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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

2010年 こんな本を読んできた(2月編)

2010年12月29日 | 書評した本 2010年~14年
(hawaiiフォト・シリーズ)


この1年間に、読んで書評を書いてきた本。

その2月分です。


2010年 こんな本を読んできた(2月編) 



森村誠一 『月光の刺客』 
実業之日本社 1785円 

 警視庁捜査一課刑事・棟居弘一良を主人公とするシリーズの最新作だ。
 ある日、ホテルの5階から一人の男が転落死したが、自殺として処理される。落下現場に居合わせた有力政治家の息子・本堂政彦は、間一髪で巻き添えを免れた。しかし政彦がいた場所には銃弾の跡が残っており、棟居は何者かが狙撃したことを知る。
 この狙撃犯こそボランティアと呼ばれる刺客だった。名前は奥佳墨。罪を犯しながら司直の手から逃れている者たちに制裁を加えるのが役目だ。政彦は父親の庇護の下、大学のサークルを隠れ蓑に多くの女性を毒牙にかけていた。奥にはルールがある。悪の命は奪わず、それ以上の苦しみを与えるのだ。もちろん政彦も・・。
 本作の魅力は棟居と拮抗する刺客・奥の存在にある。腕は確かであり、人間味にも溢れているのだ。棟居の前に好敵手出現である。
(10.01.25発行)


古谷 敏 『ウルトラマンになった男』 
小学館 1785円    

著者は初代ウルトラマンのスーツアクター。あのヒーローを演じた男の回想記だ。売れない役者から“素顔を見せないスター”への変身。思考錯誤の特撮現場。水と火を使う撮影での苦労や、怪獣を倒すことへのためらいなど、著者ならではの秘話が満載である。
(09.12.26発行)


山口瞳ほか『山口瞳対談集 5』 
論創社 1890円   

傑作対談集も最終巻となる。丸谷才一とエッセイの魅力を語り、吉行淳之介と対談の楽しみを探り、師匠の高橋義孝と礼儀作法の奥義を極める。異色の相手は日活ロマンポルノの女王・田中真理だ。酒と男をめぐる丁々発止は、女王に「シンの通った木刀」と評された。
(09.12.30発行)


映画芸術編集部:編 『映画館(ミニシアター)のつくり方』 
AC Books  1575円      

『映画芸術』連載の「映画館通信」が一冊になった。各地のミニシアターとそれを支える人たちのルポだ。旅人が定住して開業した苫小牧のシネマ・トーラス。劇場であることにこだわり続ける那覇市の桜坂劇場。愛すべき映画バカたちの奮闘が現在の映画界を撃つ。
(10.01.15発行)


河内 孝 『次に来るメディアは何か』 
ちくま新書  777円    

 著者は「毎日新聞」の元常務取締役(営業・総合メディア担当)。本書ではアメリカ新聞界の現状に始まり、日本メディア界の危機を指摘し、さらにメディア・インテグレーターの可能性を探っている。
 その上で「新聞界の変動は2010年、テレビ界の再編は12年に起きる」と分析。日本のメディアが4つのメジャーと2つの独立グループへと再編成されると大胆に予測する。その際、新聞がもつ人材や取材の蓄積とノウハウ、テレビの「今」を映し出し伝える力をどう生かすのか。淘汰と再編はすでに始まっている。
(10.01.10発行)


京極夏彦 『数えずの井戸』 
中央公論新社 2100円 

 『嗤う伊右衛門』『覗き小平次』に続く、江戸の“怪異事件”シリーズ最新作だ。誰もが知る怪談「番町皿屋敷」が、ミステリアスにして人間味溢れる群像劇に仕立て上げられている。
 本書最大の特色は、流れるようなその語り口にある。登場人物たちを交互に登場させ、それぞれが隠し持つ“心の闇”を垣間見せていくのだ。たとえばヒロインのお菊は、器量も気立ても良いが、「適当」という概念が希薄で上手く生きられない。皿屋敷の主・青山播磨は陰鬱な貧乏旗本。大きな欠落感を持て余している。播磨との縁談が進む大久保吉羅は、強欲だが物事を見極める力のあるお嬢様だ。
 彼らの運命を狂わせていくのが青山家の家宝「姫谷焼十枚揃いの色絵皿」。立場や人間性が異なれば、宝の意味も価値も違ってくる。人が“数える”べきものとは何なのか。何があって何が足りないのか。
(10.01.25発行)


