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 神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)

神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

美智子の失業 30 最終回

2025年04月30日 19時23分42秒 | 美智子の失業
 宮内は話を続けた
「太陽さんは美智子のどこが好きなんですか?」
私は考えた、(何が好きなんだろう)そして結論は(美智子の色気、性的な誘惑、若さへの憧れか・・)それ以外何があったろうか?
まったくそのことしか思い浮かばなかった、だがそんなことは宮内にだって言えない
黙っていると宮内は。「あなたは美智子の若い体にボケているんですよ、それしかないでしょ
美智子に店を切り盛りする才覚もないし、良妻賢母の要素もない、学生時代から男と遊びまわる尻軽女だ
それも美智子の特性だから批判する気はないですがね、でもそんな女が太陽さんは理想の女なんですか、どう考えたってそうじゃないでしょ
そろそろ若いとは言えなくなったあなたの焦りじゃないですか、そこに都合の良い女がやって来たということでしょ
でもね年齢差を考えてごらんなさい、あなたはもう若い娘とはしゃぐ年齢じゃないんですよ、しかもこの地の業界ではトップクラス、大概の人はあなたを立派な人だと見ている
あなたと坂崎は歳はあまり変わらないが、片方は責任感のない遊び人、あなたはまがりなりにも企業者だ、社会に対して責任を背負っている人なんですよ
軽いだけの若い女にのぼせ上って良いわけがないでしょ、もちろん年齢差があっても、人生を真面目に送っている女性、真剣にあなたを愛してくれる女性なら年齢差はあったっていいと思いますよ、美智子はいずれあなたよりも金を使ってくれる男が現れれば間違いなくそっちへ行ってしまいますよ
美智子の目的は金と遊びなんだから、今の仕事っぷりを見ればそんなことわかるでしょ、そうなる前に目を覚ましてくださいよ」

 私は宮内の言うことが理解できる、できるけれどどうしても胸に刺さった一本のトゲに苦しんでいる
いや二本だ、美智子を離せないことと、そのために商売がダメになっていくという悪い連鎖の二本のトゲだ
私は亡くなった父の言葉を思い出した、「歳をとってから女にボケたら店を潰すぞ、女道楽と博打だけには歳をとったら手を出すな」
まったく私と大岩のことを予言していたかのような言葉だった。

 そんなことを思っていたら宮内が思いがけないことを言い出した
「太陽さんが美智子にこだわるのは自分の中にある欲望というか、やってみたい夢、それを美智子が実現してくれるのではないかという期待なんじゃありませんか
でも美智子は、じらすでしょ、そしてあなたは強引に欲望を遂げる勇気もない
そういう性格ですからね、でもそれがあなたを今日まで助けてくれてくれているんです
もし手を出したら泥沼でしよう、大岩同様に笑いものになった上に、この町には住めなくなりますよ
キツイこと言ってますが、私の友情だと思ってください、あなたがダメになるのを見ていられないですから
美智子はあなたを好きなんじゃない、お金が好きなだけです、そしてお金をくれる人間が好きなんです、あなたがダメになれば平気で次のお人よしを探しますよ
あなただって美智子を愛しているわけでもない、ほかにこれと言った女性がいないから美智子といると嬉しい、そんなくらいのことなんですよ
坂崎のようなナンパの遊び人にしか美智子を手玉に取ることはできませんよ
太陽さんは坂崎にはなれない、なる必要もない
私は思いますけどね、あなたは道を見失っていますよ、女についてもそうだ
10年、20年前のあなたの女性への理想を私は覚えていますよ
美智子のようなでたらめなタイプは好きではなかったでしょ、あなたが好きな女性は『おいしいみそ汁を作ってくれる人』だったでしょ、真面目で心の優しい清潔な人があなたの理想だったはず」

私は宮内の言葉で思い出した、そうだそれが理想の女性だった、みだらな女など軽蔑していたものだ、それが今はどうだ・・・このざまは
ずっと彼女が居なくて、仕事一筋(時には、宮内、秋野と悪い遊びもしたが、あれは一夜限りの遊び)だった
まだ完全ではないが、少し自分を取り戻しつつあるような気がする
忘れていた自分に戻りかけている気がする。

「太陽さん、あなたは酔うといつも『彼女いない歴十年』と言って笑わせますよね、あれどうして毎回言うのか自分でわかってます?」
いきなり宮内が美智子には関係ないことを言い出したので戸惑った
「十年前には彼女がいたってことでしょ、どうしてわかれたんですか、けんかでもしたんですか
女房に聞いたら、俺たちの結婚式で知り合って付き合いを始めたって言ってましたよ、紀ちゃんと」
紀ちゃん(のりちゃん)・・・ずっと長いこと忘れていた名前だった「岩田紀子」、結婚の約束までした女性だったのに10年前に別れたのだった
急に懐かしさがこみあげてきた。

「紀ちゃんと比べるのも嫌ですけどね、美智子と比べて見てどうですか」
宮内が聞いて来た
「それは・・・」と呻いた
そして「天使と悪魔」という言葉が出た
岩田紀子とは宮内が言った通り、彼らの結婚式で知り合った、あのころ私は24歳くらいだった
紀子は二つ下で22歳だった、宮内の奥さんの同級生で、短大を卒業して地元の地銀に勤めていた
それから5年くらい付き合って、お互いの人柄を知りつくして結婚しようというところまで来たのだった
紀子はまさに宮内がいうところの「良妻賢母」型の女性で、落ち着きがあって頭もよく優しいまなざしの女性だった、商売屋に嫁ぎたいと言っていた
私にはぴったりの理想の人だった、二人は幸福の絶頂にいたのだった。
 
 だが彼女の父と、私の父は政治的、宗教的な信条の違いから互いに憎しみあっていた、お互いが頑固な前近代的な人間だったのだ
私と紀子はいわば「ロミオとジュリエット」のようであった
父は私に、「あんな女と結婚するなら家を出ていけ」とまで言った
私は両親を捨てて駆け落ちできるような性格でなかった、彼女もまた親孝行であったから二人は泣きながら話し合って別れたのだった
あの日以来、紀子は家を出て隣県のどこかに行ってしまったと聞いた
あれからもう十年にもなるのか、紀子はどこかに嫁いで幸せになったのだろうか、失って忘れていた落し物が突然出てきたような気持ちになった。

