国学と並んで、江戸期の「文化ナショナリズム」の達した先をよく表すものに、後期水戸学があります。
しかし、小生、水戸学に関しては、知識が乏しいので、ここでは小島毅『靖国史観-幕末維新という深淵』を借りて御紹介。
人物としては会沢正志斎(1782 - 1863)に注目、ということになります。
著作としては『新論』(1857年刊)。既に、アヘン戦争の結果を知り、ペリーは来航していましたから、そのことからの影響がはっきりとあります。
したがって、
その点、国学に似ているように見えて、多くを語る後期水戸学は、「さかしらごころを心とする」ものであり、「漢心(からごころ)」の技ということになるでしょう。
というのは、元々が朱子学的大義名分論の発想があるからです。
つまりは、思想の材料として国学的/神道的なものを借りてはいますが、基本的な論理展開は朱子学/儒学であるというわけ。
ここで、小島毅『靖国史観-幕末維新という深淵』のテーマに移ると、
本書の内容紹介および、後期水戸学と「文化ナショナリズム」の問題に関しては、まだ続きます。
小島毅
『靖国史観-幕末維新という深淵』
ちくま新書
定価:714.円 (税込)
ISBN978-4480063571
しかし、小生、水戸学に関しては、知識が乏しいので、ここでは小島毅『靖国史観-幕末維新という深淵』を借りて御紹介。
人物としては会沢正志斎(1782 - 1863)に注目、ということになります。
著作としては『新論』(1857年刊)。既に、アヘン戦争の結果を知り、ペリーは来航していましたから、そのことからの影響がはっきりとあります。
「臣はこのこと(西欧列強の船が日本の沿岸に出没するようになったこと=小島)に悲憤慷慨し、やむにやまれぬ気持ちがあるので、あえて国家(幕府)が頼むべきものは何かについて論じたい」(『新論』「序文」)つまり、後期水戸学は、対外的な危機感の中から発生してきた、対抗ナショナリズムというわけですね。
したがって、
「日本を国家として一体視し、それを守るべき単位だとする意識が、思想史的に見たときの『新論』の特色である。」となってくる。
「日本とは古来どのような国柄なのか、その本来の理想的なすがたに立ち戻ってこそはじめて、諸外国の侵略行為に立ち向かうことができる。正志斎はそう考えている。『わが日本国の本来あるべき正しいすがた』それが『国体』である。」
その点、国学に似ているように見えて、多くを語る後期水戸学は、「さかしらごころを心とする」ものであり、「漢心(からごころ)」の技ということになるでしょう。
というのは、元々が朱子学的大義名分論の発想があるからです。
つまりは、思想の材料として国学的/神道的なものを借りてはいますが、基本的な論理展開は朱子学/儒学であるというわけ。
ここで、小島毅『靖国史観-幕末維新という深淵』のテーマに移ると、
「靖国神社の思想的根拠は(神道というよりは)儒教にある」と「はじめに」に書かれているとおりになるのです。
本書の内容紹介および、後期水戸学と「文化ナショナリズム」の問題に関しては、まだ続きます。
小島毅
『靖国史観-幕末維新という深淵』
ちくま新書
定価:714.円 (税込)
ISBN978-4480063571