マーク・エリオット:著 笹森みわこ・早川麻百合:訳
『クリント・イーストウッド~ハリウッド最後の伝説』 

早川書房 2625円 

 著名人の伝記の醍醐味は、 知られざる人間像にどれだけ迫れるかにある。ジェームズ・スチュワートなどの評伝で知られる著者は、俳優として、また監督として大きな存在感を示す男の軌跡を、光と影の両面から余すところなく描いている。
 まず驚くのは、無名に近い駆け出し時代から、いずれは監督になることを目指していたこと。また、そのためには俳優としてどんなキャリアを積むべきかを常に考えてきたことだ。
 TV映画『ローハイド』からマカロニ・ウエスタンのヒーローへ。そして『ダーティーハリー』の成功を経て、やがて自らのメガホンで撮るようになる。『許されざる者』では監督賞と作品賞をダブル受賞した。その間の成功と失敗の舞台裏はもちろん、直情径行いや無茶ともいえる女性関係の真相にもペンが及んでいる。何より本人の言葉が豊富で、読みごたえ十分だ。
(10.01.25発行)


梶尾真治 『メモリー・ラボへようこそ』 
平凡社 1365円 

『黄泉がえり』の作者による連作集。メモリー・ラボは「おもいで」を移植してくれる不思議な研究所だ。独身のまま定年を迎えた男が得たのは“そうありたい過去”だった。記憶の中の自分と現実の自分。その垣根が揺らいだ時、男の人生は別の意味を持ち始める。
(10.01.25発行)


宍戸游子 『終わりよければすべてよし』 
NHK出版 1365円

著者は俳優・宍戸錠夫人にしてエッセイスト。物書きを目指していたはずが一人の若手俳優と結婚する。夫の快進撃の一方で、家庭は平穏と無縁だった。そんな回想と共に、現在の著者が挑む「がん」との闘いが語られる。詳細かつ明るい筆致は読む者を元気にする。
(10.01.25発行)


橋本 治 『TALK 橋本治対談集』 
ランダムハウス講談社 1575円

「知ってることは知ってるけど、それ以外のことは知らない」と本人は言うが、その知識と感性は計り知れない。高橋源一郎と短編小説の醍醐味を語り、浅田彰と日本美術史を論じ、天野祐吉と社会時評で渡り合う。やわらかそうで硬く、易しそうで奥深い対談6番勝負。


朝倉かすみ 『感応連鎖』 
講談社 1575円 

 昨年、『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞した著者の最新長編小説。男からはうかがい知れない、女たちの内なる葛藤のドラマが描かれる。
 登場するのは4人の女性だ。節子は子ども時代からの肥満体。顔も大きい。周囲に自分を「異形」と認識させることで、いじめから逃れてきた。絵理香は他人の気持ちを読み、操るのが得意。美少女の由季子は、その外見ゆえに自意識過剰気味だった。そして4人目が彼女たちの担任教師・秋澤の妻である
 ごく普通の男であるはずの秋澤を触媒に4人の女たちの心が化学反応を起こす。一人の行動が、玉突きのように他者へと影響を与えていくのだ。感応連鎖である。
 自らの人生における主人公は自分だ。そんなヒロイン同士は、互いの眼にどう映っているのか。どう思われているのか。何気ない日常が女たちの戦場と化す。
(10.02.20発行)


札幌テレビ取材班 『がん患者、お金との闘い』 

岩波書店 1680円 

 今や2人に1人はがんになる時代。だが、実際にそうなった時、最も切実な問題が“お金”であることを知る者は少ない。本書は、話題を呼んだドキュメンタリー番組に新たな取材を加えたもの。命と生活の綱引きをリアルに伝えている。
 中心となるのは30代半ばで発病した主婦・金子明美さんのケースだ。まず驚くのは自己負担の重さ。1回約5万円の抗がん剤投与が月2回必要となる。仕事が出来ないための減収と治療費の両方がのしかかるのだ。
 取材班は、健康保険がいかに不十分か、また民間のがん保険でも補えない部分を検証していく。その上で「障害年金」の有効性を明かすが、患者と家族にとっては貴重な情報だ。
 がんと闘いながら、自治体に「がん対策条例」の制定を求め続けた金子さん。余命3ヶ月と宣告されてから6年後、今年の1月に亡くなられた。合掌。
(10.01.22発行)


