☆映画の旅の途中☆

色んな映画をどんどん観る旅

『蜘蛛の瞳』(1998)

2016年12月30日 | 邦画(1990年以降)
『蜘蛛の瞳』(1998)

監督・脚本: 黒沢清
脚本: 西山洋一
撮影: 田村正毅
音楽: 吉田光
出演: 哀川翔/ダンカン/大杉漣/菅田俊/寺島進/中村久美/佐倉萌/梶原聡

【作品概要】
「蛇の道」に続いて哀川翔主演で描いたバイオレンス・アクション。

【感想レビュー】
『蛇の道』に続いて観ました。面白くてゲラゲラ笑いながら観ました
とくに大杉漣さんのシーン!!
台詞とか間とか、ゼッタイ笑かそうとしてる…!
大杉漣さんが車に乗りながら、歩道を歩いている哀川翔さんに話しかけるシーンも、ゲラゲラものです。ヒーヒーお腹を抱えて観ました🤣🤣🤣

ダンカンさんとか大杉漣さんとか寺島進さんとか、北野映画によく出る俳優さんが多いというのもありますけど、特に説明されず唐突に色々と展開されていく所とか、拳銃のシーンとか、追い掛けごっこをする幾つかのシーンのナンセンスぶりとか、『蜘蛛の瞳』には、ところどころ北野映画に通ずる香りを感じました
こういうのクセになるし、なんだか好きなのですけども


また、ローラースケートとかフリスビーの動きもなんだか怖い。それ自体は別によいのだけど、1つの画面、シーンに全く別の何かをしている人達が居るということが、なんか気になって仕方ないアクセントとして使われていて…

ラストも、あれ…!??ここってそこと繋がっていたの…??!…な感じも、狐につままれたままに終わるところがたまらなく好きです

とにかく面白かった



『蛇の道』(1998)

2016年12月30日 | 邦画(1990年以降)
『蛇の道』(1998)

監督:黒沢清
脚本:高橋洋
音楽:吉田光
出演: 哀川翔/香川照之/下元史朗/雪ユーレイ/翁華栄/砂田薫/宮下辰雄/新島直巳

【作品概要】
幼い娘を殺された男と、彼に手を貸した謎の男が繰り広げる復讐劇を描いたバイオレンス・ドラマ。

【感想レビュー】
『蛇の道』と『蜘蛛の瞳』。観たかった黒沢清監督作品の2本が、WOWOWで一挙放送でしたから、もう本当に嬉しいです!放送からだいぶ経ってしまったけども、WOWOWさん、ありがとうございます!!な心境です

まずは『蛇の道』から。
こちらから観た方が良いという話しを聞いたので。

冒頭からしてもう…嫌な感じ
くねくねと蛇行する住宅街の道とか。急勾配な坂道とか。

哀川翔さんの“無”の感じとか、ゾクゾクしました虚無でもなく空虚でもなく、ただただ、“無”の感じ。
キャラクターの行動原理が説明されないまま進んでいく感じは、一寸先も読めなくてかえってワクワクします。
訳のわからない数式?みたいなものをホワイトボードに書いて授業している様子も、不気味を通り越してシュールな感じ

香川照之さんの役のキャラクターの方が、ちょっと分かりやすい。
ただ、こういうキャラクターとか演技は、今だともう既視感がありますけど、当時は相当に新鮮だったのでは、と思いました。
『クリーピー』の香川さんは、『蛇の道』や『贖罪』の進化系キャラだったのだなぁと改めてぶるぶるしております

ところどころ笑えて、なんだかクタッとしたゾンビが折り重なるように見える死体とか、思わずハッとビックリしてクスッとしてしまう感じはクセになります

また、組織の幹部:大槻の家に二回ほど乗り込んで行く度に、毎回ピアノの練習の音が聴こえてくる。ブルグミュラーの『貴婦人の乗馬』。
聴こえてくるだけで、ピアノを弾いている様子は一切映らない。
幼児や低学年の子どもの課題になるような楽曲で、またその音色の拙さから、やはり子どもの日常的な練習風景を想像させるのだけど、ここがまたゾワゾワするポイントです。
これから起こるだろうことと、全然違うテンションの人や空間が在ることを強く匂わせる演出。
“ここ”に居ながらにして、“そこ”も同時に感じながら時間が進んでいく。
なんかこういう演出の映画を観ると、いつも『ローズマリーの赤ちゃん』を思い出します 怖い怖い…。


一見、普通なのだけど、なんか変、なんか怖いっていう黒沢清監督の作風が、男性的かつシンプルに伝わってきて、あぁ好きだなぁと思いながら楽しく観ました




『勝手にしやがれ』(1959)

