石の葬式

 『石の葬式』(パノス・カルネジス著、岩本正恵訳、白水社刊)を読む。小説の舞台は、ギリシャのある鄙びた村である。まだ都市化の波が押し寄せてはいない、牧歌的な小世界である。
 作品は長短さまざまな十九の物語から構成される。その中に登場する人物は、イェラスィモ神父やにせ医者パンテレオンのようにたびたび顔を出す者もいれば、短い物語の中にスケッチのように登場する人たちもいる。誰かがどこかで関係しているような、それぞれの物語の背景のどこかに顔を出しているような、そんな小さな世界の中にこの村の人たちは住んでいる。ペガサスという名のバスやホメロスという名のインコ、ディオニュソスという名の少年などギリシャ神話の世界を連想させるが、そこにあるのは神々しさとは程遠い、とても世俗的な(その意味でギリシャ神話的な)神々の小世界である。
 物語の冒頭で大きな地震が起こる。この小さな世界が激しく振動し、そして物語が始まる。そう、突然訪れる世界の振動が物語りには必要だ。過去に葬られたはずの棺の中から死体ではなく、石が現れる。地震という破壊的な現象から石塊という破壊からはおそらく最も縁遠い存在が姿を見せ、それが生活に亀裂を入れる。うろたえる神父の描写から数奇な運命を辿る二人の娘たちの物語へと変化し、最後の意外な結末でこの世界の亀裂が閉じられる。
 地震という自然現象で被害を受けながらも、村人たちはそれぞれ自分の時間で生きて行く。その神話的世界を最終章で終わらせるものは結局人間の営みであるというのは、皮肉であると同時に哀愁を感じさせる。こんな世界が昔確かにあったんだと郷愁をもって語ることが物語の原点だと感じさせてくれる短編集である。夏の終わりに読むのに相応しいかもしれない。

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坂東氏の「子猫殺し」

 坂東眞砂子という小説家の書いた『子猫殺し』というエッセー(8月18日夕刊)が物議を醸しているという報道が日経新聞に報道されていた。題名のとおり彼女が飼っている猫が子供を生むたびに殺しているということを告白したものだ。全文を掲載するのも大変だから、要旨を述べる。
 彼女によれば、
1.メス猫の「生」は盛りのついたときにセックスをして子供を生むことが本質的である。
2.避妊手術は人間が自分の都合によってその権利を奪うものだ。
3.避妊手術することも、生まれた猫を殺すことも結果は同じだ。避妊手術をするのは人間が子猫を殺したくないというわがままだ。
4.したがて私は子猫を殺す。
という論の立て方である。
 これがずいぶん乱暴な展開であることは、はっきりしている。
1の前提はもちろん彼女の勝手な推測である。確かに生物にとって生殖行為は快をもたらすことにより充実感を与えてくれるだろう。そのことは譲歩して認めるにしても、では人間と同じ「哺乳」動物である猫にとって生まれた子供に乳をやり育てるというのも「生」の充実をもたらす本質的な行為ではないだろうか。野生動物である猫にとって、セックスをして子供を生み育てるというのは、一つの枠組みに入った行為である。人間はそれを避妊術によって切断することで、セックス自体を快楽として味わう術を身につけたのである。その前半のみを「生」の本質だと決めつけ、後半の子供を育てるということを無視していることは、この前提がまったく勝手でいいかげんなものだといえる。
2については確かに猫の権利を奪っているといえるだろう。これが認められるかどうかは、避妊手術ということによってえられる結果をもって判定しなければならない。そこで3が問題になる。
3では、避妊して未然に出産ということが起こらなくするのと、生まれてきた子供を殺すことを比較している。彼女は後者を選択しているが、これは正しい選択であろうか。結果として生まれるはずであった生命は両者の行為によって封じられている。最終的な結果から言えば同じ状態を作り出しているが、後者はその過程で個体となった生命を殺すという明らかに非道なことを経ている。避妊手術が可能生としての生命を殺していると論じることもできようが、それを認めたとしても個体を殺すことと比較した場合、明らかに後者の方が罪深い。しかも殺し方は、崖から放り投げるという残虐な殺し方である。彼女の論じるようにこれが人間の勝手な行為であるとするならば、人間と猫を当然同列に論じる必要が出てくるわけで、それならば人間でも避妊をせずに生まれた赤ちゃんをビルから放り投げて殺しても結果は同じだと開き直れるわけだ。
4.この結論が以上のことからまったく誤ったものであることは明らかだろう。さらに彼女は「愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ」と書いている。ではなぜ彼女は敢えて猫を飼うのか。これでは子猫を殺すのが彼女の「生」の本質であるがために猫を飼っているといわれてもしかたがないのではないだろうか。
 このエッセーのように一見深くものを考えているようで、論理展開が破綻している言説は数多い。テーマがどぎついだけに感情的に非難しそうになる(まあこんなにひどいとそれもそうだろう)が、きちんと論旨のおかしさを指摘することが大切であろうし、新聞の読者がそういう読みかたをするようになれば、自然とおかしなことをいう論者は信用をなくし、そうした文章を載せるメディアは淘汰されていくだろう。

