サッカー狂映画監督 中村和彦のブログ

電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画「蹴る」が6年半の撮影期間を経て完成。現在、全国で公開中。

ブラインドサッカーワールドグランプリ2021

2021年06月12日 | ブラインドサッカー

Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2021 in 品川」の記事、2つを書きました。

 

「見えない闘い」ブラインドサッカーワールドグランプリ2021開幕 – Paraphoto

 

見えたかメダルへの道筋 ブラインドサッカー日本代表準優勝 – Paraphoto

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久しぶりの なでしこジャパン生観戦

2021年04月11日 | サッカー

本日は新国立競技場で、なでしこジャパン生観戦。
パナマ代表はコロナ禍、遠路はるばる来日しありがたい限りだが実力差が大き過ぎて‥。男子大学生との練習試合の方を観たかったと思ったりもした。
まあでも、なでしこジャパンを久しぶりに生で観れたのは貴重で、特に長谷川唯選手は見ていて本当に楽しくなる。絶妙なボールタッチ、うまくタメを作ったり、ボール取られたらすぐ取り返したり。
 
なでしこジャパンは、前半4・4・2、後半は4・2・3・1から 4・3・3だったが、一方的過ぎてうまくいっているのかどうなのか掴みにくい。後半になってくると、パナマ代表は足を攣る選手が増えてくる。攻められても攻められても懸命に守る姿を見て、2009年台北デフリンピックに挑んだデフなでしこジャパンを思い出した。
現在はたくましくなってますが。

新国立に来たのは2回目。1層は初めてだったので、車椅子エリアをチェック。うらやましいくらいピッチが見やすいところに多数の席がある。まあパラリンピック  に向けて新たに作ったのだから当たり前か。介助者用の席もあらかじめセットされている。
しかし看板に遮られて電光掲示板が見にくい席が、かなりある。もう少し上目に取り付けることはできなかったのだろうか。看板の上部はもう少し余裕があるように見えるのだが、構造上無理だったのかな。途中で設計が変わった弊害なのか?

コーナーからゴール裏にかけてのエリアは問題なく電光掲示板が見れます。

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“乗車拒否”?された伊是名さん

2021年04月10日 | 障害一般

伊是名夏子さんのブログ記事 JRで車いすは乗車拒否されました : コラムニスト伊是名夏子ブログ (livedoor.jp)が炎上した件だが、電動車椅子ユーザーの知人も多数いて介助経験もあり介護福祉士の資格も最近得た私としては、とても気になってはいたものの、車椅子ユーザーのなかでも賛否が別れており「意見が言いにくい」ということもあって、伊是名さんのブログを引用リツーイトするだけにとどまっていた。

(Twitterの文面は以下)
行動の是非でなく問題提起としては、エレベーターのない無人あるいは少人数職員の駅における電動車椅子の乗降について、当面、差別解消法の合理的配慮をどうするか?事前連絡をもらえば対応出来るのか、それでも出来ないのか? 鉄道会社で事前協議し社内共有、外部告知しておく必要があるということか。エレベーターの設置とあわせ、周囲の人々が自然に手伝う社会の実現も一つの解決法だが、電動車椅子は男4人で抱えても大変で危険。中学高校で体験学習が必要か。 来宮駅の平面図は階段の先が点線で上り下りホームとも地下階段を使用しなくてはならないことが読み取れる。そういった知識の共有も必要か。


その後、さらに炎上しているようで、人格攻撃・誹謗中傷は論外としても、「伊是名さんや駅員さんの行動の是非ではなく車椅子ユーザ―も当たり前に移動できるよう障壁が取り除かれるべきであり、そういった観点から議論されるべきである。木を見て森を見ずではだめだ」的な大上段的な論にも違和感を感じ、「(トーンポリシングという考え方はあるものの)やはり行動に対する疑問もあるし、木も見て森も見なくてはならないんじゃないの」と思ったりもした。しかし私のTwitterの書き込みも「まさにその通りじゃん」ということで、この一件を自分なりに整理してみたいと思う。


炎上を知り、最初に伊是名さんのブログ記事をざっと読んだ感想は、コラムニストという肩書の割には、例えば「無人駅」という表現が一言もないなど「言葉が足りなさ過ぎるのでは?」というもの。一読しただけではよくわからなかったので、その後、熟読したがいろいろと疑問点や、どう理解してよいかわからない点も多かった。
順を追って、みてみたい。

まず伊是名さんが、ネットで来宮駅の構内図を調べた箇所。
ブログに添付されていた図面から、エレベーターはなく、改札口へ行くには上り下りのホームともに地下階段を通る必要があることが読み取れるが、伊是名さんはわからなかったようだ。

この時点で伊是名さんは、「下りなら階段なしなのかな」と思い、行ってから考えようとなった。この「事前の調べが足りない。事前連絡で確認していない」という点に疑問を感じた人も多かったようだ。