2016年12月29日 | 西洋/中東/アジア/他(クラシック)
『勝手にしやがれ』(1959)

監督・脚本: ジャン=リュック・ゴダール 原案: フランソワ・トリュフォー 撮影: ラウル・クタール 出演: ジャン=ポール・ベルモンド/ジーン・セバーグ/ダニエル・ブーランジェ

【作品概要】
ジャン・リュック・ゴダール監督の長編デビュー作にして映画史上に輝く革命的傑作。警官殺しの小悪党(ジャン・ポール・ベルモンド)が、パリにやってきた米国娘(ジーン・セバーグ)に惚れるが裏切られ、路上で警察に射殺される。要約すればこれだけの話を、イタリアン・ネオレアリズモにならって撮影所ではなく、部屋や街路で昼夜かまわずルポルタージュのごとく、手持ちカメラで2人の軌跡を活写。その即興的演出、ジャンプ・カット中心の編集は追随者を次々と生んだ。
実話系週刊紙から原案を提供したのはフランソワ・トリュフォー、監修に名を連ねたのはクロード・シャブロル。批評家仲間で、先に監督進出していた彼らの友情のもと、ゴダールはB級犯罪映画へのオマージュをこめて製作。ヌーヴェルヴァーグの永遠のシンボルといえる1本。(轟夕起夫)

【感想レビュー】
多くの監督や映画に影響を与えたゴダール作品を初観賞

影響を受けたとされる作品ばかりを先に観てきたような…

吉田喜重監督の『ろくでなし』(1960)は、ラストシーンや映画の空気感に、『勝手にしやがれ』へのオマージュを濃厚に感じますし。でも、製作年がそう変わらないことを考えると、凄く早い反応だったのだなぁと思いました。

さてさて、『勝手にしやがれ』ですが。

軽めのBGMがポップな気分にさせてくれるし、劇中でかけるレコードからは、ショパンやモーツァルトのクラシックが流れる。

それが、軽口を叩くような台詞から思慮深く哲学的な台詞まで、テンポ良くポンポン展開されていく映画のテンションと素晴らしくマッチしていて心地良く観ました

臨場感のあるカットの連続は、カメラワークによるものらしい。

透明人間になって、すぐそばにいる被写体を追っていくような自然な流れで、1959年のパリの空気がイキイキと呼吸し始めるようでした

メインの2人の存在感
男女とも観ているだけでウキウキしてくるファッションでした

ゴダールの旅も始まってしまった

色んな旅を進行中ですが、マイペースにいきたいと思います



『カンダハール』(2001)

2016年12月27日 | 西洋/中東/アジア/他(1990年以降)
『カンダハール』(2001)

脚本:製作:編集:モフセン・マフマルバフ
音楽:モハメッド・レザダルヴィッシ
撮影:エブライム・ガフォリ
出演:ニルファー・パズィラ:ナファス、ハッサン・タンタイ
【作品概要】
主人公のナファスを演じたニルファー・パズィラは実際にアフガニスタンからの難民で、この作品は彼女の実体験にフィクションを交えて描かれている。アフガニスタンにおける、貧窮、女性差別、それらの中に生きる人々を描き出した作品。


【感想レビュー】
ドキュメンタリータッチの映画です。観る前に、『カンダハール』の撮影についてもかなり書かれている同監督の著書『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』を読んでいたのが、理解の一助になりました。

とにかく強い映画です。メッセージも強いし、画も強い。画が強いから、またメッセージも強い。

脳裏にこびり付く幾つものカットがあります。

空からパラシュートにくくりつけられた義足がふわりと投下されていく様子。そしてそれを目撃するやいなや、地上にいる松葉杖をついた男達が一目散に走り出す様子は…。


それは、本当に一瞬、息を呑む映像です。

空撮で捉えられたアフガニスタンの山脈や渓谷。
壮大なBGMでも流せば、雄大な自然を讃える映像だと思わず勘違いしてしまいそうだ。

小さく、パラシュートが見える。徐々にカメラが近付く。すると、愕然とするのだ。

山脈や渓谷が近代化を阻む、厳しい土地。
そして、地雷が埋められてきた歴史。
地雷の被害は老若男女に及ぶはずなのに、その光景を見て走り出すのは、男達だけ。
その文化、その背景。

その、ふわりふわりと落ちていく義足つきのたくさんのパラシュートが一瞬にして物語る、有無を言わせぬ映像としての強さ。


前出の著書で、アフガニスタンの問題は、その強固な部族主義にある、とマフマルバフ監督は述べていて、『カンダハール』にも反映されている。

女性達が着用している頭からすっぽりと被るブルカは、彼女達の顔も、意志も、存在すらも、根こそぎ奪うような代物で、そんな、魂の半分も呼吸できないようなブルカが、渇いた砂漠に色とりどりに映える……。その映画的とでもいうべき美しさに、文字通り遣る瀬無くなる。


また、女性は直接、親戚以外の男性とは話してはいけなくて、どうしても話さなければならない時は、身内の男性を介して話すことになる!…ので、例えば、女性が病院で診てもらう時、医師が男性であれば、医師の話している意味が解っていても、身内の男性を介して話す、といったまどろっこしさ…!