 夕刊にこういう記事が掲載されたことで、日経には多くの苦情が寄せられたようであるが、(誤っているにしても)こういう見解を個人が述べ、公開すること自体は問題はないと思う。掲載した上で次にやるべきなのは、これに対する反論をきちんと掲載することで、生命に対する議論を深めることだと思うのである。

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クマムシ?!

 『クマムシ?!』(鈴木忠著、岩波科学ライブラリー)を読む。たぶん『ヘンな生き物』出版以来この極小の生物の人気がでたのであろう(もっと前では荒俣宏の『世界大博物図鑑』もあった)。このたび岩波科学ライブラリーで、その生態とそれを巡る研究の歴史が紹介されることとなった。緩歩動物門には真クマムシ綱、異クマムシ綱、中クマムシ綱の三つの綱があるということだが、そもそもクマムシのためだけに一つの門が設けてあるし、中クマムシ綱に至ってはたった一種しかいないという(しかもこのクマムシは1937年に長崎県雲仙の温泉でドイツ人のラームによって発見されただけで今ではその標本もないという謎の多いクマムシだ)。
 本にはカラーの扉絵がなんとも「可愛く」思わず微笑んでしまうほどだ。そして真クマムシの卵の走査顕微鏡写真は、実に見事な幾何学的芸術作品である。体長1mmにも満たないこの生物の造化の妙を知ると、まさに「神は細部に宿り給う」という言葉を連想してしまう。あまり楽しそうに読んでいるので、横にいた女性が興味を示したので、喜ぶと思って内容を紹介すると「虫の本ですかぁ?!」と呆れられ、そっぽを向かれてしまった。どうしてこの造形の見事さがわからないかなぁ・・・。
 陸生のクマムシは乾燥状態になると「樽」型に変化して身を守る。この「樽」はさまざまな外的物理変化にめっぽう強く、液体ヘリウムの低温、高圧、紫外線などにも耐えることが報告されているという。ただしこの変化もあくまでもゆっくりと乾燥させることが条件である。驚異的な生命力を強調するあまり、



「何をしても死なない生き物がいる」という風説がひろまってしまったのであった。これは完全な誤りである。クマムシは簡単に死ぬ。(中略)「樽」が高温に耐えるといっても、歩いているクマムシにお湯をかければ死ぬ。つぶせば死ぬ。そして、急激に乾燥すれば、「樽」にはなれず干物になるのである。


 そしてクマムシが乾燥した状態で百二十年も生きるというのは動物学の教科書にも記載されているが、その典拠ははっきりしないというのだ。教科書に記載されていることの中にもこうした事例があるのだということを知ると、アリストテレスの『動物誌』が長い間信じられてきたというのも理解できる。子供の頃に読んだ科学読み物では、中世の長い暗黒時代には人々は実証的精神に欠け、アリストテレスが記載した誤った知識を鵜呑みにして語り継いだというのが定番のお話だったが、決してそんなことはないのである。科学が発達してきたから、それだけ人々が実証的批判的にものをみるようになってきたということは(残念ながら)いえない。この時代にも進化論を否定する人々はいるし、根拠のない占いに生活の指針を求める人々は多いのである。後代に生きる私たちにとって何がありがたいかといえば、こうした歴史を知ることで、自分の身の丈を振り返り、少しだけ謙虚になれることであろう。

