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地球族日記

ものかきサーファー浅倉彩の日記

今日の独り言。

2011年03月06日 | 自分日記
ヨユーでやってる人生なんて、その先の深みはないよ。

本当にかっこいいのは、悩んで情けなくて苦しんでても、
そんなことおくびにも出さずにさらっとして、
でも何層にも紡がれた分け入るべき森を
心の奥に持っているってことなんだと思うよ。

それはさておき。

この家に来てから、ずっと待っていたことがある。

それはなつかしさ。

記憶ではなく思い出。

香りのような、音楽のようなもの。

今日、木の階段をバタバタ下りているとき、
ちょうど風が、お庭の側の窓から入って、
勝手口から出ていくところだった。

風が運んできたうららかな春の匂いを嗅いだとき、
遠い夏の日に、この家に溶けかかったアイスがはっきりと存在したことや、
幼かった私たち姉妹の、日に焼けた小さな肩や、
まだ若かった祖父母や母の私を呼ぶ声がいっきになだれ込んできた。

ああ。よかった。とホッと胸をなで下ろした。

私は、忘れていなかったんだ。
私を包んでいた優しさを。

4ヶ月間ずっと、このなつかしさに、襲われたかったんだ。

名もなき絶品料理。

2011年01月24日 | 自分日記
かたわらでは、底の見えない油の鍋がぐつぐつと煮えている。

女は安っぽいプラスチックのボウルに、片手割りで卵を割り入れていく。
ボウルの中身の乳白色は重い練りものらしく、卵は沈まずになめらかな表面を滑り並んでいく。

8つ9つ、卵が入ったところで、女はボウルの中身をかき混ぜ始めた。
もったりとした動きの中に、小ぶりのカキや小口切りにしたワケギが見え隠れする。
卵の黄身がつぶれるたびに、乳白色は黄味を帯び、最後の1つが溶け込んだところで、
女は菜箸を握る手を止めた。

お好み焼きを知る日本人の私は、次に起きる情景を目に浮かべて胸を躍らせる。

あの、さまざまなおいしいものが混ざり合ったタネが、油の中で華麗な変身を遂げるのだ。

はしからムクムクと泡立つようにふくらむ瞬間を見逃すまいと、油の鍋に目をこらした。

数十秒ののち、ザクザクと切り分けられ、油の海からフライ返しですくい出された料理は無造作に皿に載せられ、
道ばたの簡易テーブルでおなかをすかせた人々のもとへと運ばれていった。

そこは香港の屋台街。

アスファルトの上でシャコがうごめき、
土産物が売られ、
パールティーに行列ができ、
すっぴんにひっつめ髪の料理人が腕をふるうまちで、
今日も名もなき絶品料理が、にんげんの腹を満たしている。

引き算の幸せ。

2011年01月07日 | 自分日記
新年明けましておめでとうございます。
キラキラの未来を見つめて、キラキラの毎日を!

さて、ピースボートから帰ってから、
ひとまず、住み慣れた湘南に落ち着いています。

最近は、料理が楽しくてしょうがない毎日。

昨日は、タンドリーチキンを仕込んで、
ボロネーズソースとキーマカレーときんぴら鶏団子をつくりました。
挽肉オンパレードw 藤沢の名店ビルの地下のジャストミートで、
挽肉が安かったのです。

料理をすると、ちゃんと地球といういのちの輪っかとつながっている感じがして、
深いところが安心する。
生きる自信、みたいなものがわいてくる。
どことなく、サーフィンに似てるかな。

そう。「食べる」って、本当に大事だな~と思うわけです。
私の中に、「何をどう食べるかに人生が出る」という感覚があります。

で、「食べる」からいきなり反転して「断食」の話。

私は過去に2回、丸4日水やスープのみ→残りの3日で少しずつ量を増やしながら通常食に戻す
という断食プログラムに参加したことがある。

これはもう、絶対オススメ!
やせるかというと、それもそうなんだけど、
そんなことよりも、すごいトリップができるのです。

いながらにして、自分という宇宙を旅する感覚。
心のアカが落ちて、感覚が鋭くなるから、
魂の向いてる方向とか、持って生まれた使命とかが、
自然にクリアに見えてくる。
霧が晴れたように、一点の曇りもない青空が、
くっきりと目の前に広がる。