 「思い出しましたか」と宮内が見透かしたように言った
「ああ、思い出したよ、彼女はどうしているんだろうか」
「紀子さんは、あれから銀行を辞めましてね、父の顔を見ていると辛くなるからと言って隣町へ行って、そこの税理士事務所に勤めました」
「なるほど、じゃあその町で結婚して子供もいるのかな」
宮内は顔を曇らせた、「紀子さんは結婚してませんよ、うちの女房とは中学校からの親友だから今でもたまに会って食事をしたりしてますがね」
「結婚していない? あの頑固爺さんがまだ邪魔をしているのか」
「ああ、彼女のお父さんは亡くなりましたよ、太陽さんのおとうさんが亡くなった二年前に、偶然ですがね、あの世に行ってもああだこうだとやりあっているのかも」
「そうだったのか、不謹慎だが俺たちが結婚を考える前に亡くなっていたら一緒になれたのになあ」
親の死を語るなんて本当に不謹慎だ、そう思って訂正しようと思ったら
「紀子さんが結婚しないのは太陽さんを今でも好きでいるからですよ、女房が言ってましたよ『私は太陽さんと分かれて人生はそこで止まってしまったの、もう誰とも結婚しないで一人で暮らすのよ』って紀子さんが言ってたそうです」
私は胸が締め付けられる思いになった、そんな女が今の時代にいるものか
「そんなバカな、そんなことがあるもんか、おれだって今日まで一人でいるのは紀子さんとの思い出を捨てられないからだ」
「だったら、今度四人で会ってみませんか」
「だけど・・・」
「いいじゃないですか、ひょうたんから駒ってこともあるでしょ、やけぼっくりになんとかってのもありますよね、期待しないで昔馴染みと会うくらいに考えたらどうです」
宮内は楽しそうに言った、私も久々に明るい気持ちになった
私は宮内に言った
「言い訳がましいが、私は美智子とは大きな過ちは犯していない、今なら間に合う気がする、美智子とはきっぱりと話をつけるから、それまで待ってくれ」
「そんなことわかってますよ、太陽さんには本当の幸せをつかんでほしいですよ」
「少し照れくさいが、ありがとう」私は宮内の真剣な説教に胸が熱くなった。

「太陽さん、女房って良いですよ、悪い夢を見て夜中に目が覚めたとき、隣に女房が平和な顔で寝ているのを見るとホッとするんですよね
自分の隣に、自分を信頼してくれている人がいつもいる、これって幸せっていうんじゃないですか
一人より二人の方が絶対いいですよ、まして商売をやっているんだから女房がいてくれたらどれだけ励みになるか、そうじゃないですか」
宮内の声が涙声になっていた、私も紀子と幸せだった頃を思い出して胸の奥に、こみ上げてくるものを感じた
紀子が急に愛おしく恋しくなった。

 美智子との決別はほどなくやって来た
美智子がひどい形相で事務所にやってきて私に言った
「社長、我慢できません、**さんはひどすぎます、社長から厳しく言ってください」と、あれこれぶちまけた
それでやめておけばよいものを更に
「それから、**さんが辞めたのに、補充してくれないからその分がみんな私に被さってきます、他の人は今まで通りしか働かないから、私ばかり仕事が増えますよ、店長よりも私の仕事量が多いですから店長くらいの給料をいただかないとやってられません」
 
 美智子は私がすっかり美智子のとりこになったと思っているのか、どんどん増長して他の店員とは格が違うと言わんばかりになった来た
私にさえ口答えする
今度は店長並みの給料を要求してきた、これこそ私の待っていた瞬間であった
あの日、宮内から紀子の話を聞いて、私は目が覚めた、急に美智子に嫌気がさしてきたのは私のエゴというものかもしれない
私はやはり聖人君子ではなかった、ご都合主義の平凡な男であった
とても紀子のような清廉な女性の夫になる資格は無いかもしれない、だが私はこれからのことが吉と出ようと凶と出ようと神様に任せることと決めたのだ。

 目を吊り上げてわめく美智子に私は落ち着いて言った
「やってられなければ辞めて結構だよ、給料を上げるだけの売り上げは無いんでね、むしろ**さんが辞めてお客が減って困っているんだよ」
「何、言ってるんですか、どうであれ仕事が増えたから給料を増やしてもらうのは当たり前だと思います」
「だから、それはできません」
「私が一番働いているのにおかしいです」
「もういい、押し問答はよそう、今まで黙っていたけど君が帰ってきて北海道にずっといたのに日焼けした顔を見ておかしいとみんな言ってたよ
きみが死んだ坂崎と旅行していたことはもう何人も知っているよ
きみが言ったいろんな話はほとんど嘘だということも証明されたよ
私はマルキュウの社員、市会議員の松金さん、きみの親戚からもいろいろ君のことを聞かせてもらったよ」
「そんなこと嘘です、みんな嘘を言ってる、坂崎さんのことなんか会社を辞めてから知りません、だいいち坂崎さんと歳も違うし、もともと関係ないです
誰がそんなことを言ってるんですか、ここに連れてきてくださいよ」
美智子は開き直った、私は畳みかけた
「じゃあ、電話してここに来てもらおうか」
「誰ですか!」ヒステリックに叫んだ
「実さんだよ、きみのお父さんの弟の実さんだよ、きみと坂崎のことは随分詳しく知っていたよ」
「実叔父さん? なんで社長が知っているんですか」
「親戚だからさ、実さんの奥さん、きみの叔母さんだが、私の父とは従妹なんだよ」
「ええ! だめです、呼ばないでください、実叔父さんは嫌いなんで」
「そうはいかないよ、ここですべてすっきりさせようじゃないか
だいたいきみが50万円、私からとったのはあれは完全な詐欺だよ、訴えれば懲役刑だよ、ちゃんと市議から話を聞いてあるから、なんなら市議もここに来てもらおうか」
「返します、返しますから」
「いや、返してもらわなくてもいい、きみとの思い出は悪いことばかりじゃないからね、小遣いをやったと思ってあきらめるよ、そのかわり今日で店を辞めてもらうよ、今日までの給料を今ここで払うからそれできみとはおさらばだ
それでいいだろ、なにか言うことはあるあるかい」
そう言って私は美智子に20万円を給料袋に入れて渡した。

