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地球族日記

ものかきサーファー浅倉彩の日記

今日生まれた言葉たち。

2011年11月01日 | 自分日記
調子がいい時、言葉の砂場で遊ぶ。
調子が悪い時、すがりつく言葉を探してさまよう。

        ***

無難に生きようとして、無難に生きられる時代じゃない。
必要なのは、生きるための基礎体力。

        ***

いつもは人が行き来しているんだけど、
そのとき、たまたま、誰もいない。
そんな場所に一人たたずむ時間が好きだ。
放課後の教室
休みの日のオフィス
深夜の帰り道と台所
真冬の砂浜
そういう距離の取り方がある。世界と自分の間には。

        ***

本当は、いつまでも遊んでいたかった。
だけどいやおうなく、
世界は私を導いていく。
私が私にしかできないことをして、
私にしかつくれない道をつくるようにと。
世界は私を待ちかまえている。
出会うべき人に、出会うべき時に、
出会うべき場所で、出会えるようにと。

        ***

いつも、いい仕事がしたいと思っている。
それで、いい仕事ができたら、またこの人に頼もうと
思ってもらえる。
いい仕事ができなかったら、別の人に頼もうと思うから、
私はその仕事から離れる。
それを繰り返すことだ。
それを繰り返すことで、デッサンができあがっていく。
それを誰にも邪魔されたくない。

        ***

男の人から、「自分はこんなにも頑張っているんだ」っていう話を
聞いていると、私はお母さんになったような気持ちになる。

        ***

私の夢は、生きていくこと。
次は何をしようか。何をできるようになろうか。と、
あれこれ考えている時が、一番ワクワクして楽しい。
それは単に「あのお店に行ってみたい」というようなことも
そうなんだけど、
生業 ナリワイにするというつもりで考えると
もっとワクワクするんだよ。
だってそれは、自分がワクワクしたことを、
誰かに受け取ってもらうってことだから。
この世界のどこかにいる誰かに。
私の夢は、そうやってワクワクして生きる、一瞬一瞬を
積み重ねて生きていくこと。

恩師より。

2011年10月28日 | 自分日記
私が16歳から18歳までの日々を過ごしたICU高校には、とある社会科の先生がいます。
コギャル小室安室華原globeスピッツジュディマリMisiaストニューな時代でした。

公民の授業で、ブルーハーツのライブ映像とか
ロボトミーをテーマにした社会派映画「カッコーの巣の上で」を見せてくれた、
相当ファンキーな東大出身の先生です。

去年久しぶりに連絡を取ったとき、私のことを、
「原始の風吹き抜ける大地(今は海上か←注ピースボートに乗ってたから)で、
つながってるような気を発するヤツ」
と表現してくれた、まあいわゆる、恩師です。

その先生に、「宇宙がなぜ人間をつくったかわからない」と書送ってみたら、こんな返事が返ってきました。

保存用にブログに転載。


第一弾
★そうか。お前は放浪者か!ブッダや画狂老人卍(葛飾北斎)のように、ふるさとを持たずに生きる!すばらしい!
★ところで、人間だけが、カオス(未知なもの)に理由を求め、意味を与える。
人間は世界に意味・価値・目的が見いだせないと生きてけない。
宇宙が人類を作ったことにも、理由は全くない。だが、その理由を探さずにはいられない。
それが、人間だ。
意味・価値・目的・理由のなさ(ニヒリズム)に耐えるには人間は知的すぎる。
知的=幻だけで生きていけてしまう。
★お前のようなNPO系放浪者の生活をしていると、非日常性のすばらしさがきわだつ。
非日常性が輝けば輝くほど、日常性が灰色化する。そこでまた、さらにより刺激的な非日常性へ。
この日常と非日常の分裂を、自分の身体・尾てい骨から貫き通すために、
僕は常々一瞬一瞬に、自分を「犬=獣」や意識を持たぬ物質である「石」や「植物」だとイメージする。さらに、9年前に心不全で倒れ今「植物」状態の元同僚の姿を思い浮かべることにしている。
また、ALSで一瞬の「まばたき」でしか会話できない人を思い浮かべる。「それに比べて自分はなんて恵まれてるんだ」じゃない。「今ここにあること」の根源へと碇を常に降ろそうともがいている。
★外部の本より、お前の内部の直観と身体感覚に耳を傾けるシステムを灰色の日常のまっただなかに、構築することが、意味・価値・目的・理由のない世界で生きる鍵だとおもう。

