迷建築「ノアの箱家」

ひょんなことからNOAに選ばれし者として迷建築「ノアの箱家」に住むことになったKOKKOの笑ってあきれる自宅建築奮戦記

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干し柿作り

2011-10-31 21:33:32 | インポート

やってみよう、干し柿作り

近所のKさんがおとといやってきて、

K:「KOKKOちゃん、あんた、吊るし柿作ってみる?」

勿論、二つ返事で

KOKKO:「作る、作る!」

そしたら、30個ほどのなんたら柿(名前忘れた)という渋柿をくれた。

何でも、皮を剥いた後、一分間ほど熱湯にくぐらせるらしい。

KOKKO:「え?何で?皮剥いて干すだけちゃうん?」

K:「熱湯にくぐらせた方がカビはえへんねん。」

!!!

!!!

お~、お~、そうなのか。やはり経験者の知恵は違うのぅ、と、めちゃくちゃ感心した。

K:「20日ほど干したら揉み揉みしてみ。柔らこなるんや。」

!!!

!!!

お~、お~、そうなのか。やはり経験者の知恵は違うのぅ。再びめちゃくちゃ感心する。

収穫の秋、冬支度の秋は、忙しいのぅ・・・。

 

                 

左上の方の小ぶりの柿は、久保柿となんたら柿(名前忘れた)。めっぽう甘い柿で、毎日皮ごと丸かじりして食べている。中央から右下にかけての柿が、渋柿。

 

それにしても、渋柿を干すとどうして甘くなるんだろう。

糖分が生成されるというのは分かるが、じゃあ、そもそも何で糖分が生成されるんだ。

誰か、その仕組みを教えてチョンマゲ。


 

 

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“コウタ”とコウタ(セルフビルド考23)

2011-10-30 22:38:38 | セルフビルド考

「アートスペース樫の木」  名前の由来

我が家の正式名称は、「アートスペース樫の木」。

「ノアの箱家」は、そのうちの居住家屋を指し示す名称だ。

「アートスペース樫の木」の名前は、かつての教え子がポケットに大事にしまいこんでいたどんぐりの実から芽生えたナラの木に由来する。

 

教え子の名前はコウタ君。

私が初めて本格的に指導した自閉症の子どもである。

出会った時、彼は小学1年生。自発語が無く、表情も乏しかった。

校庭で友達に押し倒されて馬乗りされては叩かれ続けても、コウタ君は、無表情に寝ころがっているだけだった。(叩いている子の方も自閉症の子どもで、決していじめているのではなく、それが仲のよい二人のコミュニケーションだった)

それを見るたび胸が締めつけられるのだが、果たしてどう指導していいか皆目見当がつかず、手探りの日々だった。

うさぎが好きだと聞き、教室でミニうさぎ(現在、我が家の中庭で老後を過ごしているちょこちゃん)を放し飼いにし、情操と言語を育む方法とした。

毎日うさぎを指差し、「あれは、“うさぎ”。」と語りかけ、黒板に書いた「う」「さ」「ぎ」の文字を発音しながら、コウタ君の指を持って一緒になぞり書きし続けた。

けれども、コウタ君は一向に喋ってはくれず、半ば諦めかけていた3ヵ月後、突如としてコウタ君は、自分の足元に駆け寄ってきたちょこちゃんを見て、「う~~さ~~ぎ~~」と、喉の奥から搾り出すような声で喋った。

繰り返される「う・さ・ぎ」という言葉の発音は、次第に明瞭に、速く、大きくなっていく。そして、コウタ君は勢いよく黒板に駆け寄って行き、「うさぎ」と自力で書いた。

目の前で起こっていることを理解するまでに時間がかかった。 衝撃的な出来事であった。

その日の光景を、私は今もはっきりと記憶している。

ヘレンケラーが初めて“WATER”と言った時のサリバン先生の感動は、きっとこんなふうだったのではないだろうか。

それ以降、来る日も来る日もコウタ君は、一人で勝手に「う・さ・ぎ」と喋り、書き続けた。時には、ノートや紙切れにも「うさぎ」を連発し続けた。

コウタ君にとって、物には名前があること・・・それは大きな発見であり、それほどの大きな喜びだったのだ。

それをきっかけに、コウタ君は急速に多くの言葉を覚えていった。

同時に、少ないながらも自発語も発するようになった。

 コウタ君は、多くの気付きと感動を私に与えてくれた子どもの一人である。

 

