サッカー狂映画監督 中村和彦のブログ

電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画「蹴る」が6年半の撮影期間を経て完成。現在、全国で公開中。

相模原障害者殺傷(やまゆり園)事件関連本

2020年07月25日 | 障害一般

やまゆり園で19人の障がい者を殺害、職員を含む26人に怪我を負わせた植松聖は今年3月に死刑が確定。
事件から明日26日で4年となるこの時期に関連本が立て続けに発売、ほぼ全て読みました。
同様の事件が起きぬように、事件を風化させぬように、本を読み事件を振りかえるのも有意義だと思い、簡単に紹介しておきます。5冊です。

『パンドラの箱は閉じられたのか』創出版
植松ともっとも数多く接見を続けてきた月刊『創』編集長篠田さん編著ということもあり、事件に関心を持つ全ての人のファーストチョイス。
公判以外の独自取材、やまゆり園検証委員会に関する記事もある。
『開けられたパンドラの箱』未読のかたはそちらも併せて。

『相模原障害者殺傷事件』朝日文庫
朝日新聞取材班による文庫本。
公判も順に振り返り、巻末資料として被告人質問の一問一答も掲載してあるなど、資料的価値が高い。どういう事件だったのか、どういう裁判だったのか、概観するにはとても便利。文庫の大きさも重宝。

『やまゆり園事件』幻冬舎
地元神奈川新聞取材班によるもの。
匿名だった被害者が、障害名や人柄など出来るだけ可視化されており貴重。事件のリアルな描写も対になっている。
また事件とは直接の関係はなくとも、共に生きる場である(べき)、施設、学校、家族等々をとことん取材。福祉に関心がある方にお薦め。

『相模原事件裁判傍聴記』太田出版
雨宮処凛さん独自目線の傍聴記。植松の反応、声や表情に言及されているのは貴重。他の本から漏れていた植松の言葉もあったりする。また公判前の彼女なりの植松像がゆらぎ、語られていくのは、植松とは何者か?を考えるのに参考になる。
渡辺一史さんとの対談もとても興味深い。

『私たちは津久井やまゆり園事件の「何」を裁くべきか』社会評論社
公判中の3月に発売されたものだが、「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」主催の講演やシンポジウムの採録を中心としたもので、様々な立場の方の生の声が読めるという意味ではとても貴重。

朝日新聞と神奈川新聞による本は、新聞社故の限界か、植松が犯行に至った経緯の考察や、やまゆり園自体への言及があまり無く、そこは物足りないところではあった。

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ALS女性嘱託殺人事件 自らの人生を生きたいと思えるように

2020年07月25日 | 障害一般

亡くなられた京都のALS女性は人工呼吸器を付けない選択をし、自ら命を絶つことを切望されたようだ。

一方、死にたいと2年間思い続けた国会議員船後さんは自らの経験が他の患者の役に立つことを知り、人工呼吸器をつけ生きることを選んだ。
故・三浦春馬さんはALS患者を演じたドラマ『僕のいた時間』で、「死にたいわけじゃない。生きるのがこわいんだ」と涙を流し、多部未華子さん演じる恋人に抱きしめてもらう。そしてそれまで支えてくれた周囲の人々との「それまで生きた時間、僕のいた時間」を支えに“生きる覚悟”を決める。

京都の女性は、2人のようには思えなかったのかもしれない。自己イメージが高く、落差しか感じられなかったのかもしれない。

ALSのことも詳しいわけではなく部外者が軽々しく言えることではないかもしれないが、この事件でまず考えるべきは、船後さんもいうように「自らの人生を生きたいと思える社会」をどう作るか、ということではないのか!