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ダーウィンの足跡を訪ねて

 『ダーウィンの足跡を訪ねて』(長谷川眞理子著、集英社新書ヴィジュアル版)を読む。ヴィジュアル版というだけあって、新書には珍しく表紙もカラー写真を使っている。進化生物学者である著者がダーウィン縁の地を探訪して書いたエッセーにより構成されている。ダーウィンの生まれ故郷の風景や、おなじみのガラパゴス諸島の生物の写真などが掲載されており、楽しみながら読める。
 ダーウィンの母親の実家が陶器で有名なウェッジウッド家の出であることは有名であるが、その実家はイングランドのミッドランド地方のストーク・オン・トレント郊外にある。ここにはウェッジウッドのビジター・センターがあり、陶器博物館があるということだから、九州で言えば伊万里みたいなところだろうか。ウェッジウッド家の二代目のジョサイア・ウェッジウッドはそこの近くのメアという村に大邸宅を購入している。その村にあるセント・ピーター教会でチャールズ・ダーウィンとエマ・ウェッジウッドが結婚式を挙げたのだそうだ。実際に訪れた著者によると、その教会には御両人の結婚証明書のコピーが展示してあるそうで、希望すればコピーを売ってくれるのだそうだ。芸能人ならいざしらず著明な科学者の結婚証明書のコピーを販売するような神社仏閣は日本にはないだろう。神の前で誓った結婚は万人の知るところというわけだろうか。
 この妻のエマはショパンからピアノを習ったことがあるという。このことを著者はムーアヘッドの『ダーウィンとビーグル号』という本から知ったトリビアと書いているから、そのトリビアを私はこの本で知ったことになる。
 この本にはチャールズの兄であるエラズマスのこともちょっと出てくるが、この兄の方はチャールズ同様医者になるはずのところを挫折したところまでは一緒だが、ケンブリッジ大学、エジンバラ大学も中途までで、大した成果もあげず親の財産で優雅に暮らしていた。(大金持ちの息子という)似たような境遇にありながらこうも違う人生を歩んだのは、個人の資質もあろうが、やはり偶然乗り込むことになったビーグル号による探検だったのだろうという思いが強くなった。このビーグル号乗船の依頼がダーウィンに回ってきたのが、前二人が断った後だというのだから、人生どんなところにチャンスが転がっているか分からないものである。
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国家と犠牲

 遅まきながら『国家と犠牲』(高橋哲哉著、NHKブックス)を読む。遅まきながらというのは、この本が出たのが平成17年であったのと、今年の終戦記念日がもう過ぎてしまったという二つの意味である。
 小中学校の時に国語の試験で、前文と後文の間に(  )があり、文章の論理展開から適切な接続詞を選ばせるという問題がよくあった。戦争の犠牲者の問題はまさしくこの国語の問題に似ていて、
 「太平洋戦争で多くの死者が出た」(  )「戦後日本は平和を享受し目覚しい復興と発展を遂げた」
 この文章の( )の中にどんな語句を入れれば適当なのかという問題である。これは本書の18頁に触れられているのだが、多くの人たちは「そのおかげで」という句を正解としているようだ。私なんかは昔からどうしてそうなのかずっと疑問に思っていた(だから国語の試験はあまりよくなかったのかも知れない)。ここではやはり適当な選択肢として選ばれる語句は「それにもかかわらず」だろうと思う。あれだけの甚大な被害が出たにもかかわらず、よくぞここまでというのが客観的に見て妥当だろうと思う。こういう風に解釈するから、レベルが違うが、「俺がこんなに苦労をしたから、今のお前があるんだ」という説教は私は大嫌いだった。
 しかしどんなに他人事でも、戦争で多くの人々の命が失われたということは、否応なく負い目を感じる。それは今の私がここでこうしているということが一つの偶然であり、あの時代に生きていた可能性を否定しきれないからである。
 この人間存在の条件は、おそらく本書でも触れられているデリダのいう「絶対的犠牲」に関連しているのだろうし、こうしたことに立って「犠牲の廃棄を欲望しなければならない」のだと思う。