内田 樹 『邪悪なものの鎮め方』 
バジリコ 1680円 

ベストセラー『日本辺境論』の著者が、自身のブログから選り抜いた論考&エッセイ集だ。「邪悪なもの」とは、どうしていいか分からないが、何かしないと大変な目に遭う危険物である。アメリカの呪い、情報化の呪い、団塊世代の呪いなどを鎮める裏ヒントが満載だ。
(10.01.28発行)


高村薫・藤原健 『作家と新聞記者の対話2006-2009』 
毎日新聞社 1575円     

鋭い社会批評でも知られる作家に記者が問いかける。テーマは憲法、家族、死刑制度など。本書は毎日新聞連載の連続インタビューに、「民主党政権論」を加えたものだ。活字離れをめぐっての「言語能力の格差は人間の尊厳に関わる」という指摘に危機感がこもる。
(10.01.30発行)


浅田次郎 『アイム・ファイン!』 
小学館 1470円    

現在も続く機内誌での連載エッセイの傑作選。西安の月に阿倍仲麻呂を偲び、ラスベガスのルーレットテーブルで文学賞を拝受し、別府で湯めぐりを達成する。さらに入院・検査・手術さえも好奇心を刺激する旅にしてしまう。書斎もまた草枕の爆笑トラベル文学だ。
(10.02.02発行)


岸 博幸 『ネット帝国主義と日本の敗北~搾取されるカネと文化』 
幻冬舎新書 798円    

 経産省政務秘書官として構造改革の立案・実行に携わった著者はIT政策の専門家。現在は慶大教授だ。本書ではネットがもつ負の側面を明らかにしている。第一にジャーナリズムと文化の衰退。第二がネット上でのアメリカ支配だ。
 「無料モデル」が情報の流通を変えたことで、新聞など活字メディアは存亡の危機にある。また、グーグル、アマゾンなどの米国ネット企業に世界の情報を掌握されている状況も危うい。ネットは便利な道具だが、無自覚なままでは国家の衰退につながるというのだ。ならば今後の処方箋とは?
(10.01.30発行)


好村兼一 『行くのか武蔵』 
角川学芸出版 1890円 

 武蔵はいかにして武蔵となったのか。本書は、これまでに書かれた多くの“武蔵もの”とは一線を画す異色の剣豪小説だ。もう一人の主人公として武蔵の父・宮本無二にスポットを当て、戦国の世を生き抜く父子鷹の姿を描きだしている。
 無二は自ら考案した二刀流の遣い手。近隣では無敵の強さをもつ。しかし侍としての身分は低く、食べることで精いっぱいだ。そんな無二が養子として迎えたのが後の武蔵だった。
 無二の薫陶を受け、武蔵の天賦の才が目覚めていく。しかも、やや融通無碍過ぎる父と違い、息子は正義を貫く真っ直ぐな気性。そんな好対照の二人が関ヶ原の戦いに西軍側として跳び込んでいく。修羅場、そして逃避行。やがて武蔵は剣の道に生きるべく武者修行の旅に出る。
 著者は07年に『侍の翼』でデビュー。自身も剣道八段の腕を持つ新鋭だ。
(10.02.10発行)


山と渓谷社:編 『言葉ふる森』 
山と渓谷社 1575円 

 雑誌『山と渓谷』連載の「山」をテーマとしたエッセイ・紀行が一冊になった。29人の作家、30篇の作品が連峰のごとく並ぶ。
 篠田節子はチベット高原鉄道に乗る。5千メートル近い高地の駅に降りた時、高山病さえ逃げ出す強靭な日本人に驚かされるのだ。
『還るべき場所』などの山岳小説で知られる笹本稜平は槍沢の雪渓で滑落。足首を複雑骨折して、危うく遭難しかかった。「東京もまた山の街であった」と書くのは古井由吉だ。大都会に暮らしながら山を想うことの味わいを伝えている。いずれも山との関係の中に著者の素顔が見えてくる。
2月初めに亡くなった立松和平も、知床の森に生息するヒグマについて書いていた。その文章は次のように結ばれている。「私は思うのである。クマの最終的な望みは幸福に暮らすことで、それは私たち人間もなんら変わらないのだ」。
(10.02.05発行)


