迷建築「ノアの箱家」

ひょんなことからNOAに選ばれし者として迷建築「ノアの箱家」に住むことになったKOKKOの笑ってあきれる自宅建築奮戦記

お〇○〇育ち

2014-06-12 05:52:43 | 自給自足

ここまでできる! お〇○〇パワー炸裂!

                          

 苺がほったらかしのまま、次々実をつけていき、毎日ざる一杯収穫という状態が続いていた。

今年はマルチングをさぼったので、土に接触した完熟近い苺はどんどん土中のバクテリアに分解されていく上、夜にはカタツムリや虫たちに喰われてしまうので、(連中は一晩で1匹当たり1粒ぐらい跡形もなくなるほどぺろりと平らげる)苺たちはあっという間に無くなっていってしまうので、収穫率は昨年までの半分ぐらいしかない。それでもこんなに収穫できているのは驚異である。

完熟苺を食べたいが、虫と微生物との戦いになるので、一足早く完熟前の色の薄い苺を夕方に収穫するようにせざるを得ないが、それでも新鮮な甘酸っぱさはたまらない。ざる1杯の苺をのどが渇くたびに水代わりに毎日食べ続けてきた。

来年は、マルチングを絶対さぼらない! 
                    

KOKKOの苺は、とうとう地主の苺を追い越した。

地主は、毎年親株を捨て苗を更新しているが、あたしゃそのまま。親株もランナーも放置状態のまま3年以上。異種6株が今や100株以上に増殖。密植状態なのに農場主の苺畑を上回る実りである。これは、ひとえにお〇〇〇の力以外の何物でもない。

実験のため、一昨年からお〇〇〇だけで育ててきた。微生物繁殖のせいもあるのだろう、土の状態はふかふか、農場主の畑をついには追い抜いてしまったようだ。

もともと借りた当時の畑の状態は水でじめじめしており、しかも日照りの時はカチカチで鍬やスコップもなかなか食い込まない大変な粘土質であった。

しかも12月以降は一切日が照らない。おかげで、これまでに借りていた人たちは次々離れていった。

が!ひつこいKOKKOは土壌改良に力を入れ、とうとうここまでやったのだ。いや、他に土地がないのでやるっきゃかった。遠く離れた所なら借りれるところはいくらでもあるが、家のそばが一番、キッチンガーデンなんだから。

農場主:「あんた、ええ土なっとるやんか。ぼろぼろぼろぼろ土が崩れていきよる。うちとことの土とえらい違いやで。ここに住んでる間は、畑続け。荒したらもったいないで。」

KOKKO:「そら、お金も体力もかけましたがな。」←本当にかけたのは、お〇〇〇なんだけど!

 

                            

「ああ、お〇○〇よ、苺の次はメロンに姿をかえとくれ。」  KOKKOは祈りながらメロンの赤ん坊たちの横に苺のへたを差し出すのであった。メロンちゃん曰く「おいしい、おいしい。」声が聞こえてくるんだから、可愛いったらありゃしない。

 

新田開発

というわけで、にんまりKOKKOは地主から新たに土地を借りた。

現在の畑の上にもう1面。荒れ放題の土地ではあるが、すでに3分の1を開墾。畳2畳分の実験水田もスタート。これでKOKKO農園は300平方メートル以上に広がった。あと100平方メートル追加すれば、行政から正式に農家としてのお墨付きをもらえる。

正式に農家登録するつもりは現在のところはない。が、自給自足に1歩近づけたことは確かだ。

今年は、大豆を大量生産し、味噌の原料から自作するつもり。

 

                                 

エンドウは去年と比べ物にならないほど甘い。まるで間違って砂糖を入れてしまったのかと思ってしまうほど。粘りもあり、何よりもコクというか旨みがすごい。今までに食べたことがない味になった。だから、シンプルにうす塩味だけで豆ごはんを炊き食べまくってきた。卵とじもしたが、やはり一番は豆ごはん。フードプロセッサーですりつぶして次回はポタージュもいいね!

 

 

                             

 にんにくは、業務スーパーの中国産の安物を種芋にして植えつけた。種苗屋で購入すると高いが、八百屋で買うと激安(これはユリ根も同じ。正月前に安いユリ根を八百屋で買って植えたら安上がりな上、どえらい増え方に)。右の籠の中のにんにくは1週間前に収穫したもの。左の新聞紙の上のは、昨日の収穫。たったの1週間でこれだけ大きさが違う。右の小さい方でも店で売ってるのと同じくらいの大きさだから、左半分がいかに大きいか想像できる。にんにくや玉ねぎは「上部の葉や茎が枯れて倒れるまで収穫を待て」という意味がよく分かった。実は、左半分のにんにく、まだ葉や茎は倒れていなかった。あと1週間待てばもっと大きくなっていたに違いない。来年は収穫を慌てずいこう。

 

 ぷららでのブログ更新はこれで最終。7月から他に転移します。(樫田・コンテナ)で検索してください)

 



庭の整備

2014-04-01 19:27:05 | 自給自足

パーゴラ作成

何を今更。今頃書いてどうするねん!

