ピレネー・南仏の旅の最終日はパリ。夕刻まで自由行動で、ご一行は福田さん、大友さんを含め定番の観光コースへ。私は安藤君とルーブル美術館へ。ところが入場券売り場には長い列、何か特別企画らしいが言葉が不自由でわかない。時間がもったいないと考え、モンマルトルの丘に向かう。サクレ・クール寺院からパリの街をながめ、テルトル広場でスケッチ。午後、地下鉄でルーブル美術館の近くの駅に降りたが、セーヌ河畔を歩くうちに立派な絵を見るよりも自分でスケッチがしたくなった。テルトル広場の絵かきたちの雰囲気が大きく影響していた。
(下)モンマルトルのテルトル広場は土産物屋のテントや自分の絵を売るあるいは似顔絵を描く絵描きなどで賑わっていた。その様子を絵にできそうな喫茶店の店先に席を見つけ、恥ずかしそうにスケッチを始めた。が、誰も気にする人はいなかった。絵の椅子に座った似顔絵かきは日本人のようだった。



セーヌ河畔ではルーブル美術館のある岸辺から反対側のオルセー美術館のある岸辺を望んでスケッチした。ここでは散策する人たちも多いので、覗き込まれても恥ずかしくないよう少し丁寧に描くよう心掛けた。モンマルトルもセーヌ河畔も多くのすぐれた画家が絵筆をとったところであり、ここで描いた証拠にと写真も撮ってもらった。しかし、さすがに恥ずかしてこの写真を公開するのは、15年後の今回が初めてである。

パリには生協の現役のころに何回か来ており、まだフランスの生協が元気だった83年に日本生協連の中林貞男会長と鶴岡の佐藤日出夫理事長、横浜の岩山信理事長、京都の横関武理事長などのお供をしてこのセーヌ河の下流にあったフランス生協連合会を訪問したことが思い出された。
(下)ピレネー・南仏の旅でのスケッチは時間がない中でバタバタ描いたものなので、帰宅すると描き直したくなり、何枚か写真を見ながら描き直した。モンサンミッシェルの絵はバスで撮った写真から。アルルの円形競技場の絵はスケッチ(前出)をもとに油彩にした。この旅のあとから絵にかける時間がぐんと多くなった。

