黄昏叔父さんの独り言

 アマチュア無線と何でも有りのブログ

嵐の目の静けさか?台風の接近で運動会中止

2012年09月30日 10時32分22秒 | 日記

 大型のの台風が接近しているが阿南市の方は雨が降っている程度で風は余り強くない今朝は先週の秋分の日の天候不良により順延された全町体育祭の予備日の日、この天候で開催出来る筈も無いのだが婦人会の役員が当たっている家内に起こされて小学校の運動場へ同伴した。運動場には実行組長ら数人が居たが「中止でしょう?」と言ったら「中止、中止」と返事が返って来たので其の儘家に帰った。行かなくても解っていたが其処は役員の辛いところ顔出しはしなければ成らない。

 家内は日曜日は出勤なので2週間連続で無理を言って出勤を代わって貰ったのに順延に次ぐ順延で次回は頼めないと嘆いて居たが「多分、全町運動会は今年は出来ないだろう」と慰めた。来年は私は地区の常会長が当たっているので今年の様にはいかず特に家内には世話に成るので御機嫌伺いは大切である。大きい町では小学校の運動会と町民運動会は別に行うが私の住んでいる阿南市大野町では小学校の生徒数が激変しており120人位と思うが小学校のプログラムだけでは運動会が午前中に終了してしまう有様で大分前から小学校の運動会と全町民運動会が合同で行われている。我が家の子供の時代は長女が2クラスで長男の時は1クラスで有った。現在は殆どの学年が定員割れ状況、我が家の前を学校に通う生徒の集団を見る事が無くなった。我が榜示の所帯数は25軒だが小学校に通う子供は2人と聞いている。私の長女が6年生の時、長女は卓球部、息子は剣道部に在籍していた経緯もあり「浮世の義理」で体育後援会会長を引き受けざるを得なかった時は運動場一杯に広がってラジオ体操する子供達が居て開会式の挨拶に壇上に上がった時、日頃無線でマイクの前でで喋るのは苦手では無かったのに全生徒と町民の前で喋った時は流石に少しビビッタ。今と成れば懐かしい思い出だが現在の様に生徒数が減るのは寂しい限りだ。現在は長女の同級生世代当たりの子供が小学校に通う年頃、日頃は実感は無いが最近運動会を通じて時代の流れを強く感じた。

 台風は四国の沖を通る予定の様だが出来るだけ沖を通過して貰いたいものだコースとしては北側を通過するよりはましだが可也の風が吹きそうで対策はしたが心配の種は尽きない。現在は雨は強く降り出したが強風は吹いていない。今回は関東方面のビッグ・アンテナ組はきっと戦々恐々としていると思われる。四国は午後から夕方に掛けての時間帯が厳しい状況に成ると思うがアンテナ関係が無事な事を祈るのみである。
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 阿寒湖から網走への旅 (2009・07・23)

2012年09月29日 16時30分29秒 | 日記


  阿寒湖を出発しマリモ国道(240号線)を北上し釧北峠を越えて津別町に入る少し北上した旧国鉄の北見ー相生線の北見相生駅跡に立寄りラッセル車の写真を撮った。展示の機関車は色褪せていたが道内のSL機関車の中では保存程度が良い方で有ると思う。

 そして直ぐ隣の「道の駅あいおい」に入り小休止の後 更に北上し津別町の町筋にはいると道筋のいろんな場所で原色の小花が美しい花を咲かしていた。そして車は美幌町にこの街は大きくて青空が開けていた性かもしれないが明るい感じがした事を印象深く覚えている。町を抜けると直ぐ大空町に入り女満別空港に着陸する飛行機が頭上近くを飛ぶ所に出て車を止め見学した。