西村賢太 『随筆集 一私小説書きの弁』 
講談社 1575円    

私小説という形で、大正期の作家・藤澤清造への熱い思いを原稿用紙にぶつけ続ける著者。初の随筆集である本書でも、それは変わらない。「アル中の(中略)とりとめのないクダ話」と本人はいうが、自滅も辞さぬ文学彷徨の日々は、ますます師匠と重なっていく。
(10.01.29発行)


丸山哲史 『竹内好~アジアとの出会い』 
河出書房新社 1575円    

戦後思想史に独自の位置をもつ竹内好。日本の東アジアにおける“あり方”が問われる今、再注目すべき人物だ。明大准教授である著者は、魯迅、毛沢東、岸信介、武田泰淳などとの出会いと影響を検証していく。竹内の「アジア主義」とその先を探る果敢な試みだ。
(10.01.30発行)


伊藤比呂美 『読み解き「般若心経」』 
朝日新聞出版 1575円    

病が進む母と衰えた父を日本に残し、詩人は海外暮らしだ。したいことは多いが思うようにいかない。そんな心塞ぐ状況をほぐしてくれたのが「お経」だ。その経緯を語ると共に、「般若心経」などの 現代語訳いや“現代詩訳”を試みた。ぜひ音読を勧めたい。
(10.01.30発行)


2010年 こんな本を読んできた(1月編)

2010年12月29日 | 書評した本 2010年~14年
(hawaiiフォト・シリーズ)


この1年間に、読んで書評を書いてきた本を整理してみます。

私の専門はテレビを軸とするメディア論ですが、書評にはその研究に関する本、いわゆる専門書はほとんど含まれていません。

書評を書かせていただいているのが一般向け週刊誌(週刊新潮)だからです。

専門書以外で、自分が読者として読んだ本。

その中から「これ、いいな」と選んだものについて書いています。

ジャンルも多岐にわたっていますが、小説は自分が好きなミステリが多いかもしれません。

それは他の書評家の皆さんとの分担というか、一種の棲み分けでもあります(笑)。

ということで、まずは1月分から。


2010年 こんな本を読んできた(1月編) 


西尾維新『難民探偵』 
講談社 1680円

 「物語シリーズ」などライトノベルで人気を博している著者の書き下ろしは、主人公がネットカフェ難民という異色の推理小説だ。
 ヒロイン&語り手の証子は就職が決まらぬまま大学を卒業してしまった就職浪人。作家である叔父・窓居京樹の豪邸に居候中だ。ある日、京樹の友人・根深陽義が訪ねてくる。今はネットカフェを転々とする根深だが、以前は優秀な警視だったことから難民探偵と呼ばれている。
 事件は根深が愛用するネットカフェで起きた。出版社の専務が殺されたのだ。元同僚でもある警視総監の依頼で犯人を追うことになる根深。しかも助手兼お目付け役は証子だ。「犯人ではなく警察の見落としを探る」とうそぶく難民探偵の破天荒な活動が始まる。
 登場人物たちの会話の妙は著者ならでは。真相へと迫る過程も一筋縄ではない、維新ワールド全開の一冊。
(09.12.17発行)


徳大寺有恒 『間違いだらけのエコカー選び』 
海竜社 1575円  

 「私が否定的なのは、ハイブリッドならすべて善で、そうでないクルマはすべて悪といった単純な見方に対してなのだ」と著者は憤る。エコカー減税の追い風に乗るハイブリッド車。本書はその功罪を明らかにする辛口クルマ評論だ。
 まず、エコカー減税の根拠となる「10・15モード燃費」の実態が暴かれる。実際とはかけ離れた数値がユーザーをミスリードしてきた経緯。燃費やエコにも配慮する優れた外国車の排除。さらに、いますぐ出来るガソリンエンジンの改良に取り組まない国内メーカーへの疑問などが並ぶ。
 また著者が声を大にするのが「クルマは単なる移動の道具ではない」ということだ。機能と価格も大事だが、運転自体の創造性やライフスタイルの表現としてのクルマ選びを強調する。エコという記号に惑わされず、自分の1台を見つけるヒントがここにある。
(09.12.16発行)


