【旧書回想】
「週刊新潮」に寄稿した
2021年6月前期の書評から
尾脇秀和『氏名の誕生~江戸時代の名前はなぜ消えたのか』
ちくま新書 1034円
大人しい書名に騙されてはいけない。「氏名」の形と在り方を探ることで、江戸から明治にかけての歴史が思わぬ相貌を見せてくれる。たとえば江戸時代の「名字」は、現代の「氏名」の「氏」ではない。そもそも名前に関する「常識」が全く異なるのだ。「文化」の違いと言ってもいい。それを変えたのが維新であり、明治の新政府だ。国民管理のツールとしての「氏名」は現代にまで繋がっている。(2021.04.10発行)
風間賢二『スティーヴン・キング論集成~アメリカの悪夢と超現実的光景』
青土社 3740円
「ホラーの帝王」にして世界的ベストセラー作家、スティーヴン・キング。その作品を40年にわたって読み継ぎ、論評してきたのが著者だ。経歴と主要作品の軌跡を追い、作品世界を徹底考察。キングの強みは巧みなストーリー展開、リアルなキャラクター、そして陰影に富む人間ドラマだと指摘する。しかも常に「今日的な恐怖」を創造してきた。長編デビュー作『キャリー』から再読したくなる。(2021.05.20発行)
花岡敬太郎『ウルトラマンの「正義」とは何か』
青弓社 2640円
放送から半世紀以上が過ぎても色あせないヒーロー。気鋭の研究者による最新の「ウルトラマン論」だ。著者は怪獣や宇宙人を「非日常からの来訪者」と捉え、物語の多彩さに注目する。来訪者たちの性格によって、為される「正義」の描き方も変化していると言うのだ。関係者への聞き取りや、合わせ鏡としての「仮面ライダー論」も駆使しながら、「テレビで物語を紡ぐこと」の意味に迫っていく。(2021.05.26発行)
志川節子『博覧男爵』
祥伝社 1980円
若き日の渋沢栄一も使節団の一員として赴いた、1867年のパリ万国博覧会。この時、幕府が出品した昆虫標本の製作を行い、パリに出張したのが田中芳男だ。その後、明治政府の殖産興業政策と深く関わり、日本初の近代的博物館となる東京国立博物館や上野動物園の創設に尽力する。武力ではなく、文化の力による文明国を目指した「博物館の父」の奮闘を描く、ノンフィクションノベルだ。(2021.05.20発行)
武田砂鉄『偉い人ほどすぐ逃げる』
文藝春秋 1760円
雑誌『文学界』に連載中のコラム「時事殺し」。過去5年分から選んだ文章を、時系列ではなくテーマ別に構成したのが本書だ。一読すると、確かに「偉い人」たちは常に逃げ続けていることが分かる。また「偉い人を守ると偉くなれる」現実や、自分たちが「まだ偉いと思っている」メディアの無責任ぶりも見えてくる。忘却は人間の特技だが、忘れてはならない悪事や持続すべき怒りがあると知る。(2021.05.25発行)
善本喜一郎『東京タイムスリップ 1984⇔2021』
河出書房新社 2603円
新宿や渋谷など東京の街角を撮った写真が並ぶ。見開きの左ページが1980年代、右が2020年以降。「同位置・同角度」からの写真は、一種の定点観測だ。そこに「あった風景」が消えて、「なかった風景」が今、そこにある。一方、「変わらない風景」が残っていることで、逆に時の流れを感じたりもする不思議なタイムスリップだ。桑原甲子雄、森山大道、荒木経惟などに連なる〝東京写真〟である。(2021.05.30発行)