宮内は話を続けた
「太陽さんは美智子のどこが好きなんですか?」
私は考えた、(何が好きなんだろう)そして結論は(美智子の色気、性的な誘惑、若さへの憧れか・・)それ以外何があったろうか?
まったくそのことしか思い浮かばなかった、だがそんなことは宮内にだって言えない
黙っていると宮内は。「あなたは美智子の若い体にボケているんですよ、それしかないでしょ
美智子に店を切り盛りする才覚もないし、良妻賢母の要素もない、学生時代から男と遊びまわる尻軽女だ
それも美智子の特性だから批判する気はないですがね、でもそんな女が太陽さんは理想の女なんですか、どう考えたってそうじゃないでしょ
そろそろ若いとは言えなくなったあなたの焦りじゃないですか、そこに都合の良い女がやって来たということでしょ
でもね年齢差を考えてごらんなさい、あなたはもう若い娘とはしゃぐ年齢じゃないんですよ、しかもこの地の業界ではトップクラス、大概の人はあなたを立派な人だと見ている
あなたと坂崎は歳はあまり変わらないが、片方は責任感のない遊び人、あなたはまがりなりにも企業者だ、社会に対して責任を背負っている人なんですよ
軽いだけの若い女にのぼせ上って良いわけがないでしょ、もちろん年齢差があっても、人生を真面目に送っている女性、真剣にあなたを愛してくれる女性なら年齢差はあったっていいと思いますよ、美智子はいずれあなたよりも金を使ってくれる男が現れれば間違いなくそっちへ行ってしまいますよ
美智子の目的は金と遊びなんだから、今の仕事っぷりを見ればそんなことわかるでしょ、そうなる前に目を覚ましてくださいよ」
私は宮内の言うことが理解できる、できるけれどどうしても胸に刺さった一本のトゲに苦しんでいる
いや二本だ、美智子を離せないことと、そのために商売がダメになっていくという悪い連鎖の二本のトゲだ
私は亡くなった父の言葉を思い出した、「歳をとってから女にボケたら店を潰すぞ、女道楽と博打だけには歳をとったら手を出すな」
まったく私と大岩のことを予言していたかのような言葉だった。
そんなことを思っていたら宮内が思いがけないことを言い出した
「太陽さんが美智子にこだわるのは自分の中にある欲望というか、やってみたい夢、それを美智子が実現してくれるのではないかという期待なんじゃありませんか
でも美智子は、じらすでしょ、そしてあなたは強引に欲望を遂げる勇気もない
そういう性格ですからね、でもそれがあなたを今日まで助けてくれてくれているんです
もし手を出したら泥沼でしよう、大岩同様に笑いものになった上に、この町には住めなくなりますよ
キツイこと言ってますが、私の友情だと思ってください、あなたがダメになるのを見ていられないですから
美智子はあなたを好きなんじゃない、お金が好きなだけです、そしてお金をくれる人間が好きなんです、あなたがダメになれば平気で次のお人よしを探しますよ
あなただって美智子を愛しているわけでもない、ほかにこれと言った女性がいないから美智子といると嬉しい、そんなくらいのことなんですよ
坂崎のようなナンパの遊び人にしか美智子を手玉に取ることはできませんよ
太陽さんは坂崎にはなれない、なる必要もない
私は思いますけどね、あなたは道を見失っていますよ、女についてもそうだ
10年、20年前のあなたの女性への理想を私は覚えていますよ
美智子のようなでたらめなタイプは好きではなかったでしょ、あなたが好きな女性は『おいしいみそ汁を作ってくれる人』だったでしょ、真面目で心の優しい清潔な人があなたの理想だったはず」
私は宮内の言葉で思い出した、そうだそれが理想の女性だった、みだらな女など軽蔑していたものだ、それが今はどうだ・・・このざまは
ずっと彼女が居なくて、仕事一筋(時には、宮内、秋野と悪い遊びもしたが、あれは一夜限りの遊び)だった
まだ完全ではないが、少し自分を取り戻しつつあるような気がする
忘れていた自分に戻りかけている気がする。
「太陽さん、あなたは酔うといつも『彼女いない歴十年』と言って笑わせますよね、あれどうして毎回言うのか自分でわかってます?」
いきなり宮内が美智子には関係ないことを言い出したので戸惑った
「十年前には彼女がいたってことでしょ、どうしてわかれたんですか、けんかでもしたんですか
女房に聞いたら、俺たちの結婚式で知り合って付き合いを始めたって言ってましたよ、紀ちゃんと」