安楽死(あるいは自殺権?)の議論をするとすれば、その次だと思う。

亡くなった三浦春馬さんを引き合いに出すのもどうかとも思ったが、ALSと聞き、即座に顔が浮かんだ。
(ドラマのなかで電動車椅子サッカーをプレーする場面があり、当時、ドキュメンタリーの撮影で通っていたチームが撮影の協力、そんなこともあって、現場で見学していた。)
ひょっとしたらこの事件の報道が生前であったら、三浦さんは自殺を思いとどまったのだろうか。いやそんな仮定の話は失礼だろう。

お二人のご冥福をお祈りします

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相模原障害者殺傷事件(やまゆり園事件)に関する原稿

2020年07月21日 | 障害一般

今月26日で相模原障害者殺傷事件(やまゆり園事件)から4年。
事件発生時は衝撃を受けました。
(その時の書き込みは以下 https://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/a2bef9e45f5300297db706708ee26912)

その後は忙しさにかまけてなかなか事件と向き合うことができませんでしたが、今年1月から始まった公判を契機にでき得る限り理解に努めています。
今月に入って関連本も発売、全て購入し読みました。

月刊『創』編集部 『パンドラの箱は閉じられたのか』 創出版
雨宮処凛 『相模原事件・裁判傍聴記』 太田出版
朝日新聞取材班『相模原障害者殺傷事件』朝日文庫
神奈川新聞取材班『やまゆり園事件』幻冬舎
『福祉労働167 特集・津久井やまゆり園時間が社会に残した宿題』現代書館
『ジャーナリズム7月号 特集・実名と被害者報道 』 朝日新聞社

なかなか整理はつきませんが、以下は、「月刊ニューメディア2020年6月号に寄稿」した原稿で、3月下旬~4月上旬に書いたものですが、掲載しておきます。

津久井やまゆり園の殺傷事件の判決を受けて

 事件の真実は?
 多くの人が予想したとおり、そして多くの遺族も望んだように、植松聖被告(30)に死刑判決が言い渡された。その後、弁護側が控訴したが、植松本人が控訴を取り下げ一審で死刑が確定した。 
 同様の事件を繰り返さないためには、二審三審での動機のさらなる解明、施設の問題などを詳しく掘り下げる必要があったように思う。責任能力の有無に終始した一審だけでは絶対時間が足りなかったのではないか。死刑判決にも関わらず、いやだからこそ、植松は自らの“思想”をカッコ良く貫き通し控訴を取り下げた。そのことにより死刑制度そのものが、命を選別し「社会の役に立たない人間」を抹殺した植松の“思想”に飲み込まれた感も否めない。 
 
 事件が起きたのは2016年7月26日未明。当時、私は重度身体障害者による電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画『蹴る』を撮り進めており、障害の理解のためもあって介護の資格を取得し、重度の身体障害者や知的障害者、認知症高齢者らの訪問介護の現場にも身を置いていた。それまでも知的障害者サッカーのドキュメンタリー『プライドinブルー』、聴覚障害者サッカー『アイ・コンタクト』の2本を撮り、障害者との関わりも密だった自分にとって、この事件はあまりにも衝撃的だった。最初の一報に触れた時は介護職員による虐待の延長線上にある殺人を想起し、さらに「障害者がいなくなればいいと思った」という供述からナチスの障害者虐殺のことを思い浮かべ、この現代において本当に実行した人間がいたという、驚き、恐怖、憤り、さまざまな思いが駆け巡った。

 植松は重度・重複障害者の例として、「歩きながら排尿・排便を漏らす者、穴に指を突っ込み糞で遊ぶ者、ご飯が気に入らずひっくり返す者、水を飲み続けて吐いてしまう者」などを挙げ、接する中で「生きている意味があるのか?」と考えたという。実際、介護の現場では従事した者にしかわからないような葛藤を感じる場面も多々ある。正直、私も同様の考えが頭をよぎったこともある。
 ただ「植松は働き始めた当初、利用者のことを「かわいい」と口にしていた。そこからなぜ「この人達を殺したらいいんじゃないですかね」と言うようになり、さらには犯行まで及んでしまったのか。