その後いろいろと調べてみたのだが、国土交通省で11月から「駅の無人化に伴う安全・円滑な駅利用に関する障害当事者団体・鉄道事業者・国土交通省の意見交換会」というものが3度開催されており、4月以降に中間とりまとめが示され、夏頃に最終報告が予定されている。今回のような事例が既に問題化されていたわけだ。

https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_fr2_000017.html
(上記URLで、議事録や資料を読むことができる。聴覚障害者、視覚障害者への対応も話し合われており興味深い)

この議論のなかで「事前連絡に関する認識の共有」というものが一つのテーマになっており、「各社、事前連絡がなくても対応」することになっている。「ただし、要員手配やバリアフリー設備の状況により、お待たせしたり、乗車列車や乗降駅の変更をお願いする場 合がある」という但し書きはある。

また九州大分県では、脳性まひの車椅子ユーザ―が「電車に乗って好きな所で乗り降りしたい」という願いから「乗車する際の介助に予約が必要なのは差別だ」と、JR九州を訴えている。
無人駅とバリアフリーの関係性「好きに乗り降りしたい」:朝日新聞デジタル (asahi.com)


こういった流れをご存知かどうかわわからないが、ご自分の体験から「いつもJRを利用する時と同様に、連絡をせずにむかいました」(補足で書かれた伊是名さんのブログ記事より  JRの合理的配慮への改善を求める補足 : コラムニスト伊是名夏子ブログ (livedoor.jp))ということのようだ。また同記事で「調べるのも、連絡するのも、手間も時間もかかることだからです。その手間と時間が障害者にだけ強制されるは、差別があるということと同じはないでしょうか」とあるように、一見してわかりやすい説明の部分までは調べるが、それ以上のことを強いられるのは差別だという思い、問題提起もあったということだろうか。また一般論として電話で問い合わせると断られるが、直接行けばOKになることはままあることから、そういう知恵もあったのかもしれない。
尚、前述の「意見交換会」でも、「障害当事者の方々への適切な案内・情報提供の実施」というテーマがあり、HP等をわかりやすくするという点は各社の努力目標となっている。


そして小田原駅に向かい、来宮駅まで行きたい旨伝えたが、その時点で駅員Aさんは来宮駅が無人駅かつバリアフリー非対応ということを認識していなかったようだ。電動車椅子ユーザ―がそういう駅に行くというイメージが無かったのか、単にうっかりしていたのかもしれない。駅員Aさんはその後、熱海駅に連絡したのか連絡する前に無人駅であることに気がついたのかはわからないが、JR側は「無人駅で対応不可能。熱海まででよいか」と伊是名さんに伝えることになる。「無人駅」という言葉がブログ記事に出てこないのでどの時点で伝えたのかわからないが、常識的に考えれば最初の時点で無人駅であることを伝えたのではないか。

前述の意見交換会では「各社とも駅が無人であることのみをもって駅の利用を制限する取り扱いは行っていない」。但し、「無人駅を有する複数の事業者において、改札からホームまでの行き来が跨線橋のみでエレベーターやスロープの 設置がない場合など、構造上車椅子のご利用が出来ない場合は、バリアフリー設備の整った隣接駅のご案内や迂回乗車のご案内を行う場合がある。」ともある。
またJR東日本は、乗車列車、乗降駅の変更について、「手前の駅で降りていただくなど、地方の駅での実例はあるが、いずれにしてもケースバイケースで可能な限り対応させていただいているところ」と回答している。

つまり小田原駅の対応は隣接駅のご案内であったわけだが、迂回乗車の案内はなかった。この時点、あるいはその後、関係各所(熱海駅、小田原駅長やバリアフリー専門の対応部署?)に問い合わせ、駅員Bさん、Cさんが登場するが、その過程で、タクシー、バス、徒歩(電動車椅子自走)の迂回乗車にあたる3択を連絡先等の情報も含めて示すことが出来れば、ケースバイケースの可能な対応、合理的配慮になったということかと思う。熱海駅から、伊是名さんが行きたかった来宮神社まで(どのくらいの割合かはわからないが)ノンステップバスが運行している。

どうなのだろうか?それでも伊是名さんは納得しなかったのだろうか。

しかし提示できたのはタクシーだけだった。それでは納得できない伊是名さんは、「駅は公共交通機関です。駅員さんを3,4人、集めてくれませんか?」と要求した。伊是名さんからタクシー会社に一応連絡したらどうなのだろうとも思うが、予約は絶対無理だと思ったのか、あえて選択肢から外したのかどうかはわからない。「タクシー会社の電話番号をもらいましたが、対応できるかは、わかりませんとのこと」とあるので、伊是名さんは、連絡は駅側がすることと思ったのか? 駅側とすれば、お客様がやることと考えたのかもしれない。今後、そういった場合、どちらが連絡すべきだという議論が必要なのかもしれない。また料金は現状では利用者負担ということかと思うが、いろいろと考える余地はあるのでないか。

