自燈明

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十三番 陽成院

2014年12月29日 | 百人一首

筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

筑波山の峰から落ちる男女川の水かさが増えるように、私の恋心も積もりに積もって淵のように深くなってしまった。

筑波嶺 「筑波嶺」は、常陸(茨城県)の筑波山。男体山と女体山からなる。古代には、歌垣の地として有名。歌垣とは、春と秋に男女が集まって歌舞飲食する祭。自由な恋愛が許され、求婚の場としての役割もあった。
男女川 男体山と女体山を源流とする川。ここまでが序詞。
恋ぞつもりて淵となりぬる 「ぞ」と「ぬる」は、係り結び。「ぞ」は、強意の係助詞。「恋ぞつもりて」で、「恋心がつもりにつもって」の意。この場合は、歌を贈った相手である釣殿の皇女、すなわち、後に后となる綏子内親王(光孝天皇の皇女)に対する恋心を表している。「淵」は、水がよどみ、深くなった場所。恋心が深くたまっていることを淵にたとえている。

ようぜいいん (868~949)
陽成天皇。 在位876~884 第57代天皇。9才で清和天皇から譲位されて即位したが、藤原基経によって廃位された。
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十四番 河原左大臣

2014年12月29日 | 百人一首

陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れ染めにし 我ならなくに

陸奥のしのぶずりの模様のように心が乱れはじめたのは誰のせいか。私のせいではないのに。

陸奥 白河関以北の地。現在の福島・宮城・岩手・青森の4県にほぼ相当する地域。
しのぶもぢずり 「(捩摺)もぢずり」は、陸奥の信夫(しのぶ)地域で産した乱れ模様に染めた布。信夫摺り(しのぶずり)ともいう。ここまでが序詞で、「乱れそめにし」にかかる。
誰ゆゑに 誰のせいで。「誰ゆゑに」の後に続くはずの疑問・反語の係助詞(終助詞とする説もある)が省略されている。その部分を補って、「誰のせいか」と訳す。
乱れそめにし 「そめ」は、「染め」と「初め」の掛詞。「乱れ」と「染め」は、「もぢずり」の縁語。「し」は、過去の助動詞の連体形。本来あるはずの疑問・反語の係助詞と係り結びとなるため、終止形ではなく連体形となっている。
われならなくに 「な」は、上代(奈良時代以前)に用いられた打消の助動詞。「く」は、その接尾語。「に」は、詠嘆の意味を含む逆接の接続助詞。終助詞とする説もある。「われならなくに」で、「私のせいではないのに」の意。「あなたのせいだ」という内容の表現が省略されている。(注)「私なら泣くのに」ではない。

かわらのさだいじん (822~895)
源融 (みなもとのとおる)  嵯峨天皇の皇子で臣籍降下し、源の姓を賜る。六条河原に住んだことから河原左大臣とよばれた。宇治の別邸は後に平等院となる。贈正一位。
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十五番 光孝天皇

2014年12月28日 | 百人一首

君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ

あなたのために春の野に出かけて若菜をつんでいる私の衣の袖に、次々と雪が降りかかってくる。

君がため 「君」は、若菜を贈った相手。万葉時代の「君」は、天皇・主君・敬意の対象となる男性などをさすことが一般的であったが、平安時代には、女性にも用いられるようになった。この場合の相手は、不明。女性と解するのが通説。「が」は、連体修飾格の格助詞。「君がため」で「君のため」の意。
春の野に出でて若菜つむ 八音で字余り。「若菜」は、春の七草。正月に食べると、邪気をはらうことができるとされた。
わが衣手に雪は降りつつ 天智天皇の「わが衣手は露にぬれつつ」と類似の表現。天智天皇の歌は、作者不明の歌が変遷して御製となったものであるが、この歌は、光孝天皇が皇子であった時の作品で、正真正銘の御製。降りつづく冷たい「雪」を、「君がため」「春の野」「若菜」という温かな表現が解かすかのような、やさしく穏やかな印象の作品になっている。天智天皇の御製が、理想的な君主像を象徴している一方で、光孝天皇の御製からは、温厚な人柄をうかがい知ることができる。

こうこうてんのう (830~887)
 在位884~887 第58代天皇。藤原基経により廃位された陽成天皇に代わって55歳で即位。
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十六番 中納言行平