第二弾
★思考のからまわりが便秘となっていたのが、そこがすこんと抜けてすっきり、というところだな。
★前回の話をさらにまとめると、「今そこ」にいるお前の根底に「ものの曼荼羅(ブラックホール、ダークマターからお前が今足を踏みしめているタイル・ビルそれを支える大地)が広がり、
その上の層にお前の「からだの曼荼羅」(からだを構成する60兆個の細胞と1日3000億個の細胞の生滅)があり、さらにお前の頭を覆うように、「夢=幻の曼荼羅」界(これが、人間にのみ固有の言葉とイメージの世界だ)が積み重なっている。物思いにふける、考え事をするときは、下の二層を土台にしつつ(そのことを全く忘れて)「夢=幻の曼荼羅」のなかをさまよい歌い喜び嘆く。この曼荼羅は、「考える」ことでさらに緻密化し高度化する。だが。下の二層は「考える」ことを止めることでしか入れない。つまり、「考えるのではなく、感じる」ことでしか入り込めない。だが、われわれ人類は、普段感じることより、「考えること」のほうに浸りそれに喜びを感じる(そこでは、「悩む」ことすら、「考える喜び」となって考えることに呪縛される。)
★前回のメールで僕が日々一瞬一瞬やっていることとして紹介したのは、「考えない」で「感じる」方へと次元をずらすためのしかけということになる。



生き物係になりました。

2011年10月23日 | 自分日記
今日から生き物係になりました。

昼下がりにかかってきた電話に誘われて、
今日が最終日だった「産業まつり」に行ったら、出会っちゃったので。









なんでしょうね。

この5体とは、生き物どうしの通じ合う感じがやはり、あります。

先にうちにいた、
カーテンともサーフボードとも鍋ともやかんともつくれない間柄が、すでにあります。

つれて帰ってきてよかった♡

ちなみに、所帯じみたことですが、浪費家と思われないように笑
お値段大公開しちゃいます。

なんと。

しめて。

3000円。

千葉県の上総一ノ宮の駅前駐車場の月極料金と同じ。

なんていうのは、どうでもいい情報です。

「ふだんはリース業だからお店はないんですけど、お祭りだから特別。
農場から持ってきたんです。だから安いんですよ。」と言って、
笑顔が素敵なおかみさんがさらにおまけしてくれました。

行ってよかった♡

あ~ やっぱり、あのモンステラも買えばよかったかな・・・

いや、それは、来年までこの子たちをちゃんと育てられたらにしよう。

来年も、また行こう♡

ちなみに、那覇の産業祭りは最高です。

これ以外に、
伊平屋島で島の漢たちが潜って穫ったシャコ貝・タカセ貝・夜光貝をウニと塩漬けにした
ナーガラスという珍味や、
やんばるの東村で採れたパイナップルをベースにしたドレッシングもゲットしました。

潜って穫るって聞いて、思わず「えーーーーーカッコいい!」って叫んだら、
隣でお酒売ってたお兄さんまで「自分も潜るんですよ」ってw名乗り出てくれて、
かわいかったです。

すばらしきスモールジョブ!地産地消の自然産業でございます。

山口県の祝島では、こういう自然と人間と経済が三方よしの大切なつながりを、
上からの一方的な原発計画がぶっ壊しかけてるんだから、ほんと、とんでもないことですよ。
(と、うっかりの思考パターンのやつはさておき)