ちなみに意見交換会の事例で「徒歩もしくはタクシーを使ってほしい」と伝えることはあるようで、例えば「鉄道事業者が指定した駅で降車し、タクシーで1万円近くかけて自宅まで帰宅した。」ということもあったようだ。あるいは「親族の生死にかかわる事態が発生し、電車を急に利用したい場合も断られた」「無人駅なので 1 ヶ月前までに事前連絡をもらわないと対 応できない」という事例もあり、そんなことを知ってか知らずか、伊是名さんには何とか風穴を開けなくてはならないという強い思いがあったのかもしれない。

また「無人駅は手伝いに行く駅員も高齢な人もいるため、手伝うことが難しい場合もあるがケースバイケースではっきりしたことは言えない」という場合もあったようで、手伝える体力を有する人員が必要である。

何故、伊是名さんは4人ではなく「3、4人集めてくれませんか?」と言ったのかと思ったが、3人の場合は女性のお友達も手伝うということだったのだろうか。それはともかく1時間ほどのやり取りの後、伊是名さん一行は熱海駅へ向かう。熱海駅で再交渉するつもりだったのか、タクシーか徒歩(自走)で行くつもりだったのかは書いてないのでわからない。別の記事のインタビューで伊是名さんが電車に乗ったことを「強行突破」と表現しているが、JR側は小田原→熱海はサポートするわけで、言葉の意味はよくわからない。

乗車後、小田原駅から熱海駅に連絡し、JR側の誰かが「一連のやりとりを携帯で撮影されているし、これは対応しないとヤバい!」と思ったのだろう。熱海駅では駅長も含めた4名が待ち構えていた。駅長も数に入れないと人数を確保できなかったようだ。

そして来宮駅でその4人が電動車椅子を運んだ。私自身も同様に電動車椅子を運んだ経験があるが、かなり大変だ。階段上部の人は腰を痛めそうになるし、下部の人には相当な荷重がかかる。本当ならば6名で運んだほうが良い。

伊是名さんのブログ記事に対する感想を読むと、大変な思いをして運んでくれた駅員さんたちへの感謝の気持ちが感じられない等と批判されているようだ。もちろん人と人との関係がうまく進むためには感謝の気持ちを持って接するほうが絶対に良いのだが、この点はなかなかに難しい問題だ。
伊是名さんのことを言っているわけではなく一般論として、たとえどんなにひどい性格の障がい者でも合理的配慮はなされなくてはならないし、どんなにとんでもない奴でもその人の権利は守られなければならない。障害者差別解消法における合理的配慮は、障害者にとっての権利である。
もちろん笑顔で協力しあったほうが良いに決まっているし、そうあるべきかもしれないが、「そうでなければならない」とはならない。

少し脱線するが、パラリンピックで大活躍し勇気と感動を与えてくれた障害者にも、特に何もしないで悪態ばかりついている障害者にも、合理的配慮はなされなくてはならない。“良い障害者”と“悪い障害者”に、健常者が選別し分断することはアウトだろう。ロンドンパラリンピック後、パラリンピックは障害への理解に全くつながらなかったという意見がとても多かったという。そうならないためにも。

伊是名さんのブログに戻ると、「車いすユーザーが利用者として想定されていない」と何度か書かれているが「バリアフリー対応でない駅に向かう車いすユーザーが、利用者として想定されていない」ということではないか。かなり誤解を招く表現のように感じた。

最終的には、無人駅の来宮駅の乗降で往復ともに対応したわけなので、タイトルの“乗車拒否”や「正直、ここまでの乗車拒否は初めてでした」という言葉の意味を当初は掴みかね、違和感も持ったが、1時間要求しても「はい」と言ってくれなかったのは初めてだったということだろう。JR側としては「それを乗車拒否と言われましても」とはなると思うが。

以前も「階段しかない駅では、時間はかかっても、駅員を集めてくれ、持ってくれる」ようだが、無人駅に4人の職員が出向いたのだろうか? それとも無人駅は初めてのことだったのだろうか。そのことは最初のブログ記事にも補足として書かれた記事にも書かれていないのでわからない。
また補足の記事には「熱海駅の駅員さんは丁寧、親切でしたが『今回は特別ご案内します』と言われたのを改善していきたいと思いました」とあるが、その時点では特例と言うしかないでだろう。駅側としては、通常業務を4名が離れ、隣の駅までいくということはできるだけ避けたいだろう。ただ今後、伊是名さんと同じルートを希望される方がいた場合は、バス、タクシーを即座に案内、それではどうしてもダメですという人の場合のみ、階段で運ぶということになるのだろうか。


前述の意見交換会では、鉄道サービス政策室から以下の提言がなされている。「規則では無人駅であることのみをもって利用を制限する取扱は行っていないという回答を事業者からいただいているが、実際に現場ではそうではないと指摘されているところ。こちらについても、改めて事業者の皆様には、無人駅だからというだけで適切な取扱をしない、前日までの連絡を求めるといったことはしないように教育・周知の徹底をぜひお願い申し上げる」


