黄昏叔父さんの独り言

 アマチュア無線と何でも有りのブログ

 今日のFT8運用(2024/02/14)

2024年02月14日 21時20分41秒 | 旅行

 

 今朝の起床は遅番の方で04時少し前で身支度を整えて04:00JSTから10MHz帯(FT8)のワッチを開始した。此の時間帯のDXコンディションは振るわず不安定であったが04:20JST頃から急に呼び掛けられ始め気を良くしたが其のコンディションも長くは続かず05時台に入ると其の呼び掛けがピタリと止まり、此れまでだと当局は運用を諦めてQRTして居たが今朝は其の後のDXコンディション・チェックの為に我慢して運用を続けたがこちらのCQ連発に対して応答は疎らで我慢の運用と成った。

 

 

      10MHz帯(FT8)

                       ( 04:00JST~06:15JST)

 

  DL5DRM,DL4FBR,SQ9PCA,DL1STG,

 

  SP5KG,SP3HUU,RU3QR,SO3LGF

 

  SP6JIU,EA3HMM,SP6KNE,OH7MA,

 

   F5IYE,SP3WWI,OM5MX,OH3NXW,

 

  OK2CLW,OH5GIO,YO9HP.SP4GK,

 

 

      24MHz帯(FT8)

                     (16:30JST~17:25JST)

 

  OK1ZCF,RM1F,I5HLK,JS6UOU,

 

  SM6JRG,IW2CDH,R4HD,UR5LY,

 

  RA3LX,IZ4TOA,SP4MPH,

 

  


 今年一番の目標

2023年01月07日 23時50分22秒 | 旅行

 

 今日は家内の姉の家に久し振りに出掛けました。本来は正月に挨拶に伺うべきですがお子さん達が帰省する為に御迷惑が掛かると思い正月の三が日が明けてから私の畑で取れた野菜を持って伺う事にしました。

 

 義姉は私達の旅グループのメンバー(スポンサー)で既に80歳を超えて居るのですが毎回顔を合わす度に『何処か旅行に行こうよ、早くしないとお迎えが来てしまうから』と声が掛かり其の為に毎日、カーブスに通い筋力トレーニングを行う程の健康志向派・・・・・・其の上に此の前に家に伺った時に私達旅グループで長期長距離の全国向けの旅行を行う為に『以前の車には荷物が多く乗らなかった事と運転役の私が楽に運転出来る様にフルスペックの安全装置が付いたハイブリッド車を注文して来年の四月に納車が決ったので此の車で旅に連れて行ってね』と云われて仕舞った。現在の車も新しいのですが旅行目的に80歳を越してから新車の購入とは驚きで!此は私としては可也のプレッシャーと成った。

 

 現在の新型コロナ・ウイリス蔓延化の中での私達の国内旅行には一寸リスクを感じるが?しかし私自身が旅行中での長距離運転に何時まで耐えられるか?と義姉の旅行に対する熱い思いや年齢から来る今後の体力的な問題を考えると矢張り此処2~3年が勝負となる感じなので旅グループ内で私以外が国内旅行で未だ訪れた事の無い東北方面、東海~関東方面の一部、九州方面の観光旅行を早く達成せねばと思う様に成った。

 

 其処で今回は先ず春先でも観光旅行が可能な九州方面の観光旅行計画を年末辺りから考え始め、大凡の計画案が出来上がったので其の事も話題にして来た。今後、現在のコロナ・ウイリス満延問題がどの様な推移を辿るかは良く解らないが?私の両親が亡くなってからは私達夫婦の親代わり役と何と言っても子供達の爺婆の役目を引き受けてくれ自身の孫の様に可愛がってくれたので此れだけは私達が出来る幾許かの恩返しと考え是非 実行したいと思って居る。

 

 

 

 

 