 問題は、権力がそうした状況に忍び込み犠牲者を正しいものと祀り上げ、同等あるいはそれ以上の負担を強いる状況を容易に作り出すことができるという点にある。犠牲者を尊いと前提する主体それ自体が、いつの間にか尊く正しい主体とされ、その権力に奉仕することも尊く正しい行為とされてしまうのだ。死者を祀るといいながら自分を祀られる主体へとすりかえる手品こそ注意すべきものである。兵士たちを英霊として祀り上げる行為はだから非常に欺瞞的である。これは為政者が行えば、すでに個人の信条の問題ではなくなることは明らかであり、それを恬として恥じないとすれば無思慮すぎるのか無神経すぎるかのいずれかであろう。ついでに言えば靖国参拝を公約として掲げ、後になって個人の信条の問題として片付けてしまうのには呆れてものが言えない。これだけでも何も考えていない(考えることができない?)ことが明らかであろう。こういうことが成り立つならば次の選挙には、みんな禁煙や禁酒を公約として立候補したらよかろう。この国の選挙民は一番長続きしそうな候補者に一票を投ずるだろうか。非難する方も中国との経済問題を第一に挙げているようだが、根本的な論点を避けてそういう論点から批判をすることは、逆に言えばそうした制約がなければ容認するということを言っているようなものでこれも何も考えていないのとほぼ同じである。
 それはさておき、こうした戦争での死を賛美する趨勢に対しては、死がほんとうは惨めでむごたらしく、孤独で、どうしようもなく理不尽なものであるということを対置すればいいだろう。戦争での死というものが、「もはや犠牲にされるのではなく、「消される」、「清算される」(liquidated)ものにすぎない」ものであり、国家のための自己犠牲などという言葉を寄せ付けないほどくだらない無意味なものであるということを示していく必要があるのだ。

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古代から中世へ

 『古代から中世へ』(ピーター・ブラウン著、後藤篤子編、山川出版社刊)を読む。
 ローマ帝国末期から中世キリスト教世界へと移る時代についての講演集で、読みやすくかつたいへん面白い。帝国末期を単に衰退期と捉えず、それなりに活力のある時代であったことを地中海世界を中心に広い視野で鳥瞰しながら概説している。


1.貧困とリーダーシップ
 古典期には富裕層は自らを同胞市民としてとらえ、「自分の都市を愛する者」であるが故に称賛されるものであったという。公共建築の贈与という都市への愛が自らのステイタスシンボルであった。それが帝政後期に市民共同意識が弱まり、経済的な貧者を援助する「貧者を愛する者」であることがよりっ社会的に重要になっていった。ここでキリスト教の司教による貧者のケアという要因により以下のように社会が変化していったとされる。この部分は貧者という言葉が社会の変化とともにどのように変わっていったかとともに、その変化が社会を変えていくという効果を知ることができ、大変面白かった。
 (1)「貧者へのケア」が帝国から教会への特権賦与と引き換えに要請されるようになったこと、(2)「貧者のケア」が経済的困窮者よりも広い意味を帯びるようになること(その結果司教が地域社会全体の保護者としての役割を持つようになる)、(3)その結果「貧者」は「正義と保護を必要とする人」を意味するようになったこと、(4)これら一連の動きがキリスト教の教えと結びついて、社会の格差とキリスト教の結束をより鮮明にしたこと。現代日本の格差社会の状況を考えると、経済的困窮を単純に自己責任と片付けてしまう思考がいかに貧困であるかに気づく。


2.「中心と周縁」再考
 ローマ文明が帝国終焉後も700年まで継続していたという歴史家ピレンヌのテーゼが、ある特定の文化の「中心」を特別扱いしたものであることを指摘し、実際は当時の地中海周辺の諸都市から広く西ヨーロッパ世界は、多数の文化的宗教的都市が相互に結びついたネットワークで構成されていたと説明する。社会的インフラ(当時でいえば教会が代表的なものだろう)が中心を志向させる「微かな現れ」ではなく、まぎれもない一つの「小キリスト教世界」であったことをブラウンは強調する。こうした世界観を可能にしたのがキリスト教という普遍的宗教であったのだ。
 どこにいても神は遍在するという思考は、特定の中枢を必要とはしない。現代のユビキタス(神は遍在するというのが原義)なネットワーク社会にも通じる発想ではないだろうか。


3.栄光につつまれた死
 古代末期のキリスト教では、「大きな罪にふりかかる即座の処罰というかたちで神の裁きが地上の現し世にあらわれる、まごうかたなきその瞬間」に注意が向けられていたが、グレゴリウス(在位590~604)により罪に対する罰は「あの世」で起こるものと転換されたことが大きな変化であることが強調される。この状況の変化がグレゴリウスによる「神の「情報公開」の時代」と表現されているのが面白い。この認識の変化によって、「人間とは彼もしくは彼女の罪の総和である、という確信が広が」り、「どんなに小さな罪であっても、現世においてしかるべきその浄化を怠った者は、最終的には天国の安らぎに到達するにしても、それまで長い苦痛を耐え忍ぶ覚悟をしなければならない」とされた。そしてそこから煉獄が誕生し、「良きにつけ悪しきにつけ、人間が各自の一代記を与えられるようになった」という。ここでは「小罪化」という造語が使用されているが、罪を個人のレベルに微分化することにより、あの懺悔という独特のシステムができあがっていったのだろう。