この先、来宮駅のみならず、無人駅を始めとする非バリアフリー駅をどうするのかというのは日本社会の課題だ。そしてこれは障害者のみならず、高齢者の問題でもある。

すべての駅、特に乗降客の少ない駅のエレベーター設置は実現がむずかしい。ちなみに来宮駅は(Twitterの書き込みによると)エレベーター設置の計画もあるようだ。観光地ということで計画が進みやすいのかもしれない。詳細はわからない。

「オリンピックに無駄な金を使うんならそっちに回せばいいのでは」という意見も散見され、そのこと自体はその通りだと思うが、全駅のエレベーター化は時間的な問題もありなかなかに難しそうだ。じゃあどうするか?
例えばホームの端をスロープにして、線路を渡って改札に通じるという改造も考えられる。実際、そういう構造になっている駅もあり、電動車椅子が改札に向かうのに同行したことがある。

ハード面でなくいかに人員を確保するかということで言えば、熱海ではなんとか4名が確保できたが、地方になると無人駅の隣駅も駅員の数が少なく、4名を確保するのはなかなかに難しそうだ。例えばどこかの私鉄は、専門要員をエリア内の各駅に配置しておき、一堂に集まるという試みをやっているそうだ。これはなかなかに興味深い取り組みである。あるいは管理を自治体にお任せしているところもあるようだ。ボランティアの活用も考えられる。

迂回乗車という観点からは、介護タクシーを保有する会社とのスムーズな連携やノンステップ路線バスとの連携。あるいは福祉車両の有効活用。例えば、高齢者施設の福祉車両をうまく活用するなど。お金の流れをどうするか等、考えなくてはならないこともあるが、可能性はあるのではないか。鉄道会社外との連携ということになるが。地域の実情にそって、業種を超えた連携が必要なのかもしれない。
その他もいろいろ考えられるのではないだろうか。


以前とある地方駅(一応その市内ではメイン駅)に行った時に、バリアフリー構造でないことが気になった。ちなみにアホみたいに重い荷物を持っていたので階段上がって改札に辿りつくまでに疲れ果てた。バリアフリー化はそんな人間にも役に立つ。そこで駅員さんに「もし電動車椅子がこの駅に来たらどう対応するのですか?」と聞いてみた。「隣の市の駅で乗降してもらうしかないです」との返答だった。「この市には電動車椅子では来れないということですね」と問うと、「はい。そうです」と、とても申し訳なさげな表情で答えてくれた。

仮にその駅や日本のどこかの非バリアフリー駅がエレベータ化されることになったとしても完成までの期間をどうするかといいう課題は残る。


「今を生きている」障害者のなかには、それまで、とても待てない。生きているかもわからない、という人もるいるかもしれない。

電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画「蹴る」での撮影中、電動車椅子に初めて乗った時、「自分の意志で行きたいところに行ける自由を得た」という意味合いのことを皆が語った。

ある者は手動の車椅子と悪戦苦闘する日々からの脱出。
生まれて一度も歩いたこともないある者は、自走出来る喜びに満ち溢れた。
楽し気に疾走するある者を、誰も止められなかった。

走り続ける自由を、どこまでも

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映画「MARCH」 3月末まで無料配信

2021年03月20日 | 映画『MARCH』
拙作「MARCH」を3月末まで無料配信することになりました。
この機会に是非ご覧ください。日本語字幕も付いています。
 
 
「MARCH」は、福島県南相馬市の小中学生によるマーチングバンドSeeds+(プラス)を追った36分の短編ドキュメンタリー映画。
東日本大震災時の福島第一原子力発電所の事故により散り散りになった南相馬市立原町第一小学校マーチングバンド部がマーチングを再開した流れを、子供たちや関係者のインタビュー構成で振り返るとともに、サッカーJ2リーグの愛媛FCに招かれ試合前に演奏演技した様子を、南相馬市や福島県浜通り相双地区の現在(撮影は2015年7月~2016年1月)の風景と織り交ぜながら描いた作品。こどもたちの複雑な思いも語られている。
 
尚、Seeds+は、25日Jヴィレッジでの聖火リレースタート前イベントで演奏演技することになったそうです。
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東日本大震災から10年 福島、宮城に行ってきた

2021年03月14日 | 日記

 東日本大震災から10年。これまでボランティアとして幾度となく被災地を訪れているちょんまげ隊長ツンさんの誘いで、310日~11日と福島、宮城の被災地を巡ってきた。ツンさんは、ちょんまげ姿で有名なサッカー日本代表サポーター、拙作「MARCH」のプロデューサーでもある。 

