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☆映画の旅の途中☆

色んな映画をどんどん観る旅

『タルロ』(2015) @東京フィルメックス

2015年11月26日 | 西洋/中東/アジア/他(1990年以降)
『タルロ』 Tharlo / 塔洛

中国 / 2015 / 123分
監督:ペマツェテン(Pema Tseden)
【作品解説】
『オールド・ドッグ』で第12回東京フィルメックスグランプリに輝いたペマツェテン監督の最新作。現代文明と伝統文化の相違に引き裂かれてゆくチベットの遊牧民をユーモアとほろ苦さを交えて描く。長回しの撮影と大胆な構図が強烈なインパクトを与える力作である。 (フィルメックスHPより)

【感想レビュー】@フィルメックス
昨日観て来ました

全編モノクロの映像美が際立つ作品でした。タイトルになっている『タルロ』は、主人公の男性の名前です。
冒頭、タルロが中国語で毛沢東語録を、チベット仏教の読経の抑揚に乗せて暗唱するシーンがあります。フレーズの終わりを息を吐き出すようにするのが印象的で、なんだか耳に残ります。今朝も抑揚だけ思わずハミングしてしまうほど。

この男、とにかく喋る喋る喋る
タルロは羊飼いで、タルロは記憶力に長けていて、タルロはけっこう無邪気にお喋りで、タルロは三つ編みで、タルロは長い間一人で暮らしていて、タルロは身分証明書を作らなきゃならなくて…とまぁ、冒頭だけでタルロに関する情報が多くて、気付けばタルロに親しみがわいています。
垢抜けないタルロが美しい町娘に色目を使われる。美しい娘が鏡越しにタルロを視る。するとあら、何だか不思議。タルロが格好良く視えてくるからあらあら不思議…と思いながら楽しく観る。
もうこの頃になると、タルロに夢中になっています

最初の方はちょこちょこと楽しいユーモアもあって、笑い声も劇場からはあがっていました

冒頭のシーンではあれほどすらすらと暗唱できた毛沢東語録が、ラストではつっかえつっかえ、やっとのおもいで暗唱する。アイデンティティーが自らの記憶から成り立っていることを思えば、今タルロの足元がぐらぐらと揺れているに違いない…。あんなにお喋りだったタルロはむっつりと黙り、代わりに咳だけが響く。。

チベットは周辺の国に絶えず侵略されてきたし、今尚、真っ只中なわけで…。アイデンティティーというのが作品の核になっているように思いました。チベットと中国。遊牧民の暮らしと街の暮らし。こうした対比、視点でタルロは描かれていて、そこにほのかな恋も混ざってくる。

そういったことと、映像美が両立する素晴らしい作品でした


上映後のQ&A


お話しがたくさん聞けて楽しかったです

『ベヒモス』(2015)@東京フィルメックス

2015年11月22日 | 西洋/中東/アジア/他(1990年以降)
『ベヒモス』Behemoth

中国 / 2015 / 91分
監督:チャオ・リャン(ZHAO Liang)

【作品解説】
資源の豊富な内モンゴルでは中国各地から集まった出稼ぎ労働者たちが働いているが、同時に産業化に並行して起こる環境破壊が深刻な問題を引き起こしている。圧倒的な映像で、内モンゴル自治区の炭鉱や鉄鋼場で働く労働者たちの姿を描くチャオ・リャン監督のドキュメンタリー。 (フィルメックスHPより)

【感想レビュー】@フィルメックス
広大な土地に地響きかと思うような喉歌が鳴り響く。ホーミーかしらん
羊に山羊、馬。遊牧民の暮らしぶりと、そのほんの少し先で行われている環境破壊の画に圧倒されます。炭鉱の爆破によって地が切り裂かれていく音がする。粉塵の中でろくな防備もせずに黙々と作業を続ける労働者達。身体中には粉塵が入り込んでいます。。

また鉄鋼場の労働者達は、防備をせずに火の粉を浴び続け、顔は焼けて赤黒くなり、素手の作業で水膨れやマメだらけになった掌からは、過酷な労働環境が滲みます。炭鉱の粉塵の灰色、鉄鋼場の炎の赤色。病に倒れる労働者が後をたちません。ここは地獄なのだろうか。

この世の矛盾、歪みが、事物に断層をつけることで表現されていました。これ、初めは自分の目がおかしくなったのかとパチパチさせて何度も見てしまいました

こんな状況にしてしまったのは人間。破壊された環境に、追い詰められていくのもまた人間自身。
ラストに出てくる彩り楽しいマンション群は、ゴーストタウンらしい。都市部との対比に言及しつつも、結局は鏡と同じように一つの世界、一つだといわれているように感じました。
ホーミーの二重発声も、一人で複数の音程、メロディーを操る歌唱法で、一つの肉体で成すもの。他人事ではないのですよね。。
不快な周波数の電子音がキリキリと耳に残ります。

