迷建築「ノアの箱家」

ひょんなことからNOAに選ばれし者として迷建築「ノアの箱家」に住むことになったKOKKOの笑ってあきれる自宅建築奮戦記

黎明

2010-12-31 21:30:40 | 竹取物語(仮題)

黎明

朝から猛吹雪。事故車相次ぐ樫田。

夕方も5時を過ぎてから、雪降る中、向かいの竹林から真っすぐで長い竹を一本切り出してきた。

平地なら竹を切るのはそれほど労力はいらない。

問題は、切った時の跳ね上がり。

その竹だけでなく、他の竹の枝が顔を直撃してくることがある。

切り株につまづいてこけようものなら、時代劇さながらの串刺し惨劇になることも。

が、今回の破竹林は整備された平地で、あっさり仕事終了。

8メートルの竹を雪の上を引きずって持ち帰り、半分に切って使用することにした。

 

門松ならぬ門竹ふうにセッティング。ただし一本のみ。

「黎明」と題する。

2010年の年貢は無事収めた。

ほっとした。

                 

                 

                             「黎明」

 

毎年大晦日は、味噌の仕込みをする習慣だったが、家騒動で2年続きで仕込めずじまい。

年が開けて落ち着いたら、“記念味噌”を仕込もう。

 


 


体調不良

2010-12-30 17:23:09 | 「ノアの箱家」工事進捗状況

限界

ここへ来て、限界。

熱が引いたり上がったりを繰り返している。

咳込みがひどく、窒息してしまうのではないかの勢い。あまりの咳き込みのせいで、脳圧が上がり、頭痛や吐き気までする。

引越しはノロノロとしか進まず、合間を縫っての工事。

兄ちゃんたちは、大晦日にも手伝いに来てくれることになった。

昼ごはんは、沖縄名物のタコライスといきたいところだが、体力的にもつかどうか。

 

それに、明日は絶対“竹”をやらなくてはならない。

体力に応じてできることしかやらない。

できることから始めよう。

Aさん管理の竹林から竹を一本切り出す許可はすでに得ているので、予定を変更して、門松ならぬ門竹でいくしかないな、コレワ。


 

 


熱心な閲覧者

2010-12-26 07:44:37 | お知らせ

身元隠し

以前から観察し続けていた現象。

IPアドレス(身元)を隠して、私のブログを見ている人物が何人かいる。

いつだったか嫌がらせ事件が頻繁に起こり、その時に一部は大阪府警のサイバー捜査に携わっている三番目の兄を通じて対応した。

私自身もブログ上で警告を発した。

そのとたんにアクセス数が三分の一に激減。

面白い現象だった。

閲覧者の多くは、よほど身元を知られたくないのだろう。

つまり、私にとってはあまり意味のない人物、もしくは危険人物だということである。

それらの怪しき人物(たち)が、ネット上で私の家の画像を映し出して情報交換していた形跡も残っている。

いよいよ入居も間近と知るやいなや、この二週間ほどは、再び彼ら(もしくは同類の御仁たち)が活発に閲覧をし始めた(新規参入者も含む)。

私のブログの週間総アクセス数は、約1600であるが、そのうちの実に半数がその御仁もしくは御仁たちという怪奇現象が続いている。

この御仁たちの熱意にはひたすら驚くばかり。

相当に強い目的意識を持っておいでなのだろう。

 コンテナ関係者はここまでのことはしない。

他の強烈な意図を持った御仁である。

 

身元隠しの方法

海外(アメリカ)のサーバー経由で閲覧している。

rate-limited-proxy-209-85-238-118.google.com 102
 17%
rate-limited-proxy-209-85-238-234.google.com 91
 15%

  最近は、プロの手を借りるまでもなく、一般者が相手方のIPアドレスからある程度の身元を知ることも出来るが、とにかくその上手を行こうということらしい。

 