 緊急事態宣言下ということでの躊躇、この日だけ行ってどうなるのだろうという気持ちもあったが、公文書の改ざんを強いられ自らの命を絶つことになった、故・赤木俊夫さんの奥様である雅子さんと合流する予定もあるということを聞き、「それならば」ということで即決。以前にも雅子さんにお会いしたことはあったものの短い時間言葉を交わしただけで、改めて「応援しています」という意思を明確に伝えたかったし、夫を亡くされた雅子さんが被災地でいろいろと感じられるであろう、その様子を感じ取りたいという、いささか不純な興味も相まってのことだった。

  出発に当たっては、被災地巡りの参加要件だったPCR検査を受けた。民間で格安に行っているもので疑陽性の場合もあったりするらしいが、やらないよりははるかに良いだろう。

  まず向かったのは福島県広野町、サッカー日本代表のシェフ西芳照さんのお店クッチーナ。代表戦当日選手たちの定番カレーでお腹を満たす。その後、Jヴィレッジへ。震災後は避難所、自衛隊、そして原発作業員の方々の拠点となりピッチは駐車場として利用されていたが、現在はサッカートレーニングセンターとしての姿を取り戻しホテルも新設された。ピッチ上に作業員の仮設寮が立ち並んでいたJヴィレッジスタジアムは鮮やかな天然芝に。“246でずっと止まっていた時計も動き出している。


 
 2011311日午後246分、私はといえば、東京の自宅でサッカー日本代表が優勝したアジアカップDVD編集の真っ最中だった。揺れ始めた瞬間は「編集データがふっとんだら大変だ」と思ったが、TVをつけるととんでもない規模の震災に言葉を失くした。だが納期が迫っている身としては、3月中、震災から背を向け「こんな時に俺何やってるんだろう」と思いつつ不眠不休で編集作業を行なわなければならなかった。長友選手のクロスからの李忠成選手のダイレクトボレー。ザッケローニ監督のインタビュー等々。
 やっと作業は終わったものの、東北にボランティアや撮影に行くこともなかった。その年の暮れにブラインドサッカーパラリンピック最終予選が宮城県で開催された際に、せめてもと石巻から女川に足をのばした。女川では、かなりの高さの高台にある病院の一階まで津波が押し寄せたと聞き、津波の巨大さを実感した。病院横の仮設店舗のカフェに入ると、乳飲み子を抱いた女性が出迎えてくれた。赤ちゃんは、震災後5月の生まれで朝日ちゃん。「たとえ停電して真っ暗闇でも、朝になれば太陽は昇ってくる」。そんな思いからの命名だという。
 その後の2015年、前述のツンさんより南相馬市小中学生マーチングバンドの短編ドキュメンタリー映画「MARCH」を作ってほしいという依頼があり、何も関われていないという忸怩たる思いもあって快諾。福島県浜通りに何度も通うことになった。映画の内容は試行錯誤したが、女川で出会った朝日ちゃんのことを思い出し、ラストは朝日だということだけは最初から決めていた。

  ちょんまげ隊一行はJヴィレッジスタジアムを後にし、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区にある「閖上の記憶」へ。この場で合流予定だった赤木雅子さんや、長らく森友問題を取材している記者の相澤さんは既に到着しており、翌日「追悼のつどい」で飛ばす予定の「ハト風船」にメッセージを書き込まれていた。雅子さんは、故・俊夫さんへの、似顔絵付きの思いっきりのラブレター。「閖上の皆さんと仲良く」という言葉も添えて。相澤さんは、現場に戻るきっかけになった震災についての書き込み。俺はといえば「いつまでも忘れません」という月並みなことしか思い至らず。「ああ、しかしいったい俺は、彼ら彼女らの何を知っているというんだ」。せめてもと展示物を見て何故チューリップの写真があるのかなと眺めていたら、中学113歳の息子さんを亡くされた語り部の丹野さんが教えてくれた。慰霊碑の横に多くの球根が植えたが、花が咲いたのは亡くなった中学生14名と同じ数の14本だったという。 
 その後、慰霊碑に刻み込まれた中学生たちの名前に手を置き、手を合わせ閖上を後にした。

 次に向かったのは74名の児童と10名の教職員が命を落とした石巻市大川小学校。北上川を横目に見ながら、大川小学校に向かっていく。穏やかな気候でこの川を津波が遡っていった様がなかなか想像できない。大川小は震災遺構保存のための工事中で、児童たちが40分ほど待機していた校庭には入ることができない。校庭は裏山と連なっており「あの場所に避難できていたら」と思わずにはいられない。裏山へ上る道は、(現地では直接の確認はできなかったが複数の写真や映像を見る限り)教職員が低学年のサポートをすれば小学生でも上れる傾斜のように思える。ただ余震による崩壊や落下の心配はあっただろう。当時は津波が来た際の避難場所が特定されておらず、教訓として語り継がれていくべきことだろう。教職員のご遺族の方々は複雑な思いを抱いておられるとは思うが。