来週前半に残りの香川県の札所を廻る事が決定

2019年12月06日 20時53分06秒 | 旅行

 此の前に12月に入ったと思ったら今日は既に6日、先日に年賀状の印刷を終えたので昨日はお歳暮の発送の手続をする為に市内の大型店に出掛けて来た。毎年の事だがアルコール類がお好きな方は送る品物の選択に迷う事は無く、好みに応じてビールか日本酒を送る事で決まりで楽なのだがアルコールを飲まない人の場合は出来るだけ徳島か四国で取れる果物(みかん、イチゴ、柿)などを考えるのだが此れ等は遠い地区に送る時には輸送時の痛み等が発生する場合が在り果物や生物の場合は送り側としては如何しても少し心配が残る。


 従って遠い地区(北海道や関東エリアが多い)の人に送る場合はどうしても此れ等の心配が無く、然も日持ちする安心な物と成ると品物の選定を考えれば考える程、難しく悩んで仕舞う。其れでも親戚関係は家内の担当で私が選択に迷うのは過去の全国への無線の移動運用で知り合って以来、親しくさせて戴いている人達なので今回は私の思いで決定した。


 此れで年末に掛けての大仕事の二つは片付いたので今日は残りの一番手間の掛かる今年最後の畑の草刈を3時間程かけて丁寧に行ない此方も終了したので来年の春先までは雑草の心配は無く成った。昼からは私達、旅グループ・メンバーの義姉の所にお歳暮を持って出掛けたら「お四国参りの残りは如何するの?」と聞かれ出掛ける気が満々の状態に押され、急遽、此の10日から2日掛で残りの24箇所の札所を回る事が決まり、其の夜は旅グループの忘年会を兼ねた宿泊をする事に成った。話し合いが終わり家に帰ろうとして居たら、姉から「良かったら今から夕食を食べに行きましょう。」と誘われステーキ・ハウスで美味しい夕御飯を御馳走して頂いて最高の一日と成った。


 今年は我が旅グループも旅づいて4月の信州方面の旅(3泊4日)、7月の北海道への旅(9泊10日、内船泊が2日)四国霊場巡りで(3泊)と旅に出掛けたが今回は女性達のお気に入りのホテル・レオマ森(今回で6回目)で今年を納める事に成った。


 

 足摺岬に行く(2019/11/19)

2019年11月30日 22時19分21秒 | 旅行

        


 足摺岬のホテルで一泊した朝は昨日の大荒れの天気が嘘の様な青空が広がる素晴らしい天気に成った。今回は四国88箇所霊場を巡る旅で観光が目的の旅では無かったが此の足摺岬の観光スポットは見逃す事は出来ずに朝一番に此の地に向かった。


 足摺岬の展望台に上がる入口に2番目の写真の「中浜万次郎」の全身像があり観光客が沢山訪れて居た。私達にはジョン万次郎の名の方がしっくりと来るが幕府に対する貢献で直参・旗本に成った時に苗字帯刀が許され、生まれ故郷の土佐清水の中ヶ浜から苗字を中浜としたと云う。ジョン・万次郎のジョンは万次郎が伊豆諸島の無人島に漂着した際に救助されたアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号の名前から得たらし事を初めて知った。


 幕末から明治に掛けての近代日本の夜明けに対するジョン・万次郎の語学や航海術や外国事情等における貢献度は、はかり知れない物だがアメリカで高等教育を受けて当時、英語を自在に話せた事で江戸幕府から重用もされたが当時の幕府は鎖国政策を採っていた関係で外国との折衝は当時オランダ語を介した物だったので通訳の立場を失う事を恐れたもの達がジョン万次郎にスパイ容疑を持出されて其の一生は決して順風満帆では無く波乱に満ちたもので在ったらしい。


 土佐清水の町を走行中に彼方此方で次の次のNHKの大河ドラマは「ジョン・万次郎」が主人公のドラマ立てに成る事の看板が沢山あって既に此の町を代表する偉人の事で盛り上がって居る様子であった。

 

「沢山の思い出を有難う」北海道からの帰途に

2019年08月25日 07時41分30秒 | 旅行

        



 此の日の帰り道は洞爺湖の周遊道路から離れて有珠国道~尻別国道~支笏国道~樽前国道~支笏道を経て苫小牧市内へと進んだが此の時間では既にどっぷりと日が暮れて居り人家の無い殆どが山間か?と思われる寂しい林間道路をただ只管に走った。其の中でも尻別国道に入ると霧が発生して視界が悪く、其の状態は苫小牧市内へ入る手前まで続いた。