コウタ君は、小さな丸いもの:ビービー弾やどんぐりの実を集めるのが大好きだった。

お母さんが服を洗濯するとき、ポケットの中からしょっちゅう大量のどんぐりの実が出てきた。

コウタ君はそれを庭じゅうに次々埋めていき、家のあちこちからどんぐりの芽が吹き出した。

お母さんは、それらを抜き取り続けるというどんぐりとの戦いに突入したのだが、一つだけコウタ君専用の朝顔の植木鉢の中のどんぐりだけは残しておいた。

私とコウタ君の別れが近づいてきた頃、小さな鉢に5本の木がはちきれんばかりに育っていた。

お母さんは、「このままでは大きくなって困るから、捨てようと思います。」と言った。

「じゃあ、このどんぐりをコウタ君の思い出として私に下さい。」と言って、私は鉢ごと貰い受けた。

土地を買ったとき、隅っこに植え、この木を我が家のシンボルツリーにしようと決めた。

そして、どんぐりを“コウタ”と名付けた。

 

 一口にどんぐりと言っても、落葉樹のナラや常緑樹の樫など多種多様なのだが、私は、かつての教え子が拾い集めて宝物のようにしていたどんぐりを、どういうわけか常緑樹の樫と思い込み、「樫田の樫の木か。ピッタリや!」と、即座に我が土地を「アートスペース樫の木」と名付けたのであった。

 ところが、冬になると、“コウタ”は木の葉を落とし、丸裸になった。

もしや?と思ってネットで調べたら、“コウタ”は、常緑樹の樫ではなく落葉樹の楢だったと知った。

だが、私の“コウタ”は、あくまで樫の木であって、楢ではない。(正確には、常緑樹になろうとしてもなれない落葉樹、樫と間違われた楢)

私は、「あすなろ」という歌を思い出して、しばらく口ずさんでいた。

「大きな檜に明日はなろう」とどんなに願ったところで、あすなろはあすなろ、檜にはなれないのだという説明を受けて小学校時代に習った歌だ。

  

     あすなろ、あすなろ、

                     明日はなろう。

                     お山の誰にも負けぬほど、

                     ふもとの村でも見えるほど、

                     大きな檜に明日はなろう     

 

だが、あの歌は決して絶望の歌などではない。

いい、このままでいい。ボタンのかけ違えは、きっと初めから約束されていたことだったに違いない。だったら、ボタンのかけ違えも、まるごと慈しんでいこう。

そう思った。

勿論、「アートスペース樫の木」を、「アートスペース楢の木」に変更しようとは思わなかった。

 

Wコウタ

“コウタ”を植えて半年がたったとき、コウタ君一家が囲炉裏茶屋に私を訪ねてきた。

土地へ案内し、“コウタ”の前でコウタ君を含む集合写真を撮った。

それから2年が過ぎ、今日、再びコウタ君一家がやって来た。

先だって、ちょこちゃんが高齢化して病気を繰り返しているので、もう長くは無いだろうと知らせたら、「生きているうちに会いに行きたい。」とのことだった。

コウタ君はすでに声変わりをしていて、身長は私より大きくなり、筋骨隆々。毎日筋トレをしているという。

ちょこちゃんとの再会を果たし、小丘の上の久保柿を高枝鋏で収穫し、工事の廃材の焚き火を楽しんで、コウタ君一家は帰って行った。

お~い!!今度は、ブラックベリーとブルーベリーを収穫しにおいで~。

車が田んぼの向こうに見えなくなるまで、私は手を振った。

 

                   

地植えのままでは巨木になってしまうので、間引きをしてから大きな鉢に植え替えたのが、今年1月。

“コウタ”には三つのおまけがついていた。これは、春になって花が咲き、正体を知った。シラー(orチオノドクサ)、百合科の花である。白い可愛い花が咲く。

 

 

                      

今年1月には、私の身長ぐらいまで伸びていた。冬は、“コウタ”にイルミネーションする。

後ろに見えるのは、小丘の柿と梅。

 

 

                      

 

 