 やがて車の左手に網走湖が見え始め更に北上すると網走市に入り天都山入口から天都山にあるオーホック流氷前の駐車場に車を入れ見学した。館内はかなりの人で賑わっていたが大半の人が中国からの観光客で顔付きは日本人と大差は無いが早口の大声で喋るので直ぐに解る。旅先ではしゃぐのは古今東西同じだが余りマナーは良くないし妙齢の若い女性でも言葉の特徴か関西のオバタリアンと同じ用に聞こえ余り戴けない ただ肌は綺麗で日本の化粧しまくりの顔と違って素晴らしい。私の父は支那と言う時代に中国に居たが「中国の女性は色が白くて肌は綺麗い」とよく言っていたが成程と実感した。館内の流氷の展示室に入る前にお決りのタオルを渡されたが出口では確り凍っていて上に向けても立ったままでいた。流氷館の屋上に上がると放送局のアンテナ群が見え其の先にはオホーック海が見えた。誰しも思う事だがこの場所で無線局を開局したら何れ程飛ぶのか?等と実現できない事なのに想像した。

 その後少し山を下がり道立北方民族博物館に入館し入口のマンモス像や昔の住居などを見学して楽しんだ後、その駐車場で車中泊した。今思い返すと初回の北海道は無線的には成果は出ていないが其の反面、結構、景色や展示館等を訪問して観光はしっかり出来ている様だ 天都山にはその他に博物館網走監獄、オホーック公園「てんとらんど」やキャンプ場が有り、ゆっくり見ると1日で回りきれない程の施設が有った。

 

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 阿寒湖の観光 (2009・07・23)

2012年09月28日 21時56分57秒 | 日記


 前回(09月13日)層雲峡から阿寒湖の方に回ったが天候に恵まれず雨の中の訪問だったので景色を見る事も湖畔の町筋を回る事も出来なかった。今回はアイヌの土産物を売るアイヌ部落のユックレップの店の近くの駐車場に車を停め近くを観光した。流石にマリモで有名な阿寒湖、周辺に立ち並ぶホテルは豪華で北海道内の湖では一番の観光地として開けている様に感じたが私としては摩周湖の人工的に開発されていない神秘的な湖を見た後では感動が薄れた。慰安旅行や遊びの団体旅行には遊び場も有り、周遊観光船も有りホテルの豪華さとか魅力があるが、旅の趣の点では摩周湖に劣る様な感じが私にはした。

 お土産の工芸店等は人達で賑わっていたが湖面の写真とコンビニで弁当を購入すると早々と温泉街を離れて阿寒湖を遠景で見える場所を求めて外周を回る内に国設阿寒湖畔スキー場を見付け山を登りスキー場のゲレンデを徒歩で上がり写真を撮った。写真を見ると青空が広がり飛び切り良い天気では無かったがゲレンデの草むらに寝転び漠然と青空を見ていた事を思い出す。其処からは正面に雄阿寒岳が見え誰もいないゲレンデで暫しの間のんびり過ごした。旅行の楽しみ方も色々有るが一人旅の自由さを味わうと団体旅行等には参加する気に成らなくなる「旅は風の吹くまま気の向くまま」此れが一番と思える。
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徳島県海部郡牟岐町(37004D)移動運用の遅れの件

2012年09月28日 11時34分01秒 | 日記
 先週週末の海部郡牟岐町の移動の件、遅れて誠に申し訳有りません。JAIAアワードの申請期限を勘違いしており慌てて申請作業に入りましたので遅れて仕舞いました。本日、無事に書類の郵送と成りました。集計ソフトとエクセルとの関係で旨く集計できず冷や汗ものでしたが原因が解かり如何にか出来上がりました。

 現在、移動車の準備と確認をしていますが週末に大きい台風が来る可能性が有り、今の所、運用日時に関しては未定です 重ねて申し訳有りません。運用当日にはブログにて発表しますので宜しく御願い致します。
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 川湯温泉 屈斜路湖 和琴半島の旅 (2009・07・21)

2012年09月27日 10時46分30秒 | 日記


 摩周湖の第3駐車場でアイボールの約束をした釧路市の中川さん(JI8GOO)と合流して川湯温泉に向かう。川湯温泉の大きい駐車場に車を停め近くの展示館を見た後足湯に入りゆっくりと話をした。中川さんは三菱のデリカで道内を移動運用をされておりハイバンドは八木アンテナを使う事もある様で現物を見せて戴いた。中川さんと交信すると移動場所の写真のQSLカードを頂くが道東の冬場も移動するアクティブな人である。中川さんとの無線での出会いは随分以前になるが この年の6月に18Mhzで御会いしてゆっくりとラグチューする機会が有り話の中で中川さんが高知県の出身である事が解かり親しく御話戴く事に成った其の後、北海道に旅立つ前に何回か交信し道東の旅行の注意点や摩周湖の事等を詳しく教えて戴く中で釧路に来るなら会う話に成っていたが私が不規則な動きをしていたので最終的に摩周湖で合流した。