ヤギ肉のピタサンドも超絶美味で、別のうっかり(食欲の方)で2個大人食い。
だって、しょうがないですよね。
ソースがサルサとヨーグルト2種類あるんだもん。

なんか、久しぶりに平和な日曜日でした。

沖縄に、ありがとう。

自然って何だろうね。

2011年10月23日 | 自分日記
「自然が好き」と言う人は多い。
自然素材 自然食品 自然療法 自然エネルギー 人と自然と響き合うサントリー 自然現象 自然治癒 自然観・・・ 自然がつく言葉はどこにでもころがっていて、どれも優しげに響く。

でも、使われている意味を深く掘り下げて行くと、人により、時により、実にさまざま。

ライトな癒し旅行を計画中の都会人が「自然の中でリフレッシュしたい」という時、「自然」は深呼吸させてくれる山の空気だったり、日がな一日寝そべっていられる真っ白な海岸だったり、海に落ちるオレンジの夕日だったりする。

だけど、本当は。

と、私は思う。

本当は、自然ってそうやってわざわざ出かけていく「対岸」にあるものじゃなくて、ある日道ばたのタンポポが咲いたり、今日の風がカラっとして気持ちがよかったりするような、誰にでも手に取るようにわかる明細な感覚として、知っているものなんだと思う。

スーパーに人参があるっていうのも自然だし、食べないとやせるっていうのも自然だ。

今日読んだ本に、
明治六年に新暦が採用される前の日本で使われていた暦のことが書いてあった。
江戸末期には、450万部も発行されていたらしい
この和暦は、月の満ち欠けをベースにした太陰暦に
太陽の運行(太陽暦)を取り入れたもの。
ポピュラーな夏至や冬至に代表される、二十四節気があり、さらに
5日刻みで推移する七十二候もある。
「東から風が吹く」「桐の花が咲く」「雀が巣立つ」「麦の穂が実る」「蛙が鳴き始める」といった内容で、季節を知るめもりになっていた。

私たちはいつだって、人生そのものが、
すっぽり丸ごと、自然に包みこまれている。

そのありようにふさわしく、
自然と仲良く暮らしたい。

・ ・・と、私という人はつまりそういうことなんですが、
これが一体どうしたら、自然と仲良く暮らしていることになるのかが、
まだ、よく、わからない。
いや、わかってるのに、やってないだけなのかもしれない。

そこんとこ、真剣に学び、考え、実践しよう。

新しい当たり前。

2011年10月10日 | 自分日記
新しい当たり前は、個人や、家族や、集落や、コミュニティによって違う。

知は、別々の当たり前どうしが、上手に共存できるために存在する。

知の根には、
違いに敏感に反応し、繊細に捉え、接点を見出す感性と、
自分や自分たちとは違う当たり前を持つ人や人々への尊敬の念がある。

知と感性は、互いに育て合う。

当たり前は自由にしなやかに”分化”して、さまざまな”文化”を形成している。

そう。ちょうど、宇宙にちらばった無数の惑星が、
無数の恒星によってゆるやかにつながりあいながらも、
それぞれ勝手にきらめいているように。

けれども、破ってはいけない禁忌は、誰もが知っている。

来年食べる分の実を、食べてはいけない。

水と空と大地を、汚してはいけない。

たったそれだけのこと。

「そうこうするうちに」と「どういうわけか」

2011年08月31日 | 自分日記
「そうこうするうちに」と「どういうわけか」で説明すると、
なんでも、とっても、しっくりくる。

「だから」とか「でも」よりも。

だって、誰の人生も、

どういうわけか、生まれてきた。
そうこうするうちに、死んだ。

でしょ?