  そして女川。201112月とは様相が一変。病院にある高台に上がっても高さを感じないのは、全体がかさ上げされたためだった。

  宿は牡鹿半島、西の海岸線にある小渕浜の「めぐろ」。震災当時は道路が分断され支援もままならず、最初の支援は別の港からきた漁船だったという。骨まで食べられるキンキのみぞれかけ、新鮮なワカメやメカブのしゃぶしゃぶ等の料理に舌鼓を打った後は、地酒を飲みながら、地元の方々も交えた語り合い。 
 家を流された方、息子を亡くされた方、そして赤木雅子さんの思いと共感が交錯する。濃密であり、厳粛であり、どこかリラックスした時間。
 たただただその言葉群を、震災復興純米酒「閖」とともに流し込んだ。マスクを着脱しながら。

  翌日は、南三陸町防災庁舎の遺構、気仙沼経由で、南三陸ハマーレ歌津へ。そこは何故か多数のJリーグフラッグがはためく商店街。震災後、オープンしした仮設商店街に大漁旗を飾ったそうだが返却しなくてはならず、「大漁旗が無くなるとさみしくなるよね。目立つ旗が欲しいな」という呼びかけに、Jリーグのサポーターたちが応じてどんどんフラッグが増えていったそうだ。近隣の子供たちは大喜び。その流れのなかでツンさんとの交流も生まれ、311日の慰霊献花式に毎年参加させてくれるという。当日の会場設営は松本山雅サポーターが担った。


 午後246分に黙祷。その後、花を手向けさせていただいた。
 そして10年前の津波が襲ってきた時間が近づいてくる。なんともザワザワした感情。

  その後は一路福島浜通りへ。6号線沿いの現在の風景を車内から見渡しながら南下。10年間、時が止まったままの場所も多い。
  福島第一原発のデブリは、何十年という単位で取り出せるものなのだろうか。

 そして富岡の「富あかり」会場へ。震災で亡くなった方への鎮魂の祈りと、未来への希望を込めて、竹あかり(竹灯篭)80本、三角灯篭660個に火を灯すというもの。1730分から始まった点灯はすべて終わった後で幻想的な雰囲気を醸し出していた。三角灯篭には「たちあがろう」「もうすぐ戻るから待ってろ」の思いを込めた文字。そして花火も打ち上げられた。

 東日本大震災から10年。TV等でも様々な特集が組まれていたが、正直、(言葉は悪いが)いささか食傷気味というか、頭にすんなりと入ってこないこともあった。

 駆け足で回った2日間では未だにただただ言葉を失くすことも多かった。だが具体的な顔が見え、あそこで出会ったあの人が生きている町、あの風景のなかで生きている人々、と少しだけ思えるような気がする。 
 そういう意味でも、直接足を運ぶことは貴重だった。

 町の復興の進み具合はまちまちだったが、複数の方が語っていたのは「こころの復興は全く終わっていない」ということだった。

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コロナ禍の電動車椅子サッカー選手 永岡真理 ショートムービー公開

2021年01月09日 | 電動車椅子サッカー

映画「蹴る」でも中心に描いた電動車椅子サッカー選手永岡真理さんのコロナ禍の様子を撮影し、10分程の映像にまとめ、クリエーターズプログラムで公開されました。
記事ともども、是非、ご覧ください。

https://yahoo.jp/oVGuWK

不自由な自主練習、感染に留意したチーム練習、脊髄性筋萎縮症(SMA)治療薬投与の場面などあります。
もちろん感染には十分注意し、念のためPCR検査を受けて撮影に臨みました。

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映画『蹴る』1月の上映

2020年12月20日 | 映画「蹴る」
映画『蹴る』上映中止が続いていましたが、1月は奈良、福岡での上映が予定されています。
お近くのかたは是非どうぞ!
 
札幌の上映は開催延期となりました。
 
1月10日(日曜)奈良県田原本町町立図書館で上映!
いつも電動車椅子サッカーのイラストを描いていただいている森下祐美さん展〜アシベとゴマちゃんがやってくる!〜での上映になります。
午前10時~(先着50名)申し込み不要 無料
青垣生涯学習センター2階 研修室にて。
詳しくは以下参照。
 
17日(日曜)に予定されていた札幌での上映は、開催延期になりました。
 
 
1月27日(水曜)14時~ は福岡市内での上映。
「福岡市中央区人権を考えるつどい」としての上映です。
日本語字幕、音声ガイド付きです!
無料ですが、1月20日までの事前申し込みが必要。
詳しくは以下を参照してください。 
 
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「友達やめた。」ろうとアスペの〝心の越境ドキュメンタリー映画〟

