ツバメの集団ねぐら (ツバメのセルフビルド??? ちとこじつけか)
この間の工事の時、中ちゃんと車に乗っていたら、道路の上に大量のツバメが羽を広げて寝ているのに出くわした。
羽虫を焼いているのだろう。
かわいそうに、車に轢かれて死んでいるのもいた。
最近、ツバメの群れが電線や物干し棹に群れてとまっているのをよく見かける。
餌を求めて田んぼ近辺に集まってきているのだろうが、彼らの集団ねぐらは何処だろう?
いずれにせよ、彼らが沖縄・フィリピン経由でインドネシアに旅立つのは近い。
(最近は、沖縄どまりのツバメも多いという)
老いた成鳥はもうそろそろ、若い鳥は9月半ば過ぎには旅立っていく。
百羽はゆうにいる。
上の子どもが小学校一年生の夏休み、大阪市立自然史博物館主催による近畿地方最大のツバメの集団ねぐらの観察会に参加したことがある。
子どもの夏休みの自由研究のお手伝いと称して自分の好奇心を満たすためだった。
近畿地方最大のツバメの集団ねぐらとは、宇治市の京阪中書島駅近辺の河原である。
よしが大量に生えているので、そこが集団ねぐらになっているのだ。
それを見学して、私の長年の疑問が解けた。
私が幼少時住んでいた伊丹市の昆陽池の際(現在、伊丹市立昆虫館が建っているところ)にあった旧日本陸軍の“防空壕”近辺には、夏になるとツバメが大量に飛び交っていた。
「ツバメは5月のはずなのに、ここでは夏にいるんだ。しかも、大群。 変だなあ。」
それが不思議だった。
5月、民家の軒先ではツバメがよく見られるが、7月にはもう見かけなくなる。
だが、彼らが南方に旅立つのは8月~秋にかけてだ。
このタイムラグは何なんだ?
彼らはこの期間中、一体どこにいるのだろう?
ツバメの集団ねぐら観察会のレクチャーの中で、ツバメは子育て期間中は身の安全対策のため民家の軒先を借り、それ以降は河原や湖沼近辺のよしの群落などで集団で過ごしながら体力を蓄え、南方に旅立っていく習性があるということを知った。
宇治市の中書島近辺の河原の様子は凄まじかった。
地表すれすれにツバメがあちこち飛び交うので、人間にぶつかりそう。
よしの茎にも無数のツバメがとまり、さえずりのうるささと言ったらたまったものではない。
こうなると可愛くもなんともない。
不気味な鳥軍団である。
子ども達は私の手を握りしめ、沈黙していた。
大阪市東淀川区菅原大橋近辺にも近畿地方で二番目に大きな集団ねぐらがあると知り、お次はそちらへ私達親子だけで繰り出した。
ここもまたとんでもない大集団。
ヒッチコックの”鳥”状態。
「そうか、そうだったのか!! 昆陽池の防空壕のあたりは、ツバメの集団ねぐらだったんだ!」
子どもの頃は、きれいな蓮や菱に気をとられていたので意識していなかったが、あそこの池の周辺にもよしが群生していた。
昆陽池では、夏休みの日が暮れる時間になると、決まって大量のツバメと蝙蝠が飛び交い、空が真っ黒になった。
今思えば、きっと蚊などの餌を食べていたのだろう。
ツバメが顔のすぐ側を猛烈なスピードで飛んでいくので歩くのが怖かったが、それでも夕焼けがあまりにきれいだったので、防空壕の上に登って蚊に刺されながら空を眺めていた。
雄大な光景だった。
あれを見ながら育つことが出来た自分を幸せに思う。
稲穂が出た。