“コウタ”は、落葉樹のままでいい。樫と間違われていた楢と分かっても、そのままでいい。

楢は、冬になると、衣服を大地に脱ぎ捨て、それを命の糧として他者へ与える。

“コウタ”とコウタ君、ともにすくすく育て。健やかにたくましく生きよ。

 


 

 

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サツマイモの収穫

2011-10-29 22:41:50 | 自給自足

安納芋と紅芋

畑の青紫蘇の種が零れ落ちたので、枯れ枝を一気に処理し、紫蘇の影に埋もれていた2株のサツマイモを収穫。

肥料は、あえて一切やっていなかった。

何でも実験、興味津々でやってみた。

サツマイモは痩せ地にもよく育つと言うが、本当かどうか。

本当ならどの程度なのか? 観察してみたかったのである。

 

で、結果は・・・やはり、収穫は少なかった。芋も小さい。むむむ。

以前、肥料をしっかり与えて育てたサツマイモたちは、超肥満芋に育った。人間様にとっては好都合の芋たちが大量に獲れたのだが、今回の収穫は、重量にしておおよそ5分の1以下の量だと思われる。

誰や!! 痩せ地でも育つと言ったんは!!

ちっとも育てへんがな。

しかし、これで来年度はどの程度の世話をすればいいのか見当が付いた。

紅芋よりも安納芋の育ちの方が良かったので、こちらの方が有利だろうとの見当もついた。

亀岡では紅芋栽培に力を入れ始めているが、どう見ても読谷村の紅芋には負ける。大きさも色も甘みも、ブッブーものでしかない。

やはり、気候は無視できないのではないか。

安納芋は、種子島特産のねっとりした芋だが、丹波にはこっちの方がいいのかも、と勝手に考える。

 

           

手前のオレンジ色の芋が安納芋。奥が紅芋(読谷村の紅芋は皮は白い。ちなみに本土では紅芋のことを紫芋とよぶ。色からすると、本土の呼称の方が適切ではあるが、私は本土にこれが導入される以前から親しんできたので、今も紅芋と呼んでいる)

 

早速、安納芋を豚汁にして食べた。本当は約1ヶ月寝かせてから食べるのが甘くいただけるコツとは知っていたが、掘り起こしの時にスコップで芋を傷つけてしまったので、急いで食べることにした。採りたてでも、甘かった。芋つるも勿論、薄揚げと一緒に煮付けて一品とした。

美味しかったので、明日、大工さんたちにもご馳走することに。

 

スコップによる惨殺事件

畑で芋を掘っていたら、例によって冬眠中の大きな蛙の身体を真っ二つにしてしまった。畝の上に首のない蛙の両足がぴくぴくぴく。

・・・・・

!!!

「ごめんね、ごめんね。この命、野菜となって蘇れ!」

心の中でそう念じながら畑の土に混ぜ込んだ。

樫田で頻繁に起きる惨殺事件。

意図的ではないので、業務上過失致死罪。及び、死体遺棄罪に相当する。

蛙にしたら、トンでもない災害に違いない。

合掌。


 

 

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インターネットの怪

2011-10-24 19:13:00 | 雑感

ドリトル先生動物園倶楽部

ここ数日、またもや「ドリトル先生動物園倶楽部」をキーワードに検索して私のブログにやって来る人が急激に増えた。

何らかの動きがあったのだろうと、久しぶりに白足袋の飼い主君の「世田谷村日記」を覗いたら、「10月20日にドリトル先生動物園倶楽部通信を発送します。」とあった。何でも、日経に倶楽部活動再開のことを記事に書いたとのこと。届いた通信には、記事のコピーも同封されていた。(ドローイングも・・・石山修武という人物は、やたらとドローイングをサービスしてくれるのだ)

そうか、そうだったのか。

しかし、それにしても、インターネットの怪奇現象というか、珍現象と言うか、情報伝達の速さよ。というより、新聞の影響力か?