というのも、パーゴラ作りは去年の5月の作業だった。(目が最悪の状態だったので、パソコンに書かないままできた。)

モッコウバラが庭で暴れまくり、崖をよじ登り上の家の庭にまで入り込んでいたので、突貫工事した。

おかげで防腐塗装はパーゴラが完成してからの作業になったので、無理な姿勢で長時間首を曲げての作業となった。

首と頭の痛いのなんの、頭痛と吐き気で翌日になっても気分が悪かった。

が、おかげで大好きなモッコウバラはパーゴラの上でのんびり・・・と思って今日眺めていたら、またもや崖をよじ登って上の家の庭に侵入しようとしているではないか! ものすごい生命力!

 

                              

左の赤いコンテナ扉に巻き付いているモッコウバラは見えている部分は細くておとなしそうだが、実はコンテナの天井と屋上デッキの隙間をごそごそ這い回り、中庭まで侵入して垂れ下がっている。

また、窓に巻き付いているやつも去年その横に植えたマスカットを追いやる形でのさばっている。えらいこっちゃで~! 

 

パーマカルチャー菜園をめざして

庭はごらんの通り、廃材の山。

家の向かいに借りた畑は12月からは日光がささないので、庭に冬用の畑(パーマカルチャー菜園)を整備するつもりで思案してきた。7月までに作業を終えないと種まきができないので、これからの3か月間はKOKKOは土方のおばちゃんと化す。でも、その前に廃材の山を何とか片づけてしまわなきゃ!

む~?

む~?

む~!!!

おっと、ええことを思いついた!!

今日は、崖の斜面で一部やせ細ってきた哀れな水仙たちを大急ぎで救出するつもりでいた。その救出先をどこにしようかと思案していたら、ひらめいた。

水仙用の養生花壇を庭に作って、パーマカルチャー菜園の一部にしちゃえばいいじゃん!

煉瓦でいずれきれいに整備するにせよ、とりあえず廃材を花壇のアウトラインに利用すれば、庭を占拠している赤玉土や腐葉土や真砂土の片づけ場所も確保できるじゃん!(現状は、庭の半分が廃材と煉瓦と土で埋まっている)

思いたったら、ほれ急げ~。

朝6時から作業開始、夕方6時過ぎまでえんえん土方をした。

兄ちゃんにもらった工事現場用の簡易トイレも立てに起こして据え付けた(木材で覆ってメルヘンチックな外観の外用コンポストトイレにするつもり)

 

                              

パーゴラの横の無花果の木のさらに横にトイレを据え置いた。廃材で花壇のアウトラインを作り、土を中に入れ水仙たちの養生。ここは、冬場になったらビニールトンネルで覆って葉野菜を育てるスペースとなる。トイレの手前でパーゴラの方向にも枝分かれ道を作った。パーゴラの下は左半分をラティスで覆い、農業資材置き場にする予定。

 

無花果の成長がすごい。

毎年冬に枝を剪定して新枝の芽吹きに備えている。芽吹きはまだ。下部が生ごみやトイレの堆肥の主要処理場になっていたので、毎年200を超える実が着く。それも甘くねっとりした大きいのが。

フキやこごみも無花果の下で立派に成長している。おそらく樫田中で一番大きな蕗の薹が芽吹くのがKOKKOの庭だろう。恐るべし、鶏糞パワー。

甘夏もよく実るようになってきたので、スイセンの養生花壇の右先端に明日移植予定。


 

 


久しぶりの更新

2013-08-14 22:35:19 | 自給自足

夏の菜園

目の調子がどんどんひどくなってきて、今や、パソコンや読書が5分と持たない。

で、本当に久しぶりの更新。今後のための記録として何とか残しておこう。

この間の家の建築作業は、モッコウバラ用のパーゴラを作ったこと、外の鉄柱を塗装したことぐらい。

膝の調子が良くなってきたので作業開始と思っている矢先の連日の猛暑。作業が全くはかどらないどころか、熱中症の症状もあるので、あっさり辞めることに。

現在、朝5時から8時まで畑作業に集中している。

実験的にいろんなものを植えてきたが、抜群の成功率のものもあれば情けない成果のものもある。(赤字は大成功!のもの)

①栽培途上・収穫中のもの

レンコン、クワイ、小芋、冬瓜、隼人瓜、ゴーヤー、へちま、かぼちゃ、オカワカメ、ツルムラサキ、ニンジン、大根、宇宙芋、山芋、アピオス、ヤーコン、サツマイモ、ナス、キュウリ、トマト、ピーマン、ししとう、オクラ、下仁田ネギニラキャベツ、大根、落花生、黒豆、枝豆ささげ、小豆、