体がからっぽになると、心もからっぽになるんですね。

頭の中とか心の中で
ごちゃごちゃとからまりあった不安や愚痴や言い訳や嫉妬や、
そういうネガティブなニセモノの感情が
スルスルっとほどけて、しゅわって消えていく。

後に残るのは、ホンモノだけ。

自分にとって本当に大事なことと、そうじゃないことの境目が
くっきりと見えて、大事なことはもう、
ちゃんと手の中にあるってことに気付く。

普通に社会生活を営んでいると、いろんな雑音が、いろんなかたちで入ってくる。
お金持ちになりたい、会社ですごい人って思われたい、誰もがうらやむような結婚がしたい、
シーズンが変わったから新しいブーツを買わなきゃ、うんぬんうんぬん。

いつのまにか、そういう雑音の奴隷になって、
あれもほしい、これもほしいっていう欲望にがんじがらめになってると、
いくらでもほしい。いつまでも満足しない。
頑張ってどんどん手に入れて、足し算ばっかりしてると、
幸せアンテナが埋もれて感度を失う。
自分を見失う。

だから、私が声を大にして提案したいのは、引き算の幸せ。

本当に、断食後の蒸し野菜とか、りんごジュースとか、甘くてびっくりするから。
味覚アンテナのまわりのがらくたをどかすと、
食べ物って、こんなにも滋味深く舌や体にしみわたっていくものなの!?って。

五感が研ぎ澄まされて、風が光ってるのを感じる。

そして思う。

生きてることだけですごい!って、感動しなかったらソンだな、って。
「今日も生きてる!私ってラッキー☆」!
そういうハッピーマインドで過ごしてれば、
やりたいこともできることも、
後から後から出てくる。
そりゃ全部は叶わないけど、やりたいことの分母が大きければ、
能力に比例して打率は低くてても、結果的に叶う願いの和は増えてく。
増え続ける。

それでいいんじゃないかと。

それで、できること(=やらせてもらえること)とやりたいことの接点を
ポチッ ポチッって押していくと、いつのまにか点が線になり、
像を結び始める。
私だけの、あなただけの、たったひとつの人生の地図ができはじめる。

ジグソーパズルと同じで、
全体像とか輪郭が見え出すと、もう楽しくてしょうがない。

ビジョンを描いて、設計図に落とし込んで、
チャレンジして、トライアンドエラーを繰り返しつつ
ポチポチを繰り返すことが。

人生は、一本道の山登りじゃない。
だから正解はないし、あがりもない。

宇宙にちらばった☆を集めて
たったひとつの星座を描き出すお絵描きなんだと思う。

そして、そのお絵描きのリーダーはいつだって自分。

ということで、今年もポチポチやっていきたいと思います♪



今どこにいるの?

2010年12月23日 | 自分日記
今年のはじめごろだったと思う。

入稿作業をしに行ったリクルートのエスカレーターで、
編集部に勤務してた頃のK先輩とすれ違った。

八重洲南口を出てすぐのところにある、ガラス張りのタワービルディング。
1階のエントランスと、受付のある2階ロビーをつなぐ
片道2車線の立派なエスカレーターを、私は下り、先輩は上っていた。

見覚えのあるショートカットのクールビューティが
視界に入って、とっさに「あ!Kさん!」と呼びかけた私に答え、
彼女はこう叫んだ。

「あさくらちゃーん!今どこにいるの?」

私は、言葉につまってしまった。
瞬間的に浮かんだ答えが、

「今は、ここにいます。」

だったからだ。

でも、先輩がそんなことを聞いてるんじゃないことも、
「ここにいます。」なんて言ったらバカにしてるみたいにとられるかもしれないことも
わかったので、言葉を飲み込んだのだ。

