20数年振りに、旧知の友から(友と言っても、一回り以上違う「大兄・友」)から話
話があり、「新聞で名前を見て、是非とも会いたい。」とのことであった。
聞けば、数年前に屋根から落ちて骨折し、以来、次から次へと病を得て、
今は自宅で厳しい闘病の日々を送っているとの事であった。
明日にも行きたいところであるが、日和の良い日にと思いつつ、電話から
三日目の今日になって、会いに行くことにした。
大兄とは、山深い国立公園三瓶山の北の地に、私が駐在員として赴任して
間もなくの事、大兄宅を初めての訪問し、話をしているうちに意気投合した
のが、以来40数年来の交流の始まりだった。
在任中(2年間)は、いろいろとお世話になる事ばかりで、ご迷惑も掛けた
が、懲りずに今も家族でのお付き合いをさせてもらっている。
お互いに顔を見るなり、昔を思い出し、感極まって涙涙の再会となってしま
った。
奥さんによれば、昨日、今日と体調はあまり芳しくない様であったが、懐か
しい昔話に笑顔も出て、あれやこれやと話が弾み、彼も心から嬉しそうであ
った。(翌朝、あれからとても気持ちが良いらしく、今朝は庭木にはさみを入れたいる・・・と
の電話があった)
人間、歳を重ねて行くと「老・病・〇」は避けて通れない事ではあるが、彼
は、これまで幾度も辛い手術を重ね、四度も死線を超えて来たと、笑って
言いながらも、健康な頃と変わらず、淡々として苦境を受け入れ、事もなげ
に病と闘っている。
実のところは、数日にも厳しい状況であった様なのに、一体この精神力・生
き様は何と言うことだろうか・・・「私の求めて止まないどんなときも普通に生
きたいという道」を、彼は確かな足取りで実践しているのだ、私はただただ
圧倒されるばかりであった。
見舞に来たつもりが、彼の闘病の様子を目の当たりにして、逆に励まされ
「勇気と希望」を貰ってしまいました。
彼の手により整然と刈り込まれた、庭園がベッドの正面に眺められ、丹精
込めた松の根方には、「野紺菊」の薄紫の花が見事に咲き誇っていて、
日々に彼の心を癒してくれていると思うとちょっと嬉しくなった。
奇しくも、この日(10・28)の誕生花は「野紺菊」であり、花言葉も「守護、忘
れられない想い、長寿と幸福」とあり、「今日の再会と彼の明るい今後」を示
唆するかの様である。
~貴方にとって、今日も良い一日であります様に~
童謡「野 菊」
遠い山から吹いて来る 小寒い風にゆれながら
けだかく清くにおう花 きれいな野菊うすむらさきよ