黄昏叔父さんの独り言

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弟子屈町での移動運用 (2014/06/26)

2014年08月22日 07時30分19秒 | アマチュア無線 移動運用

 
 和琴半島の保々先端に有る露天風呂「和琴温泉」に入った後に屈斜路湖の西側のパイロット国道(234号線)を通り美幌峠を登り始めた。美幌峠も今回で4回目、慣れた道だがピョンピョン二世号には手強い状態でヘアピンカーブの手前から峠の頂上に掛けての標高差100mHを上り詰める段階では青息吐息で自動車が可哀想な状態に成る。峠を上がりきった道の駅「ぐるっとパノラマ美幌峠」の駐車場には弟子屈町と美幌町の境界線が通っている。

 

 弟子屈町では2009年に摩周湖の第三駐車場の側帯で逆Vアンテナで交信中に相手の信号が急に聞え無く成り「何事か?」と思って外に出たらバランの片方に接続していたエレメントが強風(台風並みの風が吹いていた)に煽られて道の中央に落下し観光バスを止めていた。二回目の2010年は今回と同じ道の駅の駐車場で釣竿アンテナで運用したが其の時も強風と雨降り、釣竿アンテナのエレメントが風により揺れて根元のM栓のオスピンを固定している絶縁材に亀裂が入り釣竿の中を流れて来た雨水が基台部分とM栓の接触部分に溜まり電波が思う様に飛ばなくなり交信実績は伸びなかった。



 無線運用だけでなく弟子屈町の観光スポットで有る摩周湖も最初の訪問時には3日連続で第3展望台と反対側の裏摩周の展望台に上がったが霧が張り一度も摩周湖の湖面を見る事は出来なかった。此れが最後のチャンスと思って4日目の朝に第3展望台に登った時に15分間程、湖面を見る事は出来たが其の後、直ぐに湖面は霧の中に消えてしまった。そればかりで無く運用場所からの帰り道でグラス・ポールの一部を落とし引き返し探したが見付ける事は出来なかった。とにかく弟子屈町は私にとって余り相性が良い場所に思えない。今回はリベンジを掛けた3回目の挑戦、何時も通りの10mHにフル・サイズの逆Vアンテナを設営して運用を始めた。



 運用場所は「ぐるっとパノラマ美幌峠」の道の駅、北緯 43度38分55秒35 東経 144度14分54秒54 海抜495mHの地点、運用時間は18:13JST~22:32JST間に7MHz帯で118局に終わった。運用中の20:04JSTにJE8DVU/Mの三橋さんから呼び掛けられ交信した。

 

  後で聞いた話では三橋さんは私の知床の羅臼町での運用が終わった段階で次の運用は弟子屈町辺りと予想して居たらしく既に弟子屈の近くに釧路市から来て居た様子、反面、私は「弟子屈町移動」とはアナウンスはしていたが「美幌峠の道の駅」とアナウンスするとスタンプを押さねば成らないので其の部分は伏せていた。三橋さんは弟子屈町の移動運用場所なら摩周湖周辺か?美幌峠の周辺の何方かだろうと見当は付いて居た様だが確定しかねて居た様子、然しながら私の「境界の弟子屈側での運用」のアナウンスに美幌峠からの運用に確信を持ったらしい。交信の終了時に此方に来る旨の話で有ったので交信しながら待ったが時間が経過しても現れなかったので段々と心配に成り落ち着かなかったので其の事を運用中にアナウンスした。



 三橋さんは移動運用もアクティブにしてる方なので移動運用中のオペレーターの気持ち(移動運用中の呼ばれている最中の訪問は困る事)は良く理解されて居たので遅く成っても運用が終了してから訪れる予定で既に道の駅の駐車場で待機していた様子、逆に私は「途中で何か有ったのでは?」と心配に成ったし徐々に閉局を考えていたのでその旨をアナウンスした。



 私が待って居る事をアナウンスしたら直ぐに三橋さんが来られてアイボール・QSOが始まったが私の車は運転席しか座席には座れないし さりとて寝るスペースで膝を合わせて座る事も出来ないので外での立ち話に成った。全国を回る過程でのアイボールは全てこの形と成りスペースの無い私の車の泣き所と成っている。三橋さんとの1stQSOは2003年の7月09日の21MHz帯に始まり交信回数は100回以上に及び、私も三橋さんの北海道内の移動運用でも大変お世話に成っている。

 

 今回は初対面で有ったが話は多岐に渡り大変楽しかった。此の夜はガスって視界も悪く寒かったのに此の日の三橋さんは半袖のTシャツ姿「大丈夫ですか?寒くないですか?」と何度も聞いたが「大丈夫、大丈夫」と立ち話は日付変更線を越す時間帯まで続いた。これも後で本人から聞いた話だが・・・・・余り大丈夫では無かった様子で美幌峠を下りながら寒くて我慢出来ず屈斜路湖に有るコタンの温泉に飛び込んだらしが間に合わず数日間は風邪気味で有ったとか?本当に申し訳無い仕儀と成ってしまった。



 運用場所で夕方にアンテナを設営した時に写真を撮れば良かったのだが忘れてしまい。早朝の撤収時にはガスが掛かって写真を撮る事が出来ず。従ってこの場所での証拠写真は無いが三橋さんが確認してくれて居るので問題には成らないだろう。とにかく思い出に残るアイボールと成った。



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1 コメント

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Unknown (E8DVU/MM)
2014-08-24 05:59:41
間違いなく運用してた事実を証します。
2003年当時は、ZLに出張してまして年に2度帰国してました。年間1000局交信の目標に四苦八苦していました。21メガのアンテナは当時留守宅の状況を確認する為に毎日提示の家内と交信していましたが、家事が忙しいのでそろそろにしましょうかと言われ以後家内とは交信していません。当時は伝搬状態が良かったですね!!!
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