自燈明

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一番 天智天皇

2014年12月31日 | 百人一首

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

秋の田の傍にある仮小屋の屋根を葺いた苫の目が粗いので、私の衣の袖は露に濡れてゆくばかりだ。

かりほ 仮庵。収穫のために建てた仮小屋。「刈り穂」との掛詞とする説もある。
苫をあらみ 「AをBみ」で原因・理由を表す。「AがBなので」の意。Aは名詞、Bは形容詞の語幹。「苫の目が粗いので」の意。
わが衣手 「が」は、所有格の格助詞「~の」の意。「衣手」は、袖。
ぬれつつ 「つつ」は、反復・継続を表す接続助詞。

※ 実際の作者は、天智天皇ではないというのが定説。万葉集の詠み人知らずの歌が変遷して御製となったもの。天智天皇と農民の姿を重ね合わせることで、庶民の痛み・苦しみを理解する天皇像を描き出している。大化の改新以降の社会の基盤を構築した偉大な天皇である天智天皇の御製が、百人一首の第一首とされた。

てんじてんのう (626~671)
 称制661~667 在位668~671 第38代天皇。中臣鎌足とともに蘇我氏を滅ぼし(乙巳の変)、大化の改新を断行。近江大津宮に遷都の後、即位。庚午年籍を作成し、近江令を制定した。現在、天智天皇を祭る近江神宮では、かるた祭や各種のかるた大会が行われている。
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二番 持統天皇

2014年12月31日 | 百人一首

春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山

春が過ぎて夏が来たらしい。夏に純白の衣を干すという天の香具山なのだから。

 陰暦の春、すなわち、一・二・三月。
 陰暦の夏、すなわち、四・五・六月。
けらし 「けるらし」がつづまった形。「ける(過去の助動詞)+らし(推定の助動詞)」で「~してしまったらしい」の意。
白妙の 「衣」にかかる枕詞。その他、「雪・雲」など白いものにかかり、「真っ白・純白」の意味を表す。「白妙」は、楮類の樹皮の繊維で織った純白の布。
衣ほすてふ 「てふ」は、「といふ」がつづまった形。直前には会話文・心内文などがあり、伝聞を表す。
天の香具山 耳成山、畝傍山とともに大和三山の一。持統天皇の御世に都があった藤原京の中心から見て東南に位置する。万葉集には大和三山を男女の三角関係に見立てた歌があり、持統天皇の歌の背景には、額田王をめぐって争った天智天皇(持統天皇の父)とその弟、天武天皇(持統天皇の夫)の関係が連想される。

※ 二句切れ

じとうてんのう (645~702)
 称制686~689 在位690~697 第41代天皇。天智天皇の第2皇女。天武天皇の皇后。飛鳥浄御原宮で即位し、飛鳥浄御原令の施行や藤原京遷都などを行い律令体制の基礎を構築した。
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三番 柿本人麻呂

2014年12月31日 | 百人一首

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりも寝

山鳥の尾の垂れ下がった尾が長々と伸びているように、秋の長々しい夜を一人で寝ることになるのだろうか。

あしびきの 「山」にかかる枕詞。万葉集では「あしひきの」で、「ひ」は清音。中世以降に濁音化し「び」となる。
山鳥 キジ科の鳥で尾羽が長い。雄と雌が夜になると谷を隔てて別々に寝るとされることから、独り寝を象徴する語として用いられることがある。
しだり尾の 「しだり(ラ行四段の動詞“しだる”の連用形)+尾」で、「長く垂れ下がった尾」の意味。「の」は、比喩を表す格助詞。初句からこの三句までが序詞で、次の「ながながし」を強調。
ながながし夜 「ながながし」は、形容詞の終止形を名詞化することで、「夜」と合わせて複合語となる。終止形を連体形の代わりに用いたとする説もある。
ひとりかも寝む 「か」と「む」は、係り結び。「か」は、疑問の係助詞。「も」は、強意の係助詞。「む」は、推量の助動詞の連体形。

かきのもとのひとまろ (生没年不詳)
白鳳時代を代表する歌人。歌聖。三十六歌仙の一人。雄大で力強い歌風に特徴があり、長歌の完成度は比類がない。下級官吏という説があるものの詳細は不明。
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四番 山部赤人