スイカ、メロン、夏苺、甘夏、温州ミカン、シークワサー、キンカン、レモン、ブルーベリー、キウイ、ピオーネ、マスカット、イチジク、ヤマモモ、ヤマボウシ、梅、フェイジョア、

しいたけ、ユリ根、アスパラガス、西洋わさび、六方沢わさび、こごみ、ヤマブキ、アシタバ、ルバーブ、ヤマウド、タラ、うるい、食用ホオズキ、食用菊、みょうが、しょうが、ローズマリー、青紫蘇、赤紫蘇、キンレンカ、タイム、バジル、レモンバーム、エキナセア、オレガノ、ステビア、ミントレモングラス、チャイブ、パセリ、チャービルフェンネル、アスパラガス、

 ②収穫済みのもの

ズッキーニ、レタス、サラダ菜、みつば、ホウレンソウ、セロリ、小松菜、チンゲンサイ、ターサイ、ラディッシュ、虹色菜、ルッコラ、ジャガイモ、にんにく、ラッキョウ、玉ねぎ、えんどう豆三度豆、ソラマメ、牛蒡、

ジューンベリー、ブラックベリーキイチゴ、イチゴ、グミ、

 

ざっと思い出した分だけ書いてみた。あらま、100を超えているではないかっ!

我ながら、あっぱれ、あっぱれと驚く。

ジャガイモは4種類栽培したが、いずれも米のかわりの主食にしている。アンデス系のジャガイモは保存性に欠けるので、追われるようにして食べているうちにそうなってしまった。いずれも小ぶりだが重量感があり、独特の食感。電子レンジでチンしてそのままポケットに突っこめるので、出かけるときの弁当にもなる。

かぼちゃは、去年の生ごみから大量に生えてきたのを土手に移植したら、果敢に育ち、そこいらじゅう転がっている。空中栽培したものを含めるととんでもない量。いずれも巨大。この調子でいけば、秋以降は、サツマイモとかぼちゃがKOKKOの主食になるだろう。

秋じゃがの収穫後は、アイルランド人よろしくそれも主食にしたいので、KOKKOはそのうち米の味を忘れてしまうかも?

 

しかし・・・今年、最も驚いたのは冬瓜。

たった1本の苗から超超超超超超超巨大なのが7個もできた。いや、並みの大きさではない。あそこまでのはめったに見ない。そして、今日、新たに小さな実が育ちはじめているのを発見。恐怖すら感じてしまう冬瓜である。←写真は今度。

以上、とりあえずメモ書き。目が痛いので、休み休み打ち込んだ。


 

 


農業の時代

2012-11-17 14:22:01 | 自給自足

貧乏生活

高齢者の年金受給額が減る。医療費の自己負担額も上がる。

消費税が上がる。そんな状況で、どさくさ的に国会が解散した。

自衛の時代だ。政治もめちゃめちや。

 

中越地震の時から、思っていた。

いずれ貨幣経済は破綻する、自給自足の時代がやってくると。

東北の地震後、思いはさらに強くなった。この経済状況の中で、近いうちに大規模プレート境界型の地震はやってくるのだ。規模がでかいので、地震保険なんて、当てにならない。生き残った多くの人間が仕事を失う。国家の建て直しなんて、いつになることやら。以後は、原始時代さながらの生活をして生き延びていく姿も珍しくなくなるだろう。いつだったか、坂口恭平氏の本の中に「大規模地震が来たら、多摩川河川敷のホームレス生活者のような生活を大勢の人がしなければならなくなるはずだ。」という言葉があったが、同じことを考えている人は多いと思う。ある意味、貧富の差もなくなると言うか、皆さん、貧乏になってしまうのだ。

なまじのお金は、あってもただの紙切れ。よほどの金持ちでもない限り、「まともな暮らし」はできなくなるだろう。

だったら、お金がなくても生きていける方法を探らねばならない。

自給自足、農業だ。

 

先日、我が家にやって来た友人が

「大飯原発が事故で壊れたら、南丹市からここらあたりの盆地は、放射能の吹き溜まりになるはずやけど、あんた、どないする?」

KOKKO:「受け入れる。チェルノブイリでも村を離れなかった人がいるように、私は、ここで、我が身をもって放射能について考えていくことになる。役人が強制的移転を迫ろうが、ここに留まるつもりだ。」(おそらく、そんなことをする暇もないぐらい、日本中めちゃくちゃになってるだろうけどさ。)

中越地震の時、魚沼から生木を裂くように引き離された人達。彼らの土地への思いが強烈で異質なのを知っていた私は、「土地を離れたら、彼らはもぬけの殻になってしまう。」最も恐れていたのが、それだった。