 其れにしても今回の旅行は前半の旭川市内観光以後の旭岳温泉、オンネトー湖、パンケトー湖、摩周湖、裏摩周、美幌峠、知床峠、等の標高のある観光スポットでは全て濃霧の影響で素晴らしい景観は見られず殆どが全敗に終わった。考えてみると旅行のタイミングを北海道の花々の最盛期に合わせた事が道央や道東の観光スポットの観光にはそぐわ無かった様で霧の影響は最後の最後まで続く事に・・・・・・過去の北海道旅行は5月中旬から6月の中旬辺りが多く、矢張り此の時期でも霧の影響はあったが此れ程までに酷くは無かったので此の時期は高地の観光には向いて居なかった様だ。


 苫小牧市内に入ったのが20時頃で「愈々、北海道内、最後の夕食、さて何処に行こうか?」と家内に尋ねたら「7泊中に食べるに食べて体重が2Kg以上も増えたので今晩は軽く行きましょう。」との御意見だったが走行中に「びっくり・ドンキー」の看板を目敏く見付け「此処、此処!」の指示が出て其の店に入る事に成った。義姉は80歳だが毎日ジムに通いプロティンを飲む程の健康志向派だが此方も旅行中の体重増加を可也気にして居たらしく、取敢えず此の場の雰囲気を壊しては悪いと思ったのか?同じメニューを選んだが其の料理の半分以上を「マコちゃん、此れを食べて」と分けると家内は「有難う!」と嬉しそうに全て平らげた。「何処が今晩は軽く行きましょうなのか?」と思ったが不用意な発言で地雷を踏むのは拙いと口出しは止めたが家内の「宵の物は残さない。」的な食欲は凄い。


 苫小牧東港から出航する帰りのフェリー便は「すずらん」で0時前に出航したが「此れが最後の北海道か?」と思うと私も ちょっくら感傷的な気持ちに成りゆっくり流れる街明かりを眺めて居たが家内は既に極楽浄土か?眠りに入って居た。此の時の帰り便の航行する日本海に向けて九州方面を抜ける台風が北上する可能性が在ったので船に可也の影響が在るのでは?と心配をしたが流石に大型船、殆ど揺れる事も無く、敦賀港までの船旅は順調其の物で定刻の20時30分に一寸蒸し暑い敦賀港に入港したら快適其の物だった北海道から漸く帰って来た事を実感した。


 最初の写真は船長服で記念撮影が出来る場所だが残念ながら私の体型では合わずアウト、二番目は新卒の社員か?此の船の「ビンゴ大会」の進行役を務めた初々しいお姉さん、進行中に同乗船した大勢の陸上自衛隊の若い隊員さんに、ちょっかいを入れられ、照れながらも道産子弁で可愛い対応をして居た。ビンゴ大会も今回で6回目の参加だったが女性の進行役は初めて、最後の写真は行きの船上(すいせん)から秋田沖で対向した時に私達が帰りに乗船した「すずらん」を撮ったもの、長い様で短かった北海道の旅は終わった。


 


 

 綺麗だった洞爺湖の夕日!

2019年08月24日 19時23分41秒 | 旅行

      


 洞爺湖の浮見堂を出発して洞爺湖畔で一番賑やかな大きなホテルが建ち並ぶ洞爺湖温泉街を抜けて洞爺湖観光果樹園の前に差し掛かった時にちょうどサイロ展望台方向に沈み掛ける綺麗な夕日が見えて女性達が「夕日が見たい!」と言い出し、御要望にお応えする為に果樹販売所の駐車場に車を停めて暫く夕日が沈む様子を見る事にした。


 今回の旅行中の此の時間だと毎日、既にホテルのチェックインを終えて夕食が始まって居る楽しい時間帯なのでユックリと夕日を眺める事は無かったが此の日は深夜に出航する新日本海フェリーに乗船する日で此の段階で道内の観光も全て終り、後は苫小牧東港までの途中で夕食を食べるだけ、昨日までの様に時間に追われる事も無かったので三人で心行くまで夕日が沈んで行く様子をぼんやりと眺めていた。


