに、緩衝国が生存しやすい状況を提供したのかもしれません。しかしながら、このような結論をくだすのには、わたしはまだ早いと思います。なぜならば、国家の死亡が減少したことは、別の要因でも説明できるからです。国際システムの構造は国家の生死と無関係ではなさそうです。国家は第二次世界大戦前には死亡しやすく、その後は死亡しにくくなったことは、多極システムと二極システムに同期しています。リアリストが主張するように、多極システムでは戦争が起こりやすく、二極システムでは戦争が起こりにくいのであれば、国家の死の多寡は規範に関係なく、国際構造に根本的原因を見いだすことができます。パラグアイは「三国戦争」の結果、死を迎えました。この戦争の名称が表わす通り、当時の南アメリカはブラジル、アルゼンチン、ウルグアイから構成される三極システムでした。パラグアイは、これら三国による戦争の犠牲者でした。ベルギーをおそった悲劇は、やはりヨーロッパにおける多極システムで起こった戦争の帰結でした。他方、ソ連のハンガリーへの軍事介入は、二極システムで起こりました。ソ連はワルシャワ条約機構が維持できれば、アメリカとのバランス・オブ・パワーは保てますので、莫大な代償を払ってハンガリーを占領する必要はありません。ハンガリーを自国の同盟に引き留められれば、それで十分でした。要するに、国家の生死は国際システム・レベルのパワー分布に左右されるということです。

既成事実化と領土保全規範
ザッカー氏やファザール氏は、領土に関する国際規範が国家の暴力による国境変更を減少させたと主張しますが、そもそも、彼らの理論は正しいのでしょうか。最近の研究は、第二次世界大戦後、国家が征服の仕方を巧妙に変えただけであり、国境の不可侵性は担保されていないことを明らかにしています。ダン・アルトマン氏(ジョージア州立大学)は、領土保全規範が国際連盟の設立により萌芽し始めた第一次世界大戦後の領土の征服や割譲に関するデータ(1918-2016年)をより詳細に調べた結果、既成事実化の事例が84件もあることを見つけました。その中には、1954年に韓国が竹島を「征服」した事例も含まれています。そして、こうした小規模な領土の征服は、2014年のロシアによるウクライナのクリミア半島併合がそうだったように、多くのケースで戦争に至っていません。国土の占拠が戦争にスカレートしたのは84件中27件であり、その確率は32%にすぎないので、既成事実化による征服は目立たないのです。現代世界において、現状打破国は既成事実化による小規模な領土の占領をかなりの高い割合で首尾よく成功させているのです。

ロシアによるウクライナでの力による現状変更は、明確な領土保全規範に反する行為です。これを戦後70年近く守られてきた国際規範を棄損する出来事と解釈するのか、それともバランス・オブ・パワーの観点から、何十回も行われてきた征服の1つの事例をとらえるのかでは、自ずと対応策が変わってきます。前者の立場をとるファザール氏は、領土保全に関する国際規範は死守すべきだと以下のように強く主張しています。

「ロシアによるウクライナ戦争は、ロシアとウクライナだけにとどまる問題ではない。領土征服を禁止する規範が先細りになっていけば、世界は領土紛争というパンドラの箱を開けることになり、数百万の市民が無差別攻撃に標的にされる恐れがある…領土征服を禁止する規範を維持するために、国際社会はロシアに圧力をかけ続けるべきだろう…(領土保全規範に)違反する行動を処罰しなければならない…(この)規範が希薄化していけば…武力による国の死滅という残酷な時代へ時代は回帰していく…国際社会がロシアのウクライナ侵略と征服を許せば、各国はより頻繁に国境線を武力で変更しようと試みるようになり、戦争が起き、帝国が復活し、消滅の危機に瀕する国が増えるかもしれない」。