「だから」と「でも」だけで結び目をつくっていく人生よりも、
「そうこうするうちに」と「どういうわけか」でつないでいく人生の方が、
立体的でステキな気がするのです。

目の前にある平面的な一本道をただ踏み外さないように歩いているつもりでも、
実は世界(比喩的な意味での)は三次元で、上からいろんなものが落っこちてくる。

神様がおもしろがってるとしか思えないほどに。

それを、キャッチしようと手を伸ばしてジャンプすると、違う道に導かれたりする。
そこから見える景色は、それまでとは明らかに違っている。
しばらくその道を歩いていると、また何かが上から落っこちてくる。
受け取れないのによけきれなくて、ぺしゃんこにつぶされたりする。
そこから立ち上がったとき、次はつぶされずに受け取れる力がついている。

アリには、遥か頭上から見ている私たちが見えないのと同じように、
私たちには、遥か頭上から見えている存在は見えないんだよなあ。きっと。

だから、「どういうわけか」と「そうこうするうちに」がしっくりくるんだ。


どういうわけか、海が好きだった。
そうこうするうちに、沖縄に住んでいた。

We don’t own the land, the land owns us

2011年08月29日 | 自分日記
こんな夜は久しぶり。

何か特別なことがあったわけじゃないのに、
心があるべき場所にストンと落ち着いて、
まっすぐに前を見通せていて、
世界にピントが合っている感じ。

これがいわゆる、「大丈夫」っていう状態なんだとか思うなあ。

そんな状態でふと思うのは、
人は=「あり方」なんじゃないか。ということ。
Human Beingだから って、これは辻信一さんの受け売りだけど笑

職業年収性別年齢出身地言語国籍ファッション髪型 うんぬんかんぬん は棚の上に置いといたとしても、
それでもなお、何をしているか とか、どれだけ能力があるか とか、
そういう、何か説明できるもので、人と人はつき合ってかなきゃならない。
それが社会。

だけど、究極は、その人が何をしてたって、何ができて何ができなくても、
ただその瞬間、そこにいる、その様子、い方、あり方 がすべてだろう、と思う。
そして、いろんな「あり方」の中で、
幸せそうに楽しそうに笑っている というのに勝る状態はないんじゃないかと思う。


この間、何をしてるときが幸せですか?って聞いてくれた人がいた。

私は、「海に浮かんでるときは間違いなく幸せ」
「ブログに、自分の中にある書きたいことを書いているときも幸せ」と答えたけれど、
何か芯をついていない気がして、言葉を探した。

沈黙に答えるようにして、その人は
「何か精神的に『幸せ』っていう状態になることってありますよね?」
と言った。

すると、驚いたことに、
その言葉がトリガーになって、
「ありがとう が100%になるときが幸せ」という言葉が、
自分の口から飛び出てきた。

自分で言って自分で納得した。

「幸せは自分の心が決める」----みつを  ですね笑 さすがみつを。

だからもう、なるべく、「できる人」でいようとすることを、やめようと思う。
実際、「できる人」だったことなんてないんだけど、
いつもいつもいつも「できる人」でいようとしてきたことは確かです。
そうすると、「できない自分」や「できない人」にイライラしたり、
自分に余裕がなくて言葉や態度がが四角くなって、周りの人を疲れさせたりする。
それはとても、愚かでもったいないことだ。

これは、小さい頃にお母さんが私が勉強ができたり成績がいいと喜んだからで、
お母さんの喜ぶ顔が見たくて「できる子」でいようとしていた子ども時代の名残でしかないわけで。
そんなお母さんも最近はすっかり「自由にやりたいことやって幸せそうでいいわね」みたいな
感じになってるし。(じゃあ、あのスパルタは何だったんだ、って感じなわけですが笑)