 津久井やまゆり園自体にも問題はなかったのか? 息子さんが入所されていたご家族の行動記録によれば、「生活介護」として日中の支援が、実質的には、あまり実施されておらず、入所者がただリビングに留め置かれていたことも少なくなかったようだ。また、ある利用者が歩けるに関わらず、長い日には1日12時間車椅子に拘束されたこともあったと指摘されている。植松が衆議院議長宛に書いた手紙の「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしています。車いすに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません」の部分は記述通りだったのだろうか。被告人質問では「(先輩職員が利用者を)人として扱っていないと思った」との発言もあった。津久井やまゆり園のみならず、大規模施設ゆえの構造的な問題とともにされに解明されるべきだったが、審理の過程では大きな論点になることはなかった。

 植松の生い立ち 
 植松は、小学校の美術教師の父と漫画家の母の間に一人っ子として生まれた。やまゆり園は自宅から歩いて徒歩10分ほどの場所にあった。しかも小学校の通学途中にあり毎日のように目にしていただろうし、同じ学校の知的障害児もいた。そんな状況の中、植松は低学年の時に「障害者はいらない」という作文を書いたという。両親や地元の空気感の反映なのか、植松は生い立ちを語りたがらず、詳細はわからない。
 一方で植松は友人も多く高校時代の交際相手によれば、親との仲も良さそうだったという。その後、教師を目指し大学へ。在学中は危険ドラッグにも手を出し刺青も入れた。教員免許は取得したが教師になることはできず、卒業後は運送業を経て、2012年12月から津久井やまゆり園で働き始めた。友人や交際相手の証言では、犯行の1年前2015年から「障害者は死んだほうがいい」「生きてもいても意味がない」「あいつら人間でない」「生産性ないから」という言葉を吐くようになる。そして、大麻を吸い、イルミナティカードに感化され、ネット空間にのめり込んでいった。差別的な書き込みや、犯行をほのめかす動画も投稿していたようだ。「生産性」「自己責任」「排外主義」といった言葉に代表されるような世界。そこには犯行の賛同者や、あるいは後押しもあったのかもしれない。
 その後、安倍首相宛に犯行予告の手紙を書き官邸へ届けようとするが、警備が厳重だったため衆議院議長宛に書き直し手渡した。そして緊急措置入院。入院中に犯行を決意した。

 植松の“思想”は、ネットやマンガ、イルミナティカード、米国大統領トランプ氏、テレビなど、いろいろな断片情報で形づくられている。例えば、映画『テッド2』でテディベアが人間として認められるのかという裁判で、弁護士が「人間性の基準は、自己認識と、複合感情を理解する能力と、共感する力にある」と語る。感動的な場面として描かれているが、植松は、逆に、基準に当てはまらない人間(=意思疎通が取れない者)は「殺したほうが社会の役に立つ」と考えた。植松によれば、重度知的障害者に限らず、重度の認知症、脳死状態が長く続いている者も含まれるという。つまり、人間を役に立つ人間と役に立たない人間、役に立つ障害者と役に立たない障害者に分け、役に立たない人間を抹殺し、そのことによって「日本の借金を減らせる」と考えた。そして、植松は「全人類のために」「いいこと」をしようと、犯行に及んだ。その考えは今も変わっていない。

「在ることに、意味なんかいらない」
 無念にも殺された人たちは、意思疎通ができなかったのだろうか。一度だけ抽選に当たり公判を傍聴し、遺族などの声を聴くことができた。2名を除き、殺害された人たちは甲、負傷者は乙、職員は丙、殺傷された順にABC……と名付けられた。
「言葉は発することはできなくても、感情はあり意思疎通はできていた」
 家族にとって、とても大切でかけがえにない存在であることが繰り返し語られた。だが、その思いは植松には届いていないように見えた。

