日曜日、岩手の水沢に賢治さんの映画を観に行くついでに、東北線新田駅におりて、2時間ばかり伊豆沼のほとりを歩く。
冬の使者たち、数万を超えるガンの仲間、数百のハクチョウの仲間たちがやって来ていた。
日の出後は、湖畔でハスの根の朝食に勤しんでいるのだろうか、沼中オオハクチョウさんたちの声が響いていたが、9時ごろになると周辺の田んぼに朝食に出かけていたマガンやヒシクイといったガンの仲間が、大空から編隊を組んで戻って来るのだった。
何という大騒ぎの沼や上空であろう。まるで、異星からやって来たUFOや敵国の戦闘機やドローンでないかと恐れを抱くような音響であった。
でもなぜだかオイラは彼らの騒音を耳にすると、「ああ、今年も北国から忘れずにやって来てくれたんだね。子供たちはずいぶんと大きくなったねぇ」と心が安らぐ。きっと近所の家々は、「うるせえのがまだやってきた」と迷惑がっているのかもしれないが。
今冬は、伊豆沼を1日かけて1周し、夕陽のころ、数十万のガンやカモたちの群がって家路に戻るところまでフォローしたいと思っている。晴れて暖かい日を選んで
沼の近くの田んぼには、大勢のマガンたちが給餌をしていた。おなかに黒縞もようがないのが幼鳥らしい。
遠くの鳥たちを拡大した写真は、油絵のようで面白い。
深田百名山 MAY SONG
【深田百名山を読んで】
大雪山は、古くアイヌ語でヌタクカムウシュペともヌタプカムウシュベとも称されていて、「川がめぐる上の山」の意だという。旭岳を盟主とした山塊は、いくつも尾根と沢をめぐらせ、美しい沼を置いている。その高原へは、いずれも温泉に恵まれた層雲峡、愛山渓、勇駒別といった登山口から歩きだすスケールの大きな山岳逍遥である。
あさひより 川をめぐらす たかはらの きょうはいずこへ 彷徨いゆくか
MY SONG
【深田百名山登頂の思い出 5大雪山より】
最高峰の旭岳(2291米)には、81年に最初に登っているが、83年、旭川時代の1年間は、地元の山岳会に属していたこともあり、残雪の季節から雪が降り積もる10月までの間に毎週のように歩いた。深田さんが言うように、旭岳を中心に広大な湿原とお花畑が点在する道が四通八達しており、特定のピークを目指すというよりは、大雪という山域を逍遥するといった具合に歩いた。登山口も勇駒別(旭岳温泉)、愛山渓温泉、層雲峡温泉といった温泉地から伸びており、下山後の温泉もまた楽しみであった。
(中略)
大雪山のことは、いつも心を離れたことはなく、コロナがすっかり収まれば再訪し、避難小屋を繋ぎながら、短い夏をあちらこちらと逍遥したい。
たいせつの ふもとのまちのひととせを はなよゆきよと さまよいしひ
白雲岳より旭岳を望む (山と渓谷2021新年号より)
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