頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

インフルエンサーの自己紹介をまねてみた

2024-08-01 02:03:47 | 日記
先週とあるイベントで知り合った方(実務家)が、お堅い系の某SNSで国内十指に入るインフルエンサーでいらっしゃった。自己紹介の書き方を真似してみたら。
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私のストーリー:
長野県上伊那郡で生まれ育ち、大人になってからは首都圏やつくば(茨城)に暮らす。
絵に描いたような中山間地域で、野山を駆けながら伸び伸びと過ごした小学校時代。卒業文集に書いた将来の夢は、天文学者か政治家。テレビアニメの影響があったと思う。氷河期の到来や砂漠化の進行など、人類の生存環境が徐々に損なわれていくのではないか、今のままではいられないのではないかという恐怖感を子どもながらに感じ、将来は「人類生存をかけた最前線に立ちたい」と考えていた。
小学校がスポーツに力を入れていたこともあり、陸上の長距離に段々自信がついてきて、それで有名になれるかもと。中学で本格的に始めてみるも学校代表にはなれず。しかしどんどん体が大きくなり、自分の適性もわかってきた。監督が短距離選手だったのでそちらの練習ばかりやっていたら短距離がどんどん速くなり、最終的にはリレーメンバー入り。高校でも続けたが、すごい連中が集まっていて、代表になるのはさらに大変。学校まで一番遠いところから通っていたので、時間の使いかたも厳しかった。しかし陸上にはいろんな種目があり、勝てなかったら隣の種目に行けばいい。混成競技はオリンピックだと投げたり飛んだり走ったりと全部やるが、当時高校生は5種。苦手な種目も含むけれど、そこは総合点勝負。長野県南部の大会で上から五番目に入り、インターハイの県予選(県大会)と国体予選にも招待された。
小学校時代子ども向けの年鑑が好きで、暇さえあれば図書館で読んでいた。世界各国の首都や通貨、国家元首などが載っているが、ほとんど頭に入ってしまうほど見ていた。政治家にもなりたかったが、結局は天文学への興味が勝って理系の世界へ。東京大学で天文学の世界を垣間見たとき、「これは相当高度な数学的力量がないと食べていけない」と挫折。天文学でないなら地球物理学、さらに地面におりて地理学という風に、目指す世界は変わっていった。また、「地理学では生業になりにくい」と学部生のときに自覚し、同時に、環境学はまさに弱者に対する政策に直結すると理解。環境学とは人類全体の福祉に貢献するものだというストーリーが後からできてしまった。
1970年代を通じ、困っている人や貧しい人を助けるという視点をもつ若い世代は左寄りに行きがちで、大学で学生運動(実際は学生自治会や学園祭実行委員会などのレベル)に首を突っ込んだことも。小学生の頃はわりと真剣に、政治家になってブルジョア階級を倒し、真面目に働く人たちで理想の社会をつくりたいとも考えていた。
大学院(修士)修了後に中央官庁のキャリア官僚として、国会対応、資料作成、労組対応などの業務を通じ、農林水産行政のイロハを学ぶ。そして次の年に研究者の世界へ転職するチャンスをいただいた。
25年ほど前にドイツ派遣留学から帰国した直後は、理学の世界の最先端の知見が都市計画にストレートに反映するからくりをつくろうと思っていた。日本は、みんなが合意しないと身動きが取れない高度な民主主義国家であり、行政がいくら圧力をかけても土地のオーナーが首を縦に振らないと何もできない。ところが、中国は悪い意味で政治が強くて全部クリアできてしまうので、ゼロから図面を引いて完璧な健康都市をつくるうえでは圧倒的に有利。まずは、アジアの都市で先に理想の事例をつくらなければと思っている。
総力戦こそが、私の専攻した地理学の強みじゃないか。特定のスキルだけで勝負したら、ほかの分野には勝てないところがある。しかし一部の有名私学の難しい入試って、数学だけできればいいとか英語だけできればいいとかっていうケースもある。それは陸上の混成競技の選手(=東大など難関国公立受験生)と100mのエキスパートが競争したらどっちが勝つか?みたいな話に似ているんじゃないか。私は100mで金メダル取ろうなんて考えないので、合わせ技一本でいいんじゃないのって思っていた。一人一人が自分に合ったところで、得意技で勝負できればいいんじゃないかと。
特技:
(英語以外の)外国語。仕事で使っているのはドイツ語と中国語。生活レベルでは韓国語、広東語、タイ語など。(ゴルゴ13ではないが)海外ミッション(国連関係なども)を一人でこなす場面が多く、自分でいろいろできないと仕事にならなかった。
趣味:
クロスカントリースキー。ドイツ留学時にはまった。アルペンスキーよりはるかに環境にやさしいこのスポーツが日本でも流行したらいいと思う。最近UAV(ドローン)のライセンスを取り、研究データを取得するのみならず、青少年の環境教育に活用できるコンテンツを作っている。海外でのミッションやフィールド調査時に出会ったエスニックなグルメを、日本国内で入手可能な食材で再現する試みも。
略歴:
1989年に農林水産省林野庁に入庁し、霞が関の新人官僚、営林署(森林管理署)の現場(治山事業所)主任を経験。1990年に東京大学に転任し、工学部助手として都市環境学の教育と研究に従事。1996年に博士号を取得して国立環境研究所に転任し、地球環境学と都市環境学の研究に取り組んでいる。また2008年からは名古屋大学教授(連携大学院)を兼任し、アジアの都市における気候変動適応などに取り組んでいる。
主な登壇歴:
風景園林与小気候国際学術検討会での招聘講演(2020年)
International Conference on Green Urbanism “Planning Greener Cities”での招聘講演(2011年)
「中日景観設計交流年」重慶論壇での招聘講演(2008年)
城鎮和風景区水環境治理国際研討会での招聘講演(2006年)
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