紀ちゃん(のりちゃん)・・・ずっと長いこと忘れていた名前だった「岩田紀子」、結婚の約束までした女性だったのに10年前に別れたのだった
急に懐かしさがこみあげてきた。
「紀ちゃんと比べるのも嫌ですけどね、美智子と比べて見てどうですか」
宮内が聞いて来た
「それは・・・」と呻いた
そして「天使と悪魔」という言葉が出た
岩田紀子とは宮内が言った通り、彼らの結婚式で知り合った、あのころ私は24歳くらいだった
紀子は二つ下で22歳だった、宮内の奥さんの同級生で、短大を卒業して地元の地銀に勤めていた
それから5年くらい付き合って、お互いの人柄を知りつくして結婚しようというところまで来たのだった
紀子はまさに宮内がいうところの「良妻賢母」型の女性で、落ち着きがあって頭もよく優しいまなざしの女性だった、商売屋に嫁ぎたいと言っていた
私にはぴったりの理想の人だった、二人は幸福の絶頂にいたのだった。
だが彼女の父と、私の父は政治的、宗教的な信条の違いから互いに憎しみあっていた、お互いが頑固な前近代的な人間だったのだ
私と紀子はいわば「ロミオとジュリエット」のようであった
父は私に、「あんな女と結婚するなら家を出ていけ」とまで言った
私は両親を捨てて駆け落ちできるような性格でなかった、彼女もまた親孝行であったから二人は泣きながら話し合って別れたのだった
あの日以来、紀子は家を出て隣県のどこかに行ってしまったと聞いた
あれからもう十年にもなるのか、紀子はどこかに嫁いで幸せになったのだろうか、失って忘れていた落し物が突然出てきたような気持ちになった。
「思い出しましたか」と宮内が見透かしたように言った
「ああ、思い出したよ、彼女はどうしているんだろうか」
「紀子さんは、あれから銀行を辞めましてね、父の顔を見ていると辛くなるからと言って隣町へ行って、そこの税理士事務所に勤めました」
「なるほど、じゃあその町で結婚して子供もいるのかな」
宮内は顔を曇らせた、「紀子さんは結婚してませんよ、うちの女房とは中学校からの親友だから今でもたまに会って食事をしたりしてますがね」
「結婚していない? あの頑固爺さんがまだ邪魔をしているのか」
「ああ、彼女のお父さんは亡くなりましたよ、太陽さんのおとうさんが亡くなった二年前に、偶然ですがね、あの世に行ってもああだこうだとやりあっているのかも」
「そうだったのか、不謹慎だが俺たちが結婚を考える前に亡くなっていたら一緒になれたのになあ」
親の死を語るなんて本当に不謹慎だ、そう思って訂正しようと思ったら
「紀子さんが結婚しないのは太陽さんを今でも好きでいるからですよ、女房が言ってましたよ『私は太陽さんと分かれて人生はそこで止まってしまったの、もう誰とも結婚しないで一人で暮らすのよ』って紀子さんが言ってたそうです」
私は胸が締め付けられる思いになった、そんな女が今の時代にいるものか
「そんなバカな、そんなことがあるもんか、おれだって今日まで一人でいるのは紀子さんとの思い出を捨てられないからだ」
「だったら、今度四人で会ってみませんか」
「だけど・・・」
「いいじゃないですか、ひょうたんから駒ってこともあるでしょ、やけぼっくりになんとかってのもありますよね、期待しないで昔馴染みと会うくらいに考えたらどうです」
宮内は楽しそうに言った、私も久々に明るい気持ちになった
私は宮内に言った
「言い訳がましいが、私は美智子とは大きな過ちは犯していない、今なら間に合う気がする、美智子とはきっぱりと話をつけるから、それまで待ってくれ」
「そんなことわかってますよ、太陽さんには本当の幸せをつかんでほしいですよ」
「少し照れくさいが、ありがとう」私は宮内の真剣な説教に胸が熱くなった。
「太陽さん、女房って良いですよ、悪い夢を見て夜中に目が覚めたとき、隣に女房が平和な顔で寝ているのを見るとホッとするんですよね
自分の隣に、自分を信頼してくれている人がいつもいる、これって幸せっていうんじゃないですか
一人より二人の方が絶対いいですよ、まして商売をやっているんだから女房がいてくれたらどれだけ励みになるか、そうじゃないですか」
宮内の声が涙声になっていた、私も紀子と幸せだった頃を思い出して胸の奥に、こみ上げてくるものを感じた
紀子が急に愛おしく恋しくなった。
美智子との決別はほどなくやって来た
美智子がひどい形相で事務所にやってきて私に言った
「社長、我慢できません、**さんはひどすぎます、社長から厳しく言ってください」と、あれこれぶちまけた
