八十路徒然なるままに

早稲田かりほすなど、とりあつめたる事は、秋のみぞ多かる。また、野分の朝こそをかしけれ。徒然草より

原発事故五日目

2015年03月06日 20時06分51秒 | Weblog
画像は、先日のNHKのテレビの画面です。当時の、三月十五日は、テレビの報道に、見入り続けていた。市役所からの「お知らせ」を取りに行く。それをコピーして、隣組に、一軒ずつ、声をかけて、手渡しをしてまわっていた。街の中は、歩く人はいない。国道で走行する車も、一台、二台だった。後日に知ったことだが、「屋内にとどまるように」と、素早く走る車のスピーカーで、知らせをしていた。飲料水を欲しければ上げると聞き、二か所へ、取りに行った。一か所では、取りに来るのを待ちわびていたという。職員は、すでに避難をさせていたという。水を渡せば、事業所の戸締りは済ませたので、すぐに、移動をすると。原発は、切迫している事態だと。帰りの道の、停止の赤信号も、むもどかしく思った。行き交う車は、全然ない。不安が、つのっていた。でも、その時は、まだ、原発が爆発した時の、恐怖は、遠い場所だろうと、思っていた。放射線ということも、皆目、知識がなんかった。以前にあった、外国での、原発の爆発は、知っていたが、現実に、日本で爆発をした。今、「喉もと過ぎれば、熱さ忘れる」ではないが、思い出したくもない、毎日だった。

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