 美智子はキッと私を睨みつけて言った
「ふん!モテないスケベ爺が偉そうに言うんじゃないよ、坂崎の方がはるかにいい男だったね、50万くらいで偉そうに言うんじゃないよ
こんなきれいな若い娘に何度もキスしてもらって天国気分だっただろうに」
美智子の本性が見えた、とんだあばずれ女だったから、さすがに私も驚いた
美智子は捨て台詞を言って出て行った

そう、確かに天国気分だった、いい夢を見たよ
心の中で美智子に頭を下げた。
                      おわり


登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳 美智子の父の弟(叔父さん)でもある
岩田紀子 私のかっての恋人 現在は37歳


森山良子 - 歌ってよ夕陽の歌を






美智子の失業 29

2025年04月29日 19時48分08秒 | 美智子の失業
 美智子が店に戻ってきてから、店の雰囲気が変わった、なんとなく陰険な雰囲気が漂う
店員たちの口数が減った、私に対する態度もよそよそしい
だから私が美智子に頼む仕事が増えている、それを見て店員たちはますます心を閉ざす
以前のような店の活気が失われつつある、店長さえ横目で私に無言のサインか抗議なのか、おかしなそぶりを見せるようになった。

 そんな雰囲気は一か月過ぎるといよいよ悪化して、時々店員と美智子がやりあうシーンが見えるようになった
誰も美智子に味方しない、店員は結束している
時には私が出て行って仲裁する場面も出てきた、そんな時はいつも私が美智子に味方する形になっておさめる
ますます店員の私に対するパッシングが激しくなってきた
そしてとうとう、最古参のおばちゃんが辞表を出して辞めてしまった
我が店では先代の父の時代から40年近く勤めていた人だ
彼女についているお客さんも多いので、これは痛手であった、なによりも次第に悪い噂がお客さんの間でささやかれるようになってきた
明らかに美智子のことであり、それを異常に擁護する私も言われているらしい
私は困り果てて、夜も寝ることができなくなってきた
そして的確な判断をくだす学者肌の宮内に相談した。

「太陽さん、はっきりと言わせてもらいますよ、腹を立てないで真剣に聞いてくださいよ、あなたはいま目が眩んで、店の存続のがけっぷちに立っていますよ、売り上げは落ちているでしょ、どうですか」
宮内がいう通りだった、客数も減りだして今月の売り上げも去年の8割くらいに下がっている、私は黙ってうなずいた
宮内は続けて言う
「あなたを見ていると何もかも上の空のように見える、以前のあなたから魂が抜けたみたいだと秋野とよく言うんですよ
それは美智子が影響していることは明確でしょ、どうですか、そして店の評判も良くない、それはあなたの店員さんたちが不満を外で漏らすからです
美智子が来る前は、店員さんたちは『うちの社長はいい人ですよ』と口をそろえていたのにね」
私はぐうの音も出ない、言われていることがすべて間違っていない
そんなことは言われなくてもわかっている、わかっているが美智子を離せないから困っているのだ。

「太陽さん、あなたは美智子にまいっているんでしょ、店員さんも大事だが、それ以上に美智子が離れていくことを恐れている、だから見て見ぬふりをしている
最初にあなたの店で働いているときは今のようではなかった、だから店員さんとの揉め事もなかった、もっとも一週間しかいなかったからねぇ
結局、坂崎の毒が、美智子の体にも心にも回ったということなんでしょうかね
美智子がマルキュウに入社してすぐに坂崎が手を出して、それからずっと一緒だったらしいですがね、あの時は大岩がそれなりに社長の役目をはたして厳しく当たっていたから会社内では女子社員が若干不快な思いをしただけで、会社に影響は無かった
そのかわり社長自身がバカをやって会社を手放すことになりましたがね
秋野に聞いたけど、二人はグァムへ行って大いに羽を伸ばしていたらしいですね、そこでたっぷり美智子は坂崎の毒を注入されて金があれば贅沢できるということを知ったんでしょう
ところが坂崎が突然の事故で死んでしまった、同時に美智子の甘い夢も吹き飛んだんでしょう
帰って見たが頼りの坂崎がいない今、とりあえずは太陽さんに頼ればなんとかなると思ったんじゃないですか、どうです?」
宮内の言うことはいちいち納得できる、その通りだと思った。

                  明日の最終回につづく

登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳 美智子の父の弟(叔父さん)でもある







美智子の失業 28

2025年04月28日 20時21分13秒 | 美智子の失業
「社長、私、北海道を一人で旅してみて社長のやさしさがわかったんです
私、ほんとうに社長は優しくて大好きです」
「・・・」(北海道なんて行ってないだろ!)
美智子が私の手を握って肩にもたれてきた
私は肩越しに横目で美智子を見た、黒髪の隙間からやや高い鼻だけが見えた
ドキッとした
私は美智子の術中に落ちそうになっている
(美智子とはこういう女なんだ)わかっていても体と心は一致しない
美智子の髪の香りに目が眩みそうだ
美智子が私の顔を見つめたと思ったら、首に手をまわして唇を重ねてきた
私は頭のてっぺんまでしびれたが、かろうじて美智子の手をほどいて逃げた
そして「わかった、わかったきみの気持ちはありがたい」と言うのが精いっぱいだった
さすがに、こんな場所を人に見られたらまずい、そのくらいの理性は残っている、外の廊下からは見ようと思えば見ることができる。

 美智子は相変わらず隣に座っている
それから、「社長、こんなお願いは無理だと思いますが、もう一度店で働かせてもらえませんか」
さすがに私はびっくりした、すんなりとは受け入れることはできない
「それはさすがに・・・他の店員たちもいろいろ君のことを無断欠勤だとひどく怒っていたからな」
「私、他人の言うことなんか気にしません、社長さえわかってくれたら、それでいいんです、私はあんなおばちゃんたちに負けませんから」
私は悩んだ、「今、ここで返事はできないよ、2~3日考えさせてくれ」
美智子は、明らかに私の動揺を見抜いている、そして色仕掛けが功を奏していることも
また私の目をじっと覗き込んだ、そして「私、もうお金がないんです、生活できません、お願いします」と訴えた
私は美智子への未練に負けた、どこまで本当で、どこまで芝居なのかさっぱりわからない、けれども切り捨てることができなかった
「すぐに正社員と言うわけにはいかないよ、とりあえず時給制のアルバイトと言うことなら来週から来てもいいよ、その間に店員たちを言いくるめておくから」
美智子は、「それでいいです、嬉しい」と言って、また抱き着いてきた
私は完全に美智子の手の中でもてあそばれている。