持田叙子 『永井荷風の生活革命』 
岩波書店 2310円  

著者は近代文学研究者。昨年、『荷風へ、ようこそ』でサントリー学芸賞を受賞した。本書では荷風を「シングル&シンプル・ライフの元祖」として捉えている。偏奇館という住居への愛着。庭へのこだわり。自立した女性との関わり方にも、荷風の新たな姿が見えてくる。
(09.12.03発行)


日本経済新聞社:編 『ルポ 日本の縮図に住んでみる』 
日本経済新聞出版社 1680円  

団塊世代の間でブームとなった田舎暮らし。50~60代の記者が北海道浦河町や沖縄県与那国島などで実際に生活した上での報告だ。いいことばかりではない。就労や医療の問題から都会暮らしへの未練まで本音が語られていく本書は、自分再発見のルポでもある。
(09.12.08発行)


加賀乙彦 『不幸な国の幸福論』 
集英社新書 756円  

 年間3万人以上が自殺する“絶望大国”ニッポン。この国で幸せになるにはどうしたらいいのか。本書は作家であり精神科医でもある著者が探る処方箋だ。日本人を分析し、「考えない習性」と「他人を意識しすぎる癖」を指摘する。その背景には「個」をおろそかにしてきた社会がある。
 ならば、どうするか。まず、たった一度の人生、たった一人の自分を大切にすること。その上で、幸福や不幸は自分の考え方次第と自覚するのだ。「今あるがままの自分を受け入れ、よりよく生きようとする」。そんな言葉に励まされる。
(09.12.21発行)


五木寛之 『歎異抄の謎』 
祥伝社新書 798円  

 現代を本格的な「鬱の時代」とする著者。プラス思考で生きれば人生は明るくなる、などと言ってはいられないほど心の闇は深い。本書は再び広く読まれ始めた『歎異抄』の格好の再入門テキストだといえる。
 人間を「限りない煩悩を抱えた存在」として認め、誰もみな罪人であるとした親鸞。ならば善悪の区別や浄土とは何なのか?「信じる」とはどういうことなのか?著者は原文と共に私訳も提示して『歎異抄』に触れることを促す。さらに文芸評論家・川村湊氏との対談では、現在の選択が未来につながると説いている。
(09.12.25発行)


大沢在昌 『欧亜純白 ユーラシアホワイト』Ⅰ・Ⅱ
集英社 各1785円

 物語は1997年から始まる。間もなく香港が中国に返還されることで、ヘロインの流通構造が変わろうとしていた。これを好機として、中国系ヘロイン「チャイナホワイト」を凌駕する「ユーラシアホワイト」を目指す人物が現れる。正体不明の「ホワイトタイガー」である。
 それを阻止しようとするのが厚生省麻薬取締官で潜入捜査のプロ・三崎、そしてアメリカ麻薬取締局のベリコフだ。それぞれにヘロインの流れを追っていた二人はやがて出会い、協力して戦うことになる。しかし敵はホワイトタイガーだけではない。日本のヤクザをはじめ各国のマフィアが複雑に絡み合う。潜入捜査を行う三崎にも過酷な試練が待ち受けていた。
 国際政治や経済の動向も取り込んだリアルな背景。練りに練った構成。緊迫感あふれる場面展開。著者の新たな代表作となりそうだ。
(09.12.20発行)


加島祥造 『私のタオ~優しさへの道』 
筑摩書房 1680円

詩人で翻訳家の著者が老子に関する最初の本を出してから17年。“老子をめぐる思索の旅”は86歳の今も続いている。本書のテーマは『老子』が示す「優しさ」「柔らかさ」、さらに「弱さ」だ。閉塞社会、不安の時代を生きるためのヒントが見つかるかもしれない。
(09.12.10発行)


佐藤隆介 『池波正太郎の愛した味』 
小学館 1575円

著者は池波正太郎の書生を10年にわたって務めた。身近で見た生活と意見を最もよく知る一人だ。本書には池波の“好物”が写真付きで並ぶ。尾道・ウオエスの「鯛の濱焼」、京都・野村治郎助商店の「千枚漬」等々。作中に登場する食の描写と併せて味わいたい。
(09.12.06発行)