とりあえず、以下のサイトを紹介しておこう。

http://www.axfc.net/s/e.cgi

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%AD%E3%82%B7

 

http://www.mse.co.jp/ip_domain/

 

http://www.iphiroba.jp/index.php

 

  

<o:p>なんだか、“KILL WITH ME”を彷彿とさせることがずっと続いている。</o:p>

<o:p>先の住民票誤記事件の時もアクセス者数が激増したにも関わらず、閲覧者の多くがプロの知識を持つ人間でありながらも、誰一人としてアドバイスしてくる人はいなかった。</o:p>

<o:p>傍観者の群れの中に私はいたのである。</o:p>

<o:p></o:p>  

<o:p>私は、基本的にネット上の関係に重きを置かない。</o:p>

<o:p>目と目を見詰め合った直接の関係を大事にしていきたい。</o:p>

<o:p>それゆえ、実名公表の上でブログを開設している。</o:p>

<o:p>ブログ上の写真から居住地もすぐにわかるはずだ。</o:p>

<o:p></o:p> 

 

 

アートスペース樫の木

<o:p>私が「ノアの箱家」を含むここ“アートスペース樫の木”で行おうとしている活動は、生身の私が行う表現活動であるから、匿名性はありえない。</o:p>

<o:p>いずれ、正式に住所も公表する。</o:p>

<o:p></o:p> 

<o:p>竹のインスタレーションについては、記録写真としての定点写真しかネット公開しないので、現地に見に来ていただく他はない。</o:p>

<o:p>また、インスタレーションを撮った写真も記録写真しか公開しないので、作品としての写真群につては、直接現地にお越しいただいた上で見ていただくしかない。</o:p>

<o:p>印刷媒体・他の会場での発表は考えていない。</o:p>

<o:p></o:p> 

<o:p>私は、今までいくつかの個展を行ってきたが、これが私が最終的に選んだ発表方法であり、極端に見てもらえる人の数は少ないだろうが、それで充分・本望と考えている。</o:p>

<o:p>何故この方法を選んだのかというと、個展費用の削減という点もあるが、実はそれ以上の意思を持ってかなり昔からそう決めていたのだ(詳しくは、後日再開予定のHPに書く)。</o:p>

<o:p></o:p> 

<o:p>僻地樫田に私が移住してきたように、ご覧いただく方々にも僻地樫田まで直接足を運んでいただきたいと願っている。</o:p>

<o:p></o:p> 

<o:p>盗撮には及ばない。</o:p>

<o:p>堂々と撮影して下さい。</o:p>

<o:p>内部もご覧いただけます。</o:p>

<o:p>


</o:p>

<o:p></o:p> 

<o:p></o:p> 

<o:p></o:p> 


初雪

2010-12-25 22:15:08 | 高槻の観光案内

雪やこんこん、あられを食べたい

今朝、車を見たら、リアウィンドウに白いものが・・・。

わ~っ、雪が凍てりついてる!!

とうとう降った~っ!!

嬉しくて嬉しくて、母屋に飛び込んで女将さんに報告。

「初雪だ。遅いね。」などとひとしきり話しこむ。

 

今日はとにかく冷え込んだ。

陽が眩しく照ってポカポカ暖かく感じるのに、12時半でも0℃。2時でも0℃。

デッキのテーブルの上のバラはしおれた姿で氷柱花。

 

                     

                  ガラス細工の始まりは氷がモデルだったに違いないと感じる。とても美しい。

 

 

                     

               中畑回転場から亀岡に抜ける一応通行禁止ということになっている林道で見た光景。

 

林業従事者が高齢者が多いというのを初めて実感した一瞬だった。

皆さん、どう見ても70歳なんかではない。どうかしたら80歳だとしか見えない動きなんである。

さすがに危険な仕事をしていた人は若かった!! 50代である。

すかさず声をかけた。

KOKKO:「細いのでいいです。3メートルほどの長さの木を2本下さい!」

物干し竿にする。

ここの木は、杉や檜ではなく、雑木なので細くて適当にひん曲がっているのがあって、いいあんばいなんである。

 

 

                 

                               工事用足場板の山。おとといの写真。

 

続きはKOKKOがやるんだ!!女一匹やりきるぜ!!