2020年10月05日 | 手話・聴覚障害

 聞こえない映画監督である今村彩子さんとアスペルガー症候群でうつもある女性(まあちゃん)の〝心の越境ドキュメンタリー映画〟『友達やめた。』を観てきた。
 
 今村監督の作品はずっと観ている。以前は監督自身「聞こえない人の世界を知ってほしい。外に向かってメッセージを送りたい」というスタンスだったようで、俺みたいに聞こえない聞こえにくいことに関することは何でも観る、読みたい立場からするととても貴重な映像だったが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 ところが前作「スタートライン」あたりからは「自分の中に入っていく感じ」になったようで映画として俄然面白くなり、むしろ外(聞こえる人)に向かった映画となっていった。

 今作は、小学校で給食を作り時には手話通訳をこなすアスペルガー症候群のまあちゃんのリアルな姿を描いた良作今村監督は「このままでは、まあちゃんを撮っているのではなく、アスペを撮ってることになってしまう…」と思い悩み、二人の距離は離れたり急接近したりしながら撮影は続いていく。
 充分に面白い作品だったが、前作ほどにはすんなり入っていけない面もあり、かなりもやもやも残った。
 聞こえないことによるコミュニケーションの断絶は今作ではない。映画を観るまで知らなかったがアスペルガー症候群のまあちゃんは手話通訳者でもあり、双方の会話自体には問題ない。今村監督は口話、まあちゃんは手話付き口話での会話である。2人にとっては口話無しの手話で会話した方が楽なように思えるが、映画用にそのコミュニケーション方法をとったのだろうか??
撮影はあきらかにその方が楽だし、聴者にはそちらのほうが見やすい。

 ということで 前作までは“聞こえない”マイノリティの立場だった今村監督が、今作ではマジョリティの立場に立つ。マジョリティとは、まあちゃんに言わせると“普通脳”ということらしい。その立場からの不快感、葛藤が映像化されていく。
 なのだが、どうも今村監督の立場に気持ちがついていかないのだ。監督は当初我慢を重ねていたが、まあちゃんが「いただきます」をきちんと言えないことや何も言わずにお菓子を食べてしまったことなどに怒ってしまう。俺は挨拶全般ががとても苦手で煮え切らない人間なので、2人の中間で居心地の悪さを感じながらスクリーンを見つめることになったりもした。
 映画パンフで能町みね子さんがうまいこと言っているので引用すると、
「“まともな”今村監督が “ちょっとおかしな”まあちゃんを撮っているはずなのだけど、観ていると、わっどうしよう私まあちゃんの気持ちのほうがわかってしまうぞ?と慌ててしまった。」
みたいなことである。
ということで、すんなり入り込めなかったりしたのだが、そのことは逆に映画の幅の広さにもつながっている。映画内で二人は仲良くなるタイプではないというようなやり取りがあるが、今村監督がもし聴者だったら、まあちゃんのような人に関心を持たない人だったのかもしれない。だがともかく二人は出会ってしまい、今村監督自身の“解放”のために映画を撮ることになる。その二人の距離の遠さのなかに大抵の人が投げ込まれ、距離感の変化によって観る側の立場も流動的で押し流されたりするというか、まあだからいろいろと考えさせられたりもする。

 なんだかまとまらなくなってきたが、(聞こえない人が作った映画なので)字幕テロップと音楽のことにあえてふれておきたい。

 この映画の字幕テロップは大きく分けると、以下になる。字体はそれぞれ変えてあった。
1手話への字幕 (数は少ない)
2口話への日本語字幕(手話付き口話も含む)
3心情や説明のテロップ
4二人の日記の抜粋
5テロップではないが、ラインのやり取りの文字
 3と4は聞こえようが聞こえまいが読む必要があるが、1と2はそれぞれの必要に応じてということになる。私の立場では、3と4だけ読むようにしていたが、3の心情や説明のテロップがすんなり頭に入ってこなかった。というか読むのに出遅れてしまうことがたびたびあった。直前の日本語字幕を読んでいた人はすんなり、その位置に出るテロップが目に飛び込んでくるだろうが、そうでないとつらい。
 日本語字幕と心情や説明のテロップへのスムーズな移行は、自分の映画に日本語字幕を付けた際にも大いに悩むことろでもあった。なかなか難しい問題だ。
 また日記の抜粋は、あれほど大量に引用するのなら、そのままの字体で読むのはつらかった。活字に直すか、丁寧に筆記で書き直すかしたほうがよかったのかもしれない。

 そして音楽。
 少々うるさく感じ、映画の中身への集中力がそがれてしまった。楽曲自体の良し悪しではない。というか悪くはない。そういう問題ではなく、付けるところにはべったりと付き過ぎている印象だった。箇所によってはもっとレベルを低くしたり、フェイドイン・アウトにしたり、曲数を絞って同じ曲を繰り返したり等の工夫があってもよかったような気がした。前作「スタートライン」が動的な映画だったので音楽も付けやすかったと思うが、今作はより繊細な工夫が必要だったのかもしれない。
 聞こえない監督が聞こえるスタッフの意見を聞いたり波形を見たりして音楽をつけるのはとても良いと思うが、早瀬監督の作品を観た時も感じたが、音楽がくどいような気がする場合が多い。難聴者のことを考えてそうなっていることもあるかもしれないが、このあたりはなかなかに難しい問題だ。