こうした言説は、ロシア・ウクライナ戦争をめぐる我が国の論壇やメディアでもよく聞かれます。「法に基づく国際秩序を守らなければ、潜在的な現状打破国を勢いづかせることになる」とか「国連憲章に違反したロシアを処罰しなければ、侵略した者が得をすることになるので、世界が不安定化する」といったロジックにもとづいて、侵略という蛮行を働いたロシアを成敗するべきという主張です。こうした議論を擁護する人たちは、ファザール氏の危機感を共有しています。しかしながら、緩衝国を含む国家の生死がバランス・オブ・パワーによって、その多くが決まるのであれば、「征服に反対する規範」や「領土保全規範」の国家行動に与える影響は、見せかけ上のものにすぎません。さらに、そもそも国際連盟規約や国際連合憲章が制定された後でも、国家による領土の征服が既成事実化により行われてきたのであれば、ロシア・ウクライナ戦争がどのような結末になろうとも、将来に征服行為が減ることは見込めません。領土に関する国際規範が「幻想」だとするならば、これを守る口実だけで、多大な犠牲を払って戦争を行うことは賢明ではないでしょう。核武装国ロシアを敗北させる戦争には、そのこと自体に価値があることは疑いないのですが、その反面、核使用へのエスカレーション・リスクが高いだけに、慎重に行動すべきでしょう。

リベラル価値と国際規範
リベラル民主主義国は、他国の主権と領土を尊重する規範を共有してので、われわれは、それを守るべきであるとの反論もあるでしょう。はたして、自由民主主義国は国境の不可侵性を尊重して、他国を征服しない「平和勢力」なのでしょうか。21世紀の戦争のデータは、この仮説を否定するのに十分でしょう。世界で最も発展した民主主義国であるといわれるアメリカは、他国の正当な領土を軍事力で占領しています。2003年、アメリカのブッシュ政権はイラクに軍事侵攻して首都バクダッドを制圧しました。2011年、オバマ政権は国連安保理決議にもとづく「人道的介入」の名のもとに、リビアに軍事介入しました。その結果、リビアは「破綻国家」となってしまい、人道的危機は悪化しました。アラン・クーパーマン氏(テキサス大学)は、これを「大失策」と批判しています。つまり、国家がリベラル民主主義だから国際規範を尊重するわけではないということです。むしろ、ジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)が喝破するように、これらはアメリカのみ大国として存在する単極構造の「瞬間」において、自らの姿に世界を変革することを望むワシントンの外交エリートの野心が、それをとめるパワーのある別の大国が存在しなかったために、暴走してしまった出来事と説明できるのです。

アメリカが「領土保全規範」を破った事例をあげたのは、ロシアのウクライナ侵略を相対化するためでもなければ、反米主義を擁護するためでもありません。国家の政治体制と征服には、因果関係が認められないことを例証するためです。スティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)がいうように、「全てのタイプの政府は残虐なことを行う」のが、残念ながら、世界の現実なのでしょう。そうであれば、もし、われわれが民主主義勢力は「善」であり、権威主義的勢力は「悪」であるとするステレオ・タイプで国際関係や戦争を見てしまうと、過ちをおかしてしまうことになりかねません。戦略家のハル・ブランズ氏(ジョンズ・ホプキンス大学)は「最近の出来事はアメリカの影響の弱い世界では、専制主義的収奪がより当たり前になることを思い出させた。ウクライナ戦争は悪が絶えないことを思い出させた。そうすることで、アメリカのパワーの美徳も例証してきたのだ」と主張していますが、これは極めて根拠が弱いといわざるを得ません。間違った理論は間違った処方箋をだしがちです。