こういう作品を観ると、まぁるい地球儀が思い浮かんでくる。あっちでもこっちでも、地球のあらゆるところで、地球は壊されている。壊されている?自分は?いやいや、壊しているのだよなぁと愕然とします。。

『ひそひそ星』といい『ベヒモス』といい、作品の世界観が有機的に結びついていく観賞ができるフィルメックス!!
素敵過ぎるっ






『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』(2014)

2015年11月08日 | 西洋/中東/アジア/他(1990年以降)
『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』(2014)

監督・脚本:カアン・ミュジデジ/出演:ドアン・イスジ、ムッタリップ・ミュジデジ、チャキル(シーヴァス)
2014年/トルコ・ドイツ合作/97分/1:2.35/DCP/配給:株式会社ヘブンキャンウェイト(ユーロスペースHPより)

【作品概要】
トルコ東部、アナトリア地方。戦いに敗れ瀕死の闘犬シーヴァス。その再生と壮絶な生き様が、少年アスランの幼い眼差しに深く刻まれていく…。

【感想レビュー】@theater
トルコ映画はおそらく初めて観賞したと思います
その土地に住む人々の生活、直面している苦悩、喜び、生き方みたいなものを垣間見ることができる、こういったタイプの映画を観ることが好きです。

剥き出しの土地。埃っぽそうな乾燥した風の音。鶏、家鴨、牛、馬などの家畜たちの鳴き声。大地の荒々しいエネルギーを感じさせます。
そしてそこに小柄な少年。確かにユーロスペースのHP記載の通り、『友だちのうちはどこ?』などと同じ系譜というのに納得でした。

長年飼ってきた馬が使い物にならないから捨ててこいと父に命じられ、少年とその兄が馬を放ちにいくところがある。文句の言えない馬の、しかし濡れた瞳に静かに見つめられている様子に胸が苦しくなる。。
言葉での説明は少ない映画だけど、そういったシーンの積み重ねが、少年の内面の変化と自然に連動していて思わず惹き込まれます。
娯楽の乏しそうな土地。若者達は有り余るエネルギーをどのように発散させているのだろうと思わず考えるが、そこで闘犬の登場なのだ。
闘犬同士で闘うシーンは、もの凄い迫力で、グルルルと鳴く声や揉み合いの音は臨場感たっぷりだった!!
あれは一体どうやって撮ってるのかしらん…。
それにしても、中東圏の映画はこれからも要チェックだなぁと思いました。それぞれの周辺の地域で一体どんな事が起きているのか。民族の多様性を考えると、トルコ映画といっても単純に一括りにはできないのだろうし、色んな民族出身の監督達が、独自の視点で撮った映画をこれからも観たいと思いました


『神々のたそがれ』(2013)

2015年10月02日 | 西洋/中東/アジア/他(1990年以降)
『神々のたそがれ』(2013)

【作品概要】
2013年/ロシア/177分/モノクロ/ヴィスタサイズ/DCP
監督・脚本:アレクセイ・ゲルマン/原作:ストルガツキー兄弟「神様はつらい」
出演:レオニード・ヤルモルニク、アレクサンドル・チュトゥコ、ユーリー・アレクセーヴィッチ・ツリーロ
とある惑星の都市アルカナル。地球から800年ほど文明が遅れたこの地に、地球から科学者や歴史家らからなる調査団が派遣される。彼らは神のような存在として惑星の人々から崇められるが、政治に介入することは許されず、ただ権力者たちの蛮行と殺戮を傍観するのみであった…。圧倒的なエネルギーと混沌に満ちたゲルマン監督不朽不滅の遺作。(ユーロスペースHPより)

【感想レビュー】@theater
黒沢監督特集と同日に階下のユーロスペースで観賞しました

短編映画(寝てしまったが…!)をいれて同日5本目ということもあってヘロヘロ…。これから3時間か…。

これでもか、これでもかの無秩序な世界がどこまでも続き、映画を楽しむというような生易しいものではなく、耐える堪えるの連続であった…
ひたすらの忍耐を強いられました。

モノクロ…ちょっとセピア色みたいな感じで、これがカラーだったらもっとグッタリだったかもしれない…。でも、色の無い、救いようのない無秩序で野蛮な世界。
唾、汗、目くそ鼻くそ、糞、尿、垢まみれ…。妬み、嫉み、媚び、諂い、卑屈さ…。
人間のありとあらゆる負の産物で容赦なく埋め尽くされた世界。
そして泥だらけの往来でさらに汚れて…