 午前中で御別れして私は屈斜路湖の方面に向かい砂湯温泉に立ち寄った後、和琴温泉に向かい3枚目の看板の「和琴半島探勝路」を回る事にした。4枚目の写真は和琴温泉露天風呂で入浴は無料だが和琴半島探勝の観光客や近くの海辺で遊ぶ人達から脱衣所を出ると丸見えの場所なので昼日中の入浴は可也度胸が必要である。

 其の後、243号線を走り美幌峠に上がり道の駅「ぐるっとパノラマ美幌峠」に立ち寄ったが屈斜路湖では視界が有ったのに峠に上がると視界が取れず下界の景色を見る事は全く出来なかった(下段2、3枚目は美幌峠の手前で屈斜路湖を撮ったもの)今回の旅行では知床峠、摩周湖、美幌峠と全て霧の中で写真が撮れなかった。仕方なく来た道を和琴半島まで下がり駐車場で車中泊し翌、早朝に和琴温泉の露天風呂に入った 流石に早朝で有ったので観光客は居ず安心して入浴する事が出来たが地元の叔父さんに入浴中叱られる事と成った。(詳しくは2010年のブログに書いている)私にとって弟子屈町は摩周湖のある憧れの地であるが余程相性が悪いのか2年連続の訪問で2回とも台風並みの天気に遭遇、逆Vと釣竿アンテナが破損するはグラスロッドを落として紛失、写真は撮れず散々な目に遭っているが近い内に是非訪れたい場所である。
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24Mhzの夕方のコンディション (2012・09・26)

2012年09月26日 21時17分18秒 | 日記

 今朝の24Mhzの北米方面のコンディションは絶好調であったので夕方のヨーロッパ方面も期待して聞いたがEU方面は思いの他良くなかった。聞こえてはいたがQSBが深く安定せず受信に苦労した。本日は大した所は出て来なかったが下記の局を含めて40局と交信した。


   5B4AHY  17:08jst  24Mhz   SSB

   EI6GHB  17:39jst  24Mhz   SSB

   TF2MSN  17:58jst  24Mhz   SSB

   3W3BW   18:01jst  24Mhz   CW

   VU2RBI  18:41jst  24Mhz   SSB


 VU2RBI バラティーは20年位前にインドのレアーカントリーのラッカディブとアンダマン諸島の運用に貢献し華々しくDXの世界に登場した。バラティーはインドのお姫様らしく当時写真で見た時は若き才媛で大変な美人でインドの通信関係の重責を担っていた様で有ったが日本にも運用後に来日された。今までに時々声は聞いていたが久し振りにお聞きしてQRZを連発していたが誰も呼んでいなかったのでコールして交信して戴いた。

 バラティーがDXぺディションを行った時はインターネットのクラスターも無く「夜討ち朝駈け」の時代、当然 私もニューカントリーだったので無線機の前に釘付けになった。当時40歳を過ぎたくらいで馬力も有ったし、毎日DXの追っかけをしていた。本日、現在も聞こえる(19:12jst)バラティーのオペレートを聞きながら今日は昔を懐かしく思い出した。

 24Mhzのコンディションは日々の上がり下がりは有るが全体的には安定に開けている御蔭でニューワンは無いものの22日から本日までに150局の海外と交信している。24Mhzと28Mhzは目が離せない常態に成っている事は間違い無い。
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今朝の24Mhzのコンディションも絶好調

2012年09月26日 10時27分33秒 | 日記
 今朝も06:00jstから24Mhzを聞き始めた06:18jstに8P6DR(cw)06:27jstniXE2X(cw)06:49jstにHT9H(cw)
07:14jstCM8AKD(ssb)07:17jst(21Mhz ssb)07:19jstにXE1HG(28Mhz ssb)08:33jstにYV5ZV(24Mhz ssb)09:07jstに6Y5WJ(24Mhz ssb)09:08jstにYV2BYT(24Mhz SSB)と交信出来た。