そして私は、たぶんこう言うのが一番適当だろう、と思って、
「千葉です!」と叫んだ。
先輩の乗った上りエスカレーターが2階に到着し、
先輩の姿が視界から消える寸前に。

なんとなく腑に落ちない感じで一度はそのできごと自体が記憶の底に沈み、
それから1日ぐらい経って、考え事をしていたとき、突然、
ようやく質問の意味がひらめいた。

多分、先輩は、「今どこの会社に勤めてるの?」と聞きたかったのだ。
(確認してないけど、多分ね。)

一緒に仕事をしていた数年前に、すでに「人生の半分はリクルートにいる」と言っていた
先輩にとって、「今どこにいるの?」と「今どこの会社に勤めてるの?」は
同義語なんだと思う。

だから、私が発するべき言葉は「フリーランスです。」だったのだ。


人はいろいろな方法で居場所を得て、人生を運営していく。
所属する会社、住んでいる場所、友達のコミュニティ、そして、家族。
そういう、アイデンティティの拠り所になる居場所はとても大切。

だけど、
「今どこにいる?」の、一番シンプルで真実に近い答えは、
誰だっていつだって、
「今ここにいる。」だ。

このことは、なるべく忘れないようにして、
今ここを、大事にしたいと思う。

遺跡発掘料理。

2010年12月05日 | 自分日記
今住んでいるのは、おかあさんのほうのおばあちゃんとおじいちゃんが
50年ぐらい住んできたおうち。

私はここで、遺跡発掘作業をしている。

戸棚を掘ると、
平成3年のホタテの缶詰とか出てきたりして、まじ、
おどろきの宝石箱状態なんだけど、

このつもりにつもった保存食材の山から
どんな料理をつくるか考えるのがまた楽しい。

今日は、冷凍庫の右奥付近で氷結状態で発見されたトリ挽肉と、
戸棚の中で、これまた真っ白に燃え尽きてた昆布、
置き去りにされてた醤油&ごま油と、
豚汁の残りのごぼうとねぎとにんじんで、
とりだんごをつくってみた。

ごぼうとにんじんをみじん切りにして、
きんぴらと同じ方法で味付けして、
たーっぷり入れたのが大成功♪



うっまーーーい!!!

香り、歯ごたえ、うまみ、すべてにおいてかなりレベルの高い
デキるやつができました。

ゆで汁は、つまり、こんぶとトリの出汁なわけなので、
これは別に保存して、何かのスープにしましょうか。

とりとごぼうって、なんでこんなにあいしょうがいいんでしょう。
前世は夫婦だな。完全に。
にんじんはオレンジでかわいいし。
ねぎにいたっては、天才としかいいようがないね。

ちなみに、ごぼうは切られた後、よく水にさらされてる姿を見かけますが、
あれは酷です。
水が茶色くなるのは、単純にごぼうのうまみと栄養が
bleedingしちゃってるんです。
でもえぐみがくさみが、って思うでしょ?

それは、ごま油でよーーーく炒めることで、
まったく問題なく解決しますョ。

これ、">WWOOFで行った岩手の農家の奥さんから教えてもらった秘技。

ごぼうは、これから、そうやって食べてあげてね。

人生一度きり。

2010年11月26日 | 自分日記
助手席の私は、最近67歳のラテン系ジャーナリストに口説かれた話をした。
「その人が、ほんとラテン系で『一人で部屋に来い。人生一度きりだ』とか言うんだよね」と。

頭の中には、
「あなたも出会って間もない頃、南の島の車の中でそう言ったのよ。
その時ちょうど、カーステレオから『人生一度きり』っていう歌詞が流れた。
あなたは、鬼の首でも取ったように『ほら!人生一度きりって言った!』って
叫んだの、覚えてる?」