もうシニカル過ぎて笑えてしまったりもするのだ。

…容赦のないマフマルバフ監督の視点。


『政治に1つ悪いことがあったら、その背景にある文化には10以上の問題があると思ってください』

今年の東京フィルメックス映画祭のQ&Aでマフマルバフ監督が話されていたことと繋がっていく。


政治的なメッセージと映画的な強さ、美しさの混在ぶりがヘビー級過ぎて、咀嚼に時間が掛かっております。


マフマルバフ監督の、『闇からの光芒 マフマルバフ、半生を語る』を今は読んでいます


そして現在のアフガニスタンを知りたいと思い、『知ってほしい アフガニスタン 戦禍はなぜ止まないか』シャード・カレッド著も購入しました。

年末だし、もう読むしかない…!!




『冬の光』(1962)

2016年12月23日 | 西洋/中東/アジア/他(クラシック)
『冬の光』(1962)

監督/脚本:イングマール・ベルイマン
音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ
出演:グンナール・ビョルンストランド、マックス・フォン・シドー、イングリッド・チューリン

【作品概要】
スウェーデンの漁村で牧師をしているトマスは、自分の信仰に自信が持てなくなっていた。そんなある日、彼のもとに神経衰弱の夫を持つ婦人が現われる。彼女は夫の悩みを取り去ってくれと訴える。だが、己の愛人との関係に疲れたトマスは、ありきたりの言葉でしか答えられない。やがて、その夫が自殺したという知らせが届く……。“神の存在”をテーマに描いた「神の沈黙」3部作の第2弾。

【感想レビュー】@theater
記事をアップするのがずいぶん遅くなってしまいましたが…。

楽しみにしていた『信じる人をみる宗教映画祭』、一日しか行けなかったのは残念ですが、見逃していたベルイマンの『冬の光』、ようやく観ることができました

また、今回は『カナリア』も初スクリーンで観ることができましたし、大満足でした
『カナリア』は、DVD を持っていますが、スクリーンで観た時のスケールの違いに圧倒されました!その記事はおいおいに…。

この特集は、日本大学芸術学部映画学科映像表現・理論コース3年映画ビジネスゼミの学生達によるもので、今年で6回目だそう。

『信じる人“を”みる宗教映画祭』

この、“を”が、あぁそうなんだよなぁ…!と腑に落ちます。しっくりきます。的を射ていて素晴らしいネーミング

企画立案者の学生の方々、ありがとうございまました!!


『冬の光』
まずは、まずは…、瑞々しいモノクロの映像美が胸に沁み入りました。

プロテスタントの神父の信仰の葛藤が描かれているわけですが、その人間的な心模様にとっても親近感です。

一見、神と真摯に向き合っているはずの神父が、神の存在に葛藤しているのに対し、漠然と信じている者の方が、神の存在を広い意味で信じている様は、なんというか、とてもリアルに感じる描写でした。

教会の礼拝では、パイプオルガンの生演奏があるわけですが、バッハを勉強する私にとっては、ちょっと不真面目な演奏者の彼にシンパシーでした

あくびをしながら出番を待ち、演奏する時は、演奏そのものに集中する感じ


また、愛人の女性教師とのシーンでは、二人の関係の終焉が醜い言葉のやり取りで交わされ…、そのドツボにハマってどうしよもうない雰囲気が、ドアを出る直前に発した言葉で一変し持ち直す…そんな男女の描写も、非常にリアルに感じました。
神父といえど、一人の人間であり、一人の男性なのですね。

人生って、日々の生活の積み重ねなのだなぁ…と改めてしみじみするというか…。

思わず我が身を振り返ってしまいます

10代、20代が過ぎ、30代の始めに若い頃の悩み、課題、葛藤が一つの形を結び、解決したものもあれば、自然受け入れることができるようになったものもある。さぁ、心が軽くなったー!!…と思っていたのも束の間、…今はまた、これまでに感じたことのない漠然とした不安を感じたりして…。

…な、タイミングだったので、ズシン!ときました


それにしても。

ここ数年、本業の為もあり、歴史や宗教の文献にあたっていることが、浅はかな知識といえども映画を観る時にも役に立って嬉しいです


来年も是非行きたい特集です♪