頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

年度末の「家事手伝い」(辰野町)

2023-04-03 15:51:07 | 旅行
Sehr schowaisch.
昭和を感じます。いにしえの歌声喫茶みたいな。



Некоторые прибывающие туристы в салоне бизнес-класса также не придерживаются привычной манеры. 
"Пожалуйста, используйте внешнее пространство салона."

今現在が1979年3月(中学卒業時)だと言われても信じるかも。変わっていない景色も少なくない。



辰野町のまちづくりステークホルダーおよび「関係人口」の皆様で、私が誰なのかギモンなままのかた。私は「かねき」(屋号)の13代目です。実家の前のバス停の名称=うちの屋号です。漢字では嘉禰喜と書きます。曽祖父が村長(戦前)で、村内で電話を開設したのが3番目(村役場、郵便局、村長宅の順)でした。



経ヶ岳に続く尾根か。実家からは、かやぶきの館の森に隠れて見えない。



20年ぶりかも。中村ゆうじさんの番組だったか。



広報たつの。大学院での(教え子の)後輩。都市工学を修めた人材らしいエッセイ。協力隊員はまさに専門分野の実践。



古文書(1981年、入学前)発掘。マルちゃんに統一■会。グロい。ダサダサ感が。








修士の頃、小生の所属団体ではライダー急増で定期的にツーリングがあった。



修士1年(妹と2DKをルームシェア)と学部4年の時の家計簿。





学部1年の化学実験ノート。何を書いていたのか読んでもさっぱり。



敬愛してやまなかった某学内団体における先輩。卒業直前にオートバイの事故で急逝。自動二輪の世界的メーカーへ入社が決まっていた。今も時折彼の言葉を思い出す。もう彼の倍以上生きている。そんな小生はそれから何をなしえたのか。それからの1年は、先輩からの試練だったか。院試、国家公務員試験、卒論研究、レアキャラな交際相手、の4正面作戦。





川島小と諏訪清陵高の筒が行方不明。修士以降は筒ではない(楯)。結婚前の断捨離で燃やしてしまったのか?
高校の卒業式らしからぬ日だったことしか記憶になく。


コメント
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