2014年12月31日 | 百人一首

田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

田子の浦に出てみると、真っ白な富士の高嶺に今も雪は降り続いていることだ。

田子の浦に 六音で字余り。「田子の浦」は、駿河(現在の静岡県)の海岸。
うち出でてみれば 八音で字余り。「うち」は、語調を整える接頭語で、広々とした場所に出る場合などに用いられる。「みれば」は、「動詞の已然形+接続助詞“ば”」で、順接の確定条件。この場合は、そのうちの偶然条件「~と」で、「みると」の意。
白妙の 「富士」にかかる枕詞。本来は、「雪」にかかる語であるが、「白妙の富士の高嶺に雪は…」とすることで、富士に雪が降って真っ白になるさまを強調する効果をもたらしている。
降りつつ 「つつ」は、反復・継続の接続助詞。実際に田子の浦から富士の降雪状況を遠望することは不可能であるが、今まさに雪が降り続いている様子を「つつ」を用いて想像させることによって、富士の白さ、美しさを際立たせている。

やまべのあかひと (生没年不詳)
奈良前期の歌人。柿本人麻呂と並ぶ歌聖。三十六歌仙の一人。自然を題材とする歌が多い。下級官吏であったという説があるものの詳細は不明。
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五番 猿丸大夫

2014年12月31日 | 百人一首

奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声きく時 秋は悲しき

奥山で紅葉を踏み分けて鳴いている鹿の声を聞く時こそ、秋の悲しさを感じるものだ。

奥山 人里離れた山。深山ともいう。人里に近い山を意味する外山・端山の対義語。
紅葉踏みわけ 主語は鹿。人とする説もある。
鳴く鹿の 秋に雄鹿が雌鹿に求愛して鳴く。
声きく時ぞ秋は悲しき 「ぞ」と「悲しき」は、係り結び。「ぞ」は強意の係助詞。「悲しき」は、形容詞の連体形。

さるまるだゆう (生没年不詳)
8世紀後半から9世紀前半頃の歌人と推定されるも詳細は不明。三十六歌仙の一人。古今集の真名序にその名が記されている。
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六番 中納言家持

2014年12月31日 | 百人一首

鵲の 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ふけにける

かささぎが連なって渡したという橋、つまり、宮中の階段におりる霜が白いのをみると、もう夜もふけてしまったのだなあ。

かささぎの渡せる橋 カラス科の鳥。中国の伝説では、七夕の夜に翼を広げて連なることで天の川に橋をかけ、織女を牽牛のもとへ渡すとされた。この歌では、橋は階(はし)を意味し、宮中の御階(みはし)を、かささぎが渡した天の川の橋に見立てている。
おく霜の 「おく」は、おりる。霜がおりるさまを表す。「の」は、主格の格助詞。
白きをみれば 「白き」は、形容詞連体形の準体法。「白いの・白い光景」の意。
夜ぞふけにける 「ぞ」と「ける」は、係り結び。「ぞ」は強意の係助詞。「に」は、完了の助動詞「ぬ」の連用形。「ける」は、過去(詠嘆)の助動詞。

ちゅうなごんやかもち (718?~785)
大伴家持(おおともやかもち)  大伴旅人の子。奈良時代の歌人。三十六歌仙の一人。万葉集の編者とされ、収録数は最多。越中守をはじめ地方・中央の官職を歴任。中納言。
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渡辺麻友 DANSO AKBINGO

2014年12月30日 | 動画
Watanabe Mayu 渡辺麻友 DANSO AKBINGO
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Team B 渚のCHERRY

2014年12月30日 | 動画
AKB48: ~Team B 2nd STAGE~ [4/15] - Nagisa no CHERRY


Mi piace la cantante Mayuyu molto.
Penso che la sua voce sia carinissima.
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七番 阿倍仲麻呂

