『贈与の文化史』(ナタリー・Z・デーヴィス著、宮下志朗訳、みすず書房刊)を読む。
16世紀のフランスにおける贈与の特徴を論じた著作である。市場でみられる交換と贈与でみられる交換(互酬性)は、経済の発達により後者が前者に置き換わっていくわけではない。贈与の意味と用法は16世紀のフランスでいかなるものであったか。
この時代は、贈与という点からみると、
ラブレーの巨人たちが、武力よりも贈与の義務によって、多くのものを獲得できた時代なのであった。それはキケロの『義務について』とセネカの『恩恵について』という、贈与をめぐる古代ローマの偉大なるガイドブックが、陸続と刷られた時代であった。カトリックとカルヴァンが、人間は神になにを与えることができるのかをめぐって激しく論争した時代であった。国王が、自分の威厳を高めようとしながら、同時に国庫を満たそうとした時代であった。パトロネージのシステムが、より複雑になった時代であった。それは、親族たちが、財産を寄贈する最良の方法を探しまわった時代であった。農村においても、地域の市場が栄えて、リヨンの大市によって、生産物や信用を、ヨーロッパ中に流通させた時代でもあった。そしてまた「野蛮人」にプレゼントすべく、あのジャック・カルチエが、ナイフやガラス玉を船に満載して、地球の反対側に向かった
時代であった。著者は16世紀における贈与の特徴でもっとも重要なことは、「同じ身分の人々、あるいは異なる身分の人々のあいだの人間関係を和らげて、人々が自分たちだけで閉じこもらないようにすること」であったと指摘している。これはこの時代に限らず普遍的なことだろうと思うが、贈り物を受ければ、お返しをという心性があればこそ人間関係を開いたものにする力がそこに作用するからであろう。
神の存在が大きな位置をしめていた時代なればこそと思うが、社会での水平移動的な贈与に加えて、神からの贈与とい垂直移動が重要な要素を占めていた。興味深かったのは、贈与と売買の関係の感覚、両者の境界の感覚が現在とは異なっていたことである。