 太陽がカルデラ湖の外輪山に沈む少し前は洞爺湖の対岸から此方の岸までの湖面に一直線の光の帯が出来て非常に綺麗だった。そして太陽が山陰に姿を隠し始めると其の光の帯は段々と消えて細く短く成って行く様は調度私達の「楽しかった北海道内の旅行も愈々今日で終りか?」の気持ちと自然にリンクして寂しい気持ちに成って仕舞った。そして多分、再び北海道の地に訪れる可能性がない事が解かって居るだけに私は道内で最後の夕日を精一杯此の目に焼き付けた。


 


 


 

洞爺湖畔の「浮見堂」

2019年08月24日 09時38分37秒 | 旅行

       


 洞爺湖サイロ展望台を出発し少し北上した後に洞爺湖町の役場の在る方へ下って行った。此の地区には四国の香川県の財田町の人達が開拓者として入植して其の中の大久保翁は私財を投じて洞爺湖町の開拓に尽力し「洞爺湖町(旧、洞爺湖村)の開拓の父」と尊敬され北海道内で四国とは御縁の在る場所と成って居る。私は此の事を全く知らなかったが2009年の初めての北海道旅行で洞爺湖芸術館を訪れた際に直ぐ前の公園で其の大久保翁の胸像の下に刻まれている碑文を読む中で財田(さいた)と言う此の珍しい名前を見付けて「もしかして?」と読み続けて其の事実を知った。


 洞爺湖は支笏湖と連帯した国立公園で有名だが先日の支笏湖のブログで書いた様に支笏湖は湖畔沿いの道路から其の湖面を見られる場所は少ないが此の洞爺湖には湖畔近くを周回する道路が通って居り、其の各所から洞爺湖の景観を楽しむ事が出来る。其の中でも矢張り有名な場所は写真の「浮見堂」であろう。浮見堂は洞爺湖に向かって突き出た小さい岬の先端に建って居り、其の赤い屋根の色から直ぐに目に付く建物で何時もなら見物する観光客の姿が在るのだが今回は時間帯が夕暮れ時期に成って居たので観光客は居らず私達の独占状態であった。



 此のお堂には大正時代の初めに北国行脚の僧から木造の聖徳太子像が贈られ其れを納めるお堂が昭和12年に建てられたらしい。私が初めて此処に立ち寄ったのは2009年で今回立ち寄ったのは10年振り(湖に面する前の道路は何回も通った)で以前に見た感じと少し違う様な感じがしたのだが?如何やら平成15年に落雷に合い焼損して現在のお堂は再建された物らしい。其れ以外に湖畔には至る所に最後の写真の様な芸術作品が展示されて居て観光客の目を楽しませて居るらしいが私には其の芸術性を理解するのは難しい。


 此の日は洞爺湖町の役場付近から有珠国道への合流点までの洞爺湖の西側湖畔を半周して苫小牧市方面に向かったが洞爺湖湖畔を離れる段階では日はどっぷりと暮れていた。






       

 西日に輝くサイロ展望台からの洞爺湖

2019年08月23日 15時05分53秒 | 旅行

        


 登別温泉を出て登別東ICから道央自動車道で虻田洞爺湖ICまで進んだ。私の過去の北海道内の一人旅では経費節減と急ぐ旅では無かったので有料の高速道路は全く使わなかったが今回は移動時間短縮の為に此の高速道路を使った事で走行中に初めて昭和新山の姿を近い距離で見る事が出来た。私が小学生の頃の記憶と思うのだが社会科の教科書に大きい昭和新山の写真が載っていて何故か不思議と?其の写真の事が印象に残って居て其の写真と保々同じアングルでの昭和新山が見えた時には一寸した感動ものだった。


 高速を降りて578号線で洞爺湖の西側を北上して洞爺湖の全景が見渡せる洞爺湖サイロ展望台へと向かった。上段の最初の写真が玄関側で建物全体が農場風の建物で特徴が在った事と保々真北の方向に遠景に「蝦夷富士」と云われる羊蹄山が綺麗に見えて居た。上の写真では山頂部分の左端が少し下がって富士山の稜線とは違っているが此の場所より西側に在る真狩村やニセコ町のニセコ・ビューポイントパーキング等から見た羊蹄山は流石に「蝦夷富士」と呼ばれるだけの富士山の稜線に良く似た綺麗な姿をして居る。