 翌日、私は朝礼で美智子の復帰を伝えた
思った通り、店員たちの反応は否定的だった、店長はさすがに何も言わなかったが、おばちゃんたちはとりとめなく美智子の悪口を連発した
私はさすがに我慢の限界にきて、「私が社長だ、私が決めたのだからもうそれ以上言わないでくれ、美智子は親戚の娘だから仕方ないんだ」と言ってしまった
店員たちは一様に「え~、親戚、知らなかった」とざわめいている
「親戚じゃ仕方ないわね」納得なんかしていないのが口調でわかった。

 店の休日の次の日から美智子は店に戻って来た
しばらくしてから秋野がやってきて「太陽さん正気かい、なんであんな女をまた雇ったんですか」
「仕方ないんだ」と小さな声で言うと秋野は
「知ってますよ、太陽さんは美智子に惚れているんでしょ、純情なんだから
あの女はおれから見たら悪女ですよ、坂崎がいたからある意味良かった、だがこれからは美智子は社長を食い物にしますよ、必ず」
「悪女だったら、俺が天使に変えてやるよ」苦し紛れに言った、そんな自信は少しもないのに
「できますかね太陽さんに、太陽さんは人が良すぎるよ」
女に関しては秋野にはとうていかなわない、彼は陽性人間だ、私は陰性だ、物事をすぐに小説的に考えてしまう運命論者だ
その点、秋野は現実主義ですべて自分の利害関係で割り切る、男女関係もシビアだ、だからこそ愛妻を持ちながら適当につまみ食いができるし、女房の管理もしっかりやっている
女房も、「うちの人は仕方ないの、あんなんだから」と認めている
遊んでいても内と外をきっぱりと切り離して、外の女にのめりこむことは少しもない、適当に遊んでは帰ってくるから、秋野には正直脱帽だ、あんな性格であれば私もこんなに苦しまない
美智子は私の手に負える女ではないことはわかっている、わかっているがあきらめきれない。

登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳 美智子の父の弟(叔父さん)でもある







美智子の失業 27

2025年04月27日 19時24分16秒 | 美智子の失業
 震える手で画面をスライドさせた、美智子の声が聞こえた
「もしもし、電話が切れちゃった、ごめんなさい」
屈託なく美智子が言った、私もとぼけて「ああ、切れちゃったね」
「話は長くなるから、会って話したいの、社長今夜は空いてます」
どうして私は美智子の声を聞くと、怒りもなにも消えてしまうのだろう
「今夜は空いてるよ」
「じゃあ8時にどうですか」
「ああ、いいよ、そうだ場所は、以前行ったカラオケ店でどうだい、**証券の前で待ち合わせて」
「ええ、そこでいいです」

 時間が過ぎて夕方になり私はM証券前に行った
美智子は15分以上遅れてやってきた
一目で健康的に焼けた顔の色がわかる、あえて何も言わずカラオケ店に入った
私は良い顔はできないぞという心構えで美智子に会った
少し薄暗いカラオケ部屋の中で、私の表情はよく見えないだろう
ビールとつまみをとってから静かなカラオケをボリュームを絞って流してから話を始めた。

 話そうとしたら、美智子はバッグの中から封筒を出した
「これありがとうございました、遅くなったけど」
中を見たら20万円入っていた
意外な展開で私は驚いた、そして口を開きかけたら先に美智子が話し出した
「2~3日と言ってずっと休んですみませんでした、あまり休みすぎたのでもう社長からの電話やlineに返事をするのも怖くて出れませんでした」と言い訳した
私は、それが嘘であることは承知だ、だがあえて追求しない
私が黙っているから美智子はまた口を開いた、嘘つきとはこういうものだ
「実は桑名に着く少し前に伯母さんは亡くなっていて、家族は大騒ぎしているところに私と母が着いて、それから通夜とか葬儀の準備、葬儀と続いて
結局、それだけで5日いたんです
それから母と名古屋、東京と戻って、東京で家までの切符を買って母だけ帰して、私はまた羽田へ行って、そこから北海道に行ったんです」
見え見えの嘘がよく出てくるもんだと私は思った、すべてはもうわかっている
美智子は、私が何も知らないと思っているのだろうか、そう思っているからこんな嘘を話しているのだ
私は意地悪な気持ちになって、「なんで北海道へ急に行きたくなったんだ、おれとの約束も反故にして」と言った
美智子がどこまで嘘の泥沼に埋まっていくのか知りたかった
そして、ここに書くのも嫌になるくらい嘘の上塗りを美智子は始めた。

 日焼けを見ただけで私は、美智子が坂崎と南国で遊んでいたことを確信した
そして坂崎が突然死んでしまって、金づるが無くなったから帰って来たのだ
頼る人間がいなくなって私を思い出したのだろう、ネギを背負ったカモの私を。

 私は美智子を絶対許せないと思った
だが冷たく突き放すことは美智子の顔を見るとできなかった
店におかしく思われるのも嫌だから気の入らない調子で、寂しいげな歌を一曲歌ってから、ビールの追加をもらった、これでしばらく店も気にしないだろう
私は美智子に初めて口を開いた、
「きみがいない間にたいへんなことがいくつかあったよ、マルキュウが潰れて大岩社長は追放されてこの町から出て行ったし、坂崎事務長も行方不明になったと思ったら、今度はグアム島でおぼれて死んだというし、びっくりだよ
きみはどこかでこの話を聞いた?」
「いいえ、ちっとも知りませんでした、そうなんですか二人とも災難でしたね、私は辞めた人間なんで関係ないですけど」
まったく動揺しない、大した女だ
「それで、これからどうするつもりなんだ、また北海道へ行くのかい」
これは皮肉を言ったつもりだが、美智子には通じなかった
「北海道は寒くて、もう行かなくていいです」
そう言ってから美智子は立ち上がって私の隣に座った
美智子が近い、私は急に動揺した、どうして私はこうなのだろう
さっきまでの私の優位は美智子が隣に来ただけで崩れようとしている。

