自燈明

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二十六番 貞信公

2014年03月22日 | 百人一首
小倉山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ

小倉山の峰の紅葉よ、もし、心あるならば、今少し散らずに待っておれよ。
今度は天皇の行幸もあろうほどに。

小倉山 京都市右京区の山。大堰(おおい)川をはさんだ嵐山の対岸。トロッコ嵐山駅周辺。紅葉の名所。
藤原定家が、この地で百人一首を撰定したことから、後に『小倉百人一首』と呼ばれるようになった。

今ひとたびの 『拾遺集』の詞書によると、宇多上皇が大堰川に御幸された際、
その景色を子の醍醐天皇にもお見せしたいとおっしゃったことを受けて、天皇の義理の兄である藤原忠平(貞信公)がこの歌に託して奏上したということ。

みゆき待たなむ 天皇の「みゆき」は「行幸」、上皇・法皇は「御幸」。この場合は、醍醐天皇の「みゆき」なので、「行幸」。「なむ」は、願望(他者に対するあつらえ)の終助詞。

ていしんこう(880-949)
藤原忠平。「貞信公」はおくり名。関白太政大臣藤原基経の四男。
兄、時平は菅原道真を大宰府に左遷させたが、忠平は聡明で人柄が良かったという。
従一位関白の座まで上り藤原氏が栄える基礎をつくった。贈正一位
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