2014年12月30日 | 百人一首

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

長安の天空をふり仰いで眺めると、今見ている月は、むかし奈良の春日にある三笠山に出ていた月と同じ月なのだなあ。

天の原 天空。「原」は、大きく広がるさまを表す。
ふりさけ見れば 「動詞の已然形+接続助詞“ば”」で、順接の確定条件。この場合は、そのうちの偶然条件「~と」で、「遠くを眺めると」の意。
春日なる 「春日」は、現在の奈良市、春日神社の一帯。「なる」は、断定の助動詞「なり」の連体形で、この場合は存在を表し、「~にある」の意。
三笠の山 春日神社近辺の山。
出でし月かも 「し」は、過去の助動詞「き」の連体形。この歌は、帰国直前に詠まれたもので、「し」は、日本での実体験を回想していることを示し、抑えきれない望郷の念を表している。(注)過去の助動詞「けり」は、間接的に知った過去の出来事を伝聞的に回想する場合に用いられる。「かも」は、詠嘆の終助詞。

あべのなかまろ (698?~770?)
阿倍仲麻呂。717年の遣唐使に随行し、留学生として入唐。科挙に合格して玄宗に重用されるとともに、李白・王維らと交流するなど幅広く活躍。海難により帰国は果たせず、唐で没する。中国名、朝衡。
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八番 喜撰法師

2014年12月30日 | 百人一首

わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり

私の庵は都の東南にあり、このように心静かに暮らしている。それにもかかわらず、私が世を憂いて宇治山に引きこもったと世間の人は言っているようだ。

 平安京
たつみ 東南。十二支の方位で辰と巳の中間。
しかぞすむ 「しか」は、副詞で、「このように・そのように」の意。この場合は、「心静かに・のどかに」の意。「鹿」との掛詞とする説もある。「ぞ」と「すむ」は、係り結び。「ぞ」は、強意の係助詞。「すむ」は、動詞の連体形。
世をうじ山と 「う」は、「憂(し)」と「宇(治)」の掛詞。上を受けると「世を憂し」となり、下へ続くと「宇治山」となる。「憂し」は、「つらい」の意。「宇治」は、現在の京都府宇治市。「宇治山」は、「喜撰山」と呼ばれている。
人はいふなり 「人」は、世間の人。「は」は、区別を表す係助詞で、この場合は、自分と世間の人が異なる見解であることを示している。「いふ」は、四段活用であり、終止形と連体形が同形であるが、あとの「なり」が伝聞・推定の助動詞であることから、終止形であると判断する。(注)「なり」が断定の助動詞の場合は、連体形に接続する。
※ 三句切れ

きせんほうし (生没年不詳)
平安初期の歌人。六歌仙の一人。
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九番 小野小町

2014年12月30日 | 百人一首

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

桜の花はむなしく色あせてしまった。長雨が降っていた間に。(私の容姿はむなしく衰えてしまった。日々の暮らしの中で、もの思いしていた間に。)

花の色は 六音で字余り。「花」は、桜。「花の色」は、女性の容色のたとえ。
うつりにけりな 「うつり」は、ラ行四段の動詞「うつる」の連用形で、「衰える・色あせる」の意。「な」は、詠嘆の終助詞。
いたづらに 「むなしく・無駄に」の意。「ふる」にかかる。
ふる 「経る」と「降る」の掛詞。上を受けると「世に経る」となり、下に続くと「降るながめ」となる。「経る」は、「時間が経過する・暮らす」の意。
ながめ 「長雨」と「眺め」の掛詞。「降る」を受けると「降る長雨」となり、「経る」を受けると「経る眺め」となる。
※ 二句切れ・倒置法

おののこまち (生没年不詳)
平安前期の歌人。六歌仙・三十六歌仙の一人。絶世の美人とされ、数多くの伝説を残す。
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十番 蝉丸

