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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

卵をめぐる祖父の戦争

2020-02-09 18:53:39 | 読んだ本

デイヴィッド・ベニオフ/田口俊樹訳 2010年 ハヤカワ・ポケットミステリ
去年の秋に神保町へ出かけたときに買った古本のポケミス。
これ読もうと思ったのは『快楽としてのミステリー』で丸谷才一が、
>表紙もいいが小説もすばらしい。レニングラード攻防戦を背景にした冒険小説だが、景気よくて泣かせてエロチック。ベニオフといふ名は記憶に価する。わたしは夢中になつて徹夜した。忙しい人は手に取るな。
とほめているからで。(初出は2010年の毎日新聞での短評。)
表紙うんぬんというのはポケミスの装丁担当者が代わっての第一弾がこれだということなのでどうでもいいが、「忙しい人は手に取るな」って薦め方には恐れ入った、私はひまだからよかった。
ポケミスなので、勝手にミステリ≒謎解きものだと思い込んで手に取ったんだが、全然ちがった。(よく見ればちゃんと丸谷さんが「冒険小説」と言ってるんだが。)
それに丸谷さんの本から導かれたときのくせで、勝手に古い時代のもんだと思い込んでたんだが、それも大違い、2008年の作品、原題は「CITY OF THIEVES」。
「泥棒たちの都市」とは何ぞや、やっぱ泥棒と探偵ものなんぢゃないのなんて思っちゃうんだが、そうぢゃない。
>ヒトラーは、突撃隊の将校に向けた演説で「ボルシェビズム発祥のあの泥棒と蛆虫の市」と呼んだピーテルを征服したら(略)
ってとこが作品中にあるように、物語の舞台であるレニングラードを指している。
第二次世界大戦のヨーロッパでの戦いについては私はろくに知らないんだが、レニングラードをドイツ軍が包囲してた1942年の話。
冒頭で作者である34歳になったベニオフが、フロリダに住む祖父母を訪ね、当時の話を聞かせてくれって頼むプロローグがあるんだが、その祖父レフ・ベニオフが語るのは彼が17歳だったときの話。
どうでもいいけど、この序章のおわりの「おまえは作家だろうが。わからないところはつくりゃいい」ってセリフは、なかなかいい、記憶に残る。物語の最後のセリフもいいけどね。
物語本編は、祖父の語ったとおりという態なので、17歳の少年なのに「わし」という一人称で回想してる、ちょっとおもしろいつくり。
レニングラードがどこにあってどんな歴史あるかも私は全然知らないんだが、登場人物のロシア人たちは、その街をピーテルって愛称で呼ぶ。
サンクトペテルブルグが古い名前だったからなんだけど、ソビエト連邦になったときに名前が変えられて、うっかりピーテルなんていうと、共産党政権にしょっぴかれる恐れがある、前の皇帝を支持してんのかって思想犯扱い。
ひどい話だ、革命とかいって、やってることはさらに自由を束縛する新たな帝国主義の建設なんだよね。(明治の世に、「こちとら江戸っ子でい」と言ったからって、維新政府に捕まるなんて考えらんないが。)
で、とにかく状況としてはドイツ軍に攻められてて、食い物もろくにないんで市民は大弱りしている、しかも季節は冬で寒い。
いくらナポレオンを追い返したこともある冬の寒さはロシアの武器だとはいえ、住んでる当人たちが凍え死んぢゃったらしょうがない。
主人公の「わし」の運命は、あるとき死んでるドイツ兵を見つけたときから転がりだす。
そこで装備のナイフとかを略奪してるところを自国の兵士につかまり、秘密警察の大佐なる人物のところにつれていかれる。
前夜に監房で知り合った、脱走兵といわれるコーリャとともに、大佐に命令されたのは、大佐の娘の結婚式のケーキのために卵を1ダース、5日後の木曜日までに持ってこい、というもの。
これが邦題の由来となってんだが、わかってしまえば邦題はわかりやすい、最初は何のことかと思ったが。
相方のコーリャ(ニコライって名前だけどコーリャって呼ぶ)は、とてもおしゃべりで、こっちは深刻だし疲れてるしってときでも、どーでもいーよーなことをベラベラ語り掛けてきて「わし」をさんざイラつかせる。
でも誰に対してでも一歩も引かない度胸があって、その相手にそんなこと面と向かって言ったら命がいくつあっても足りゃしないんぢゃ、ってことを平気で言う。
二人はピーテル市内ではヤミ市も含めてどこにも卵なんてないことを再確認して、前線を越えて郊外へ出ていく。
市内でも危険はいっぱいあったが、街の外へ出たらいつドイツ軍にやられるかもわからないなかで、卵をめぐる冒険をつづける。
ただ敵を倒せとか祖国を守れとかってんぢゃなく、ばかばかしい命令のために死線をくぐりぬけてくって戦争の書き方は、けっこう刺激的で、さすがに徹夜はしなかったけど、次は次はとおもしろく読み進むことができた。


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