という※付きの注釈文が浮かんでいたのけど、
彼がもし覚えていなかったら傷つくから、あえて口にしなかった。

そうしたら、フロントガラス越しに料金所の緑の光を見つめながら、「『人生一度きり』なんて俺みたいなこと言うな」と、つぶやいたのだ。
私は可笑しくなって、
「私も、それ聞いたとき、あなたもそんなこと言ってたなって思い出してたよ。」と、笑った口のまま、頭の中の※を言葉にした。
そして、2人で笑った。

そのあと、暖炉の火をみながらアンディ・アイアンズの急逝の話をして、
また「人生一度きりだね」と言いあった。
だから、目の前にある楽しいことは、全部やらないと。って。
「本当に、いつ死んじゃうかわからないよ」
いつになく真剣な瞳で、私をまっすぐに見てそう言った。

私は、いつ死んじゃうかわからないような人が好きなのかもしれない。

ある人との関係が、どんどん変わっていくさまには、ワクワクさせられる。
その人の存在が、肌に馴染んでいく感覚。
毎回、これが最後かもしれないと思って、
去っていく車に手を振る。
毎回、その前よりも、ゆったりとした気持ちで。

時が、緊張を解いていく。
時が、思い出をつくっていく。
時間が経つことが、こんなに楽しいなんて。
時間って戦う相手じゃないんだ。
時間が紡ぐ詩を見つめて生きればいい。

人生一度きりなのだから。

カッ。プ。ル。

2010年11月24日 | 自分日記
カッ。プ。ル。

今夜は、すごく好きなカッ。プ。ル。のおうちで、
鍋をごちそうになった。

フェイオン、みたいな音の、
正確には忘れたけれど、どこか中国か韓国か、
そこいらの国の食べ方らしかった。
取り皿の中で、
塩とごま油と七味で味をつくって、
お湯もしたたる白菜と、
あぶらみがぷるんと半透明になった豚バラを入れて食べる。

これが、なんともはや、
シンプルで、おいしいのでした。
私と彼女はビールを、彼は最初から、泡盛を飲んでいた。
次に私は泡盛に、彼女はチューハイになりました。
誰の手にもあるグラスに、ついでは飲み、
ゴトリとテーブルに置いては、また飲んで。

ふだんぎの食卓だから、安心しておはなしは大盛り。
あっというまに夜は更けて、うっかり12時をまわってしまった。
とちゅう、彼が下のセブンイレブンでハーゲンダッツを買ってきてくれた。
それを見て、彼女は、「あ。いいアイスだ」と言いました。

3年くらい前に結婚したふたり。
書籍の編集者の彼と、誰かのおしごとにかかわるしごとをずっと続けている彼女。
2人の人柄がにじみ出たような、賢くて気取らないおうちだった。

こころの毛細血管まで、優しさが行き渡り、
なんだかぬくぬくとしたまま、
早稲田通りから環七へと続く家路を一気に踏破した。

その勢いで、
彼女が「これいいよ。」と言って貸してくれた
荒木経惟の「いい顔している人」を、読破した。

いい夜なのであります。

2007年から2010年の履歴書

2010年11月14日 | 自分日記
最近、人生がスペクタクル化していて面白すぎるので、この4年で何をしたのか、何があったのか、いっかい整理します。

2007年3月 リクルート卒業
   4月 自然農園ウレシパモシリWWOOF
      オーストラリア ブリスペンに語学留学
   7月 帰国直後に19歳から続いた大恋愛が突然終わる。←ターニングポイント
      断食を経験する
   8月 竹富島で恍惚の2週間を過ごす
      2人の親友がイギリスと北海道に去る
   10月 奄美大島に初上陸
   12月 毎日コミュニケーションズに入社
      元サヤ
      渋谷区神山町で人生初の一人暮らし