 其の後、CQを出すとWが多数呼んで来て30局と交信出来た。ここ数日は24Mhzは素晴らしいコンディションに恵まれている。
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 北海道標津郡中標津町での運用 (2009・07・22)

2012年09月25日 23時46分29秒 | 日記


 摩周湖の写真を撮る為に別のポイントの裏摩周の展望台に向かうために反時計方向にに摩周湖を回り中標津町に向かい養老牛温泉の入口の右手前の大きい駐車場で車中泊し翌朝、写真の牛のマークの有る山の横を150号線を通り裏摩周に上がる途中の空き地で標津郡中標津町を7Mhzで(北緯43度33分20秒 東経144度41分01秒 海抜228mH)13:49~14:40jst間 運用しパイルアップが起こり始めた頃(交信局数は21局に終わった) 其れまで曇天の空が晴れ始めたので摩周湖の写真が取れるかもしれないと考え皆さんには申し訳なかったがアンテナを撤収し150号線を上り大きいスノーセルターを超えると清里町に入り直ぐに左折すると突き当りが裏摩周展望台駐車場少し歩いて展望台に成っている。此処の場所は3町村の境界で20台くらいの駐車場の手前は中標津で奥側は清里町、そして展望台の有る場所は弟子屈町と成る入組んだ場所に成っている。

 駐車場に車を止め展望台に駆け上がると残念ながらこの時も摩周湖の湖面は見えず まさに再び「霧の摩周湖」であった。この動作の繰り返しを3日間続けて最終日の朝に一瞬だけ霧が晴れ湖面の写真を撮る事が出来たが良いコンディションではなかった。この時はこの展望台と駐車場で3時間位粘ったが霧が晴れる事は無かった。
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24~28Mhzのコンディション上昇中

2012年09月25日 18時13分31秒 | 日記
 最近の24Mhzは3~4日前からコンディションが上昇して可也賑わっている
昨日も朝のカリブ海と北米 そして夕方のヨーロッパは開けていたので本日も聞いてみると昨日以上にコンディションは上昇しており驚く程聞こえていた。

 本日はFM5WD(ssb)KP4MS(cw)FG5NN(ssb)が目玉でそれ以外は北米の13局と交信出来た。会話の中で北米の局が「今日は28Mhzのビッグオープンが有って ハイバンドのコンディションが非常に良い」と言っていた。

 カリブ海方面の局は昨日の方が多く交信出来たが反面 昨日はWの局に呼ばれる事は無かったが本日は13局のWから呼ばれ交信する事が出来た。味を占めて夕方のEU方面を期待して15:30jstから24Mhzを聞き始め15:45~17:45jstまでの間、切れ目無く呼び掛けが続き54局のEUとの交信が成立した。コンテスト以外で単一バンドで70交信したのは久し振り 現在コンディションが上昇している事を物語っている。現在の18:10jstでもEUが聞こえている。

 昨年も秋の初めに28Mhzの爆発的なコンディションの上昇が有ったが其の時に似た状況に成っている 要注意である。
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北海道川上郡弟子屈町での移動運用 (2009・07・19~20)

2012年09月24日 16時24分50秒 | 日記
   


 オシンコシンの滝で休憩の後、国道344号線を網走市方面に向かい斜里町の道の駅「しゃり」に立ち寄ると自由に使えるパソコンが数台置いて有ったので調べたい事も有り大変有難かった。斜里から清里に向かい清里の大きい駐車場で(役場の近くで非常に大きい駐車場)運用をしようと10mhの逆Vアンテナを上げて発電機を回し受信中に近くの住宅の人から「都合が悪いので他で遣って下さい」と言われやむなく受信を中止してアンテナを撤収した。運用場所は其のお宅から60m以上離れていたがアンテナを設営中から此方の方をチラチラ見ていたので何か言われるかな?との不安はあったが見事に的中、全国移動運用中に初めて地元の人の中止命令を受ける事に成った。其の後344号線を西に進み途中の小清水町から391号線(小清水国道)を南下して摩周湖の有る弟子屈町に向かう。途中の野上峠(327mH)の前後は人家の無い山道で有った。峠を下ると最初の写真の硫黄山の横を通過したので写真に撮り52号線に入り摩周湖に向かう。九十九坂を登り切ると2枚目の写真の摩周湖第3駐車場に着いた。

