(hawaiiフォト・シリーズ)
この1年間に、読んで書評を書いてきた本。
その2月分です。
2010年 こんな本を読んできた(2月編)
森村誠一 『月光の刺客』
実業之日本社 1785円
警視庁捜査一課刑事・棟居弘一良を主人公とするシリーズの最新作だ。
ある日、ホテルの5階から一人の男が転落死したが、自殺として処理される。落下現場に居合わせた有力政治家の息子・本堂政彦は、間一髪で巻き添えを免れた。しかし政彦がいた場所には銃弾の跡が残っており、棟居は何者かが狙撃したことを知る。
この狙撃犯こそボランティアと呼ばれる刺客だった。名前は奥佳墨。罪を犯しながら司直の手から逃れている者たちに制裁を加えるのが役目だ。政彦は父親の庇護の下、大学のサークルを隠れ蓑に多くの女性を毒牙にかけていた。奥にはルールがある。悪の命は奪わず、それ以上の苦しみを与えるのだ。もちろん政彦も・・。
本作の魅力は棟居と拮抗する刺客・奥の存在にある。腕は確かであり、人間味にも溢れているのだ。棟居の前に好敵手出現である。
(10.01.25発行)
古谷 敏 『ウルトラマンになった男』
小学館 1785円
著者は初代ウルトラマンのスーツアクター。あのヒーローを演じた男の回想記だ。売れない役者から“素顔を見せないスター”への変身。思考錯誤の特撮現場。水と火を使う撮影での苦労や、怪獣を倒すことへのためらいなど、著者ならではの秘話が満載である。
(09.12.26発行)
山口瞳ほか『山口瞳対談集 5』
論創社 1890円
傑作対談集も最終巻となる。丸谷才一とエッセイの魅力を語り、吉行淳之介と対談の楽しみを探り、師匠の高橋義孝と礼儀作法の奥義を極める。異色の相手は日活ロマンポルノの女王・田中真理だ。酒と男をめぐる丁々発止は、女王に「シンの通った木刀」と評された。
(09.12.30発行)
映画芸術編集部:編 『映画館(ミニシアター)のつくり方』
AC Books 1575円
『映画芸術』連載の「映画館通信」が一冊になった。各地のミニシアターとそれを支える人たちのルポだ。旅人が定住して開業した苫小牧のシネマ・トーラス。劇場であることにこだわり続ける那覇市の桜坂劇場。愛すべき映画バカたちの奮闘が現在の映画界を撃つ。
(10.01.15発行)
河内 孝 『次に来るメディアは何か』
ちくま新書 777円
著者は「毎日新聞」の元常務取締役(営業・総合メディア担当)。本書ではアメリカ新聞界の現状に始まり、日本メディア界の危機を指摘し、さらにメディア・インテグレーターの可能性を探っている。
その上で「新聞界の変動は2010年、テレビ界の再編は12年に起きる」と分析。日本のメディアが4つのメジャーと2つの独立グループへと再編成されると大胆に予測する。その際、新聞がもつ人材や取材の蓄積とノウハウ、テレビの「今」を映し出し伝える力をどう生かすのか。淘汰と再編はすでに始まっている。
(10.01.10発行)
京極夏彦 『数えずの井戸』
中央公論新社 2100円
『嗤う伊右衛門』『覗き小平次』に続く、江戸の“怪異事件”シリーズ最新作だ。誰もが知る怪談「番町皿屋敷」が、ミステリアスにして人間味溢れる群像劇に仕立て上げられている。
本書最大の特色は、流れるようなその語り口にある。登場人物たちを交互に登場させ、それぞれが隠し持つ“心の闇”を垣間見せていくのだ。たとえばヒロインのお菊は、器量も気立ても良いが、「適当」という概念が希薄で上手く生きられない。皿屋敷の主・青山播磨は陰鬱な貧乏旗本。大きな欠落感を持て余している。播磨との縁談が進む大久保吉羅は、強欲だが物事を見極める力のあるお嬢様だ。
彼らの運命を狂わせていくのが青山家の家宝「姫谷焼十枚揃いの色絵皿」。立場や人間性が異なれば、宝の意味も価値も違ってくる。人が“数える”べきものとは何なのか。何があって何が足りないのか。
(10.01.25発行)
マーク・エリオット:著 笹森みわこ・早川麻百合:訳
『クリント・イーストウッド~ハリウッド最後の伝説』
早川書房 2625円
著名人の伝記の醍醐味は、 知られざる人間像にどれだけ迫れるかにある。ジェームズ・スチュワートなどの評伝で知られる著者は、俳優として、また監督として大きな存在感を示す男の軌跡を、光と影の両面から余すところなく描いている。
まず驚くのは、無名に近い駆け出し時代から、いずれは監督になることを目指していたこと。また、そのためには俳優としてどんなキャリアを積むべきかを常に考えてきたことだ。
TV映画『ローハイド』からマカロニ・ウエスタンのヒーローへ。そして『ダーティーハリー』の成功を経て、やがて自らのメガホンで撮るようになる。『許されざる者』では監督賞と作品賞をダブル受賞した。その間の成功と失敗の舞台裏はもちろん、直情径行いや無茶ともいえる女性関係の真相にもペンが及んでいる。何より本人の言葉が豊富で、読みごたえ十分だ。
(10.01.25発行)
梶尾真治 『メモリー・ラボへようこそ』
