脳内出血と心筋梗塞との共生

脳内出血の発症から13年ちょっと経ち、リハビリ等でいろいろ工夫してなんとか右半身麻痺と、心筋梗塞とも共生を図っています。

2/26おはようございます(*^_^*)

2014年02月26日 23時20分42秒 | Weblog






2/26おはようございます(*^_^*)

今日は、中国のPM2.5のせいでどんよりした晴天である。何とかして欲しい。少しは、暖かくなった☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

今日は、映画に行くので、10:30ころ起きた☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

朝食は、いつものパターンで、ミツカンの“金のゴマだれ“をサラダに付け、マーガリンを付けた食パンと三角チーズ、オレンジジュース、ゆで卵、バナナ、ハチミツ入りのヨーグルト、ポットの紅茶、である。

そのあとは、洗面とトイレタイムである^_^;

そして、13:00に福祉タクシーが迎えに来て、電動車椅子で仁川まで行った。そして、仁川→西宮まで、阪急で行き、阪急西宮駅から西宮ガーデンズまで、電動車椅子で、行った。5FのTOHOcinemaに着いたのは、14:00くらいであった。TOHOcinemaの会員期限が、切れていたので、再発行してもらったり、座席を変更してもらって、いたり結構時間を潰した☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

それで、やつと見れた☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
今日、西宮ガーデンズに行って、久しぶりに見たかった、あの話題の“永遠の0”を見に行った。水曜日でレディーズデイだから、女性も多く、だいたい、8~9割くらい入っていたんでは、ないだろうか☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

やはり、感動した☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

映画『永遠の0』
太平洋戦争末期。勝利を目前にしたアメリカを大混乱に陥れた、たった一機の戦闘機。「悪魔」と呼ばれたそのゼロ戦は、米軍最強の空母艦隊による一斉射撃・百万の銃弾をくぐり抜け、包囲網を突破してみせたのだ。その「悪魔」を操るパイロットは、実に意外な人物であった。宮部久蔵。天才的な操縦技術を持ちながら、生還することにのみ執着し、仲間から「臆病者」と蔑まれた男だった…。

そして時は2004年、現代。司法試験に落ちて進路に迷う佐伯健太郎は、祖母・松乃の葬儀の日に驚くべき事実を知らされる。実は自分と祖父・賢一郎には血のつながりが無く、“血縁上の祖父”が別にいるというのだ。本当の祖父の名は、宮部久蔵。60年前の太平洋戦争で零戦パイロットとして戦い、終戦直前に特攻出撃により帰らぬ人となっていた。宮部の事を調べるために、かつての戦友のもとを訪ね歩く健太郎。しかし、そこで耳にした宮部の人物評は「海軍一の臆病者」などの酷い内容だった。

宮部は天才的な操縦技術を持ちながら、敵を撃破することよりも“生還”に執着し、乱戦になると真っ先に離脱したという。「家族のもとへ、必ず還ってくる」…それは宮部が妻・松乃と娘・清子に誓った、たったひとつの約束だった。そんな男がなぜ特攻を選んだのか。やがて宮部の最期を知る人物に辿りついた健太郎は、衝撃の真実を知ることに…。宮部が命がけで遺したメッセージとは何か。そして現代に生きる健太郎は、その思いを受け取ることができるのか*・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜・*

60年過ぎた今、本当に、自由になった僕たちが、考えさせられる映画であった☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

この後、4Fのグルメフロアーで、今回は、焼肉にして食べた。お肉もタレも美味しかった。これらは、”永遠の0“で戦った人のお陰かなと思う☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

時間が、かかったので、帰ったのは9:00ころであった。それから、洗面をし、ベッドに横になったのは、10時ころで、それからFBをやり、テレビ“僕のいた時間”を見て、2時ころ寝た。