 駐車場の前の遊歩道を駆け上って展望台に行けば摩周湖の湖面が見えると思ったが残念ながら天気が悪く霧が張っており湖面は見えず歌にある「霧の摩周湖」であった。

 弟子屈町の運用はこの駐車場で行い(北緯43度34分57秒 東経144度30分08秒 海抜659mH)7Mhzで18:49~20:53jstと翌朝05:29~06:46jstで行い交信数63局で終了した。19日の夜から雨が降り出し台風並みの風が吹き一晩中車は風に煽られて揺れていた。翌朝の交信中に7Mhzのアンテナのエレメントが風のためにバランの根元で切れて駐車場の前の道路に飛んで行き慌てて拾いに出ると観光バスが止まって待っているトラブルも発生した。この後 摩周湖の写真を撮る為に3日間、弟子屈町内に滞在し第3駐車場と裏摩周展望台を其々3回ずつ訪れたが最後まで良い条件の摩周湖を撮る事は出来無く翌年に課題を残す事と成り2010年の6月に再訪問し目的は如何にか達成したが満足は出来ていない。やはり気候の安定する秋で無いと駄目なのかも知れない。日本全国の大きい湖は殆ど見て回ったが湖面近くに人が立入れない、建物も建てられず。湖の水も流れ込む川も流れ出る川も無く其処は人間が汚していない自然が残っている唯一の場所の様に思える。7回訪れ未だに摩周ブルーに輝く湖面を見る事は出来ていないが何時の日か夢を実現したいと思っている。私の中では日本の中で一番、魅力を感じる場所である。
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最近の24Mhzのコンディション (2012・09・24)

2012年09月24日 09時49分55秒 | 日記
 2~3日前から24Mhzのヨーロッパ方面のコンディションが良く珍しい所は出ていないが16:00~18:00jst間に良く聞こえている。今朝、朝方のコンディションはどうかな?と久し振りに聞いてみると7時頃からノイズ混じりに北米の信号が確認できた。

 本日のSSNは46と高くは無いが昼間の24MhzはFairとなっており暫く聞いていたら下記の局と交信できた。

 FM5WD     07:35jst  24Mhz   CW

 FG5FR     07:39jst  24Mhz   CW

 T88X      08:01jst  24Mhz   SSB

 FG5DH     08:08jst  24Mhz   SSB

 XE2S      08:27jst  24Mhz   CW

 KP4TF     08:30jet  24Mhz   CW
 
 V44KAO    07:27jst  21Mhz   CW

 KP2/K5WE  07:30jst  21Mhz   CW

 VO2NS     08:20jst  21Mhz   CW

 其の外に KP4VP,P43A,FM5AA,HP1/IZ6BRN,HK3C が24Mhzで強く入感していたが交信済みで有ったので受信のみで終わった。08:00~08:30jst 間は絶好調でVK,9V1,北米、カリブ海、南米、太平洋、Uゾーンの極東側が同時に入感する時間帯が短かったが30分間程続いた。久し振りに「早起きは三文の得」を体験した。

 夕方のパスも見逃せず9月22日は16:52~17:32jst間にEUと10局交信 23日は16:25~17:45jst間に14局とSSBで交信している。珍しい所では無いが24Mhzが開けるチャンスは多くは無いので出来る時に確実に交信する事が重要である。

 夕方のコンディションの開けている時間帯に突如、ジャミングが59プラスで24.930~24.955Mhzの間に毎日出て来るので注意が必要で有る。此れが出てくると殆どの信号が潰され交信不能と成る。北朝鮮か中国からの物だと思うが困ったものだ。

 
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知床峠~知床五湖~ウトロ~弟子屈町へ (2009・07・19)