平凡社 1365円
『黄泉がえり』の作者による連作集。メモリー・ラボは「おもいで」を移植してくれる不思議な研究所だ。独身のまま定年を迎えた男が得たのは“そうありたい過去”だった。記憶の中の自分と現実の自分。その垣根が揺らいだ時、男の人生は別の意味を持ち始める。
(10.01.25発行)
宍戸游子 『終わりよければすべてよし』
NHK出版 1365円
著者は俳優・宍戸錠夫人にしてエッセイスト。物書きを目指していたはずが一人の若手俳優と結婚する。夫の快進撃の一方で、家庭は平穏と無縁だった。そんな回想と共に、現在の著者が挑む「がん」との闘いが語られる。詳細かつ明るい筆致は読む者を元気にする。
(10.01.25発行)
橋本 治 『TALK 橋本治対談集』
ランダムハウス講談社 1575円
「知ってることは知ってるけど、それ以外のことは知らない」と本人は言うが、その知識と感性は計り知れない。高橋源一郎と短編小説の醍醐味を語り、浅田彰と日本美術史を論じ、天野祐吉と社会時評で渡り合う。やわらかそうで硬く、易しそうで奥深い対談6番勝負。
朝倉かすみ 『感応連鎖』
講談社 1575円
昨年、『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞した著者の最新長編小説。男からはうかがい知れない、女たちの内なる葛藤のドラマが描かれる。
登場するのは4人の女性だ。節子は子ども時代からの肥満体。顔も大きい。周囲に自分を「異形」と認識させることで、いじめから逃れてきた。絵理香は他人の気持ちを読み、操るのが得意。美少女の由季子は、その外見ゆえに自意識過剰気味だった。そして4人目が彼女たちの担任教師・秋澤の妻である
ごく普通の男であるはずの秋澤を触媒に4人の女たちの心が化学反応を起こす。一人の行動が、玉突きのように他者へと影響を与えていくのだ。感応連鎖である。
自らの人生における主人公は自分だ。そんなヒロイン同士は、互いの眼にどう映っているのか。どう思われているのか。何気ない日常が女たちの戦場と化す。
(10.02.20発行)
札幌テレビ取材班 『がん患者、お金との闘い』
岩波書店 1680円
今や2人に1人はがんになる時代。だが、実際にそうなった時、最も切実な問題が“お金”であることを知る者は少ない。本書は、話題を呼んだドキュメンタリー番組に新たな取材を加えたもの。命と生活の綱引きをリアルに伝えている。
中心となるのは30代半ばで発病した主婦・金子明美さんのケースだ。まず驚くのは自己負担の重さ。1回約5万円の抗がん剤投与が月2回必要となる。仕事が出来ないための減収と治療費の両方がのしかかるのだ。
取材班は、健康保険がいかに不十分か、また民間のがん保険でも補えない部分を検証していく。その上で「障害年金」の有効性を明かすが、患者と家族にとっては貴重な情報だ。
がんと闘いながら、自治体に「がん対策条例」の制定を求め続けた金子さん。余命3ヶ月と宣告されてから6年後、今年の1月に亡くなられた。合掌。
(10.01.22発行)
内田 樹 『邪悪なものの鎮め方』
バジリコ 1680円
ベストセラー『日本辺境論』の著者が、自身のブログから選り抜いた論考&エッセイ集だ。「邪悪なもの」とは、どうしていいか分からないが、何かしないと大変な目に遭う危険物である。アメリカの呪い、情報化の呪い、団塊世代の呪いなどを鎮める裏ヒントが満載だ。
(10.01.28発行)
高村薫・藤原健 『作家と新聞記者の対話2006-2009』
毎日新聞社 1575円
鋭い社会批評でも知られる作家に記者が問いかける。テーマは憲法、家族、死刑制度など。本書は毎日新聞連載の連続インタビューに、「民主党政権論」を加えたものだ。活字離れをめぐっての「言語能力の格差は人間の尊厳に関わる」という指摘に危機感がこもる。
(10.01.30発行)
浅田次郎 『アイム・ファイン!』
小学館 1470円
現在も続く機内誌での連載エッセイの傑作選。西安の月に阿倍仲麻呂を偲び、ラスベガスのルーレットテーブルで文学賞を拝受し、別府で湯めぐりを達成する。さらに入院・検査・手術さえも好奇心を刺激する旅にしてしまう。書斎もまた草枕の爆笑トラベル文学だ。
(10.02.02発行)
岸 博幸 『ネット帝国主義と日本の敗北~搾取されるカネと文化』
幻冬舎新書 798円
経産省政務秘書官として構造改革の立案・実行に携わった著者はIT政策の専門家。現在は慶大教授だ。本書ではネットがもつ負の側面を明らかにしている。第一にジャーナリズムと文化の衰退。第二がネット上でのアメリカ支配だ。
「無料モデル」が情報の流通を変えたことで、新聞など活字メディアは存亡の危機にある。また、グーグル、アマゾンなどの米国ネット企業に世界の情報を掌握されている状況も危うい。ネットは便利な道具だが、無自覚なままでは国家の衰退につながるというのだ。ならば今後の処方箋とは?