登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳




美智子の失業 26

2025年04月26日 19時24分34秒 | 美智子の失業
 「太陽さん、びっくりニュースだよ!」そういって来たのは秋野だ
秋野は落ち着こうとしているのか一息おいた
「坂崎が死にましたよ」
「え~ なんだって! 坂崎が死んだ?」
驚いた、こんなに驚いたのは久しぶりだ、まてよ・・マルキュウの倒産の時もそうだったっけ?
ここにきて、マルキュウの社長と元事務長に相次いで不幸が訪れた
こんな偶然があるものなのなのか
「いったいどうして? あの元気な坂崎が死ぬんだ」
どう見ても病死する男じゃない、死ぬとすれば事故だろう
「何か事故にでもあったのか?」と問うと
「ぴんぽ~ん」と秋野はおどけた
「場所はよくわからないですが、フィリピンとかグァムとかだそうです
ダイビング中におぼれたとか、潜水病にかかったとかで現地で死んだそうですよ」
「まさか! そんなことが」
「まあ、そのまさかが起きたんですね、葬儀は先日、姉が東京まで行ってそこでひっそり行ったということです」
「そうか、坂崎は身内は姉しかいないからなあ、女に不自由しない男だったが、最後は姉だけだったか、哀れと言えば哀れなものだ」
「いいんじゃないですか、やりたいことはみんなやったから」
秋野の言葉に、そのやったことの中に私の金も入っていると思うと、おもわず
「やったと言っても、悪事で稼いだ金をつかってだからなあ、間違いなく奴は地獄へ直行だな」と悔し紛れに言った
秋野は私の腹の中までは知らずに「地獄が似合ってますね」と笑った。

 その日からまた一週間が過ぎたときだった、スマホが鳴った
画面を見るとなんと美智子からだった
私の心臓は止まりそうになった、そして急に心臓が「ドキドキ」となり、それはどんどん早くなってきた
声が上ずりそうなので何も言わずに「はい」と短く言って、美智子の言葉を待った
詫びの言葉が出るだろうと思ったが、それはまったく裏切られた
「社長、ごめんなさい、ずっと欠勤して」
少しも悪びれていない、声はいつもの通りだった
「明日、お会いできますか」と言った
私は少しだけムカついて、「お会いできますかじゃないだろう、電話しても出ないし無断欠勤を何か月もして、いいかげんいしてくれ」
と言って電話を切った。

 電話を切ってから、「しまった」と思った
感情的になったが、美智子のあの唇と吐息がまたよみがえって来た
電話を切ってしまったことを悔やんだ
いま私は非常にむつかしい二卓の真ん中に立っている
許すべきか、許さざるべきか、きっぱり美智子を切り捨てるのか、それとも今の優位性で美智子を従えるのか
とはいえ感情的になって電話を一方的に切ってしまった、これは失敗だった
(冷静になれ、頭を冷やせ)と、もう一人の私がささやいた
その瞬間、また電話が鳴った、また美智子であった
ホッとした気持ちと、美智子が何を言うのかと言う不安が入り混じって複雑な気持ちになった。

登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳


美智子の失業 25

2025年04月25日 18時54分00秒 | 美智子の失業
 店の従業員の間でも美智子がもう10日も休んでいるので「おかしい」と言う声が露骨に出るようになった
「社長、みっちゃんはどうしたんですか?」と聞いてくる
私は困ってしまったが、「知らん」とも言えず、「遠いところの親戚に何かあって、そこへ行くと言って休暇届を出したんだ」と苦し紛れの嘘をついた
だが1か月も休むと、さすがに辻褄が合わなくなってくる、それで私もとうとう、「みっちゃんは自己都合で退職したんだ」とみんなに朝礼の時に話した
「でもさ、一度くらい店に来ればいいのにねぇ、薄情だよ」などという者も居る、私はそんな声を無視した。

それからまた一か月が過ぎたころ、もう11月半ばだ
宮内が顔を出して言うには、「とうとうマルキュウが潰れちまったよ」
「まさか、それほど経営悪化はしていないだろう」驚いた
宮内は、「それがさあ、内情はすっからかんらしい、金額は知らないが俺たちが想像できないほど大岩が使い込んだというより、相場で大穴を開けたらしい
、ずいぶんと開き直ったらしいが会社の連中には通用しても、銀行には通用しなかったらしい
高飛車に『こういう時に助けるのが、おまえら銀行だろう』などとやったらしいが、そんな馬鹿な社長に融資する銀行などないさね
メインバンクは損害額の半分くらい融資していたらしくて、カンカンになって怒ったようだ、そんなことを言ったって貸したんだから銀行も人を見る目が無かったんだろうよ、間抜けな話だ、試算表や貸借対照表などは毎月うけとっていただろうに
支店長は田舎の支店に早々と飛ばされたらしい、自業自得だね」
宮内は静かな男だが情報通だ、まず8割がた話は合っているだろう

「それで、このさきマルキュウはどうなるんだい?」
「もう銀行預かりになっているから、すべて銀行管理で譲渡先を探すんじゃないだろうか、こんなことが無ければ優良会社だから、買い手はじきにつくだろう」
「大岩は首か」
「そうですね、敗軍の将ですから、間違いなく首は切られますね
それに社長だから、自己資産もすべて失うでしょうね」
「バカな奴だ、こんなことが予想できなかったものか、国会議員の後援会支部の幹部までやって、大きな顔して肩で風を切っていたのに、寝て起きれば乞食同様なのか、国会議員もこうなれば冷たいもんだな、少しは同情してしまうよ」
「まあ、坂崎はうまく逃げましたね、退職金までいただいて」
「そうだな、大岩は転落、坂崎は羽を伸ばしていずこの空を飛んでいるやら
やりたい放題で楽しんでいるんだろうな」
「そうですかねぇ」
「そうだよ、きっといい女をかしずかせて遊び放題だろうな」
「あいつなら、そうかもしれませんね」
「うらやましいね」
と言って笑い飛ばす私だったが、腹の中は反対である
美智子を抱き寄せて笑っている坂崎が目に浮かんでいる
私よりも年上なのに、私がものにできなかった美智子を自由自在に操って、好きなように扱う坂崎に嫉妬心が湧いてくる
美智子に騙されて100万近い金を貢いだ私、それを使って楽しく遊んでいる坂崎、いい方はおかしいが器の違いも感じて、自己嫌悪も感じる私だ
(ちきしょう、こんなに働きづくめの俺が、あんな放蕩者に負ける人生なんていったい神様は何を見ているんだ)と恨み言の一つも出てくる。

