一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

新刊、旧刊とりまぜて
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最近の拾い読みから(146) ―『鷲と虎』

2007-05-16 07:52:16 | Book Review
日中戦争を舞台にした佐々木譲の航空小説です。
登場する航空機は、と言いますと、まず日本側では、〈九〇艦戦〉(最初にちょっとだけ)〈九六艦戦〉(これが主人公の愛機)〈九四艦爆〉〈八九艦攻〉〈九六陸攻〉というラインナップ。対する、中国側は〈カーティス・ホークIII〉〈I - 16(ポリカルポフ・イ16)〉〈マーティン重爆撃機〉〈ツポレフSB - 2爆撃機〉など(ちょっとだけですが、〈ハインケルHe111〉も登場します)。

つまりは、〈一二試艦戦=零戦〉と〈カーティスP - 40〉とが主力戦闘機になる一世代前の空中戦小説となるわけです。

その時代を、作者は、
「個人の名によって記憶される空の戦場」
の時代としています。つまり、西欧では第一次世界大戦がその消滅の画期となった、古き良き「騎士道(=武士道)が生きる時代」というわけね(ジャン・ルノワール『大いなる幻影』を参照されたい)。

ですから、主人公は、〈一二試艦戦〉の登場によって、次のような感慨を抱くのです。
「終わった。
おれのような飛行機乗りの時代は終わった。すでに空は、おれのような飛行士を求めていない。おれはもう、昔話の中へと引きこもるべきだ。」

それでは、どのような飛行士が登場するのか、といえば、
「搭乗員たちは、きびきびとした身のこなしで地上におり立つと、塚原司令官の前まで駆けて、一列に並んだ。その動作は敏捷そうで、また見事に統制が取れていた。文字通り一糸乱れぬといった様子だった。麻生(=主人公)には、その様子は機械仕掛けの人形を連想させた。」
という具合。
まあ、この辺は、フィクションとしての筋を通すための描写でありますから、実際に日本海軍航空部隊がそうだったのかどうかは定かではありませんが。

ともかくも、この小説は、以上のような世界を舞台にするために、日中戦争を選んだため、非常に日本の航空小説としては特異なものとなっています。

その他、日中双方のヒロインも登場して筋を盛り上げるのですが、やや盛り込み過ぎて、冗長散漫になったきらいがないわけではありません。
また、空中戦描写も、あっさりし過ぎているかな、と思わせます。特に、最後の主人公とライバルとの一対一の空中戦は、もっと書き込んでもいいような気がします。
また、メカ描写が少ないのも、その手のファンには不満が残る所ではないでしょうか。

ということで、お勧めではありませんが、このような作品もあるということの御紹介でした。

佐々木譲
『鷲と虎』
角川文庫
定価:880.円 (税込)
ISBN978-4041998038