 私は以前、知的障害者サッカーのドキュメンタリー映画を制作した。彼らは障害が軽度故に「なぜ知的障害者として生まれてきたのだろう」という苦悩があった。だが、健常者よりもむしろ優れていると感じる点もあり、健常者と知的障害者を分ける線が引けるのだろうか、もし線を引くとすれば、分断する線ではなく、人と人をつなぐ線なのではないかとも思った。きっと殺された入所者とご家族も太い線でつながっており、とても意味のある存在だったはずだ。植松はその太い線を、自らの勝手な価値観でぶった切ったのだ。
 だがどうなのだろう。家族とのつながりもなく、言語以外のコミュニケーションも完全に断たれている存在、人間がいるとしたら、どう考えればよいのだろうか?

 この事件に着想を得た辺見庸氏の小説『月』は、ベッド上にひとつの“かたまり”として横たわり続けるきーちゃんの“目線”で物語が紡がれていく。きーちゃんは目も見えず発語もできず、他者との意思疎通もできない。上肢下肢も顔面も動かせない。そのきーちゃんを殺しにきたさと君(植松聖がモデル)に、きーちゃんの意識の分身が訴えかける。
「<ひとではないひと>というのは、かってなきめつけだ」
「あ、あ、在るものを、むりになくすことはない……。あ、在ることに、い、い、意味なんかいらない」

 

参考文献
辺見庸氏 『月』 角川書店
月刊『創』編集部 『開けられたパンドラの箱』 創出版
堀利和編著 『私たりは津久井やまゆり園の「何」を裁くべきか』 社会評論社
神戸金史『障害を持つ息子へ』 ブックマン社
雨宮処凛編著 『この国の不寛容の果てに』 大月書店
高岡健『いかにして抹殺の<思想>は引き寄せられたか』 ヘウレーカ
藤井克典・池上洋通・石川満・井上英夫『いのちを選ばないで』大月書店
藤井克典・池上洋通・石川満・井上英夫『生きたかった』 大月書店
阿部芳久『障害者排除の論理を超えて』 批評社
渡辺一史『なぜ人と人とは支え合うのか』ちくまプリマー新書
『月刊 創』 創出版
『週刊文春4月2日号』 文藝春秋
『東京新聞』
『神奈川新聞』
『朝日新聞』
『産経新聞』

 

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障害者サッカー映画3作品 Jスポーツで放映 日本語字幕の有無にご注意

2020年07月08日 | 障害者サッカー全般

障害者サッカードキュメンタリー映画の作品3本がJスポーツ-2で放送されることになりました。有料チャンネルですが、ご覧になれるかたは是非どうぞ。
あるいは加入して是非どうぞ。
https://www.jsports.co.jp/

映画の前後に出演し、解説もします。
初回は7月に放送、8月以降再放送が何度かあります。

●印のついている回は、聞こえない、聞こえにくい方でもご覧いただけます。
但し、視聴方法によって字幕が出ない場合もあります。
詳しくは以下を読んでください。

初回放送
「プライドinブルー」(知的障がい者サッカー)
7月4日(土)深夜25時30分~
放送終了

●「アイ・コンタクト」(デフサッカー)
7月11日(土) 深夜1:00 - 
 映画本編は、口話、手話に対する日本語字幕がついたものが放送されます。字幕を選ぶ必要はありません。最初から映画に組み込まれています。
スカパー経由で視聴の場合のみ、映画前後のスタジオトーク部分に字幕放送。こちらは字幕を選ぶ必要があります。ケーブルTV経由で視聴の場合は字幕は付きません。

「蹴る」(電動車椅子サッカー) 
7月18日(土) 深夜1:30 - 
 初回放送は通常版での放映。
 映画前後のスタジオトーク部分も字幕はありません。

8月の再放送
●8月24日(月)14時~「プライドinブルー」(知的障がい者サッカー)
 スカパー経由でご覧の方は、本編、映画前後のスタジオトークに字幕放送有り。字幕を選ぶ必要があります。但しケーブルTV経由で視聴の場合は字幕は付きません。