ファザール氏の画期的な研究は、ウクライナのような緩衝国家がライバル国からの征服を受けやすいことを明らかにしました。そして、彼女は「征服に反対する規範」に緩衝国の生き残り戦略を見いだしました。しかしながら、ロシアのウクライナ侵略は、この国際規範がウクライナを守れるほど強力でないことを例証してしまいました。他方、スティーヴン・ヴァン・エヴェラ氏(マサチューセッツ工科大学)らのリアリストは、ウクライナの中立が、その生存にとって重要だと主張していました。ミアシャイマ―氏やウォルト氏は、ヨーロッパにおいてアメリカがNATO東方拡大するのは過ちであり、あえて抑制的な行動をとるべきだと継続して主張していました。それがウクライナの国益はもちろんのこと、アメリカやロシアの国益にもなったはずだというのが、かれらの主張でした。厳しい戦略環境に身を置かざるを得ない緩衝国の最適な生き残り戦略とは何か。これは国際関係研究に与えられた大きな課題だと、わたしは思います。

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ロシア・ウクライナ戦争において西側がとるべき戦略とは何か

2022年05月27日 | 研究活動
21世紀のヨーロッパにおいて、過去の世界の遺物だと考えられていた「古典的な戦争」が起こりました。ロシアがウクライナ国境付近に大規模な兵力を展開したのち、国境を越えて同国に大規模な軍事侵攻をしたのです。こうしたロシアの蛮行に対して、リアリストとリベラルの受け止め方は大きく異なります。リアリストは、以前からNATOの東方拡大はロシアの死活的な安全保障上の利益を脅かすことになり、同国はそれを守るための軍事行動を厭わないので危険だと主張していました。したがって、リアリストはロシアがウクライナを侵略した意味をNATOがロシアの生存を脅かした予想された結果であり、不幸にしてウクライナが犠牲になってしまったととらえたようです。他方、リベラルは、ロシアの侵略に大きな衝撃を受けました。この学派の人たちは、ロシアが引き起こした国際法に違反する行動を「法の支配に基づく国際秩序」を破壊する重大な「犯罪行為」だと解釈したのです。リベラルは、国際社会を発展する規範や制度から構成されるものとみなす傾向にあります。とりわけ、リベラル派は、主権国家間の境界線を尊重する「領土保全規範」が、国家の他国への侵略を抑制する重要な役割を果たしていると信じていました。その規範を大胆に破ってウクライナを軍事力で攻撃したロシアの行動は、国際社会全体の「公共善」に対する挑戦であると、リベラルは危機感を募らせたわけです。だから、リベラルの人たちの多くは、ウクライナとロシアの戦争を「善と悪」との闘争とみなしたのです。他方、リアリストはロシア・ウクライナ戦争をバランス・オブ・パワーの変化が引き起こした事象と理解しています。したがって、リアリストはこの戦争に善悪の基準を当てはめようとしないのです。

リアリストとリベラルの見方と対応方法
このようにリアリストとリベラルは、世界がどのように動くのかについて見方が異なりますので、そこから導かれる対応方法も当然に違ってきます。リアリストは、戦争には必然的にパワーの分布が反映されるとみなします。したがって、戦争の終結形態は、残念ながら、ロシアとウクライナの国力の差に左右されてしまうとリアリストは主張します。リアリストの重鎮であるアメリカの元国務長官ヘンリー・キッシンジャー氏は、ウクライナがロシアに領土を割譲すべきととれる発言をして、たいへんな物議をかもしました。かれは5月23日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)において、「今後2カ月以内に和平交渉を進めるべきだ」との見解を示すとともに、「理想的には、分割する線を戦争前の状態に戻すべきだ」と述べました。この「戦争前の状態」という言葉は、ロシアが2014年に併合したウクライナ南部クリミア半島や、親ロシア派勢力が支配する東部ドンバス地方の割譲を意味すると受けとられました。この発言に対して、ウクライナのゼレンスキー大統領やクレバ外相は猛反発しました。かれらは、ロシアに譲る地域にはウクライナ人が住んでおり、ロシアへの譲歩は戦争を防げなかったではないかと、キッシンジャー氏を激しく批判しました。