沖縄に来てから、はもちろん、沖縄にいることが許されている環境をつくってくれている
ありとあらゆる出会いひとつひとつ、運命に、ありがとう。

あ。で、例によって最初に書こうと思ったことは何一つ書けていないわけですが、
タイトルはオーストラリア大陸の先住民であるアボリジニの教えです。

------私たちは大地を所有することはできない。大地が私たちを所有しているのだから。

賢いやろー!!!と思ったら、日本にも個人が土地を所有することができない場所がありました。
その場所とは、沖縄県久高島。

この久高島について、
心をこめて書いた記事が、greenz.jpにアップされているので、
ぜひ読んでみてください。

http://greenz.jp/2011/08/31/kudaka01/

あれ、言いたかったのはこれだっけ?
違うような気もするけど、ま、いっか。

人間は宇宙。

2011年08月23日 | 自分日記
やけにリアルな夢を見た。
登場人物は、今、まわりにいる、実在の人物で、
目覚めた後、体温が触覚に、
表情が視覚に、まるで現実の記憶のように残っているような。

夢は毎晩見てるけど、これほどリアルなのは
数年に一回しかないから、
昨日見た夢が引き金になって、
小学生の頃に見たリアルな夢と、
16歳の頃に見たリアルな夢と、
数ヶ月前に見たリアルな夢のことを思い出した。

そうやって何かふとした出来事がきっかけになって、
すっかり忘れていた記憶がよみがえることって、案外よくある。

そういうときつくづく、
人間は宇宙だなあ、と、思うのです。

自分で自分を把握しきれていないってことを、
思い知らされるから。

だからね。
「私と一緒にいない間、彼氏が何をしているか気になりすぎて携帯の履歴を見ちゃう」とか、
そういうのって、全くわからない。

親友の契りを交わしたら、他の子とは親友になっちゃいけない、みたいな
独占って幻想だと思う。

一人一人がかけがえのないたったひとつの宇宙を内包していて、
他の人には決してわかりえない感覚や説明できない直観があって、
それでもなお、「今」同じ時間や感情や思考を共有しているって、キセキを感じることがある。
だからこその「幸福」なんだと思う。

21歳の私は日記に書いた。

「ちょうどいい心の温度で、同じ感性を持つ人と、
ちょうどいいものごとやできごとに巡り会えることを、幸せと呼ぶ」

ふむふむ。酔っぱらってます。

私のブログが、歌になりました(笑)

2011年08月15日 | 自分日記
以前に、「ブラウンズフィールド編~カネはあった方がいい?」というブログを書きました。

そこに書いた、

 ある南の島に、一人の漁師が住んでいた。

 漁師は毎日、島の人たちが買いに来る分だけ魚を捕り、
 それを売ったお金で必要なものを買って生活していた。

 そこに、海の向こうから投資家がやってきて、こう言った。

 「もっともっと魚を捕るのだ」

 漁師は不思議そうに答えた。
 
 「そんなに捕ってどうするんです?捕ったって、食べきれませんぜ。」

 「この島だけでなく、他の島にも売りに行くのだ。」

 「それで、どうするんです?他の島には、他の島の漁師がいますぜ。」

 「そいつらよりも安く売って、カネを稼ぐのだ」

 「カネを稼いでどうするんです?」

 「そのカネで大きな船を買って、もっとたくさん魚を捕るのだ」

 「そんなに捕ってどうするです?」

 「もっと遠くまで売りに行き、もっとたくさんカネを稼ぐのだ」

 「そんなにカネを稼いでどうするんです?」

 「南の島に家を買って、のんびり暮らすんだ」

 「だんな、自分はもうそれをしてますぜ」

 「・・・・。」

っていう話が、こんな歌になりました。

マイク眞木 LIVE @BAR AOYAMA R40


マイク真木さんは、息子の真木勇人さんのブログでこの話を読んだんですね。とてもカッコいいサーファーです。

メキシコのエンセナーダというところに、まささんというナイスガイがいるんですが、
勇人さんは、メキシコにサーフトリップに行くときに、このウニマスターまささんの
ところにステイしているんですね。