(10.01.30発行)
好村兼一 『行くのか武蔵』
角川学芸出版 1890円
武蔵はいかにして武蔵となったのか。本書は、これまでに書かれた多くの“武蔵もの”とは一線を画す異色の剣豪小説だ。もう一人の主人公として武蔵の父・宮本無二にスポットを当て、戦国の世を生き抜く父子鷹の姿を描きだしている。
無二は自ら考案した二刀流の遣い手。近隣では無敵の強さをもつ。しかし侍としての身分は低く、食べることで精いっぱいだ。そんな無二が養子として迎えたのが後の武蔵だった。
無二の薫陶を受け、武蔵の天賦の才が目覚めていく。しかも、やや融通無碍過ぎる父と違い、息子は正義を貫く真っ直ぐな気性。そんな好対照の二人が関ヶ原の戦いに西軍側として跳び込んでいく。修羅場、そして逃避行。やがて武蔵は剣の道に生きるべく武者修行の旅に出る。
著者は07年に『侍の翼』でデビュー。自身も剣道八段の腕を持つ新鋭だ。
(10.02.10発行)
山と渓谷社:編 『言葉ふる森』
山と渓谷社 1575円
雑誌『山と渓谷』連載の「山」をテーマとしたエッセイ・紀行が一冊になった。29人の作家、30篇の作品が連峰のごとく並ぶ。
篠田節子はチベット高原鉄道に乗る。5千メートル近い高地の駅に降りた時、高山病さえ逃げ出す強靭な日本人に驚かされるのだ。
『還るべき場所』などの山岳小説で知られる笹本稜平は槍沢の雪渓で滑落。足首を複雑骨折して、危うく遭難しかかった。「東京もまた山の街であった」と書くのは古井由吉だ。大都会に暮らしながら山を想うことの味わいを伝えている。いずれも山との関係の中に著者の素顔が見えてくる。
2月初めに亡くなった立松和平も、知床の森に生息するヒグマについて書いていた。その文章は次のように結ばれている。「私は思うのである。クマの最終的な望みは幸福に暮らすことで、それは私たち人間もなんら変わらないのだ」。
(10.02.05発行)
西村賢太 『随筆集 一私小説書きの弁』
講談社 1575円
私小説という形で、大正期の作家・藤澤清造への熱い思いを原稿用紙にぶつけ続ける著者。初の随筆集である本書でも、それは変わらない。「アル中の(中略)とりとめのないクダ話」と本人はいうが、自滅も辞さぬ文学彷徨の日々は、ますます師匠と重なっていく。
(10.01.29発行)
丸山哲史 『竹内好~アジアとの出会い』
河出書房新社 1575円
戦後思想史に独自の位置をもつ竹内好。日本の東アジアにおける“あり方”が問われる今、再注目すべき人物だ。明大准教授である著者は、魯迅、毛沢東、岸信介、武田泰淳などとの出会いと影響を検証していく。竹内の「アジア主義」とその先を探る果敢な試みだ。
(10.01.30発行)
伊藤比呂美 『読み解き「般若心経」』
朝日新聞出版 1575円
病が進む母と衰えた父を日本に残し、詩人は海外暮らしだ。したいことは多いが思うようにいかない。そんな心塞ぐ状況をほぐしてくれたのが「お経」だ。その経緯を語ると共に、「般若心経」などの 現代語訳いや“現代詩訳”を試みた。ぜひ音読を勧めたい。
(10.01.30発行)