バランス・オブ・パワーといった地政学的要因がウクライナの行動を制約していることについて、ウクライナ政府内では、その受け止め方に迷いがあるようです。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は「私たちには戦う以外の選択肢はない」「侵略者を罰するための前例がなければならない」「侵略者が全てを失えば戦争を始める動機を間違いなく奪うことができる」と強気の発言をしています。ロシア軍が東部ドンバスや南部ミコライウで空爆や砲撃を実施し攻勢を強めた中、アンドリュー・イェルマーク大統領府長官は5月22日、「戦争は、ウクライナの領土の一体性と主権を完全に回復して終結しなければならない」と述べて、ウクライナは停戦や領土の譲歩はしない姿勢を示しました。こうしたゼレンスキー政権の対ロ政策は、ウクライナ国民に広く支持されています。ウクライナ国民の82%は、戦闘が長期化して国家の独立性への脅威が高まることになっても、ロシアとの交渉で領土を割譲すべきでないと考えていることが、世論調査の結果で分かっています。

その一方で、ゼレンスキー大統領は5月21日に報じられたテレビインタビューで、ロシア軍がウクライナへの本格侵攻を開始した2月24日以前の領土を取り戻すことができれば「ウクライナにとっての勝利とみなす」と表明して、クリミア奪還は必ずしも目指さないと示唆していました。この方針は、先述のキッシンジャー氏の提言とあまり変わりません。おそらく、ゼレンスキー大統領としては、理想としてクリミア半島を含むすべてのウクライナの領土をロシアから取り返したい反面、それを目指すことはロシア軍との戦闘が長く激しくなり、国民の多くの生命を犠牲にしてしまうことと理解しているのでしょう。こうしたジレンマに直面して、普通の人では想像できないような深く苦しい悩みを抱えるゼレンスキー氏の心情は、察するにあまるものです。くわえて、ウクライナを支援するNATOの軍当局者にも、同様の迷いがあるようです。かれらは、ドンバス地方やクリミア半島の一部地域では地元住民からの反発も考えられることから、ウクライナ政府が実際に領土を取り戻すために戦うべきかどうかについては、疑問な点もあると述べています。

リアリストとリベラルが考える支援策と出口戦略
言うまでもないことですが、ウクライナ政府がロシアとの戦争の目的と手段を決める明白な権利を持っています。われわれにできることは、外からウクライナを助けることです。問題は、関係各国が、どのようにウクライナを支援するかです。リアリストの答えは、自国の国益の観点からウクライナ政策を打ち出すべきだということになります。他方、リベラルの処方箋は、国際社会の公共善を守るために、その規範を踏みにじったロシアという悪を徹底的に打倒すべきとなるでしょう。ウクライナの最大の支援国であるアメリカは、迷いながらも今のところ、リベラル派の進言にしたがって行動しているようです。バイデン政権は、第二次世界大戦後、初めてとなる戦時の「レンド・リース法」をウクライナに適用して、全面的で大規模な軍事援助を行っています。また、アメリカはヨーロッパにおいて、異例ともいえる大規模な増派をしています。アメリカのマーク・ミリー統合参謀本部議長は、侵攻前に欧州に展開していたアメリカ軍の兵力規模は、米軍欧州軍や陸海空軍、海兵隊、宇宙軍を合わせ約7万8000人だったが、わずか数カ月で30%増となり、10万2000人態勢に拡大したと発表しました。これは中国の脅威の増大を念頭においたリバランス政策において、インド・太平洋地域に展開してきた米兵数を上回っています。アメリカは再びヨーロッパに回帰したのです。