「必ず、村に帰るんだ。」・・・村に帰ろうとする強い気持ちが、彼らのその後の暮らしを支えていたのも知っている。

私も同じ。毎日見る朝靄も夜毎のふくろうや鹿の鳴き声も、今や、私の血肉、魂の一部となっている。

貧乏生活をしながら、樫田で、この国を見届けていこう。


 


出るわ、出るわ、芋の山

2012-10-07 07:44:56 | 自給自足

安納芋の収穫始まる

先々週試し堀りをしたら、けっこう大きいのが出てきたので、畑の持ち主にプレゼントした。

安納芋は、ここらでは知らない人が多く、

「何、それ?」

そこで、糖度が高く、焼き芋にすれば糖度40度を越す種子島のスイーツ用高級芋であること、鹿児島県の農業特産物に指定されており、一般では苗が入手しにくい芋であることなど、ネットで知ったうんちくを並べたら、約1時間後、砂糖で茹でたてのを皿に入れて畑まで持ってきてくれた。

Kさん:「そんなに甘もないやんか。そやから、砂糖で茹でた。」

KOKKO:「収穫後2週間以上、できたら1ヶ月ほど置いたら、でんぷんが糖分に    分解されるから甘うなるねんで。他のさつま芋かて、そうするやろ?」

Kさん:「え! うちら、畑からいる分だけその都度掘っては食べてるで。」

KOKKO:「あらま、農家らしいな。さつま芋は貯蔵して追熟して始めて美味しくなるらしいで。わたしは、いつもそうしてきたで。」

Kさん:「へえ~。」

KOKKO:「!!!」

“紺屋の白袴”とは、よく言ったものだ。

 

前の借り主はおそらく大量の肥料を与えていたはずと思っていたので、あえて芋畑には元肥さえ投入せず、無肥料で今日まで放置してきた。

で、掘ってみると、出るわ、出るわの大驚愕。

安納芋は、他の芋に比べて1単位面積あたりの収穫量が少ない芋とのこと。にもかかわらず、一株で20個近くの芋(それも特大)がついている株がわんさか。でかすぎて、焼き芋には不向きなので、スイートポテトと干し芋に変身させるしかない。

 

5月連休に苗を植え付けた。

去年は、家の上の畑でパープルスイートロードと安納芋を一株ずつ植えて、どちらが樫田の気候に合うか試した。安納芋の方が収穫が多かったので、国華園から安納芋オンリーで苗を取り寄せた。他の農家より2週間早い植え付けであった。

土質が良くない(元田んぼで粘土質)畑なので、高畝にしていたにもかかわらず、根腐れした株が40株中6株もあり、そこに元気な苗の穂先を6月中旬に挿し芽して補充したものの、それらは根付かず、根付いたものもほとんど芋になっていなかった(単なる太目の根っこ)。やはり、さつま芋は、乾燥を好む熱帯性植物というのがよく分かった。土壌改良の必要がある。

苗の植え付けの時に、茎を横に寝かせて植えつける“舟底植え”と“垂直植え”の両方をしておいた。

“舟底植え”は、小さめの芋が多数なる。

“斜め植え”や“垂直植え”は、芋が大きくなる(ただし、数は少ない)。

用途によって、植え方を変えるといいとネットに書かれていたので、実験的に両方の植え方で植えておいたが、結果は、その通りの傾向はあったものの、小さいはずの芋もでかかった。つるボケしなかっただけでも良かった。

恐るべし、残留肥料の威力。 

 

           

                    確かに船底植えにしたはずの芋

長さは20cm、直径10cmの芋がゴロゴロ。我が目を疑う光景であった。

 

            

             芋が少なく小さかった株。それでも、でかい。

右端の切れた芋は、スコップによる被害。株元からおよそ30cm離れた所にスコップを垂直に立てて土を掘り起こすようにしていたが、それでも被害が出た。

 

安納芋より、実は糖度の高い芋があるらしい。新種の芋でまだ知名度は低いが、“ベニアカリ”という。焼き芋にすると糖度50度を越すとのこと。来年は、ベニアカリを試してみよう。

しかし、芋ほりって、面白いなぁ。

土の中から垂直に乱立する芋の行列が見えると、感動する。土の不思議とありがたさを実感する。畏敬の念まで生じてくる。

さて、今日は職場の友人が芋ほりにやってくる。

明日は、芦屋の次兄夫妻が無花果と紫蘇の実の収穫にやってくる。勿論、芋掘りも。綺麗なチンゲンサイとピーマンが沢山育っているので、お土産に持たせてあげよう。

そして、来週は、大工の兄ちゃんと中ちゃんの息子夫婦と孫たちが大勢でやってくる。芋掘りと焼き肉大会。

これからは、農業の時代だ。生き抜くための知恵を磨いていこう。