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☆映画の旅の途中☆

色んな映画をどんどん観る旅

『カリスマ』(1999)

2016年08月12日 | 邦画(1990年以降)
『カリスマ』(1999)

監督/脚本:黒沢清
製作:神野智、下田淳行
製作総指揮:中村雅哉、池口頌夫
出演者:役所広司、池内博之、大杉漣
音楽:ゲイリー芦屋
撮影:林淳一郎
編集:菊池純一

【作品概要】
刑事・藪池は、犯人と人質を両方生かそうとして両方死なせてしまう。心に深い傷を負った藪池は、心の傷を癒そうとふらりと入った森で一本の木に出会う。それは、根から分泌する毒素によって周りの木々をすべて枯らしてしまう不思議な木“カリスマ”だった。周辺ではそのカリスマを巡り、森全体のために伐採を主張する者と、カリスマを守ろうとする者とが激しい闘争を繰り広げていた。真に自由に生きることの意味を問うた人間ドラマ。(Yahoo!映画より)

【感想レビュー】
黒沢清監督作品を観る旅、続いております

『カリスマ』。これは特に観たかった作品です。そういえば公開当時、カリスマ美容師とか流行っていたよなぁ…遠い目…。その流行りのネーミングと裏腹に、内容は凄まじいです

何か、『CURE』を観た時のように衝撃的ですが、一味違う衝撃なのです

一見、無駄なシーンのように思えたあれこれが、観終わった後に振り返るとじわじわと効いてきて、必要な時間だったのだと思いました。

物語の軸で考えると、一本の木、“カリスマ”を巡る住人の対立を描いているのですが。
物語は複雑なようでいて単純にも思えるし、いや、やはり複雑なようにも思えるし…いやでもどうだろう?…といった感じです。
その曖昧さ、不可思議さを咀嚼しかね、なんだか悶々と転がしております

冒頭、犯人も人質も死に、警察という体制側だけが生き残る。そしてその体制側の内実も色々のようで…。
“カリスマ”の木は、権力や体制という目に見えるようでいて見えないものの代名詞にも思える。実体があるようでないもの。
一方、その木を守りたい人、その木を伐採する役目を担っている体制側の人、すべてを無にしたい人。そして、その“カリスマ”の木を巡る人々の構図にポンと入ってしまう主人公。

この主人公が、その構図に翻弄されてくれれば、キャラクターに共感しやすいのかもしれないけど、それどころか翻弄する側かもしれないという…。
主人公が一番怖かった…というパターンは黒沢映画に多い気が致します…

住人達の行動もいちいち不可思議です。説明があるようでないことも多く、ルーティンのようにせっせとよく分からない作業をやっている…。これ、積み重なるとかなり不気味です


また、廃墟がこれまた美しいんです
壁、家具などを背景に人物が馴染んでいき、まるで絵画のようになる瞬間が何度かあって、その時の構図が美し過ぎて、逆に生が封じ込められたような感覚に陥ります。
世紀末の退廃でしょうか。。
90年代の世相が反映されています。

風も、車中シーンも、カーテンも、いつも通り不穏さを醸し出しています。そして、ラストはもう完全にイッてしまっています
最後まで、答えはあるようでない。ないようである。これを繰り返します。

黒沢清監督の作品は、なぜかラストを思い出せない作品が私的には多くて、何故だろうと考えていたのですが…。
答えがないものが多いからかもしれないなぁと思ったのでした。。


役所広司さんがとにかく格好良かった