今までは、圧倒的に「コンテナ」と「工事用足場板」が多かったが、今や、その数倍で「ドリトル先生動物園倶楽部」である。

おそらく、あと数日はこの怪奇珍現象が続くと思われるが、あたしゃ、そういった世間様の動きには興味はない。

 

樫田村の白足袋

ところで、我が家の隣の犬わんさかの家に猫が住みついた。

黒猫で足の先が白いので、世田谷村の白足袋に因んで、「白足袋」とか「タビ」と勝手に呼んでいた野良猫だったのだが、いつの間にか赤い首輪と鈴をつけてもらって、隣の家の飼い猫に収まったようである。

私が声をかけると警戒するくせに、時々家に入り込み、台所でうろうろしているので、「あつかましいやっちゃ。」と思いつつ、まんざらでもなく、いっそのこと飼おうかと思っていたのだが、最近隣の家の庭の方に向かっていくことが多いので、もしや?とは思っていた。

そうか、ヤツは「ノアの箱家」よりも「元ペットショップ」の方を棲家として選んだのか。

黒い服に白い靴、赤ネクタイ。なかなかおしゃれないでたちではないか。

ま、幸せに暮らしておいき。

それにしても、三十匹近くも犬を飼っているところに、猫まで飼うなんざ、とんでもない重労働だろうに。毎日何度も糞掃除をしているご主人を見かける。

餌代も馬鹿にならないだろう。

 

樫田には、どういうわけか野良猫が多い。しかも、子猫ではなく、成猫。ほとんどが人馴れしているところからして、おそらくは車で村まで捨てにやって来た人たちの仕業だろう。

次から次へと新顔が現れるので、まあ、村じゅうにぎやかなこと。

捨て猫たちの中で一番可愛いかったのは、勿論、樫田村の白足袋だ。


 

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太助米収穫

2011-10-22 22:46:22 | お知らせ

太助米販売のお知らせ

例に寄って、今年も太助米販売の連絡が敏さんから届いたので、以下に転載しておく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

太助米の稲刈りが終わりました。
台風のせいで、たんぼがべったりと、稲の絨毯のようになりました。
さらに稲刈り前日の大雨で水が溜まり、とてもすぐに稲刈りどころではありません。
倒れた稲は、4つの株を四角錘になるよう束ねる作業を延々と繰り返しました。
これで、稲を乾かし、田んぼに溜まった水が抜ければ、コンバインが入ります。
ただし、稲刈りのときは束ねる時に結んだわらを一つずつ切らないといけません。
台風と雨のためとはいえ、大変な作業となりました。
太助にとっても、今までの稲刈りで、ここまで大変なのは初めてだったようです。
でも頑張って稲を束ねていました。

とうとう太助米は無事収穫できました!豊作でした。
最後まで苦労の多かった太助米なので、できたときの喜びもひとしおです。
今年もお分けできます。
ご希望の方は、お申し込みをお願い申し上げます。
西村敏

*********************************太助米について
   5kgで3000円(玄米)+送料
お米だけですと送料実費がかかりますが、宍道湖しじみを一緒にとっていただければ、
お米にかかる送料は無料となるよう、しじみネットワークと工夫しました。
 しじみは1kg1417円+送料(送料はしじみの量が増えても同じ)
   精米でもOKですが少し目減りします。
 もし買って下さる方がおられましたら下記までご連絡下さい。
 連絡先;0852-22-4953(ファックスで)
 メール:binn@smn.enjoy.ne.jp  西村びんまで
昨年から予約いただいております方も、お手数ですが念のため改めてお申し込み
をお願いいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  氏名:           
電話番号:              
郵便番号:
送り先住所:                            
メールアドレス
注文希望数量  太助米    kg(5kg単位)
        しじみ   kg(1kg単位)
 
 ********************************
  
         

                   太助君と敏さん親子

 

太助君は、敏さんの息子さん。和歌山大学に在籍中、留学先のグァテマラで交通事故に合い、高次脳機能障害となった。敏さんやお母さんなど家族の献身的で感動的な努力が周囲の理解を拡げ、太助君は奇跡的な回復の道を歩んできた。現在、東京で一人暮らしをしながら、社会適応を目指している。

敏さんの実家は、奈良県の御所市。そこで、太助君は敏さんや叔父さんたちと共に機能訓練と今後の生活基盤作りのために有機農法による米作りを行ってきた。農業は、五感を鋭くする効果があり、太助君の機能は周囲が目を見張るほどの回復を遂げたようである。

 

どうか、あなたも太助米を買ってください!!

 


 

 

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