大門剛明 『罪火(ざいか)』 
角川書店 1575円    

 『雪冤』で横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をダブル受賞した著者の受賞第1作。殺人事件を犯人の側から描く「倒叙ミステリー」に挑戦している。
 事件が起きたのは伊勢神宮花火大会の夜だった。犯人は35歳の元派遣社員・若宮忍。被害者は恩師である町村理絵の娘で中学生の花歩だ。若宮には、少年時代に過失で人を殺してしまった過去がある。一人で暮らす彼を何かと支えてくれたのが町村母娘だった。では、なぜ花歩を殺したのか。
 町村理絵と若宮が知り合ったのは、「修復的司法」と呼ばれる事件の加害者と被害者の関係を調整する活動を通じてである。若宮を援助し、その更生を信じてきた理絵。一方、人生を諦め、荒んだ心のままに生きてきた若宮。二人の対比が鮮やかだ。緻密に描かれる犯人の心理や犯行のプロセスも、倒叙物ならではの緊張感に満ちている。
(09.12.25発行)


勢古浩爾 『定年後のリアル~お金も仕事もない毎日をいかに生きるか』 
草思社 1470円    

 『まれに見るバカ』などの評論やエッセイで知られる著者は、34年間勤務してきた会社を59歳で辞めた。「いまやわたしは何者でもない」という立場になってみて実感する定年後を、まさに本音で語った一冊だ。
 定年後の3大不安は、お金、生きがい、健康である。世の中には、その対処法を伝授するハウツー本が氾濫しているが、著者は「秘策などない」と言い切る。老後に備えて何千万円といわれても、ないものはない。そんな平均値や一般論に惑わされること勿れ。また、「生きがい」や「やりがい」も無理に求めない。今日一日をつつがなく過ごせれば御の字だ。
欲しいのは刺激ではなく平安な気分。3大不安に対する「なんとかなるんじゃないの?」という“ほんわか”した基本姿勢が嬉しい。「好きに生きてください」という前代未聞の結論にも大いに励まされる。


林真理子『私のこと、好きだった?』 
光文社 1680円    

かつての人気女子アナ・美季子は42歳で独身。大学時代の仲間である兼一と再会するが、彼は親友・美里の元夫だ。女性問題で離婚し、浮気相手と再婚していた。一方、美里は病に冒されている。若い頃に思い描いたものとは違う現実を生きるアラフォー世代の人間模様。
(09.12.25発行)


飯沢耕太郎 『写真的思考』 
河出書房新社 1260円    

写真評論の第一人者が、30年におよぶ考察を集大成した本格的写真論。著者によれば、写真的思考とは「ある種の神話的想像力の発現」であり、写真家は「カメラを抱えたシャーマン」だ。荒木経惟、柴田敏雄、東松照明などを通して、写真が喚起する世界が語られる。


佐々木常雄 『がんを生きる』 
講談社現代新書 756円    

 現在、がん・感染症センター都立駒込病院院長である著者は、2千人のがん患者を担当してきた。その経験と最前線の医療現場を踏まえ、“がんと向き合う人生”を語ったのが本書だ。特に、医師と患者それぞれの思いが交錯する「余命の宣告」は重いテーマである。
 著者は、人の心の奥に「死が近づいても安寧でいられるような要素がある」という。どんなに苦しく辛い中でも、一瞬の「幸せ」を見出すことができる。 人は生きているだけで役に立てるし、それが患者を勇気づけるのだと。著者の存在自体が十分励ましとなる。


東野圭吾 『カッコウの卵は誰のもの』 
光文社 1680円  

 スキー競技の世界を舞台に、「親子とは、家族とは」を問う長編ミステリーだ。緋田はアルペン競技で五輪出場も果たした往年の名選手。17年前に妻を亡くしたが、19歳になる娘の風美は自分と同じ種目で有望視されている。
 ある日、風美が所属する会社の研究員・柚木が訪ねてきた。彼は緋田父娘をモニターにして、「運動能力があるパターンで遺伝する」ことを実証したいと申し出る。困惑する緋田。風美の出生には誰にも知られてはならない秘密、いや疑いがあったからだ。一方、風美の会社に脅迫状が送られてくる。そこには、彼女が選手権大会に出場すれば危害を加えるとあった。
 緋田は19年前に妻と娘に何があったのかを探り始める。同時に、柚木も科学者らしいアプローチで真相に迫ろうとしていた。“カッコウの卵”が幾重にも象徴する、驚きの結末とは?
(10.01.20発行)