2008年 1月 八ヶ岳のシェルパ斉藤邸訪問
   3月24日 大恋愛が本当に本当に終わる。
   5月 ブラウンズフィールドに初訪問、移住を決意
   10月 渋谷から東高円寺に引っ越し
   11月 もうひとりの最愛の人が、遠い人になってしまったことを知る
   12月 毎日コミュニケーションズを退社

2009年1月 ブラウンズフィールドに移住
      中島デコさんと澤畠以以奈とクラウディオに出会う
      フリーランスで編集・ライターのお仕事を始める
      人生初の味噌づくり
   2月 人生初の米づくりスタート
   3月 クラウディオの告白を断る
   3月~5月 開墾・畝づくり・畔塗り・種まき・苗づくりなどを体験
   6月 ホクレア号クルー 内野加奈子に出会う
   7月 元最愛の人が結婚 青春の残り火が灰になる
      奄美大島に皆既日食の旅
      プロサーファーに人生初の一目惚れ
   8月 断食を経験する
   9月 greenz森の家に移り住む
   10月 R水素ネットワークでの活動開始
   12月 もうひとりの元最愛の人が結婚 またひとつ、青春が終わる

2010年2月 ハワイイ20日間の旅
      ハワイ島とカラー二と由美子さんに出会う
      30歳になる
   3月 デンマーク・ロラン島で初の海外取材
   4月 アースデイ東京で水素バスイベント主催
      J-WAVE LOHAS SUNDAY出演
      WorldShiftForumに登壇
   6月 房総R不動産のお仕事スタート
   8月~10月 地球一周の船旅ピースボート
      第70回クルーズにライターとして参加
      まだ見ぬ人間ワールドの無限の拡がりを知る
      中南米にかっこいい国がたくさんあることを知る
      カストロと同じ空気を吸い、歴史と邂逅
      イタリアでクラウディオに再会

この間、ずっと、心のそばにいてくれた人がいる。

人生は、ほっといたって、どんどん変わる。

あの日、あの時の自分と誰かのひとことが、人生の羅針盤をつくっている。

しまいこんだご縁だって、息を吹き込めばよみがえる。

ご縁は、丹念に根気よく、育てるもの。

奇跡と眠りの効能。

2010年11月04日 | 自分日記
今日一日で、誰と会ったか。
その人と会うことで、どんな考えや感情が現れたか。
朝目覚めた時、どこにいたか。
何を見て、何を食べたか。
空と太陽はどんな様子だったか。
どんな音や言葉や音楽を聴いたか。
自分がどうやって世界に働きかけたか。
世界はその行動に対してどんな反応を見せたか。

人生は、そんな小さなことのつながりあいでできている。
ひとつひとつの小さなことは、すべて奇跡でできている。

身の回りにあふれている奇跡に気づいてからというもの、
私は幸せでしかたがない。

まわりをよくよく観察して、
肩の力を抜いて、過去を後悔せず未来を憂えず、
人と自分を比べずに、思い煩うことなく
流れていけばいいのである。

それができない時がある。
何かどうしようもない疲れが心と体をぐったりと重くさせる時。
そんな時は、世間の時間なんて気にせずに、眠ることだ。
眠りという"無"が心と体を浄化するのを、じっと待つのだ。
寝ている間に、
ごたごたと起きたいろいろなことや
不安やいらだちは沈殿し、心の水は再び透き通る。

