丸谷才一 一九八九年 文藝春秋
これは去年の11月に、地元の古本屋の均一棚で見つけたもの。
そのちょっと前に『犬だつて散歩する』を買ってたので、これは犬猫セットだろ、なんてつもりで買った。
初出は「オール讀物」1988年1月号から1989年6月号ということで、『犬だつて~』とは時期も出版社もちがうんで、関連はないんだけど。
おもしろいんでね、丸谷さんの随筆は。
いろんなことを考えているし。
>本当のことを言ふと、これは短い随筆に書くのは惜しい。学問的価値を疑はれる恐れがある。もつとじつくり考へ、実証的な材料も整へてから、長い長い論文を書き、学術誌に発表するといいのだが、それも面倒くさいから、ここに書いてしまふ。(p.22「丼物への道」)
なんて調子なんだが、どこまで本気なのかわからないユーモアがなんともいえない味がある。
そんな大げさなこと言ってるこの話がなんのことかというと、ごはんに汁をかけるのは是か非かなんて俗なことで、この直前に、
>丼物とは汁かけ御飯にほかならない。(この「ほかならない」を使ふと、ぐつと論文らしくなる。)(同)
なんて書いていて、括弧内でちょっとワザのネタばらしをしているように、評論をプロとして書けるひとが戯れにやっている芸なんである。
また、いつものとおり、いろんな本が紹介されていて、よく読んでいるなあと思わされる。
どうでもいいけど、今回、おや、っと思ったのは、
>つまり、むづかしい言葉を使ひたがるわけだ。ディケンズの長篇小説には、むづかしい言葉を間違つて使ふ登場人物がよく出て来る。あれですね。(p.229「難語考」)
って一節があって、丸谷さんの小説にもことわざなどをすこしずれた使い方をするってキャラがあったんだけど、元をたどるとそのへんの本歌取りなのかと思った。
文献を細かく調べるとかってだけぢゃなくて、想像力をたくましくするってのが丸谷さん流の勉強のしかただと思う。
>そして、好奇心の強い宣長はきつと『水滸伝』を読んでゐるでせうね。さんざんおもしろがつて読んだあげく、これは「からごころ」だ、なんて、顔をしかめてる所を想像すると、愉快になります。(p.77「英雄、色を好む」)
なんて言われると、そういうこと考えて楽しめるなんて高尚な趣味でうらやましいと思ってしまう。
本書で初めて知ったーって私が感心した史実は以下のようなもの、勉強になるなあ。
ナポレオンの辞書に不可能という言葉がないとかってことについて、
>もつとも、あの台詞は、かなりの意訳ですね。直訳すれば、
>「可能でない、と君は書いてゐる。これはフランス語ではない」
>といふのだ。一八一三年七月九日、ルマロア将軍あての書簡にある。(p.162「ナポレオン伝説」)
というもの、そうなんだ、子どものころナポレオンの伝記読んだりしたはずだけど、そんなことは書いてなかったような気がする。
もうひとつは、天皇家の名前に「仁」という文字がつかわれていることについて、
>そのうちに、これは五十六代清和天皇の惟仁にはじまるんですが、下に仁の字をつけてヒトと訓(よ)むのが圧倒的に多くなるんですね。七十代後冷泉天皇の親仁以後はほとんどこれになつて、例外はまことにすくない。(p.173「やんごとない名つけ」)
っていうやつ、知らなかった。
後冷泉天皇以降、例外は八帝しかないって。後鳥羽天皇の尊成(たかひら)とか後醍醐天皇の尊治(たかはる)とか。
コンテンツは以下のとおり。
セーラー服
遊戯的動物
丼物への道
ガンバレ考
睡眠欲
『宮本武蔵』論
ちよつと時評的
豆腐
英雄、色を好む
ネクタイ
宴会
ジャージー島の思ひ出
三百年後
七月六日のこと
酒中閑談
泣いちやいけない
幾とせ古里きてみれば
あの無思想に燃えるもの
ナポレオン伝説
やんごとない名つけ
アンディ!
声と職業
%的人間論
牛と豚
左右
難語考
家系について
トポスの問題
社長の理屈
父の教訓
彼らの尊王
名探偵バーティ
いろはにほへと
文春伝説
最新の画像[もっと見る]
- 漢字語源の筋ちがい 1日前
- 日米開戦・破局への道 1週間前
- ポーの話 2週間前
- ヤマトの火 3週間前
- 国立博物館に特別展示を見に行った 1ヶ月前
- 国立博物館に特別展示を見に行った 1ヶ月前
- 国立博物館に特別展示を見に行った 1ヶ月前
- 国立博物館に特別展示を見に行った 1ヶ月前
- 国立博物館に特別展示を見に行った 1ヶ月前
- 勝負の店 1ヶ月前