2012年09月23日 23時01分43秒 | 日記


 羅臼の国後展望台の運用場所を撤収し次の目的地の知床半島のオホーツク側のウトロに向かって出発した。羅臼の町で昨日、「相泊の湯」に行った途中の「ひかりゴケ」の場所が見つからず見残した事が気に成り、再度知床半島の東側を北上した 今回は注意深く走ると落石の防護壁のフェンスが有る場所に案内板を見付け見学の為に中に入った。観光案内等には書かれていたが「ひかりゴケ」の有る場所は何の変哲も無い道路脇の入り込んだ岩場の間に有り観光の目玉と言う扱いで無く、専用の駐車場も無い場所に有った。当然に訪問者も私一人で学術的には貴重な物なのだろうが、一般の観光客が態々に見学に来る物で無い気がした。説明の看板に有る様に「見る角度によって見えたり見えなかったりする」旨の事が書いてあったが、見た感じでは光って居るような居ないような感じで私が期待した物とは違っていた。上段最初の写真は私が撮ったもの2枚目はインターネットで拾ってきたもの、此方の方は氷柱の後方に光っている様子が良く解かる。

 其の後3枚目に写っている知床峠を登り始め4枚目の写真の「知床の熊の湯」で入浴する事にした。この熊の湯は道内では本格的な露天風呂で無料で入れる温泉として人気スポットで私は朝の10時頃到着したが既に直ぐ近くの駐車場は満杯常態であった露天風呂は写真には写ってはいないが川の右側の奥手に有り、脱衣所も有り露天風呂も大きくは無いが私が入った時には10人以上、入浴していた。事前に湯温が高い事と水を入れると地元の人が居ると叱られると聞いていたので我慢して入ったが最初は冷えた体には堪えたが我慢出来ない程では無かったが長時間湯船に浸かれる常態では無く谷川を流れる水で冷やされた冷気が心地良かった。この露天風呂の写真は是非撮りたくてデジカメを持ち込んだが男子風呂とは言え利用客の多い中で写真を撮る勇気は無かった。

 一時間以上 温泉を楽しんだ後、昨日と同じ様に知床峠を登り始めたがピョンピョン一世号には厳しい上り坂、ウインカーを点滅して道路の端を走行した。峠の上の方は昨日よりは視界が有ったが矢張りガスって居て峠の駐車場の車両が確認出来る程度しかなかった。景色は見えなかったのでウトロの方に下って行き知床五湖の有る方に右折し向かった。五湖の駐車場はガスって居なかったが散策コースを進み湖面近くに成ると水温と外気温との温度差から霧が発生し一湖と二湖はガスって視界が悪く写真を撮ったが旨く写っていない。三湖以降は熊が出没する為、侵入禁止措置が取られていた。

 知床五湖の表示板の次の写真は木製で作られた遊歩道だが この下は熊が生息しているので進入出来ないような防護策と橋の下横には高圧電気を流している電線が張りめぐらせて有った。遊歩道橋の下は雑木林と熊笹に一面覆われていて今にも熊が出て来そうな雰囲気があった。

 知床五湖から334号線(羅臼から知床峠を越しウトロ)につなぐ93号線沿いには人家も無く道の両端は原生林と熊笹に覆われており野生動物の天下で3段目の写真の様に野生の鹿を沢山見た。

 峠を下ると知床半島のオホーツク側に出て知床半島を周遊する観光船の発着するウトロ港に着いたが生憎の空模様、観光船に乗っても良い景色は期待出来ないと諦め、後日再訪問する事として網走方面に車を走らせたが途中の道端に「オシンコシンの滝」が有り休憩を兼ねて見学した。この滝は冬の厳寒期に凍結した写真を良く見るが夏の水の流れる滝も高低差は余り無いが美しくシャッターを切った。食事と休憩を取った後、私の一番写真が撮りたかった摩周湖の有る弟子屈町に向かった。

 
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 北海道目梨郡羅臼町での運用 (2009・07・17~18)