2014年12月28日 | 百人一首

たち別れ 因幡の山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む

あなたと別れて因幡へ赴任して行っても、稲葉山の峰に生えている松ではないが、待っていると聞いたならば、すぐに帰ってこよう。

たち別れ 「たち」は、接頭語。
いなば 「往なば」と「因幡(稲葉・稲羽)」の掛詞。「往なば」は、「動詞ナ変の未然形+接続助詞“ば”」で順接の仮定条件。「(仮に)行くとしても~」の意。「いなばの山」は、「因幡の山」で、「稲葉(稲羽)山」の意。鳥取市東部にある。
まつとし聞かば 「まつ」は、「松」と「待つ」の掛詞。上を受けて「峰に生ふる松」、下に続いて「待つとし聞かば」となる。「し」は、強意の副助詞。「聞かば」は、「動詞四段の未然形+接続助詞“ば”」で順接の仮定条件。「(仮に)聞いたならば~」の意。
今帰り来む 「今」は、「ただちに・すぐに」の意。「む」は、意志の助動詞。「~よう」の意。

ちゅうなごんゆきひら (818~893)
在原行平 (ありわらのゆきひら)  平城天皇の孫。業平の兄。一門の子弟を教育するため、奨学院を設立。因幡守・太宰権帥・民部卿などを歴任。
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十七番 在原業平朝臣

2014年12月27日 | 百人一首
1番~17番も書いておきます。

ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは

神代にすら聞いたことがない。竜田川が紅葉によって水を真っ赤に染め上げているとは。

ちはやぶる
 「神」にかかる枕詞。
神代も聞かず 「神代」は、神々の時代。不思議なことが多々起きたとされる。「ず」は、打消の助動詞の終止形。「神々の時代にも聞いたことがことがないような不思議な出来事が起こった」と二句切れの倒置法で強調し、それが何であるかを期待させている。
竜田川 歌枕。生駒山を源流とする奈良県の川。紅葉の名所。
からくれなゐに 「唐(から)・呉(くれ)の藍」。「唐」は、唐伝来という意もあるが、単なる美称としても用いられる。「呉の藍」は、鮮やかな紅色。「に」は、変化の結果を表す格助詞。
水くくるとは 主語は、「竜田川」で、擬人法。「くくる」は、くくり染め(しぼり染め)にすること。この場合は、水を真っ赤に染め上げること。「竜田川が水を真っ赤に染めた」という見立て。「くくる」は、「水にくぐる」の意という説もある。「とは」は、意味上「聞かず」に続く(倒置法)。

ありわらのなりひらあそん (825~880)
在原業平  平城天皇の孫で行平の弟。六歌仙・三十六歌仙の一人。美男で、『伊勢物語』の主人公とされる。
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百番 順徳院

2014年12月26日 | 百人一首

百敷や 古き軒端の しのぶにも なほ余りある 昔なりけり

宮中の古い軒端の忍ぶ草を見るにつけても、偲んでも偲びつくせないものは、昔のよき(天皇親政の)時代であるよ。

ももしきや 「ももしき」は、宮中。「や」は、詠嘆の間投助詞。
古き軒端の 「軒端」は、軒のはし。
しのぶにも 「しのぶ」は、「偲ぶ」と「忍ぶ草」の掛詞。「偲ぶ」は、懐かしく思う。「忍ぶ草」は、シダ類の植物で、荒廃を象徴する草。
なほあまりある 「なほ」は、やはり。「あまりある」は、いくら偲んでも偲びきれないの意。
昔なりけり 「昔は」は、天皇に権威があった過去の時代。「けり」は、初めて気付いたことを表す詠嘆の助動詞。

じゅんとくいん (1197~1242)
順徳天皇  在位1210~1221 第84代天皇。後鳥羽天皇の第3皇子。承久の乱で敗れて佐渡に配流され、その地で崩御。
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九十九番 後鳥羽院