こうしうたアメリカのウクライナ支援政策については、リアリストから苦言が呈されています。ジョン・ミアシャイマー氏は、以下のようにバイデン政権を批判しています。

「オバマ政権で副大統領を務めていたバイデンは…ウクライナ加盟の”超タカ派”として動いてきました…(かれは)ウクライナのNATO加盟に積極的になるのです…バイデン大統領は現在のウクライナ危機を引き起こしたメインプレーヤーの一人です…バイデン自身が副大統領時代にウクライナのNATO加盟にコミットしすぎたためでしょう…それでリアリストのロジックではなく、リベラル覇権主義のまま(ウクライナに)肩入れしていったわけです…ウクライナにいるロシア軍を決定的に敗北させ(ることは)…ロシアの生存を脅かしている。これはまさに『火遊び』なのです」(『文藝春秋』2022年6月、149-156ページ)。

ミアシャイマー氏の見解が正しければ、アメリカがウクライナ情勢に深入りしすぎてしまったため、ロシアを交渉により戦争終結へと動かすことは不可能になってしまったようです。アメリカに戦争の「出口戦略」がないことは、以前から識者が懸念していました。外交問題評議会のリチャード・ ハース会長は、「奇妙なことに、ウクライナでの西欧の目標は初めから明確とは言い難い。ほぼ全ての議論が手段に集中している…何が戦争を終わらせるかにほとんど言及がない…どう戦争を終了すべきかに答えることは、ロシアとの闘争が重大局面をむかえる中、大規模な戦闘の気配がするので、死活的に重要だ」と早くから指摘していました。最近になって、アメリカの専門家から、西側は戦争終結の出口戦略とウクライナ支援をパッケージにすべきだとの積極的な意見もだされるようになりました。ブレンダン・リッテンハウス・グリーン氏(ケート研究所)とカイトリン・タルマージ氏(ジョージタウン大学)は、ロシア軍の完全な敗北を目指すと核の惨劇のリスクは高まり、そうならなくても人道被害は甚大になるので、西側は武器支援をキーウが受け入れ可能な紛争解決に関連づけ、「必要であれば(ウクライナへの)軍事支援の栓を閉めることも厭わないと示す」べきと踏み込んだ提言をしています。

しかしながら、現在のアメリカには、そうした政治的意思はないようです。ロイド・オースチン国防長官は「アメリアはウクライナとロシア間の和平取引にとって可能性のある条件を要求してはいない」と発言して、バイデン政権が「出口戦略」をゼレンスキー政権と構築することを否定しています。

ヨーロッパとアジアにおける役割分担
リアリストは西側がウクライナを支援することに同意しますが、それは国際システムのパワー配分を考慮したものにすべきだと考えます。すなわち、ウクライナを侵略したロシアへの対応すると同時に、覇権国として水平線を超えて昇りつつある中国の台頭に対する注力をおろそかにしないということです。そのための1つの方策は、アメリカとヨーロッパ諸国が国際安全保障の分業体制を取ることです。ロシアと西欧の主要国とのバランス・オブ・パワーから判断すれば、ウクライナで蛮行を働くロシアを放逐する力をイギリスやフランス、ドイツは持っています。こうした西欧主要国の軍事費の総額は、ロシアの3倍以上になります。したがって、ヨーロッパ諸国に足りないのは、ラジャン・メノン氏(コロンビア大学)が的確に指摘するように、パワーではなく政治的意思なのです。

他方、中国は日本の約6倍の国防費を使う核武装大国であり、世界第2位の経済大国でもあります。こうした圧倒的なパワーの不均衡は、アメリカの助力をなくして改善することができません。このことについて、スティーヴン・ワースハイム氏(カーネギー国際平和財団)は、アメリカは中国とロシア両国に対抗する「新冷戦」戦略は避けるべきであり、「ロシアのウクライナ侵攻はプーチン大統領がリスクを厭わないことを暴露したが、同時にロシアの軍事、経済の弱さも暴露した…ヨーロッパはロシアとの均衡を促進する一方で、アメリカはアジアの安全保障に集中する…このような分業は適正で持続可能だ」と主張しています。保守派のダグ・バンドウ氏(ケート研究所)もフィンランドとスウェーデンのNATO加盟を念頭におきながら、「ロシアの貧弱な軍事的パフォーマンスは、モスクワが望んだとしても、多くの隣国を征服できないし、大陸全体はむりであることを示している。フィンランドとスウェーデンの参加希望は、アメリカの負担に基づく保険政策を得る試みなのは明らかだ。アメリカはヨーロッパ防衛の責任を欧州に移すべきだ」と述べています。