●8月25日(火) 14時~「アイ・コンタクト」(デフサッカー)
初回放送と同じです。

●8月31日(月)13時~ 
「蹴る」(電動車椅子サッカー) 
映画本編に日本語字幕付き。字幕を選ぶ必要はありません。最初から映画に組み込まれています。
映画前後のスタジオトークに字幕放送有り。字幕を選ぶ必要があります。但しケーブルTV経由で視聴の場合は字幕は付きません。

9月以降の再放送
「プライドinブルー」「アイ・コンタクト」は、同じ方式で再放送されます。「蹴る」は日本語字幕版で放送、通常版での放送、の2パターンがあります。
通常版での放送の場合は、字幕はありません。

オンデマンドによる配信。
「プライドinブルー」「アイ・コンタクト」は配信されます。
「アイ・コンタクト」映画本編には日本語字幕が付いていますが、「プライドinブルー」本編、「プライドinブルー」「アイ・コンタクト」スタジオトーク分には字幕が付きません。


字幕が必要な方のためにまとめますと、
「プライドinブルー」
スカパー経由視聴の場合は、本編、スタジオトーク部分ともに常に字幕放送があります。字幕を選ぶ必要があります。
ケーブルテレビ経由、配信の場合は字幕が付きません。

「アイ・コンタクト」
映画本編には常に字幕が付いています。
映画本編の字幕は私の方で作ったものです。位置等も工夫しています。
スタジオトーク部分はスカパー経由視聴の場合は字幕放送があるが、それ以外の視聴、配信には字幕は付きません。

「蹴る」(電動車椅子サッカー) 
日本語字幕がつかない通常版と、字幕が付く日本語字幕版があります。
日本語字幕版は私の方で制作し最初から映画に組み込まれています。
位置等も工夫しています。
聞こえる人には通常版を、聞こえない聞こえにくい人には日本語字幕版を観てほしいという思いから、両方のバージョンで放送します。したがって放送日によって異なります。
但し日本語字幕版で放送する際、スカパー経由で視聴の場合は字幕付きですが、ケーブルテレビ経由の場合は字幕が付きません。

つまり「アイ・コンタクト」「蹴る」をケーブルテレビ経由で視聴した場合、映画には字幕が付いているが、スタジオトークには字幕が付いていないということがあります。
そういう場合は、ご連絡いただければスタジオトーク部分のテキストを中村から個人的にお送りします。但し、聞こえない聞こえにくい方に限ります。
連絡は、このブログ経由、あるいは映画「蹴る」公式HP https://keru.pictures/末尾のお問合せ、Twitter  @kz_nakamura やFacebook等からご連絡ください。
中村の連絡先をご存知の方はそちらでも構いません。
本来は私がトークの時に手話をつければ良かったのですが…。失敗しました。すいません。
 
「蹴る」のDVDはまだ発売していませんが、今後発売はします。
何らかの特典映像も考えています。
「プライドinブルー」「アイ・コンタクト」はDVDも発売中です。

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愛していると言ってくれ

2020年06月22日 | 手話・聴覚障害

「愛していると言ってくれ」5話から最終話まで初見で観ました。
トヨエツの手話を最初に見た時は手の動きと顔のギャップで読み取りにくいと感じましたが、見慣れてくると読み取るのもそれほど苦でなくなり、セリフから「ろう的な手話」にうまく翻訳されているように感じました。
手話をかじっている人には「なるほど」と思うことも多々あったのでは。
私には到底真似出来ない翻訳。
手話指導には手話通訳の方のみならず、日本ろう者劇団の方々も関わっていたようです。だからでしょうか。
詩的な表現というか、感情が手の動きにこもっている場面もありました。昔を思い出す右手の動きとか。