2014年12月30日 | 百人一首

これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関

これが例の、都から離れて行く人も都へ帰る人も、知っている人も知らない人も、出逢いと別れをくり返す逢坂の関なのです

これやこの 「これ」と「こ」は、いずれも近称の指示代名詞。「や」は、詠嘆の間投助詞。「これやこの」で、「これが例の・噂に聞く」の意。逢坂の関にかかる。
行くも帰るも 「行く」と「帰る」は、いずれも動詞の連体形で準体法。下に「人」を補って訳す。「行く」は「東国へ行く」、「帰る」は「都へ帰る」の意。「も」は、並列の係助詞。
別れては 「は」は、強意の係助詞。「ては」で、動作の反復を表す。「別れ(る)」と「逢(ふ)」がくり返されることを示す。
知るも知らぬも 「知る」は、動詞の連体形、「知らぬ」は、動詞の未然形+打消の助動詞の連体形で、いずれも準体法。下に「人」を補って訳す。
逢坂の関 「あふ」は、「逢ふ」と「逢(坂)」の掛詞。上を受けて「知るも知らぬも逢ふ」という動詞になり、下に続いて「逢坂の関」という地名になる。「逢坂の関」は、山城(京都府)と近江(滋賀県)の境にあった関所で、不破(美濃)・鈴鹿(伊勢)とともに三関の一つとされたが、当時の都人にとっては、京と東国とを隔てる身近な難所であり、特別な関所であった。現在、その付近に名神高速道路の「蝉丸トンネル」がある。

せみまる (生没年不詳)
平安前期の歌人。盲目の琵琶の名手との説があり、敦実親王に仕えたとも、醍醐天皇の第四皇子とも伝えられるものの、詳しい経歴は不明。
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オーバーリアクション女王対決

2014年12月30日 | 動画
【放送事故】 AKB48 西野未姫 転倒パンツ全開 柏木由紀に顔面蹴り事故 リアクション女王対決 谷真理佳 SKE48 NMB48 HKT48 乃木坂46
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十一番 参議篁

2014年12月29日 | 百人一首

わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟

大海原のたくさんの島々を目指して漕ぎ出してしまったと都にいる人に伝えてくれ。漁師の釣舟よ。

わたの原 大海原。「原」は、大きく広がるさまを表す。
八十島かけて 「八十」は、「多数」の意。「かけ」は、動詞「かく」の連用形で、「目指す」の意。
漕ぎ出でぬと 六音で字余り。「ぬ」は、完了の助動詞で、「~てしまった」の意。「と」は、引用の格助詞。
 「京なる人」すなわち「都にいる人」を表す。この場合は、京に残してきた肉親や知人を含む身近な人々。
告げよ 動詞「告ぐ」の命令形で、依頼・懇願を表し、「釣舟」にかかる。
海人の釣舟 「海人」は、「漁師」の意。「釣舟」は、「告げよ」の対象で、擬人化されている。この歌は、篁が隠岐に流された時に詠んだもので、高官であった作者が、漁師の釣舟(身分は低くとも自由にどこへでも行ける漁師)に懇願しなければならない苦悩を表している。

さんぎたかむら (802~852)
小野篁 (おののたかむら)  文人官僚。令義解を編纂。遣唐副使となるも、二度の渡航に失敗した後、三度目は大使藤原常嗣と乗船の選定で衝突して渡航拒否。嵯峨上皇の逆鱗に触れ、隠岐に配流。後に許されて参議となる。
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十二番 僧正遍照

2014年12月29日 | 百人一首

天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ

天の風よ。雲間の通り道を閉ざしてくれ。天女の舞い姿をしばらくとどめておきたいのだ。

天つ風 「つ」は、「の」と同じ働きをする連体修飾格の古い格助詞。現在は、「まつげ・おとつい」などに痕跡を残す。「天つ風」で、「天の風よ」という呼びかけを表す。擬人法。
雲の通ひ路 雲の切れ目。天上と地上を結ぶ雲間の通路。天女が往来する際に用いると考えられていた。
吹き閉ぢよ 「閉ぢよ」は、動詞の命令形。天女が天上に帰ることを妨げるために、天の風に依頼している。
をとめの姿 「をとめ」は、「天女」の意。この歌は、遍照が在俗の時、五節の舞姫を見て詠んだものであり、舞姫を天女に見立てている。五節の舞は、大嘗祭や新嘗祭などの際に宮中で行われた舞。
しばしとどめむ 「む」は、意志の助動詞で、希望を表す「~たい」の意。「しばしとどめむ」で、「しばらくの間、天女を地上にとどめたい」の意を表す。実際には、五節の舞姫が舞う姿を見続けていたという気持ちを表している。

※ 三句切れ

そうじょうへんじょう (816~890)
遍照(遍昭) 俗名良岑宗貞 (よしみねのむねさだ)  六歌仙・三十六歌仙の一人。桓武天皇の孫。素性の父。仁明天皇に仕え、左近衛少将、蔵人頭を歴任したが、天皇の崩御により出家。
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