透き通った心で眺める世界はやっぱり奇跡に満ちていて、
自分の本当の願いや使命もシンプルによく見える。

寝ている時間は、怠けている時間ではなくて、
また再び元気に活動して使命を果たすための、
自分自身に還る時間なのだ。


人が大事。

2010年11月02日 | 自分日記
私は今、あんまりお金がない。
そして、これからもお金持ちになる予定はない。
だけど、今幸せで、これからも幸せでいる予定だ。



昨日、女子高生時代にすごくすごくすごーーくたくさん
一緒の時間を過ごした女友達が、
ロンドンから日本出張で帰ってきた。

4年ぶりの再会を喜び合った後、彼女は
「彩、ヒッピーになったんでしょ!」って満面の笑顔で問いかけた。

私から直接、東京生活からブラウンズフィールドに飛び出したことや、その経緯について話したことはなかった。
けれど、どうやら、共通の友達がそう伝えたらしい。

誰かが言った私についての言葉が、自分で表現しようとするより
端的で、シンプルで、的を射ていることってよくある。

言われて私は、最近別の友達に、
「インテリ・ヒッピーっていう新しい人種がいると思うんだよ。
例えば彩ちゃん」と言われて、けっこう気に入ってるんだってことを伝え、
その場にいた4人全員が笑った。
私はそのとき、11月初日の東京で、ロングTシャツにビーチサンダルをつっかけ、
グアテマラで買ったななめがけのバッグを左足で蹴りながら歩いていた。
そしてバッグの中には、ピュリッツァー賞受賞作ダニエル・ヤーギンの
「石油の世紀」が入っていた。

ヒッピーの定義は、
「よのなかを支配する体制的なしくみや考え方よりも
地球上のすべての"いのちの摂理"を大事にしてい生きる人たち」
だと私は思っている。
もちろん、これは時代背景によっても変わると思うし、
ヒッピーについてのとらえ方は人それぞれだと思うけど。

ちなみに、Wikipediaではこんな感じ。

※余談
「いのち」という言葉を使うとき、
神々しさと同時に、うすらさむさとか、うさんくささも
ついて回ると思ってる。
数年前に、社民党の福島瑞穂さんがテレビ討論で、
「今の政治はいのちを大事にしていない」と訴えているのを観たとき、
「なんかサムい」と思ってしまったことがある。
あれは、私の無知と誤解と無関心のなせる技だった。
だから、あえて使う。
だってそうなんだもん。

いのちの摂理からいくと、何よりも大切なのは、人と自然だ。
どちらも、曲線だけでできている。
どちらも、しくみが複雑で揺らいでいるから、大切にするのはとても難しい。

昨日も、私が大手メディア会社時代に
どれほど忙しくて疲れていたかが話題になった。
「浅倉はいつも、みんなの集まりに遅れて来て、『会社に戻らなきゃ』って言ってたよね。」って。
そういう頃を振り返ってみて、私は大切な友達を、
大切にできていなかった。と思う。

人を大切にするっていうのは、
なるべく元気な状態で、たくさん一緒に時間を過ごして、
言葉を使って思ってることを伝えて、
相手が言ってくれてることを聞くってことだ。

つまり、決して、高給取りの夫が妻にゴールドカードを
使いたい放題にさせるってことじゃない。

それで、実際のところ、人を大切にすればするほど、人生は豊かになる。
私は今、イタリアとメキシコと奄美大島と南伊豆とハワイと沖縄とジャマイカに、
泊めてくれて、一緒に時間を過ごしてくれる友達がいる。
全部、東京キャリア生活を卒業してから(つまりヒッピーになってから笑)
出会ったステキな友情だ。
私は彼らと私の間にある友情を、無邪気に信じている。
それは、お金を信じるよりも楽しいことだ。
お金があれば、世界中どこの高級ホテルだって泊めてはくれるけれど、
お金は、一緒に楽しい時間を過ごしてはくれることはない。

そして昨日、ジャマイカの次に、ロンドンが加わった。
「彩が一番最初に日本を飛び出すと思ったのに。何やってるの。
いつでもロンドンに遊びにおいで。その彼とでもいいよ。あと1年ぐらいはいるから。」と、
彼女が言った。

彼女が泊まる、東京タワーが見える高級ホテルの
夜更けのBarで。

「大人になったね」って笑いながら。
それぞれに、柿と洋なしのカクテルをすすりながら。
何度も何度もそう言った彼女の存在は本当にあたたかかった。

彼女との友情は、
手塩にかけて仕込んでずいぶん経ってから偶然見つけた味噌みたいに
熟成されて、丸みを帯びたいい匂いがした。

人生は奇跡だ。