なんだか苦言を呈したような文章になってしまったが、充分魅力的な映画で、
私には撮れない映画です。

映画「友達やめた。」は、東京と名古屋で現在上映中。
10月9日まで新宿ks cinemaで10時~
10月16日まで名古屋シネマスコーレにて12時50分~
その他の地域でも随時公開。
配信もあるそうです。
詳しくは映画HPを参照。
http://studioaya-movie.com/tomoyame/

それからパンフレットは税込1100円で高い!と一瞬思ってしまったが、掲載されている「まあちゃんの日記」がとてもおもろい。買い、です。

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相模原障害者殺傷(やまゆり園)事件関連本

2020年07月25日 | 障害一般

やまゆり園で19人の障がい者を殺害、職員を含む26人に怪我を負わせた植松聖は今年3月に死刑が確定。
事件から明日26日で4年となるこの時期に関連本が立て続けに発売、ほぼ全て読みました。
同様の事件が起きぬように、事件を風化させぬように、本を読み事件を振りかえるのも有意義だと思い、簡単に紹介しておきます。5冊です。

『パンドラの箱は閉じられたのか』創出版
植松ともっとも数多く接見を続けてきた月刊『創』編集長篠田さん編著ということもあり、事件に関心を持つ全ての人のファーストチョイス。
公判以外の独自取材、やまゆり園検証委員会に関する記事もある。
『開けられたパンドラの箱』未読のかたはそちらも併せて。

『相模原障害者殺傷事件』朝日文庫
朝日新聞取材班による文庫本。
公判も順に振り返り、巻末資料として被告人質問の一問一答も掲載してあるなど、資料的価値が高い。どういう事件だったのか、どういう裁判だったのか、概観するにはとても便利。文庫の大きさも重宝。

『やまゆり園事件』幻冬舎
地元神奈川新聞取材班によるもの。
匿名だった被害者が、障害名や人柄など出来るだけ可視化されており貴重。事件のリアルな描写も対になっている。
また事件とは直接の関係はなくとも、共に生きる場である(べき)、施設、学校、家族等々をとことん取材。福祉に関心がある方にお薦め。

『相模原事件裁判傍聴記』太田出版
雨宮処凛さん独自目線の傍聴記。植松の反応、声や表情に言及されているのは貴重。他の本から漏れていた植松の言葉もあったりする。また公判前の彼女なりの植松像がゆらぎ、語られていくのは、植松とは何者か?を考えるのに参考になる。
渡辺一史さんとの対談もとても興味深い。

『私たちは津久井やまゆり園事件の「何」を裁くべきか』社会評論社
公判中の3月に発売されたものだが、「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」主催の講演やシンポジウムの採録を中心としたもので、様々な立場の方の生の声が読めるという意味ではとても貴重。

朝日新聞と神奈川新聞による本は、新聞社故の限界か、植松が犯行に至った経緯の考察や、やまゆり園自体への言及があまり無く、そこは物足りないところではあった。

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ALS女性嘱託殺人事件 自らの人生を生きたいと思えるように

2020年07月25日 | 障害一般

亡くなられた京都のALS女性は人工呼吸器を付けない選択をし、自ら命を絶つことを切望されたようだ。

一方、死にたいと2年間思い続けた国会議員船後さんは自らの経験が他の患者の役に立つことを知り、人工呼吸器をつけ生きることを選んだ。
故・三浦春馬さんはALS患者を演じたドラマ『僕のいた時間』で、「死にたいわけじゃない。生きるのがこわいんだ」と涙を流し、多部未華子さん演じる恋人に抱きしめてもらう。そしてそれまで支えてくれた周囲の人々との「それまで生きた時間、僕のいた時間」を支えに“生きる覚悟”を決める。

京都の女性は、2人のようには思えなかったのかもしれない。自己イメージが高く、落差しか感じられなかったのかもしれない。

ALSのことも詳しいわけではなく部外者が軽々しく言えることではないかもしれないが、この事件でまず考えるべきは、船後さんもいうように「自らの人生を生きたいと思える社会」をどう作るか、ということではないのか!

安楽死(あるいは自殺権?)の議論をするとすれば、その次だと思う。

亡くなった三浦春馬さんを引き合いに出すのもどうかとも思ったが、ALSと聞き、即座に顔が浮かんだ。
(ドラマのなかで電動車椅子サッカーをプレーする場面があり、当時、ドキュメンタリーの撮影で通っていたチームが撮影の協力、そんなこともあって、現場で見学していた。)
ひょっとしたらこの事件の報道が生前であったら、三浦さんは自殺を思いとどまったのだろうか。いやそんな仮定の話は失礼だろう。

お二人のご冥福をお祈りします

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