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ヘロドトスとトゥキュディデス

 『ヘロドトスとトゥキュディデス』(桜井万里子著、山川出版社刊)を読む。いわずと知れた「歴史家」二人のモノグラフであるが、当時は当然かもしれないが「歴史」というジャンルはなかったと著者も断っている。ちょうどガリレオの時代に「科学」はなかったように。それでも「両者はともに新しい一歩を踏み出そうという意気込みをもっていたことも間違いない」だろう。それを感じ取っていたのか、後代の哲学者アリストテレスは、「歴史家はすでに起こったことを語り、詩人は起こる可能性のあることを語るという点に差異がある」(『詩学』)と述べた。
 後輩のトゥキュディデスがヘロドトスを批判したのを著者は、「先輩を乗り越える後輩の苦闘だった」ととらえ、トゥキュディデスの中に後世の実証的歴史学の端緒をみとめている。
 私はというと、この本の中で紹介されているヘルメス柱像損壊事件のエピソードに興味を惹かれた。前415年のシチリア遠征を前にアテナイ市内にある多数のヘルメス像が一夜にして破壊されるという事件を巡って、その真犯人を探し当てるべく密告が奨励された。その結果同事件の容疑で捕らえられたアンドキデスという男が犯人の名前を密告した代わりに免責特権を得て釈放される。彼はその弁論の中で、自分は不本意ながら密告したこと、犯人の名前と彼らを密告した人々の名前を述べた。そこで犯人を密告した人物が、アンドギデス以外は、奴隷四名、在留外人、女性であったという。市民として政治活動を行っていたのはアンドギデスのみで、ほかは市民として認められてはいなかった。
 密告という制度があり、しかもそれを行うことを期待されていたのは、非市民である奴隷や女性であったということである。そして重要なのがギリシアのポリスの政治制度がそうした非市民の密告者制度とともに成り立っていたということだ。



 市民たちにとって、とくに、社会的エリート層に属する市民にとって、密告はできれば避けたい、恥ずべき行為であった。それゆえ非市民である在留外人、奴隷、女に密告者の役回りを押しつけたのである。奴隷や在留外人、女性は政治に参加できなかったとこれまでいわれてきたし、それは制度のうえで間違いではない。しかし、そのような参政権をもたない人たちが、ここでは鍵となる行動をとらされている。


 アテナイの民主制の巧妙な二重構造(政治に参加する市民が非市民を政治から排除しつつも、密告者の役割を付与することによって民主制度を成り立たしめていたという構造)は、排除されているものが実は制度の中核にありうるということを示している。一般に制度というものを批判する上で見落としてはならない大事な視点であろう。

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受難の意味3

 日々の仕事の忙しさに加えて連日の猛暑での体調不良から頁を繰る手も休みがちとなり、いつの間にか眠りこけている。『受難の意味』の最終章までようやく到達となった。通読してみて、この本はまずこの章から読み始めればよかったと感じた。



 
この世界によそ者として偶々存在するようになった人間(あるいは人間となった存在)についての考察がソクラテスの最期の問答を皮切りに始まる。次いで著者はギリシア人がよそ者に対して敵対するという方策の他に歓待という方策も考案したことを指摘する(hostilityhospitalityが同根であるというおなじみの指摘)。「敵には害を、友には益を」という倫理を支持していたにもかかわらず、歓待という方式を受け容れたのかという点についてユダヤ人とギリシア人の人間観の違いを対比させながらの説明は分かりやすい。


 



ユダヤ人は自分たちがよそ者、寄留民だという意識をもっていたが、ギリシア人は人間がよそ者、寄留民だと意識したといってよい。それはオルペウス教とピュタゴラス派そしてエンペドクレスに見える、魂の堕落と天上からの追放と漂泊(そして輪廻転生)といったギリシア伝統の構想に現れている。


 


その漂泊するよそ者としての人間観を裏打ちしていたのは、死すべき人間ということである。ギリシア人はギリシア人と異国人の間の違いよりも、人間と神々の違いの法に一層関心を持った民族である。


 