勇人さんのブログにもあるように、
まささんが、勇人さんにこの話を教えた人なのです。

で、このまささん。
私が去年ピースボート最後の寄港地エンセナーダで
どうしてもどうしてもどうしてもサーフィンがしたくて

インターネットで、エンセナーダに 住んでいて、
ピースボートが寄港する港まで車で迎えにきて、
ボードとウェットを貸してくれてポイントまで連れて行ってくれる、という
「そんなやついるわけないだろ!」っていうほどの
キトク過ぎる人物を捜索したところ、
キセキ的に見つかった人なんです。

それから、私のブログを読んでくれていて、
この話を勇人さんに教えてくれて、
それを勇人さんがブログに書いて、
それを読んだお父さんのマイク真木さんが歌にした。と、
こういうわけです。

勇人さんは今、千葉から沖縄に移住していて、
一回、北谷というサーフポイントで見かけました。
そのときは、このつながりができる前だったけど、
次にポイントで会えたら、話しかけてみようかな!

おもしろいことがあるもんだなあ。

ちなみにこの話は、
私が2007年に岩手県のウレシパモシリというところで
WWOOFをしていたときに居合わせた男性が、
教えてくれた似たような話を、
大好きな海と魚と島になぞらえてアレンジしたものです。

宇宙なのか時なのか、誰なのかはよくわからないけど、
私たちをすっぽり包んでいる大きな存在は、たまに、こういう悪戯をするんですね。

いろんな出会いにありがとう。

シュノーケルとビールとサーフボードと。

2011年08月07日 | 自分日記
7月のおわりに、昔なじみの海仲間が
沖縄にやってきました。

決まってから、ずっとずっと楽しみにして、
みんなが飛行機に乗るはずの当日まで、
突然の仕事でこられなくなったりしないかしら?
台風で飛行機が飛ばなかったらどうしよう?と気をもみながら、
私は私で時間に追われる日々を過ごして、
やっと辿り着いたスタート地点。



朝の3時半に始まったその夏休みは、
一体何がどうしちゃったんだろう。というぐらいに楽しくて、
今思い出しても、夢だったんじゃないかと思うぐらいです。

ふだんから夢見がちな私が夢だったんじゃないかと思うぐらいだから、
本当に夢だったのかもしれません。
いや、というよりは、私はこうやって、
「あれは夢だったんじゃないか?」とか思って
うっとりするのが好きなんですね。単純に。



しばらく前に、船会社に頼んで藤沢から運んでもらった
湘南ナンバーのセフィーロに、
シュノーケルセットとビールとサーフボードを詰め込んで、
島の端から端まで走り回った3日のあいだ。

あのあいだ、ずっと車に積んであった、
たくさんの遊び道具だけじゃない、見えない何か。
それは、私たちが今までに一緒に過ごしてきた
長い長い、飽きるほど長い時間だったんだと思います。



みんなマイペースなのに不思議と調和がとれている、
あ、うんの呼吸で冗談が続く、
誰も「今」の先を決め過ぎたりしない、
無理に笑ったりしゃべったり、笑わせたり沈黙を消そうとしない私たちでした。

最初に辿り着いたビーチは、後から調べたら、
アマミキヨが最初に本当に降り立ったといわれるパワースポットで、
思い思いに過ごしていら、海から虹が上ったことは、
もはや必然だったのでしょう。



なりゆきまかせに訪れた夜のビーチで、
明るすぎる満月に誘われて開けたシャンパンは、
天上に帰りそびれた妖精の涙だったのかもしれない。



最北の集落の共同売店で見つけた手描きの地図が教えてくれた
シークレットビーチが、行ってみたらサーフポイントだったり。

住宅街を縫って見つけた人気店のそば、上等でした。
ついでに駐車場のおばあたちの昼ご飯もおいしそうで、
誰かの家の庭先で、でいご(?)が燃えていた。



もう、生きていることに感謝するほかないような、極上の夏休み。
書きました。あれから始めて海に入った今日。
胸にしまっておくと、忙しい日々に紛れてしまいそうだからね。



ごちそうさまでした。