「愛していると言ってくれ」の翻訳は、指文字の「アイシテイル」の後に人差し指を常盤貴子の口に当てる。唇から指が離れれば「言ってくれ」という手話になる。
「なるほどそうきたか!」という感じでした。
トヨエツが「ふられた」というところは、顔か何かの要素が足りなかったのか、ちょっとよくわかりませんでした。

他の人たちの手話や読み取り能力は、設定に比してうま過ぎる感じでしたが、そういう野暮(?)なことを置いておけば、なかなかに考え抜かれ手話単語も選び抜かれた、しゃべりながらの手話でもありました。当時、手話をやりたくなった人が続出したのはよくわかりました。特にトヨエツに魅せられた女性?
その後、大半の手話学習者は思ったように手話が上達しないことに落胆したかもしれませんが。ただ、今は当時よりは学べる場は増えています。この機会に手話を初めてみては?
ソーシャルディスタンスも気にせず、飛沫も飛ばさず会話できます。

ところでトヨエツの話し言葉を捨てた設定はよく理解できませんでした。
7才での失聴は、話せるけど聞こえないギャップに苦しむでしょうし、発音は明瞭だが音量の調整がむずかしいということかとも思いますし。
1~4回目を未視聴なので、観たらまた書き込むかもです。

自分の手話力は棚にあげた書き込みですので、おかしな点はご指摘ください。

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映画「蹴る」上映予定

2020年06月12日 | 映画「蹴る」

映画「蹴る」の上映会は2月下旬よりことごとく中止または延期となっています。具体的な日程会場が決まっていたもので12、話が進んでいたがストップしてしまったものが10近くあります。現時点で年内の上映は、8月に2件、12月に1件、予定されています。開催の有無、詳細がはっきりしたら告知します。
(延期というのは、新型コロナウイルスが落ち着いたら改めて上映を検討としたいと言ってくだだっているものです)

そんな状況なので、知人のお店で自主上映会をやることにしました。
詳細は以下になります。
密にならないように1日3回上映します。ご来場予定のかたは事前予約お願いします。
各回上映終了後は、質疑応答有り。
私は1日ずっといますので、質問、感想、意見、批判なんでもどうぞ。
最終会上映後は、懇親会もあります。

拙作『MARCH』も一度だけ上映します。こちらもよろしくお願いします。


電動車椅子サッカードキュメンタリー映画 「蹴る」
 + 東北復興支援ドキュメンタリー映画 「MARCH」上映会。

7月4日(土曜日) 
 1「蹴る」    11~13時
 2「蹴る」    14~16時 
 3「MARCH」 17時~17:36 (締め切り)
 4「蹴る」    18~20時    (締め切り)
*MARCH鑑賞ご希望の方がいらっしゃれば、ご連絡ください。後日再上映します。
 【料金】 
 「蹴る」: 鑑賞・一般1000円/障害者および中学生以下900円
       +1ドリンク500円でご注文ください。
 「MARCH」: 鑑賞700円 / 「蹴る」のセットなら500円 
 
 蹴る    https://keru.pictures/ 
     https://www.facebook.com/kerupictures/ 
 MARCH http://seedsplus.main.jp/ 
     https://www.facebook.com/eigamarch/ 
 
 ご予約・お問い合わせください。(各回10人程度。)
 日本語字幕版をご希望の方はメールにてご連絡ください。
 車椅子の方もご連絡ください。
 マスク着用など、感染症予防対策にご協力ください。
 各回後、【中村和彦監督トーク】あり。軽飲食もできます。
  https://www.facebook.com/kazu.nakachin 
 最終上映後、中村監督との懇親会(会費制)もご参加できます。
 
 【予約・問い合わせ】
 バルト  電話:03-3315-0751 
  杉並区阿佐谷南2-21-9(JR阿佐ヶ谷駅南口  一番街  徒歩3分) 
 メール: eiga.keru@gmail.com 
 https://www.facebook.com/バルト-307262916034285/