ところが神様は見ていたのである
それからわずか一週間後に、今度は秋野がビッグニュースをもってやって来た。


登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん  父の従妹の夫 

美智子の失業 24

2025年04月24日 19時02分51秒 | 美智子の失業
 早めに切り上げて、実さんに挨拶して店を出た
外に出て、すぐに美智子に電話を掛けた、やはり電話はつながるが美智子は出ない、そのうちに切られてしまった
メールを送っておいたが、既読にもならない
これは実さんが言った通りだったのか、美智子は私に詐欺を働いたのか、顔から血の気が引いた
旅行気分が一気に地獄に突き落とされてしまった、悔しいと言うよりも魂が抜け落ちていく気分だ、急激に体から力が抜けていく
へなへなと道端に崩れ落ちてしまった。

 実さんが言った通り、美智子は約束の5日になっても帰ってこなかった
相変わらず電話にも出ない、メールも無視のまま
私はあきらめて、事情は言わずに秋野に「何も聞かずにこれをもらってくれ、女房でも彼女でも連れて行って来いよ、予約日は明日だがな」と予約券を渡した
後日、秋野は「太陽さん、最高でしたよ、すみませんねぇ」と報告に来て言った、奴もうすうす私と美智子の関係に気が付いているようである。

 私は美智子にまんまと騙されていたことに気づいてから、様々な方面から美智子の情報を集めるために動き回った
例のマルキュウの販売部長には仕入れの発注を装って、美智子がマルキュウに勤めていた時の勤務態度などを聞き出した
それによれば「退職金のことで大岩社長が美智子さんを怒鳴りつけたことなどありませんよ」と苦笑していた
思いがけない言葉に私は愕然としたが、続けて
「美智子は退職金をもらえなかったと言っていたが」と聞くと
「それは無いですよ、うちの会社は社長や事務長はどうか知りませんが、会社自体の福利厚生サービスは経理事務所からも褒められるほど充実しています
全員を入社時から退職金共済に加入させて就業年数に沿った退職金を払っていますよ、たとえ一年で辞めてもそれ相応の金額は支払っていますから、美智子さんは勘違いしているのではないですか」
という返事だった。

そしてマルキュウを美智子が辞めさせられたというのは間違いなかったが
理由は坂崎と美智子の関係があまりにも露骨で、誰にはばかることなく会社の中でもいちゃつくため、特に女子社員から社長に苦情がいったらしい
それで社長も気にしてみていたが、女子社員の言う通りだったので、何度か坂崎と美智子を呼びつけて説教をしたが、どこ吹く風だったから、とうとう大岩社長は美智子を辞めさせたのだという
もちろん、退職金は支払っての上である。

また別の関係者から聞いた話では、大岩が松金に投資会社の件で泣きついて、代わりに美智子を紹介したことは事実だったが、松金が美智子を訴えるという話も、50万円を違約金として受け取ったことも全くなかった、すべて美智子と坂崎の作り話、というより坂崎が考えて美智子に言わせたのだろう
「ああ、あの子は一か月だけアルバイトして辞めたよ」と松金が言っていたそうだ、松金が美智子にどうこう言ったとかいうのはすべて美智子の嘘だった。

結局、美智子に渡した50万円、伯母さんの見舞いの21万円はすべて作り話で私が騙されて払ってしまった金であった
植木等の「スーダラ節」の一小節「おれがそんなにもてるわきゃないよ」だった、私はお人よしの鴨だったのだ、スケベ心をいいように利用された
警察に訴え出れば美智子は犯罪者として指名手配されるかもしれない、だが坂崎が関わっていることなど証明できないし、本当に坂崎と美智子が一緒にいる確信もない
たとえ二人が捕まったにしても、私が失うものが大きい、町中の笑いものになるだろう
坂崎に煮え湯を飲まされた人間は他にも何人かいたらしい
根っからのペテン師だが、巧妙で自分は直接関与しないからみな泣き寝入りしたらしい、私もそうするしかない。



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美智子の失業 23

2025年04月23日 19時11分46秒 | 美智子の失業
 「おまえは商売柄、マルキュウは知ってるだろう、あの大岩社長はおれとは同級生だ」
「ええ!、そうなんですか」
「がめついやろうだ、金に汚い、しかし坊ちゃん育ちだからガードが甘い・・・まあそんなことはどうでもいいが
美智子は高校を卒業してすぐにマルキュウに入ったんだが、そこの営業の若造とすぐにできちまってな、まあ若い娘だから当然だがよ
そこに坂崎が割り込んできたんだ」
「坂崎って、事務長の坂崎ですか」私はびっくりした、実さんの口から大岩や坂崎の名前が出るとは予想外だ
「そんなことは知らんよ、大岩の甥だ、大岩の姉の子だ」
「そうですそうです、事務長だ」と言うと
「へー、あの坂崎が事務長とは、どうりでごたごたするわけだ」
「坂崎を知ってます?」
「ふん、知ってるどころか、あいつは若いころ俺の金魚のフンだったんだ
おれについて歩いては酒をせびっていたもんさ
俺も若いときは金もないのに飲み屋街を風を切って歩いていたからな」
実さんなら、それもあり得ると思った、父からも聞いたことがある
「そのうち、マルキュウに拾われたんだろう、たぶん大岩の姉が大岩にねじ込んだんだ、坂崎はどこかの会社に落ち着くような男じゃないからな
大岩と大岩の姉は10歳も違うから、大岩も姉には頭があがらないのさ」
「なるほど」
「坂崎の女好きは病気だ、あのとおり少しグレていて、そのくせ男前だし口はうまいし、いつもヘアスタイルを決めていて、おしゃれだしな
軽い女は、すぐにひっついてしまう」
「ほう、そんな男なんですね」
「そうさ、そうしてものにした女には貢がせる、ほれ!なんって言ったっけ
東京の歌舞伎町とかでかっこいい兄ちゃんが・・・」
「ああ、ホストクラブのホスト」
「そうそう、それだ」
「そういえば、坂崎は雰囲気ありますね」
「だから、奴は遊び金には、不自由しない、それでやめときゃいいが、やはり欲がでるから悪いこともするらしい、俺から早く離れてくれてよかったよ」
「で、美智子と坂崎の話は」と私が催促すると
「美智子が最初に付き合った男は若くて普通のあんちゃんだったが、美智子の性格では物足りなかったんだろう
そこに坂崎が割り込んできた、あの『おんなったらし』だから若い美智子はひとたまりもなく夢中になったらしい、困ったもんさ歳も親子くらい違うのに
坂崎は見た目が若いから年齢差を感じないのかもな
後先考えずに突っ走るのは誰に似たのかなあ、美智子の兄は真面目に大学を卒業して東京で役所に勤めた、もうこっちには帰ってこないだろう
兄貴も真面目だしなあ」と考えている
(後先考えないで突っ走るのは実さんじゃないか、美智子は叔父さんに似たんだよ)と言いたかったが、いえる相手ではない。