2014年12月22日 | 百人一首
人も惜し 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は

人をいとおしく思うこともあれば、人を恨めしく思うこともある。思うにまかせず、苦々しくこの世を思うがゆえに、あれこれと思い煩うこの私は。

人も惜し人も恨めし 「人も惜し」と「人も恨めし」は、並列。「惜し」は、いとおしい。両方の「人」を同一人物とする説と別人とする説がある。
あぢきなく 思うようにならない気持ちを表すク活用の形容詞、「あぢきなし」の連用形で、「思う」にかかる。
世を思ふゆゑに 字余り。「世」は、この世。「に」は、原因・理由を表す格助詞。
物思う身は 意味上、ここから初句に続く倒置法。「物思う」は、思い煩うこと。「身」は、自分自身。「は」は、強意の係助詞。

ごとばいん (1180~1239)
後鳥羽天皇  在位1183~1198 第82代天皇。高倉天皇の第4皇子。諸芸、とくに歌道に優れ、和歌所を設置し、『新古今和歌集』を勅撰。承久の乱で敗れて隠岐に配流され、その地で崩御。


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ロバート・ケネディからのメッセージ

2014年12月20日 | L'inglese


Only those who dare to fail greatly can ever achieve greatly.
- Robert Kennedy

大きな失敗をする勇気のある人だけが、偉大なことを達成できる。

ロバート・ケネディ
米国の政治家。大統領候補だったが、暗殺。第35代米国大統領ジョン・F・ケネディの実弟。

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九十八番 従二位家隆

2014年12月18日 | 百人一首

風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎ夏の しるしなりける

風がそよそよと楢の葉に吹く、ならの小川[上賀茂神社の御手洗川]の夕暮れは、すっかり秋めいているが、六月祓のみそぎだけが夏のしるしなのだった。

風そよぐ 「そよぐ」は、そよそよと音がすること。
ならの小川 上加茂神社の御手洗川。枕詞。また、「なら」は、「楢」との掛詞。「奈良」ではない。
みそぎぞ夏のしるしなりける 「ぞ」と「ける」は、係り結び。「みそぎ」は、「禊」で、川で身を洗い、罪や穢れをはらうこと。ここでは、六月禊をさす。「ぞ」は、強意の係助詞。「しるし」は、証拠。「ける」は、初めて気付いたことを表す詠嘆の助動詞「けり」の連体形で、「ぞ」の結び。

※ 本歌取。「みそぎする ならの小川の 川風に 祈りぞわたる 下に絶えじと」と「夏山の ならの葉そよぐ 夕暮れは ことしも秋の 心地こそすれ」が、本歌。

じゅにいいえたか (1158~1237)
藤原家隆 (ふじわらのいえたか)  平安末期・鎌倉初期の歌人。藤原俊成に和歌を学び、定家とともに歌壇の中心人物となる。『新古今和歌集』撰者の一人。
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九十七番 権中納言定家

2014年12月17日 | 百人一首

来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ

いくら待っても来ない人を待ち続けて、松帆の浦の夕凪のころに焼く藻塩が焦げるように、私の身もいつまでも恋こがれています。

来ぬ人を 「来(こ)」は、カ変の動詞「来(く)」の未然形。「ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。
まつほの浦の 「まつ」は、上を受けて「待つ」、下に続いて「松帆の浦」となる掛詞。
夕なぎに 夕方に海風から陸風にかわるときに起きる無風状態。
焼くや藻塩の 「や」は、詠嘆を表す間投助詞。「藻塩」は、海水を滲みこませた海藻を焼き、水に溶かして煮詰め、精製した塩。「まつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の」は、「こがれ」の序詞。
身もこがれつつ 「こがれ」は、「藻塩」が焼け焦げることと、「(わが)身」が、恋い焦がれることを掛けている。「つつ」は、反復の接続助詞。「焼く」、「藻塩」、「こがれ」は、縁語。

※ 本歌取 (万葉集940の長歌)

ごんちゅなごんさだいえ (1162~1241)
藤原定家 (ふじわらのさだいえ[ていか])  鎌倉初期の歌人。俊成の子。父俊成の幽玄体を発展させた有心体を提唱し、新古今調の和歌を大成した。『新古今和歌集』の撰者の一人であり、後に単独で『新勅撰和歌集』を撰進。『小倉百人一首』の撰者。歌論書『近代秀歌』『毎月抄』、日記『明月記』
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九十六番 入道前太政大臣