2012年09月23日 07時35分09秒 | 日記



 ポー川史跡自然公園を出発して直ぐの伊茶仁の三叉路を直進して海岸線を走る335号線に入る。午後の時間帯は7Mhzはコンディションが悪いので知床峠に上がる事に、海岸線はガスっていなかったが知床峠を上がり始めた「熊の湯」辺りから霧が張り始め峠のパーキングエリヤ(931mH)では周りが全く見えない程ガスっていた。景色は見えないし寒いわで引き返し羅臼側に降りる途中の国道脇に「知床間欠泉」の看板が有り左側に回り込むと其の場所は有った。車を停めて中に入ると同年輩の御夫婦がベンチに腰掛、待っている様子だったので「こんにちわ」と挨拶して隣に座って待つ事に、私は飛び込みだったので間欠泉の噴出する時間間隔等は知識が無かったのだが御二人の話では20~30分に1回は噴出するらしい事だったので世間話をしながら待つ事にした。最初の予定の時間が来ても何事も無かったが急ぐ旅では無かったので更に30分っ待ったが何も起こらない。流石に1時間待たされると間が持たなく周りを散策し始めた。少し離れた場所に小さい立て看板が有り見て早く言うと「現在、この間欠泉は活動が不安定で噴出を確認された人は御連絡下さい」的な内容であった。「こりゃ アカンワ」である。御二人の所に戻りその旨を伝えたが御二人はまだ暫く居ると事だったので挨拶をして別れた。

 羅臼の町筋に戻り時間が有ったので移動運用中に教えて貰った「相泊温泉」に行く事にして知床半島の東側を北上した。この温泉は車で進入出来る終点近くに有り写真の様に国道から堤防を降りた海岸の岩場にブルーシートを張ったもの男湯と女湯の境は板壁一枚で前方は海が見える様に開放されていたので高波の場合は浴槽に波が入るくらいの場所にあった。写真機を持って行き前からの写真を撮りたかったが女性の入浴客も居たので変に誤解をされても困るので遠慮した。当然、昼間の時間帯でこの温泉設備に入る度胸の有る女性なので年齢は皆さんの想像通りで有る。これは入浴中の確認ではなく駐車場に上がって来た時に偶々見えたので念の為、駐車場は6~7台駐車すると満杯常態に成る。兎に角、男の私でも昼間は尻込みするような温泉で有ったが話の種には成る。知床半島の観光に行くなら峠の登り口の「熊の湯と相泊の湯」は是非行かれると良いと思う。

 再び羅臼町に戻り運用場所を探していると国道沿いを上に登ると羅臼国後展望台か公園か名前はハッキリ憶えていないが国後島を正面に見る高台が有り頂上(100mH)近くに駐車場が有ったが数台車が駐車していた事と電線が近くを通って居た為諦めて少し下がった写真の場所を運用地に定めた(北緯44度00分55秒、東経145度11分13秒で海抜70mH)運用は7Mhzで1914~22:08jstと翌朝04:33~11:47jstと15:~19:13jstに7、21、24Mhzで運用した。総交信数は263で其の内の21Mhzが37局、24Mhzが2局で有った。2日目も日没まで運用したので最終的に この場所で二晩続く車中泊に成った。この場所は鹿が放し飼いに成っており2泊目の朝、車の周りを十数頭の草を食む鹿に囲まれた時は私は驚いたが鹿の方は私が車から外に出ても平然としていた。四国では経験出来ない事で非常に印象に残っている。

先ほど「知床間欠泉」の事をインターネットで調べたら2年振りに働きだし定期的に噴出している事が確認されて居るらしい 次回行く機会が有ったら是非見たいと思っている。間欠泉の写真はネットから拝借した。
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北海道標津郡標津町での運用と観光 (2009・07・16~17)

2012年09月22日 13時32分47秒 | 日記








 野付郡別海町の運用が終わると急いでアンテナを撤収し次の運用予定地の標津郡標津町へ向かう 運用場所の下見は昨日にしていたので迷う事無く野付半島の標津町側の駐車場北緯43度37分20秒、東経145度13分09秒 海抜1mHに行き7Mhzで16:40~21:11jstまで運用し174局と交信した。朝方よりは夕方のコンディションが良かったのか約2倍の交信実績と成った。其の日はこの場所で車中泊した。