 建物の中を通り抜け外に出ると「サイロ展望台」の大きな看板の後ろに有珠山や洞爺湖の中島や遠く昭和新山が遠景に西に傾き掛けた陽に照らされて綺麗に見えて居た。此の展望台からは洞爺湖の絶景が見渡せる事で沢山の観光客で賑わって居たが此処も中国人観光客が大半で正に占拠された様な状態と成って居た。



         


 下段の最後の写真に一部赤土色の岩肌を見せる昭和新山の姿が画面中央右寄りに写って居る。 

 ひっそりと静かに佇む「倶多楽湖」

2019年08月23日 08時54分02秒 | 旅行

      


 登別温泉の地獄谷駐車場からの観光道路は「大湯沼」~「倶多楽湖」を結び、走行すると再び登別温泉通りに合流する周回道路と成って居る。然しあれ程に多い登別温泉地獄谷での観光客も大湯沼では見掛けても倶多楽湖畔で見掛ける事は少ない。大湯沼を出て細い道を暫く進むと林間にひっそりとした倶多楽湖が見え始める。今回も展望台には観光客の姿は全く無かったが私は此の目立たないひっそりと物静かな湖に魅力を感じる。


 此の湖は周囲8Kmと大きい湖ではないが水深が148mと深く、流れ入る川も無ければ流れ出る川も無い湖で此れは摩周湖と同じで然も其の水の透明度は日本一の摩周湖と肩を並べる19mで摩周湖とは違い水辺に人が近付く事が出来るのに此の透明度を維持している事は凄い。私達も試しに水際まで行き見て見たが水底の砂の粒子が解かる程の透視度で私が実家の環境計測会社のアルバイトで良く河川水の透視度検査をして居たが其処で経験した事の無い透視度であった。


 此の湖は景観上で特別な特徴は余り見当たらなかったが見た目で「随分丸い形をした湖だなぁ~」と思って居たら後で調べると日本国内で一番円形に近い湖と表記されていた。


 

過去に見過していた「大湯沼」

2019年08月22日 09時36分02秒 | 旅行

        


 地獄谷の駐車場を出て観光道路(350号線)を登って行くと峠を登り切った所に「大湯沼」を見下ろす場所(最後の写真)が在るので其処で写真を撮って居たら家内が「大湯沼の回りに道路が在るし、登って来る途中に大湯沼へ、の立て看板が在ったので引き返して見に行こう」と要望があり引き返す事に成った。


 広い場所でUターンすると少し下がった場所に右に下る道が在り其処を進むと大湯沼の駐車場があった。二番目の写真の様に直ぐ傍に水蒸気が上がったり場所に寄っては温度が高いのか?水面の一部がボコボコと泡立っている所も在り家内は「凄い、凄い!」と言い乍、暫くは其処を離れなかった。先程の地獄谷を見て廻った時には二回目という事も在ったのか余り興味は無さそうだったが?此の場所では少し興奮気味だったので家内の好みがよく解からない。後で感想を聞いたら此の日に訪れた観光スポットでは此処が一番良かったらしい。


 私が登別温泉に来たのは今回で3回目だが此の場所まで来たのは初めてで何故、以前に通った時に此の道に気付かなかったのか?不思議な感じ!もし家内が道路標識に気付いて居なかったら今回も此の場所を見過ごして仕舞って居た筈、家内のナイス・フォローで「奥の湯展望台」を含む初めての道内観光スポットが一つ増えた。


 

 登別温泉の「地獄谷」に行く

2019年08月22日 07時19分04秒 | 旅行

        


 支笏湖を出てセンターラインの無い林間の道路(多分ルート141)を通り可也走ると室蘭国道(ルート36)に出た。此の道を西に走り 義姉が未だ訪れた事の無い登別温泉へと向かった。