 それにしても美智子も桑名だとか伯母さんだとか嘘をついて、何を企んでいるんだろう、私は急に疑問がわいてきて
「実さん、坂崎はマルキュウを辞めてどこかに行ったらしいですよ」と話したら、実さんは(なるほど)と言った顔で
「坂崎はマルキュウを辞めて行方不明だってことですよ」と知らせると
「ああ、そりゃあ坂崎と美智子は確実に一緒にいるな、二人とも同時にいなくなるなんておかしい、まず美智子は帰ってこないよ、見てな」
と決めつけた口調で言ったから驚いた
(まさか)と思ったが、母親が、お金も持たずに娘任せなんてあるはずがない、今頃そんな疑問が湧いて来た
「嘘を言って出て行ったってことは、何かあるな、帰ってくればただのずる休みってことだが」と実さんが言った。

 私は急に不安に襲われた、宮内の今朝の話では坂崎が大金をもって行方知れずになったというし、美智子は坂崎の女だと実さんは言うし、美智子の本当の姿が見えてきた、昨夜までの幸せな気持ちが崩れていく。

登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん  父の従妹の夫 

美智子の失業 22

2025年04月22日 19時14分54秒 | 美智子の失業
 繁華街を目指したものの、静かな方がいいなと足は通いなれたる秋野の居酒屋へ向かう
時間は7時、飲みに来ているものもいれば、夕飯代わりに来ている者もいる
店の入りは7分と言ったところか、まあまあ活気がある
私は空いている席を探した、すると一人で4人席に座って酒と肴をつまんでいる客に目が行った、それは実さんだった。

 実さんは、私の父の従妹の亭主である、「実さん、実さんだろ」
「うん? 」顔をあげてじっと見る、久しぶりだからピンとこないのか
「おー わかった、太陽じゃないか、ひさしぶりだなあどうだ景気はいいか」
「いやあ、相変わらずですよ」
「そうか、まあこんな時代に商売を続けているだけいいってもんか
お前が大きな商売をやっているから、おれも鼻が高いよ」

 実さんは短気でいくつもの会社に入っては喧嘩をして辞めるの繰り返しだった
今は50歳くらいになって少しは大人しくなった、今の会社にはもう十年ほどになるから彼としては最長記録ではないだろうか
ようやく奥さんもホッとしたことだろう
「おお、そうだ、美智子がおまえんとこに世話になっているらしいな」
「えっ? 美智子をどうして知っているんですか」
まさか実さんの口から美智子の名前が出るなんて思わなかった、こりゃあ油断大敵だ。

「何言ってるんだよ、とぼけちゃ困るぜ」
「とぼけるって?何がです」
「何がって、本当に知らないのか?」
「ええ」
「美智子はおれの姪だよ、兄貴の娘だ、お前のところに勤めたと聞いて喜んでいたんだ、そんなこと当然知ってると思っていたよ」
これは思いがけない展開になった、まさか美智子が実さんの兄夫婦の娘だったなんて
実さんの実家になるわけだが、私は実さんの兄夫婦についてはまったく何も知らない、親類でもないから当然だ
ちょっとややこしいが「親戚の親戚」ってやつだな、美智子とは血はつながっていないから安心だが、どうりで引き合うはずだと思った

「そうだったんですか、美智子は今日は休みですがね」
「ああ、そうなのか、元気でやっているんだろ」
「ええ、本人は元気ですよ、でも母親の姉さんが危篤だって桑名に行ってますけどね」
「桑名だと?、母の姉さんだと、あの野郎また・・」
実さんの口調が荒くなって、怒りの表情になった、いったいこれはどうした

「何か知ってます?」
「美智子の母親に姉なんかいないし、桑名に親戚なんかない、おまえまさか金なんか渡してないだろうな」実さんは乗り出してきて私を見た
嫌な予感がして
「いや、お金なんて渡してませんがね」と咄嗟に嘘をついた
「そうか、それは良かった、おまえにも迷惑かけたんじゃないかと思ってな」
実さんからの予想もしない言葉に驚いた
「美智子は大人しくて真面目な娘ですよ、仕事も真面目にやってますしね」
「そうなのか、おまえんとこでは真面目にやっているのか、それはお前がいい社長だからだな、マルキュウの時は酷くてなあ」
 姪だというのに、酷い言われようだ。
「美智子って、そんなんですか」
「おまえ本当に知らないのか?」
「何がです」
「美智子には兄貴も困っているんだ、こんなことは言いたくないが、高校時代から不良娘で、おまえが面倒見てくれたので、良いところに収まったって喜んでいたが、どうやらまた悪い虫が起きたようだな」
そういえばドライブの時、美智子は高校時代の初体験の話を軽い口調で話したのを思い出した
「それでも実さんの姪でしょ、美智子のことを他人のおれに話していいんですか」ちょっとムカついた
実さんは、落ち着いた口調で「おれが言わなくても知ってる者は多い、それに俺は兄貴を好きじゃない、おれが美智子の親なら殴りつけてでも根性を叩き直すが、兄貴は知らん顔だ、それで、あんな不良娘になったんだ
ろくでもない奴とばかり仲間になっている」