 翌朝244号線を北上する中で標津町役場内の「あすぱる」と近くの「標津サーモン科学館」を見学した。(写真中段)標津の町はあまり大きくは感じなかったが町筋の建物が今風で今まで見て来た町とは違った印象が有った。色んな人に話を聞くと北海道内で指折りの漁場を持つ財政が豊かな町である事が解かった。町役場は大きな立派な建物であったし「あすぱる」は何を見て回ったかは思い出せないが大きい多目的ホールが有り設備が充実していた。私の住んでいる阿南市は人口8万人、それに比べて現在の標津町の人口は5647人で一桁違うが、この様な設備を維持管理出来る財政的基盤が有る事に驚いた。「標津サーモン科学館」は広大な敷地の中に「鮭、マス」の資料展示と水族館が合体した様な建物と高いタワーが有り周り一面に芝生が植えられ綺麗に維持管理されていた。中段3枚目の写真は私の手で中に泳ぐ魚は人間の古くなった皮膚膜や角質を食べてくれる魚で名前は忘れたが興味本位で水槽内に手を入れたら集まって来て早速作業を始めたが皮膚を齧られている僅かな痛痒さを感じる不思議な生まれて初めての感覚を味わった。魚は相手を選べないので毒気の有る爺さんの皮膚を食べて後日、腹痛を起こしたかも知れない。後ろの御婦人のグループが同じ様に手を入れていたが「ひぇ~」とか「ひゃ~」とか色っぽい声を出していた。旨く言葉に表せないが「こそばい」感じで体験的に言うならば人に耳掃除をして貰っている時に「こそばくて」身を捩る様な時に味わう感覚だろうか?・・・・・どうでも良いことだが アハハ・・・・

 標津の町筋を抜けるとポー川史跡自然公園(写真下段)が有り昔の家や開拓時代の農機具や道具などが展示されていた。最後の写真は標津湿原、写真では解からないが湿原の中を蛇の様に蛇行して流れるポー川が有る。2時間くらい見学の後に今回の旅行の目玉でも有る羅臼、知床方面に向かった。
 

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 北海道野付郡別海町での移動運用 (2009・07・16)

2012年09月22日 09時59分15秒 | 日記


 「しべつ海の公園」で朝を迎え直ぐに昨日に下見した野付半島の一番先端の駐車場に向かった。この駐車場は50mx40mくらいの広さで駐車場の中央部に車を停め入り口の電柱と写真の手摺りの間にアンテナを設営しした。運用場所は北緯43度34分02秒、東経145度20分49秒 海抜1mHで運用は7Mhzで07:24~16:10jstまで運用したが総交信数は84局で終わっている。其の日のコンディションなど細かいことは憶えていないが兎に角北海道で聞く西日本の信号は全体的に弱弱しいもので有った。北海道の夜明けは早く4時頃に成るとうっすらと成り始める。7Mhzの場合は04:30jst頃から先ず6エリヤから聞こえ始め20~30分間は強く入るが直ぐに信号強度は落ちてしまう。其の後4、5、3エリヤと開け始め05:30jst位に成ると1エリヤが開け西日本の局の信号はブロックされピックアップ出来なくなる。1エリヤをスタンバイして貰うと西日本の各局の信号強度は負けない程度に振れるのだが指定無しのフリーのオペレートをすると西日本の局がピックアップ出来ない状態に成る。日頃、私が徳島で北海道の局との交信時に59を戴くと其れ成りの信号強度で届いていると思っていたが実際は可也の御祝儀RSレポートで有る事が北海道に来て初めて実感した。(其の後、北海道のアイボールした人の話を聞くと皆さん同じ事を話されていた)そしてこれ等の経験は7、8エリヤでアイボールし御世話に成った方々の要望にお応えする為の2年後の沖縄、離島、九州の移動運用時に十分に生かす事が出来た様に思う。

 昨日の夕方にこの場所に来た時には海と運用場所の高低差が無く見知らぬ土地での車中泊に不安を感じて標津の町筋に向かったが昼間は周りが見渡せ安心して運用する事が出来た。昼間の運用中に訪れた「ほっかむり」した昔スタイルの面白い漁師の叔父さんとのやり取りや、グラスファイバーで作られた筒型のトイレ等が印象に残っている。そしてこの日は雲は有ったが青空が広がる気持ちの良い天気で有った。

 最初の写真は運用場所から見た野付崎灯台と東側の景色、2枚目は北側の景色で正面に国後島が見える。
 


 
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