一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

新刊、旧刊とりまぜて
読んだ本の書評をお送りいたします。
活字中毒者のアナタのためのブログです。

最近の拾い読みから(147) ―『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』

2007-05-17 01:47:15 | Book Review
「鉄道忌避伝説」をご存知でしょうか。

本書の記述を借りますと、
「明治の人々は鉄道が通ると宿場がさびれるといって鉄道通過に反対したり、駅をわざと町から遠ざけたりした」
とか、
「江戸時代に栄えていたわれわれの町に鉄道が通過していないのは、先祖たちが鉄道通過に反対したからである」
という昔話が、一般常識化したものを指しています。また、それらの「鉄道忌避伝説」は、地方史や社会化副読本などの刊行物に書かれ、今でも広い層にも普及していっています。

著者は、地理学の立場から、これらの「鉄道忌避伝説」がまさしく「伝説」に過ぎず、実際に史料的に追認されるものではないことを本書で示しています。

もちろん、鉄道の開通によって、
「在来交通の関係者は生業の基盤を失うことになるから、あわてもしただろうし、将来のことを心配もしたであろう」
ことは、著者も認めるところです(「実際にあった鉄道反対運動」の章に記述あり)。

しかし、だからと言って、その反対運動が、実際の鉄道建設に影響をもったのは、参宮鉄道のケースのみだと、史料面から著者は断言しています。

それ以外に有名なケース、たとえば萩、栃木、出石、伊賀上野、高遠、岡崎、上野原、武蔵府中などの場合は、明治における鉄道建設の技術的限界(勾配をできるだけ少なくする、トンネルの長さをできるだけ短くする、など)や、経済的な効率(市街地の真中に駅を建設するためには、土地の買収や建設にコストが掛かる)で、説明がつくのです。
著者は、いくつかの例を挙げて、地形図などを使用し、その理由を「鉄道忌避伝説」以外の理由によるものだと検証しています。

また、1885年から89年の「第一次鉄道熱」、1894年頃から97年頃の「第二次鉄道熱」の時代には、むしろ、鉄道誘致が盛んになったことが史料的に裏付けられています。

にもかかわらず、「鉄道忌避伝説」が普及していった理由を、次のような点に求めています。

(1)長い間、鉄道史は学問の対象ではなかった(したがって、史料の裏づけがないまま、伝聞を史実としてしまっていた)

(2)地方史誌が町の栄枯盛衰の原因を「鉄道忌避伝説」に求めてしまった。
つまり、
「江戸時代に繁栄し、古い歴史を有する町の中で、幹線鉄道のルートや駅から遠く離れたところでは、なぜ鉄道がわが町を通らなかったか、その理由が模索されるようになったのである。経済的に繁栄していたわが町に鉄道が通らず、経済的にははるかに低いレベルにあった地域に早くから鉄道が通っていたのはなぜか。そのためにわが町は衰微した。この解答として考えられたのが特定の地域で細々と伝承されてきた鉄道忌避伝説ではなかったか。」
というわけです。また、

(3)社会科の副読本が、安易に「鉄道忌避伝説」を扱ってしまったために、
「ますます多くの人々に『常識』となって拡がって」
いってしまったことを忘れるわけにはいきません。

このような経緯を持つ「鉄道忌避伝説」を未だに信じている人、交通史・地方史に興味のある人に、お勧めであります。

青木栄一
『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』
吉川弘文館 歴史文化ライブラリー
定価:1,785 円 (税込)
ISBN978-4642056229