登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳



美智子の失業 21

2025年04月21日 19時12分48秒 | 美智子の失業
 月曜日の午後、宮内が訪ねてきた
「太陽さん、今朝マルキュウへ行ったら大変なことになっていたよ、とても仕事どころじゃないらしい
話では、大岩社長が億単位の穴をあけたという噂だよ」
「なんだって!、少しは心配していたがまさか億単位とはいったいどうしたことかね」と私も驚いて聞いた。

「あまり詳しいことはわからないが、噂では社長が前からやっていた相場が原因らしい、負けに対して納得いかんと言って裁判沙汰にまでなったようだ
相場会社の人間がマルキュウまで押しかけて大岩に談判したとかで、社員の女たちは震えあがっていたよ」
「それはただ事ではないな、それで松金市議に相談したという噂の辻褄が合った」
「まあ、そっちは裁判になるようだからいいとして、さすがの見ざる言わざるの取締役連中も、重い腰を上げて大岩を追求したらしい」
「ふ~ん、あいつら、そんなことができるのか」
「ところが大岩は取締役の連中を頭ごなしに怒鳴りつけたそうだ、『どこの会社でも利益を株や相場、金相場や土地、投資や国債を買っている
お金など利息の安い銀行に預けたって物価上昇で目減りするものだ、おれが相場に金をつぎ込むのは当然だ、相場だから勝ちもあれば負けもある、最終的に利益が出れば何の文句がある、結果も出ないうちから騒ぎたてるな、利益剰余金がどれほどあるかもわからぬ者が一人前の口を聞くな、お前らがおれに代わって社長をやってみるか? やれるならいますぐかわってやるぞ、馬鹿者め!』
とやったらしい、そうしたらもう誰も口返しできずにすごすごと帰ったということですよ、完全になめられていますね」

「あはは、やっぱりそうなるだろう、大岩と、あの連中じゃ喧嘩にならんよ」
「まあそれはいいんですがね、坂崎事務長がマルキュウを退職しましたよ、たぶんこの先、会社がまずい方向に向かうことを感じたんじゃないですか
坂崎は取締り連中に比べたらやはり頭の切れの桁が違いますからね、損得に関しては嗅覚が鋭いですよ」
「なるほど、しかし無責任な奴だなあ」
「でも頭がいいから、取締役と事務長の肩書は持っていても専務にはなっていませんからね、責任ある地位だと大岩の下ではいずれまずいことが起きて責任を問われると思って、あえて専務にはならなかったと思いますね」
「次期社長ともいわれていたそうだが、そんな男なのかね」
「そうですよ、退職して退職金をいくらか知りませんが自分で手続きをして受け取ったそうです、話では1000万以上は確からしいです
それに売掛金の回収を担当していて、それをかなり懐にしたという噂もあるんですよ、これは犯罪ですから、私もはっきりとは言えないですけどね、噂話として聞いておいてください」
「社長がこの調子だから、坂崎を追求する余裕などないのだろうね」
「そうなんですよ、追及するといっても坂崎はもうこの町にはいませんよ、早々と住んでいたマンションは処分したらしいです、独り者の気楽さですから逃げ足も速いですよ、どこへいったか誰も知らないそうですよ
金はそうとう手にしたようだから海外に行ったんじゃないかという者もいますよ」
「なんて奴だ、沈む船から逃げ出すネズミみたいだな」

 店が閉店して、従業員は後片付けを終わらせて着替えをして、それぞれにタイムカードを押して帰って行った
美智子が一番最後になった、私が店の商品のチェックをしていると美智子が近づいて来た
「社長、お願いがあるんですがよろしいですか」
「おお、ご苦労さん、あと五日だな楽しみだよ」
すると美智子は少し間をおいてから
「それなんですけど、実は桑名の伯母さんが危篤で、母の十歳上の姉なんですけど、父が出張なんで母を私が連れて行くことになって・・・」
「えー、旅行はどうなるの?」
「それは大丈夫です、もう母が駅で待っているんです、私も着替えをカバンに入れて持ってきているんで、この足で駅に行きます
電車で東京に出て、明日の朝の便で羽田から小牧まで飛行機で行って、そこからはタクシーで桑名まで行きます
もう病院から見放されて自宅療養していますので自宅へ行って、明日は桑名で泊って、明後日の夕方には帰ってきます」
「そうか、ぎりぎり間に合いそうだな、安心したよ」
「ありがとうございます、それから社長、いいにくいんですけど私今持ち合わせが少なく・・・・20万円ほど貸していただけませんか
母は田舎からほとんど出たことが無くて世間知らずなんで、チケットや交通費も私が立て替え払いしていかなくちゃならないんで
帰ってきたら清算して父にもらってお返ししますから、お願いします
急な話で、バタバタしてしまってすみません」

 美智子は泣き出しそうな顔で私を見た、また私の漢気(おとこぎ)が出てきて
「いいよ、20万でいいんだね」そう言って、金庫から20万を出して封筒に入れて渡した、それからお見舞いの袋に1万円を入れて
「これは、私からのお見舞いだよ」と言って渡した、こんなとき私はスーパーマンにでもなったような気分になる
あの日に見たバザーの夢、鳥人間になって美智子と抱き合って空に花火と一緒に舞い上がったあれを思い出した
なんだか懐かしい気がしたが、もう二日後には今度は夢が実現するのだ
もう気持ちが高ぶってどうしようもない、それを悟られまいと、優しい笑顔で「じゃあ気を付けて行ってくるんだよ」
などと紳士ぶって言う私であった
美智子は私に抱きついてきて「社長、ありがとうございます、助かります
大好きです」といって軽く唇にキスをして帰って行った
私はまた軽いめまいに襲われた。


美智子が桑名に行って早くも3日が過ぎた
明日の5日には美智子が出勤するから、退社するまでに明後日の出発の時間確認をしなければならないと思った
もうワクワク感で、今夜は眠れそうもないから町に出て一杯飲もう。

登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員   58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