 駐車場に車を入れて地獄谷の木道を通って間欠泉のある一番先端までを往復して可也の観光客と出会ったが其の大半は大声で話をする中国人グループで日本人観光客が随分遠慮して居る感じがして「此処は中国か?」の感じに成って居た。


 此処には4回程訪れて居るが初めて訪れた時には見学用の此の木道は無く、温泉が流れて居る地面を直接歩いて散策できたが今は木道でしか見学出来ないので安全で便利に成った半面、面白さは半減した感じで、家内などは規模的に小振りだが直接硫黄や蒸気が噴出している所まで近ずく事が出来る弟子屈町に在る「硫黄山」の方がお気に入りの様だが義姉の方は先日の「硫黄山」には余り興味が無い様子であったが此処は熱心に見て廻って居た。姉妹といえども好みの方は少し違う様である。

 中々 全景が見られない支笏湖

2019年08月21日 20時08分03秒 | 旅行

    


 私は過去の北海道旅行で何度も支笏湖に行って居るのですが極限られた所からしか支笏湖の湖面を見渡せず同じ国定公園の割には「洞爺湖と比べると景観が楽しめないなぁ~」と前々から不思議に思っていました。


 私が過去に支笏湖を訪れた時は苫小牧市から海岸線沿いを登別方面に向かう室蘭街道(ルート36号線)を西に向かい途中から支笏道(ルート276号)を北に向かい樽前国道に突き当たると此れを西に向かい支笏国道を千歳市~伊達市~喜茂別町~留寿都町と進むか?もう少し西よりの141号線を北上して支笏国道に合流して同じルートを進んで居ました。此の何れのコースもグーグル・アースで確認すると支笏湖の南側の湖岸近くを進む事に成りますが此の辺は湖面近くを原生林が覆い繁り殆ど湖面が見えない状態に成って居ます。


 家内の支笏湖訪問は昨年に続き今回が2度目でしたが昨年は雨降りの天気(霧が出ていた)と此のコースを辿った為に景色が全く見えなくて家内なりに想像して居た支笏湖とのギャップに失望して居たので今回は支笏湖を見渡せる場所に案内する為に事前にグーグル・アースで可也入念に調べたら千歳市から支笏湖に至るルート16号線で支笏湖温泉付近に行くと恵庭岳方面(北側)と風不死岳(南側)と湖面全体が見渡せる場所が在ることが解かり此の日はノンストップで富良野市から千歳市に行く事に成りました。


 千歳道の駅「サーモンパーク千歳」を出て16号線で支笏湖温泉に向かい其処から北西に700m程進んだ道路の側帯に何台か車を停める場所をグーグル・アースで見付けて居たので其処に直接向かったら其処には乗用車が3台程とオートバイが4台ほど止まって居て旅行者は其々思い思いに写真を撮って居た。矢張り皆さん考える事は同じか?と思うと同時に此の支笏湖の周囲で其の景観を楽しめるポイントは、そう多くは無い事を感じた。


 此の日の天気は晴れだったが最初の写真の湖の南側の風不死岳方面も北側の恵庭岳方面?の山頂方面には雲が掛かり山頂付近の姿を現す事は最期まで無かったが家内は対岸まで見渡せる支笏湖が見れて満足そうだった。

思わぬ所で思わぬイベントが・・・・

2019年08月21日 06時50分52秒 | 旅行

        



 ブログ記事が前後しますが「道の駅 サーモン・パーク千歳」に立ち寄ったのは買い物好きな二人に此の道の駅か?気に入らねば「千歳空港」の土産物売り場に案内する為に千歳市に立ち寄り先ず最初に此の道の駅に案内した。此の日は週末で、可也広い駐車場もグルグル廻って漸く一番奥まった所に車を停める事が出来た。道の駅の正面まで移動したら前の広場で「常夏のハワイ祭」が開催されて居て色とりどりのフラダンス衣装を身に纏った人達が次々とステージに上がって踊って居た。