それでやめておけばよいものを更に
「それから、**さんが辞めたのに、補充してくれないからその分がみんな私に被さってきます、他の人は今まで通りしか働かないから、私ばかり仕事が増えますよ、店長よりも私の仕事量が多いですから店長くらいの給料をいただかないとやってられません」
美智子は私がすっかり美智子のとりこになったと思っているのか、どんどん増長して他の店員とは格が違うと言わんばかりになった来た
私にさえ口答えする
今度は店長並みの給料を要求してきた、これこそ私の待っていた瞬間であった
あの日、宮内から紀子の話を聞いて、私は目が覚めた、急に美智子に嫌気がさしてきたのは私のエゴというものかもしれない
私はやはり聖人君子ではなかった、ご都合主義の平凡な男であった
とても紀子のような清廉な女性の夫になる資格は無いかもしれない、だが私はこれからのことが吉と出ようと凶と出ようと神様に任せることと決めたのだ。
目を吊り上げてわめく美智子に私は落ち着いて言った
「やってられなければ辞めて結構だよ、給料を上げるだけの売り上げは無いんでね、むしろ**さんが辞めてお客が減って困っているんだよ」
「何、言ってるんですか、どうであれ仕事が増えたから給料を増やしてもらうのは当たり前だと思います」
「だから、それはできません」
「私が一番働いているのにおかしいです」
「もういい、押し問答はよそう、今まで黙っていたけど君が帰ってきて北海道にずっといたのに日焼けした顔を見ておかしいとみんな言ってたよ
きみが死んだ坂崎と旅行していたことはもう何人も知っているよ
きみが言ったいろんな話はほとんど嘘だということも証明されたよ
私はマルキュウの社員、市会議員の松金さん、きみの親戚からもいろいろ君のことを聞かせてもらったよ」
「そんなこと嘘です、みんな嘘を言ってる、坂崎さんのことなんか会社を辞めてから知りません、だいいち坂崎さんと歳も違うし、もともと関係ないです
誰がそんなことを言ってるんですか、ここに連れてきてくださいよ」
美智子は開き直った、私は畳みかけた
「じゃあ、電話してここに来てもらおうか」
「誰ですか!」ヒステリックに叫んだ
「実さんだよ、きみのお父さんの弟の実さんだよ、きみと坂崎のことは随分詳しく知っていたよ」
「実叔父さん? なんで社長が知っているんですか」
「親戚だからさ、実さんの奥さん、きみの叔母さんだが、私の父とは従妹なんだよ」
「ええ! だめです、呼ばないでください、実叔父さんは嫌いなんで」
「そうはいかないよ、ここですべてすっきりさせようじゃないか
だいたいきみが50万円、私からとったのはあれは完全な詐欺だよ、訴えれば懲役刑だよ、ちゃんと市議から話を聞いてあるから、なんなら市議もここに来てもらおうか」
「返します、返しますから」
「いや、返してもらわなくてもいい、きみとの思い出は悪いことばかりじゃないからね、小遣いをやったと思ってあきらめるよ、そのかわり今日で店を辞めてもらうよ、今日までの給料を今ここで払うからそれできみとはおさらばだ
それでいいだろ、なにか言うことはあるあるかい」
そう言って私は美智子に20万円を給料袋に入れて渡した。
美智子はキッと私を睨みつけて言った
「ふん!モテないスケベ爺が偉そうに言うんじゃないよ、坂崎の方がはるかにいい男だったね、50万くらいで偉そうに言うんじゃないよ
こんなきれいな若い娘に何度もキスしてもらって天国気分だっただろうに」
美智子の本性が見えた、とんだあばずれ女だったから、さすがに私も驚いた
美智子は捨て台詞を言って出て行った
そう、確かに天国気分だった、いい夢を見たよ
心の中で美智子に頭を下げた。
おわり
登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員 58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳 美智子の父の弟(叔父さん)でもある
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員 58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳 美智子の父の弟(叔父さん)でもある
岩田紀子 私のかっての恋人 現在は37歳
森山良子 - 歌ってよ夕陽の歌を