 

 

さて、ここでサービスショット

なんの写真か分かった人は、動物通です。

樫田にも普通に見られる生き物です。

答:猪。

海を泳いで瀬戸内海の島々を渡り歩いている猪たちです。蜜柑を荒らし回っているらしい。

泳げるんだ!! 樫田の猪捕まえて瀬戸内海に放り投げたらどうなるかな?見てみたいな。


 

 


迷建築「ノアの箱家」物語⑲

2010-12-24 19:46:40 | 迷建築「ノアの箱家」物語

NOAの設計士は名建築家だろうけれど、私の方はコンテナの迷人である。


 迷建築「ノアの箱家」の迷建築ぶりを記録しておくため、11月7日付けの迷建築「ノアの箱家」物語⑱の続きを書いておこう。

 

メルマスのリサイクル御殿

昔、三宮にメルヘンというスナックがあった。

そこのマスター(メルマス)の自宅は、ほぼ拾ってきた物・貰った物でセルフビルドした家だった。

夫(彼も手伝っていた)と子ども達を連れて泊りがけで遊びに行ったが、それはそれは見事なものだった。

みすぼらしさは微塵もない。絵心のあるメルマスのセンスの勝利だった。

建築雑誌やテレビで「リサイクル御殿」と紹介され、メルマスはとても嬉しそうだった。

 

はからずも、今、私も彼と同じように拾ってきたもの・貰ったものをフルに活用して家を建てようとしている。

勿論、新規に購入しなければならなかったものは多い。

が、アトリエ・NOAの本庄正之氏に当初語った通り、リサイクルがコンセプトであるというのは間違いない。

 

「KOKKOちゃんにお金があったら、こんな面白い家にはならなかったと思う。」

ムサシ・タケシ・タカシが言った。

その通りに違いない。

セルフビルドは、前の建築家の背信により多額の損失を出してしまった私の、追い詰められての選択でしかなかった。確信的選択ではなく、結果的にそうなっただけなのである。

お金があれば、間違いなく人任せになり、ありきたりの家になっていただろう。

勿論、内部のインテリアについては、私の今までの習慣が大きく影響していたはずだし、“竹”のこともあり、一般住宅そのものというわけにはいかなかっただろう。

だが、怪我の巧妙とでも言おうか多くの人との出会い、あれこれ知恵を絞り、“おままごと”的に建築を楽しみ、失敗も重ね、しんどくとも実に楽しい7ヶ月だった。

まだ内装も外壁も手付かず状態だし、完成までには植物の力を借りるため、どんなに少なく見積もっても4~5年はゆうにかかってしまう。外観もどんどこ手を加えていくから、10年スパンで考えなければお話にならないのではないか。

 

もの創りの楽しさについては充分知っているつもりではあるが、まさかこの私が家を造ることになるだなんて、想像だにしていなかった。

建築の過程で、ドリトル先生動物園倶楽部事務猫“白足袋”の飼い主君こと、石山修武という超一級の面白い建築家の存在を知ったのも、私にとっては大きな収穫であった。

今、私の目の前には、建築という未知の世界が広っている。

これからも私は、建築の世界を波間に感じながら「ノアの箱家」に乗って航海し続けていくことになる。

どんな旅になるのだろう。

だが、ひとつだけはっきりしていることがある。

ノアの箱舟はアララト山に漂着して旅を終えたが、「ノアの箱家」は約束どおりポンポン山に漂着した。が、その後、再び漂流し続けるということである。

 

ここまで私を導き、漂流のチャンスを与えて下さったアトリ・NOAの皆さん方に、改めて感謝と敬意をこの場でお伝えしておきたい。

NOAの皆さん方、メリークリスマス!!

 

アトリエ・NOA

http://www.a-noa.co.jp/