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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

素晴らしいアメリカ野球

2021-12-12 18:27:33 | 読んだ本

フィリップ・ロス/中野好夫・常盤新平=訳 平成二十八年 新潮文庫版
こないだ『本当の翻訳の話をしよう』を読んだら、村上春樹さんが、
>この作品を読んだときの気持ちの昂ぶりは本当に大きかった。彼の中で一番好きな作品です。その頃は僕は小説を書こうなんて思ってもいなかったから、ただ「すごいなあ」と感心しながら夢中になって読んでいました。(『本当の翻訳の話をしよう』p.84)
なんて絶賛してたんで、読んでみたくなって、先月古本屋で手に入れて読んでみた。
原題「THE GREAT AMERICAN NOVEL」は1973年の作品。
『偉大なるアメリカ小説』が、訳題では『素晴らしいアメリカ野球』になったのは、丸谷才一さんの提案だそうだ。
もとの『偉大なるアメリカ小説』っていうのは、「偉大なるアメリカ小説」という概念をからかっているらしいんだけど、それが日本人にはわからないだろうからってことで、そうなったらしい。
「偉大なるアメリカ小説」ってのは確固たる観念であって、新しく作られたこのグレートな国にふさわしいグレートな小説ってことなんだけど。
それはいまだ書かれていないものを指すんであって、「まだ見ぬ偉大なるアメリカ小説」のような感じで、まだ達成されてないけれど存在すべき理想のもの、みたいな概念で、これがそれなんだよってシャアシャアとタイトルにつけたところがふざけてるんだという。
でも、なかみはたしかに野球を題材にしているので、訳題でもあながちハズレてるわけではない、でも、ほんとに素晴らしい野球のことが書いてあるかと期待すると、全然そんなんぢゃないから驚くけど。
第二次大戦前にはあったという、架空の第三のメジャーリーグ「愛国リーグ」の話だ、8チームが加盟している。
主役となる球団は、ルパート・マンディーズ、本拠地はニュージャージー州ポート・ルパート。
かつては1928年からワールドシリーズ三連覇をしたこともあったのだが、オーナーが代替わりすると、有力選手を放出したりして、すっかり弱くなった。
しかも、この戦時下の1943年のシーズンには球場を政府にアメリカ軍の乗船基地として貸し出してしまい、チームは全試合を遠征で戦うことになり、34勝120敗のダントツの最下位となる。
レギュラーのメンツ紹介が第2章であるんだけど、セカンドは14歳の体重92ポンドの坊やだし、サードは52歳で試合中でも居眠りしてるし、ファーストはバクチ逮捕歴のある酒びたりだし、キャッチャーは片脚が木の義足だし、ライトは左腕がないし、といった具合でなんだかとんでもない。
さらに、相手チームには背番号1/4をつけた小人が登場して、代打でフォアボールを選ぶ専門のはたらきをするなんて話になってくると、おいおいスゴイなとしか言いようがない。
まったくもって、全編をとおして、黒人のことはバカにするし、ユダヤ人のことは悪口いうしで、巻頭に「本書には現在の観点からみて差別的と思われる箇所があるが」とあるのももっともで、「復刊」と銘うたれてるのはそれで廃盤だったのかと想像してしまう。
もっとも、史実として黒人はメジャーリーグに入れなかったってこともあるし、著者はユダヤ系だっていうから、これがアメリカだろうがと言い張られちゃったら反論はできないのかも。
どうでもいいけど、グリーンバックスのユダヤ人オーナーの息子アイザックが科学の天才で、7歳のころから野球チームの戦術にも口を出して、「犠牲バントはするな、1シーズンで72得点の損になる」とか、「首位打者には一番を打たせろ、選手は得点生産性の高い順に打つべきだ」とかのセイバーメトリクス理論をふりまわすんだけど、1973年という本書の発表時点ではこれは卓見なのでは。
『9回裏無死1塁でバントはするな』によれば、ビル・ジェームズの『野球抄1977』という自費出版小冊子で、バントや盗塁の効果を否定する分析が発表された。)
さて、1943年のマンディーズのことがボリュームとしては多いんだけど、それに先立つ第1章では、1933年にグリーンバックスに登場した新人投手が主役になっている。
バビロニアからきた19歳のギル・ガメシュは大男の左腕投手で、時速120マイル(190キロ以上かよ、おい)とも言われる剛速球でシーズン41勝をあげるんだが、審判の判定に不服だと悪態をついて退場になるような奴なんだが、なんとも強烈なキャラクター。
シーズン終盤に、ある事件を起こして球界追放の処分をくらって、行方不明になる、なんでそんなエピソードから始まってたのかとおもうと、1944年にマンディーズの監督として帰ってくるという終盤につながる。
村上春樹さんは、
>僕はこれ、一種のキャラクター小説だと思うんです。(略)整合性なんてどうでもいいんですよね。読んでる方は面白いキャラクターが出てきたり、ここが面白いという部分がいくつかあれば納得して読んでいけちゃうんだよね。それは小説の力だと思う。小説って、何かを五つ書いて、三つが効いていれば、あとの二つは外れてもいいんですよ。力さえあれば。(『本当の翻訳の話をしよう』p.82-83)
と評してる、なるほど、力はあるなー。


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