渡邊十絲子 『新書七十五番勝負』 
本の雑誌社 1260円

 本誌書評欄でもお馴染みの著者による、気風のいい新書専門書評集だ。まず、その立ち位置に迷いがない。「読者のために」といった意識は寸毫もないのだ。自分にとって興味・関心があり、読んでみたら面白く、他のメディアが扱わなそうなものに限定している。
 次に、評価が明快であること。村瀬学『自閉症』は「間違いなく画期的だった」。池田清彦『環境問題のウソ』なら「思考の道筋のつくりかたは確かだ」。そして藤森照信『建築史的モンダイ』では「すごい新書に出会ってしまった」と書くのだ。最早、手に取らずにはいられない。
 75冊のうち、複数回登場する著者は稀だ。最も多いのが『生物と無生物のあいだ』で知られる生物学者・福岡伸一の3回である。ちなみに、新書別では3位に8冊の中公新書、2位が10冊の文春新書。1位は講談社現代新書で11冊だった。
(10.01.20発行)


吉村英夫 『山田洋次を観る』 
リベルタ出版 2310円

映画評論家である著者は、大学で映像文化論を担当している。テーマはライフワークの山田洋次監督作品。『男はつらいよ』から『武士の一分』までを観ながら、“映画が語るもの”を考える。ゲストとして登場した山田監督が学生たちと真摯に向き合う姿も印象的だ。
(10.01.15発行)


石川英輔 『実見 江戸の暮らし』 
講談社 1470円

昔を知ることは可能でも、“昔を見る”ことは難しい。江戸研究の第一人者である著者は、それを当時の「印刷図版」で実現させた。人情本の挿絵は町の風景を、小説本が庶民の食卓を生き生きと伝えている。つつましくも彩りのある暮らし振りが微笑ましい。
(09.12.19発行)


大野 芳 『死にざまに見る昭和史~八人の凛然たる“最期”』
平凡社新書 1470円 

 ノンフィクション作家である著者は、人の「死にざま」に強い関心をもつ。人生の最期にその人の生き方が集約されているからだ。本書には激動の昭和史を生きた有名・無名の8人が登場する。その死が今も多くの謎に包まれている山本五十六。8月15日の夜に自決した「特攻隊の生みの親」大西瀧治郎などだ。
 中でも、激戦の硫黄島で米軍が投降を呼びかけた「バロン西」こと西竹一の逸話が興味深い。五輪の馬術競技で優勝した西を惜しんだという“伝説”を丹念に追う著者。歴史の底に埋もれていた真実が現れる。
(10.01.15発行)


よく分からんぞ(笑)、『トロン:レガシー』

2010年12月29日 | 映画・ビデオ・映像

うーん、何だかよく分からんぞ、これ(笑)。

えーと、「現実の世界」と「コンピュータの中の世界」とで展開される
物語ではあります。

ただし、メインは「コンピュータの中の世界」であり、そこでの“筋立て”が分かりづらいのだ。

創造主といわれるケヴィン(ジェフ・ブリッジス)は、なぜ幽閉されたままだったのか。

コンピュータ世界の独裁者・クルー(若き日のジェフ・ブリッジスをCGで)が現実世界を“浸食”しようとする、というけど、その意味と実態がイマイチ分からない。

観客はみんな、この設定やストーリー展開や人物像を、ほんとに理解しているのかねえ(笑)。

物語的にあれこれ消化不良のまま、“見せ場”であるディスクやライト・サイクルによるバトルが延々と続く。

その画面、そのCG映像には、「ほほ~」となるものの、頭のどこかで『アバター』と比較していて、「あれって凄かったなあ」とか、「こっちはワイヤーフレームにネオンの光か」(笑)みたいなバカなことを思っていた。

さらに、82年に観た『トロン』を思い出して、「28年前としては、なかなかのものだったんだなあ」と妙な感心の仕方をしたり・・・。

うん、映像はともかく、やはり物語(ストーリー)に難あり、というのが一番の感想だ。

それから、今回は「D-BOX」なる“シーンと連動して動く座席”を試してみた。


確かにお尻がブルブルしたり、少し上がったり下がったりする。

でも、USJなどのアトラクションとは比べ物にならないし、中途半端な動きで、むしろ気が散る(笑)。

この作品に関しては、鑑賞料金1800円+1,000円(1コールドドリンク付)計2800円の「D-BOX」は高いかもしれない。

そんなこんなで、「映像表現の最前線(の一つ)」なるものを見てきました、という『トロン:レガシー』でした。