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NHK「これでわかった!世界のいま」

2020年06月10日 | 日記

NHK「これでわかった!世界のいま」のアニメ動画に抗議が殺到。動画はTwitterからも削除、番組自体もNHK+から削除された。削除される前に番組全体を見たが唖然とした。

動画は白人警官による黒人殺害理由の一般論が述べられた後に流された。
「理由は諸説ありますが、その一つとして白人警官には黒人に対する漠然とした恐怖心があるからだと言われているんです。以前私がロサンゼルス市警のパトカーでのパトロールに同行したことがあるんですけど、黒人やヒスパニック系の人たちの、特に治安の悪い地区に入っていく時に警察官たちはかなりの緊張を強いられていたんです。やはりアメリカは銃があふれているからということもあります。ある警察官は『毎日生きて帰ってこられるかわからない。そういう思いでパトロールに出ています』と話していました」

番組では次にフリップを出して説明。なので理由の説明はこれで終わったのかと思った。

「アメリカでは年間1000人が警察によって射殺されている。確率でみてみますと黒人は白人の2.5倍にものぼっています」

その後にとってつけたように、
「白人警官の側にはわずかな油断が命取りになるという思いがあるのかもしれませんが、これは何もしていない黒人からすると差別でしかないという構図にもなっています」と続いた。
あまりにもとってつけたようであっさりしたものだったので、初見の時には聞き逃してしまった。念のため、この箇所を聞き返したら差別に言及していることがわかった。

そして経済格差の話題へと移り、アニメ動画が流された。
アニメは経済格差に怒った黒人が抗議、あるいは暴徒化するという流れ。

殺害理由への言及も、アニメも、番組全体も、黒人が怖いものというイメージで統一されていた。差別という言葉はほとんど使われず、暴徒化という言葉は何度も繰り返された。耳を疑うほどだった。

黒人の『暴動』は、トランプが大統領になって始まったものではなく、黒人のオバマ大統領の時からあったということにも言及。
黒人であるオバマ大統領も止められず、オバマの非力さが協調された。

また番組の公式Twitterに今でも残されているが、
「アメリカ社会は、考え方の違う両者が互いにののしり合って、どんどん分断が深まってしまったんだ」
罵り合うこともあったかもしれないが、「差別する」「差別をやめろと主張する」 それは罵り合うことではない。

こんな番組が‪日曜の夕方6時から‬、公共放送の地上波で、子供・家庭向けに流されていた。

黒人の怖さや分断ばかりを強調するのではなく、「やり方を変えよう。平和的にやっていこう」といった故人の弟の言葉や、ひざまずいてデモ隊に連帯を示した警官でも紹介したらどうなんだ。

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ICU

2020年04月19日 | 日記

ICUということばを聞くと、いつもドキリとします。

16才の時に交通事故で腎臓破裂、緊急手術後、目覚めた場所がICUでした。その時はICUに一人だけでした。
翌日か翌々日、他の患者がキャスターで運ばれてきました。
その数時間後だったでしょうか翌日だったでしょうか、医師、看護士、親族らしき人が周りを取り囲んでいる風景がチラリと見えました。寝返りも打てないので、横目で視界に入る程度です。
そして音が一瞬無くなりました。その後、漏れ聞こえてくる嗚咽の声。

「死んだんだ」少年の俺は思いました。

その翌日か翌々日、また患者が運び込まれてきます。同じような光景が繰り広げられ、一瞬の静寂がおとずれます。
そしてまた3人目が…。
静寂の瞬間、息をしているのは俺だけでした。
1週間ほどの間に、3人の方がICUに運び込まれ、命を落としました。
「なんて人間の命ははかないんだろう」

そしてやっと生き延びて、ICUを脱出することが出来ました。
ICUが死へと向かう場所でないことを願います。
生き抜く場所であることを。
ICUにも入れず、その前に息絶えるとしたら、あまりにも無念です。