2014年12月14日 | 百人一首

花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり

花を散らす嵐の庭、そこに降りゆくものは雪ではなくて、本当に古りゆくものは、じつにわが身であったのだなあ。

花さそふ 花をさそう。主語は、「嵐」で、「嵐が花をさそって散らす」の意。
嵐の庭の雪ならで 「嵐の庭」は、嵐の吹く庭。「雪」は、「花」を雪に見立てた表現。「で」は、打消の接続助詞。
ふりゆくものは 「ふりゆく」は、掛詞。上の「雪」を受けて、「降りゆく」になり、下の「わが身」に続いて「古りゆく」になる。「は」は、区別の係助詞。
わが身なりけり 「けり」は、初めて気付いたことを表す詠嘆の助動詞。

にゅうどうさきのだいじょうだいじん (1171~1244)
藤原〔西園寺〕公経 (ふじわらのきんつね,さいおんじきんつね)  鎌倉前期の公卿・歌人。藤原定家の義弟。承久の乱に際して鎌倉幕府に内通し、乱後は幕府権力を背景に内大臣、太政大臣に昇進。京都北山に壮麗な西園寺(鹿苑寺[金閣寺]の前身)を建立するなど、藤原氏全盛期に匹敵する奢侈を極めた。
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九十五番 前大僧正慈円

2014年12月13日 | 百人一首

おほけなく 憂き世の民に おほふかな わが立つ杣に 墨染めの袖

私が、身の程をわきまえずしたいと願うのは、つらい世の中で生きている人々に覆いをかけることなのだ。比叡山に住みはじめた私の墨染めの袖を。 ― 仏の力で世の中をおおって、人々を救いたいのだ。

おほけなく 「身分不相応である・身の程をわきまえない」」の意を表す、ク活用の形容詞「おほけなし」の連用形。
うき世の民におほふかな 「うき世」は、「憂き世」で、つらいことの多いこの世。「民」は、世間一般の人々。「おほふ」は、「覆う」で、墨染の衣、すなわち、仏の功徳で覆うこと。「かな」は、詠嘆の終助詞。
わが立つ杣に墨染の袖 「杣」は、杣山、すなわち、材木を切り出す山。ここでは、比叡山。「墨染の袖」は、僧衣。また、「おほふかな」へ続く倒置法。「墨染」は、「住み初め」との掛詞。

さきのだいそうじょうじえん (1155~1225)
慈円  平安末期・鎌倉初期の僧・歌人・学者。関白藤原忠通の子。九条兼実の弟。良経の叔父。第62世、第65世、第69世、第71世天台座主。史論『愚管抄』
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九十四番 参議雅経

2014年12月07日 | 百人一首

み吉野の 山の秋風 さ夜更けて ふるさと寒く 衣打つなり

吉野の山から秋風が吹き、夜も更けた。昔は都だったこの里に、遠くから衣を打つ音が寒々と聞こえてくる。

み吉野の 「み」は、美称の接頭語。「吉野」は、大和国(現在の奈良県)中部にある地域。
さ夜更けて 「さ」は、接頭語。
ふるさと寒く 「ふるさと」は、古里で古都の意。かつて、離宮があった。「寒く」は、ク活用の形容詞「寒し」の連用形でありことから、「ふるさと」の述語であり、「衣うつなり」にかかる修飾語でもある。
衣うつなり 「衣うつ」は、衣を打って布を柔らかくしたり、光沢を出したりすること。「うつ」が、タ行四段活用の終止形であることから、「なり」は、伝聞推定の助動詞「なり」の終止形。

さんぎまさつね (1170~1221)
藤原〔飛鳥井〕雅経 (ふじわらのまさつね,あすかいまさつね)  鎌倉初期の歌人。九条頼経の子。蹴鞠に優れ、飛鳥井流の祖となる。『新古今和歌集』の撰者の一人。
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デジカメで月を撮影してみた

2014年12月05日 | arte
最大限にズームしたのに、手振れもなく綺麗に写りました
CANON SX600HS
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小惑星探査機「はやぶさ2」打ち上げ中継 |Asteroid Explorer "Hayabusa2" Launch Live Broadcast

2014年12月05日 | 動画
小惑星探査機「はやぶさ2」打ち上げ中継 |Asteroid Explorer "Hayabusa2" Launch Live Broadcast

このお姉さんの声は癒されますなぁ

1:09:42 打ち上げです。
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