 これがギリシア人という民族的気質なのか、中央集権的な国家形態をもたずポリスの分立という政治形態をとっていたためなのかは、本題からはずれるので考察されていないが興味あるところである。



 
それはさておき「死すべきもの」とは人間の別名であり、人間だけが自分が死ぬことを知っている。「それは世界に剥き出しになっている人間の悲惨を自覚することを含むところの名前である」。結局死という必然でを刻印されていながら、その無根拠性、偶然性こそが人間を人間たらしめていると言えるのだろう。敵を歓待するということは、


 



人間が悲惨から決して護られていない世界にあってギリシア人が、疑念と不安を醸し出す見知らぬよそ者を友人として歓待し、飲食を共にすることは、敵を消すことが自分たちの安全のためでもあったにせよ、偶然と運命の力の前で傷つきやすい脆弱さを共有するものとして、互いの異なりを消す方式であった。


敵を愛し、放蕩者を厚遇し、罪のある者を先に赦すという合理性からは到底承伏できないイエスの行為は、この世界そのものの顕れである。飢えたる魂である我々にはこれがなかなか受け容れられないのだ。

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受難の意味2

 『受難の意味』の第2章を読む。旧約聖書の創世記にあるアブラハムの物語(「息子イサクを神の献げ物にせよ」という神の命令を受けたアブラハムのとった選択の物語)を読み解きながら、ヘブライ的存在論を論じるという構成なのだが、難解であった。
 物語を連辞的に読み、自同的全体へとまとめ上げるのではなく、そこに範例的視点を持ち込んで、否定弁証法的他者による再構成を行うことが重要であるというメッセージは分かるのだが、そこからどう共通の倫理を確立していけばいいのかがよく分からなかった(私の理解の限界ということだろうか)。
 テキストを読む読者の独善的、幻想的解釈に陥ることなく新たな物語を創出するためには、読者は自己無化を果たす必要があるとこの論の最後に書かれてあるが、これもどのように普遍化されるのかが理解できなかった。
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スピノザ

『スピノザ 「無神論者」は宗教を肯定できるか』(上野修著、NHK出版刊)を読む。スピノザの『神学・政治論』を取り上げ、スピノザの「神」とは何かが解読される。
 本書ではまず聖書の解釈をめぐる二つの対立が対比的に提示される。タイプA:正統派進学者の超自然的解釈。理性を超越した視点からでないと聖書は解読できないとする。ユダヤ教ラビのアルファアカールが代表者。タイプB;合理的に解釈できるように聖書を比喩として解釈する。急進デカルト主義者に典型的な合理的解釈。ユダヤ哲学者マイモニデスが代表者。
 これに対してスピノザは、「聖書は哲学的な事柄を教えているのでなくてただ敬虔だけを教えているのであり、また聖書の全内容は民衆の把握力、民衆の先入的意見に順応させられている」のだと説く。タイプAは先入見のために精神を盲目にしている。タイプBは預言者の考えてもいない解釈をほどこし聖書を曲解している。聖書に「真理」を読み取ってはいけない。「正しい意味を事柄の真理と混同しないためには、その意味は言語の使用可のみ、あるいは聖書以外の何ものも基礎としない推論からのみ探求すべきである」と説く。ある発話が、神の言葉であると発話者と聞き手に確信されるように一回的かつ決定的になされるための条件として、1.預言者の生き生きとしたイマジネーション、2.預言者に神から与えられる徴、3.正しいこと・よいことのみに向けられた預言者の心の三条件をスピノザはあげる。自ら立証可能で確実な根拠から導き出される真理ではない。無根拠でありながら確信せざるをえない正しさが記されているのが聖書の記述なのである。どうして正しいのかは分からないけれども、正しいと信じて受け容れる
(amplecti)という身振りこそが重要なのである。「正義と愛をなせ」という命令に敬虔に服従するためには、最高権力がそれを法として宣言して遵守させる必要がある。これが敬虔の文「法」である。この最高権力は「それが欲することを人々の大部分が信じ・好ましく思い・嫌悪を感じるように、さまざまな仕方で効果を生み出すことができる」。思想言論の自由は敬虔と共和国の平和を損なうことなしに許容されうるし、この自由が除去されれば共和国の平和と敬虔も同時に除去されざるをえないことをスピノザは述べる。
 宗教のことに限らず、一般に「信じる」という行為の不思議さを考えさせられる一冊である。

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