烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

カントの見たハチドリ

2006-04-08 09:18:36 | 随想

 『判断力批判』を読んでいて、ハチドリの美しさのことに触れられている(第十六節)ことについては昨日書いた。原著は未見ながら、岩波書店の『カント全集 第八巻判断力批判上』(牧野英二訳)には単に蜂鳥と書かれてあったが、岩波文庫の『判断力批判(上)』(篠田英雄訳)にはコリブリ[蜂鳥]と記載されてある。
 アマツバメ目Apodiformesハチドリ科Trochilidaeに属する約三百種余りの鳥を総称してハチドリと呼ばれており、属数も116に及ぶ。Doryfera(ヤマハチドリ属)、Androdon(ハバシハチドリ族)、Anthracothorax (マンゴ-ハチドリ属)、Eupetomena(ツバメハチドリ属)、Campylopterus(ケンバネハチドリ属)などなど多数の属の一つに上記訳書に出てくるコリブリColibri(アオミミハチドリ属)がある。
 ハチドリがヨーロッパ世界に最初に紹介されたのは、1555年のことで、フランスの博物学者アンドレ・デヴェの『フランス南対地珍奇物産』の中で取り上げられている。ハチドリはその美しさ故に乱獲され、18世紀にはフランスやイギリスに大量に輸入されたという。当時はフウチョウ(極楽鳥)とともに博物館の目玉展示物であった。1791年に発行された大英博物館の目録中にもハチドリが紹介されていることから、当時多くの人がこの南国の珍鳥を目にしたと思われる。
 カントは1724年生まれで、1804年に没している。『判断力批判』が刊行されたのが1790年だから、その前にハチドリの姿を目にしていたことになる。彼は1770年、46歳のときにケーニヒスベルク大学から哲学教授として招聘され、以後引退まで、この職にとどまっておりこの地でずっと生活していたから、博物図譜か剥製でハチドリを見たのだろう。
 『目の誕生』にもあったが、ハチドリの羽のきらびやかな美しさは光の干渉によって作られるいわゆる構造色によるものである。博物図譜の色彩ではこの色は再現不可能だから、もしカントが実物のハチドリの羽の鮮やかさを目にしていたとしたら、この考察にもさらに力が入ったのではなかろうか。