中国の台頭と日本の安全保障
中国はアメリカがウクライナ情勢に深入りする機会を利用して、その勢力範囲を南シナ海から南太平洋に拡張しようとしているように見えます。王毅国務委員兼外相は5月26日から6月4日にかけて、南太平洋地域のソロモン諸島やキリバス、フィジーなど計8カ国を公式訪問します。フィジーでは太平洋島嶼国との外相会議も開催します。日米豪印によるクワッドに対抗し、南太平洋での影響力の拡大を図る構えです。そのクワッドの首脳会談が実施されている日に、中国は日本周辺に核爆弾搭載可能の爆撃機を飛行させて示威行動にでています。こうした中国の拡張的で危険な冒険的行動からインド太平洋と日本の安全保障を確保するには、この地域におけるアメリカのパワーのプレゼンスが必要不可欠です。そのために必要な西側の診断と処方箋は、ミアシャイマー氏によれば、次の通りです。「ウクライナ情勢は、日本にとっても由々しき事態です。米国が、日本にとって最大の脅威である中国から目を離して、二次的な脅威であるロシアに集中しているからです…まずは日本が米国に対して、ウクライナ戦争を早期に終結して、全力で軸足を東アジアに向けるよう進言すべきです」ということです(『文藝春秋』2022年6月、156-157ページ)。

繰り返しますが、ウクライナが侵略したロシアとどのように戦うのかは、ウクライナ政府と国民が決めることです。われわれにできることは、ウクライナをさまざまな形で助けることです。リアリストは、ウクライナへの支援を「出口戦略」と関連づけながら、アメリカとヨーロッパの分業体制で実施することを提案しています。他方、リベラルは、ウクライナに侵略したロシアを全力で敗北させ、プーチン大統領を罰することを望んでいるようです。今のところ、アメリカやウクライナはリベラルの助言に従っています。これはバイデン大統領が、5月23日、ロシアのウクライナ侵攻について「プーチン大統領に責任を負わせる」と述べたことに表れています。ウクライナ大統領府長官のアンドリュー・イェルマーク氏も「今日、善と悪の間に中間は存在しない。あなた方は、善につくか、悪につくかのどちらかだ」と、リベラル派の言説でロシアのウクライナ侵略への西側の支援を訴えています。

日本は苦しい財政状況の中、ウクライナへの経済支援に全力を傾けています。岸田文雄総理大臣は「日本としては、世界銀行と協調する形で、従来の3億ドルを倍増して6億ドルの財政支援を行うことにする」と述べ、さらに3億ドルの借款を追加する方針を明らかにしました。これにより日本のウクライナへの借款は6億ドル、日本円でおよそ770億円規模となります。同時に、日本は中国や北朝鮮の脅威に対処するために、防衛費を現状の2倍にすることを目指しています。日本は古典的な「大砲(軍事)かバター(厚生)」のトレードオフに、不可避的に悩まされる一方で、ウクライナの勇敢な戦いを支えながら、台頭する中国の脅威から安全保障を確保しなければなりません。こうした苦境を打開する万能薬はありません。そこに必要なのは戦略的英知でしょう。岸田政権は、アメリカや西側同盟国とウクライナを交えながら、ゼレンスキー政権が受け入れ可能な「出口戦略」を本格的に協議してもよいのではないでしょうか。そして、リベラル寄りの西側の戦略をリアリストの方に少しずつ動かす努力は、検討に値します。中国という出現しつつある地域覇権国の脅威にさらされる日本の国民は、望ましい国家戦略を感情を排して冷静に考えて、その答えをだすことが求められると私は思います。


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