…これを!3時間…‼‼


叡智は軽んじられ、蛮行が横行する。
…ん?これ、現在の地球でもある事だよなぁ。吐き捨てても吐き捨ててもこみ上げてくる唾は、もはや地球の人間世界の膿かも…

『神々のたそがれ』というタイトルからワーグナーの『ニーベルングの指環』の『神々の黄昏』を彷彿とさせるものがあります…。ダンテの『神曲』などにも繋がるものがあったり…。F.リストを弾いていく上でもこの辺りの文献を読まねば~
と決意したのであった。

『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』(2013)

2015年09月17日 | 西洋/中東/アジア/他(1990年以降)
『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』(2013)

監督:タラール・デルキ

【作品概要】
サッカーボールを銃に持ち替えた青年。非暴力を貫きカメラで記録し続ける青年。戦争のなかに生きるシリアの若者たちを追ったドキュメンタリー。

2011年に始まった「アラブの春」と呼ばれる民主化運動の波。その影響を受け、シリアでも2人の青年が立ち上がった。サッカーのユース代表チームでゴールキーパーとして活躍していた当時19歳の青年バセットは、そのカリスマ性から若者を惹きつけ、平和を訴えるシンガーとして民主化運動のリーダーになっていく。彼の友人で、有名な市民カメラマンである24歳のオサマは、デモの様子を撮影し、インターネットで公開することで、民主化運動を広げようとする。バセットは歌で、オサマは映像で、それぞれ非暴力の抵抗運動を先導していたものの、2012年2月、政府軍の容赦ない攻撃によってホムスで170人もの市民が殺害されたのを機に、バセットと仲間たちは武器を持って戦い始める。彼らはなぜ戦い続けるのか、生きることとは、戦争とは、ふるさととは……。シリアの民主化運動の中で生きている人々の“リアル”を映し出した作品。(アップリンクHPより引用)

【感想レビュー】@theater
ずっと観なければと思っていた作品にようやく行って参りました!シリア内戦を少しでも知ることができたら…。
始め…アラブの春の頃、立ち上がった若者たちはキラキラしていた。熱をもった群衆は肩を組んで輪になっては大声で合唱していた。
民主化リーダーのバセットという若者は、アジアでも二番目のキーパーで有望な選手だったそうだ。彼は扇動がうまい。コーラン調の即興のような自作の歌も、うまい。そして見た目の美しい青年だ。そんなバセットの類まれなるリーダーぶりは、若者達をさらに熱狂させたのだろうと感じた。
若者達はアサド政権を倒して自由を手に入れると、固く信じている。一方、そんな若者達に年長者たちは言ったそうだ。アサド政権をあまくみてはいけない…と。年長者たちはアサド政権の怖さを知っているが、若者達はよく知らなかったのだ、と振り返るナレーション。

そして、バセットが民主化リーダーをするのも、始めの二、三ヶ月であれば元に戻れたという。アサド政権がバセットに取り引きをもちかけたのだ。国営放送(確か)で、自分が間違っていたと謝罪すれば、またサッカー選手に戻してやるよ、人気になれるよ、と。
でも彼は、冗談じゃない、そんなものなら自分のやり方で手に入れられる、と突っぱねる。

政府が、戦車を出して国民を爆撃する。反撃をした若者だけではなく、平和の言葉を掲げるカードを持って訴えた若者も、撃たれて亡くなった。
死者がたくさん出る。若者達が応戦する。平和の為の集会や歌は、いつしか武器に取って変わっていった…。その変化は自然な成り行きのようであり、しかし結局は民主化や平和を望む意志と相反することでもある…。
彼らのグループの中に、武器ではなくカメラを手に記録し発信する事で闘う青年オサマがいた。彼のような選択をできるだろうか。

このような状況下で、自分だったらどうするのか?どういう行動をとるのか?とるべきなのか?心では違うと思っていても、鳴り止まぬ爆撃音の中で、恐怖心から武器を手に取りはしないだろうか?

身につまされる思いがする…。

街はアラブの春の頃とは様変わりし、破壊につぐ破壊によって、瓦礫の山が広がる。とても人が住めたものではない。市民が通りに出ると、政府の狙撃手や戦車からの攻撃を受けるので、連なった家々の壁を壊して中を通って移動する。 ここに暮らしていた人々はいったいどこへ行ったのか…。
爆撃に巻き込まれて命をおとした人もたくさんいるだろう…。命からがら逃げ出した人々は今どこにいるのだろう。国を脱出し難民となって新地を求めている人もいるだろう。シリアで息を潜めて暮らしている人もいるのだろう。留まるにしろ脱出するにしろ、深刻な状況である事にはかわりない。

これは対岸の火事なんかではない。すべてはとっくに繋がってしまっているのだから。
難民に対してできることを考えたい。こういった映画を観て知ることやたとえ僅かな寄付だったとしても…。

89分の作品。爆撃音のしない時間の方が少なかった…。