 女性達は買い物する事は忘れて「フラダンスを見よう!」とオープンの見物席に座り予定外の行動を始めた。私は仕方なく別の場所で写真を撮って居て赤い揃いの綺麗な衣装を身に纏った美人二人組みが次ぎの出演待ちをして居たので此れを楽しみに待って居たら二人が近寄って来て「近くの水族館に行くよ」と誘いに来た。「おいおい此れからという時に其れは無いだろう」と思ったがもし居残った場合、其の理由を見透かされるのが嫌で御付き合いする事に成ったが非常に残念な思いだった。


 水族館の見学を終えて駐車場に戻る処で女性達の足が止まり再びフラダンスを見始めたので御付き合いしたが此の時間帯はオープン参加での踊りらしく先程の二人のお姉さんが衣装替えした姿で飛び入りし子供達の直ぐ後ろで踊り始めた。多分二人は子供達の踊りの先生だと思うのだが?普通の衣装で踊って居ても其の表情豊かな踊りは一際目立って素晴らしく、返す返すも先程の見事な衣装での踊りを写真に撮れなかった事を残念に思った。

 水中観測ゾーンの在る「千歳水族館」

2019年08月20日 20時23分40秒 | 旅行

        


 今回の旅は前半が旭岳、阿寒湖、摩周湖、屈斜路方面の景観を楽しむコースと中盤以降の花を楽しむコースに大別され前半部は天候不順に寄り残念ながら殆どの観光スポットでは期待して居たような状態では無かったが美瑛・富良野方面では昨年よりは出発を20日程、遅らせた加減でラベンダーを含めた花のベスト・コンディションに立ち会えて最高の花々を観賞する事が出来た。


 富良野市の富良野プリンス・ホテルで一泊した私達は今回の旅の北海道内の最終目的地の苫小牧東港へ向かって進む事に成り、其の周辺にある観光スポットを出来るだけ廻ろうと先ず千歳市へと向かう事にした。カーナビで「時間優先」の設定にしたら占冠ICのコースを指示したので富良野国道を南下して占冠から道東自動車道に上がり千歳東ICで高速道路を降りて「道の駅 サーモンパーク千歳」と向かった。


 此処には日本発の「水中観測ゾーン」と言われる清流、千歳川の自然の侭の川の中の様子を見られる水中窓(最後の写真)があるサケを中心に展示した千歳水族館が在り此処に入る事にした。家内は此処は2回目であったが義姉が興味を示し館内をじっくりと見て廻ったので予定時間を大幅に超えて2時間の滞在と成った。

 中富良野町営ラベンダー園に行く。

2019年08月19日 20時46分44秒 | 旅行

      


 ファーム富田(中富良野町)を出て此の日に宿泊する富良野プリンス・ホテル(富良野市)へ向かう途中に中富良野町の町営ラベンダー園の前を通った。昨年、此処に立ち寄った時には写真の斜面の右端の部分に芍薬の花が咲き乱れて居たがラベンダーの花は全く見られ無かったので今年は如何だろうか?と確認の為に駐車場に車を入れて斜面を見上げたら上の方にラベンダーの花が咲いて居たのでスキーリフトで一番上まで上がる為にリフト券を購入しようとしたら販売員の人が「リフトの営業時間が終了間近かなので上には上がれますが、上がって5分程度で下りの運転は最後に成りますが宜しいですか?」と言われたので其れは一寸拙いと思いリフトで上がる事を諦めた。


 何せ此の日は美瑛の「ぜるぶの丘」、「北西の丘」、「パッチワークの路」、「四季彩の丘」、「青い池」、上富良野町の「日の出公園」、中富良野町の「ファーム富田」と殆どが歩きの観光だったのでリフトで上がれても帰りの足場の悪い斜面を徒歩で降りる事は義姉には一寸酷と思った。其れにラベンダーの花は「四季彩の丘」、と「日の出公園」と「ファーム富田」で十分見て居たので此処は下の駐車場から写真を撮るだけに終わった。


 最後の写真は此の日に宿泊した富良野プリンス・ホテル、食事は最高に良かったが建物は古く、風呂も期待できず、部屋も狭いし、何よりフロントから部屋までの距離が在り、食事や風呂の移動が大変だった。今回は予約が取れなかったので仕方がなかったが同じ系列に泊まるなら新富良野プリンス・ホテルをお勧めする。