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都知事会見の手話通訳

2020年04月10日 | 手話・聴覚障害

本日の小池東京都知事の会見。
「私はちゃんとやろうとしたんですが国からいろいろ言われて」
「知事は中間管理職」
ということで、例えば居酒屋は協力費を支払うつもりだったが、払えなくなったということでしょうか。
補償を出すべき業種だと思いますが。

政府からすると国民の命は第一義ではないのかと思う今日この頃ですが、
都知事会見で手話通訳、日本語字幕を各局がどう対応しているかチェックしてみました。

生中継していたのは、NHK、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、フジテレビ、MXTV。東京の地上波では、テレビ東京以外全て。
手話通訳は全局ワイプで抜いていましたが、フジテレビは少し遅れて、日本テレビがかなり遅れており最初は通訳無しでした。
日本語字幕は、TBSとMXTVは無し、他はあありました。

また各局が都知事の右に立っている通訳者をワイプで抜いているのに対し、MXTVだけは独自の通訳者がグリーンバックで抜かれていました。
MXTVに詰めている通訳者ということでしょうか。
その2人のうちの1人が、地域の手話通訳者の先生だったので個人的にはびっくり。

ワイプの大きさは日本テレビとMXが大きめで、あとはあまり変わらないようでした。

手話通訳者の読み取りやすさは、日本手話が母語のネーティブサイナー、日本がかなり頭に入っているろう者、中途失聴者によって違うかと思うので、
選択すると良いかも。
今日の方式だと選択肢は2つ、MXTVとどこか他局。

今日の放送で言えば、聴覚障害者は、手話通訳と日本語字幕が最初からあったNHKかテレビ朝日が良いということになります。
MXTVは日本語字幕はありませんでしたが、通訳者が違うので選択肢に上がってきます。

大阪府知事の会見に手話通訳をつけないという記事を読んで驚き、思わず下記のtweet、都知事の手話通訳に関してチェックしてみました。
「手話通訳をつけないなんて考えられません。
情報保障をなんだと思ってるんですか!
とにかく現在頼めるベターな手話通訳者をつけるべきです。
マスクを外せば聴覚障害者が読み取れると思っているのなら、無知の極みです。」

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植松聖死刑囚移送

2020年04月08日 | 障害一般

本日8日横浜拘置所へ『相模原津久井やまゆり園事件』植松聖死刑囚の接見に初めて行ったのだが、空振りに終わってしまった。
昨日、刑場のある東京拘置所へ移送されたそうだ。

事件が起きたのは2016年7月。当時は電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画『蹴る』の撮影中で、障害への理解や製作資金捻出のため介護の資格を取り訪問介護の現場に身を置いていた時期でもあり、とても衝撃を受けた。
しかしその後は『蹴る』の撮影、編集、公開でいっぱいいっぱいで、数冊の書籍に目を通す程度。
今年に入って公判が始まって以降、正確に理解しよう事件と向き合おうという思いもあり、慌てて新聞、書籍、雑誌『創』等に目を通し、裁判の抽選に通い一度だけ公判の傍聴ができた。
そこで植松死刑囚本人の顔や姿かたちは目にすることができたが、肉声は聞くことができなかった。
その後、植松死刑囚の自宅~津久井やまゆり園~小学校への通学路を歩き彼の人物像を思い描くのだが、裁判が犯行動機に深く分け入らなかったことも相まってなかなかイメージ出来ない。
そこでどんな声でどういうふうにしゃべるのか一度接見してみようと先月ご挨拶したばかりの『創』の篠田編集長にお願いし、同行することは出来たのだが既に移送された後だった。
念のため東京拘置所へも行ったが面会出来ず。今後、植松死刑囚は親族と弁護士にしか接見できないという。

これからは、情報も減り話題になることも少なくなってくるだろう。
自分としては出遅れてしまったのだが、この事件のことは考え続けていきたい。

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