愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎

 『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』(小宮正安著、集英社新書ヴィジュアル版)を読む。
 博物館の成立に先立ち、十六世紀にヨーロッパに出現した個人の蒐集物展示場たる「驚異の部屋Wnnder Kammer」を紹介した本で、カラー写真が豊富に掲載されており、見るだけでも楽しめる趣向になっている。本書によるとその起源は十五世紀のイタリアでその後珍品収蔵庫の流行がアルプス以北に及んだとのことだ。博物学の世紀が「集めよ、そして分類せよ」というのが標語であったとすれば、この時期は「ひたすら集めよ」という時期だったといえよう。蒐集家の眼鏡にかなったものが集められているから、現在からみればそれらは雑多であり、見境のなさだけが目立つかもしれない。しかし幼小児期になにかモノを集めた経験がある人ならば、この楽しさは必ずわかるだろう。
 それにしても人間はどうしてこんな蒐集癖があるのだろう。おそらく見て驚くこと自体が脳の報酬系を刺激するという仕組みがいつのまにかできあがったからに違いない。そうでなければ、明らかに使用価値のないものを溜め込むということが説明できない。そしてさらに重要なのが、どんなに小さくても自分の世界を紡ぎだすという心性がそこにはある。蒐集したものに囲まれることの快感という、これまた独特の快楽がさらなる蒐集へと人を駆り立てる。あらゆるモノを蒐集することで、世界を俯瞰しようとする欲望と、蒐集したモノの宇宙の中に安住したいという欲望がこうしたヴンダーカンマーには感じられる。
 蒐集される対象が、自然科学や分類学が発達するにつれて生物、工芸品、美術品と切り分けられ、お互いの境界を超えることが否定的にとらえられるようになってからヴンダーカンマーは衰退していく。しかし蒐集する欲望は絶えることなく続いている。現在インターネットの世界でありとあらゆる対象がデジタルデータとしてさまざまな個人によって収蔵され、互いに閲覧できるようになっているが、これも現代の形をかえたヴンダーカンマーだといえよう。
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拷問と処刑の西洋史

 『拷問と処刑の西洋史』(浜本隆志著、新潮選書)を読む(以下『拷問』と略)。
 話題の中心は、異端審問と魔女裁判である。著者はドイツ文化論が専門でもあることから魔女狩りが最も激しかったドイツでの記述が詳しい。
 魔女狩りや異端審問については、以前読んだ『法思想史講義』上巻にもその歴史と考察が一章割かれている(本書と是非あわせて読みたい)。そこでは教皇グレゴリウス9世の行った異端審問が、



(1)一人の異端をなくするためには、1000人の無実の人が犠牲になってもしかたがない、とする。(2)被告人から弁護の機会を奪う。(3)物的証拠は不要で、自白で十分である、とする。ある程度の疑わしさが確認できれば自白をとるため、拷問を使う。(4)一切の審問費用は、財産没収で弁済させる。(5)密告とスパイを活用する。(6)教皇直属の異端審問官を各地に派遣する。かれらは検察官と裁判官を兼ねる(=糾問裁判)、等々


というかたちで機能したと記述されている。
『拷問』にも書かれていたが、裁判所はまず当人を破門することにより、法の保護外に置いてから世俗権力に手渡し、残酷な刑の執行を執り行わせていた。
古代ゲルマン社会では拷問は存在していなかったそうで、犯罪結果に対する報復が目的の弾劾裁判方式だった。古代ゲルマン法では



犯罪に関しては親族が復讐することができるフェーデ(決闘)と、相手を徹底的に追及してアハト刑(法の保護を奪う平和喪失刑)に処すという二種類があった。


ドイツがキリスト教化されると刑法もローマ法の影響を受け、証拠や被告の自白が重視されるようになり、それに伴い拷問が導入されたという。異端審問から魔女の処刑は、教会が”正当な手続き”で行うアハト刑であったわけだ。拷問による自白は、やはりキリスト教の告解と赦しという思想と根底においてつながっているだろう。


 『法思想史講義』では、人が残酷になる場合に二種類あり、第一は相手を人間と見ない場合、第二に人間とみても「自分が高い価値-神・民族・国家・政治原理など-に使える道具であるとして、その価値を擁護するため、その価値の否定者を攻撃する場合があると考察している。
 中世の魔女裁判は結局啓蒙主義によって克服されたのだが、これはあくまで魔女の非合理性が認められたためであり、上述の残酷さを理性が克服した故ではないことに注意しておく必要があろう。後の時代にさらに酷い歴史的事件が起こることを私たちは知っているからである。理性は必要があれば私たちの残酷さに免罪符を与えるのである。パスカルの指摘したように「人は、思想・信条に基づいて行為をなすときほど喜び勇んで徹底的に悪を行うことはない」のである。
 拷問や処刑など肉体的な残酷さは否が応でも目立つので歴史的事件として取り上げられやすいが、上述の二つの残酷さの原因による精神的拷問なら今でもごく普通にありふれたものであることは、政治や官僚の醜態がよく示してくれている。

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人類学的思考の歴史

 『人類学的思考の歴史』(竹沢尚一郎著、世界思想社刊)を読む。
 文化人類学の草創期から約一世紀半の歴史を通覧し、人類学的思考とは何かを検討した書物である。ある専門的学問分野の歴史というと物理学や化学や医学生物学、哲学などなど数多くあるが、それらと比べて文化人類学という分野は比較的若い。しかし対象とする「文化」と「人類」というものが非常に幅広いためその全体像がはなはだつかみにくい。私のような専門外の素人にとっては、個別の著作を読んで、人類学的解釈に基づいて異文化を覗き見るといったことになりがちで、その体系的思考はよくわからない。本書では進化人類学を出発点に、大きな足跡を残した文化人類学者を取り上げつつこの学問がどのような方向に枝を伸ばしていったのかを教えてくれる。
 いわゆる学会の重鎮といわれる人物像を紹介しつつ、その人類学観を説明し総括しながら次へ進むという形式をとっており、比較的読みやすい形になっている。各章の総括があるのは大変ありがたく、一通り読み終えた後でその部分だけを拾い読みすると復習ができる点は私のようなものにとっては貴重である。たとえば第5章の「構造主義とその超克」では最後にこうまとめてある。



 一方、社会的実践よりその規則、行為より関係性を重視するレヴィ=ストロースの形式主義的な方法が、多くの批判を招いているのも事実である。ブルデューが批判するように、レヴィ=ストロースの考察は規則にかかわるあまり、人びとが規則を(意識的・無意識的に)踏まえながら、どのように実践を組み立てているかに注意が向かうことはない。また、第3章で見たマルク・オジェが強調したような、意味の産出が不可避的にもつ権力との相関関係を議論することもない。レヴィ=ストロースにとって意味とは、原理論的にのみ語られるものだからである。さらにレヴィ=ストロースの研究は、社会や神話を無時間的な状態に置き、その基本要素のあいだにいかなる構造が存在するかを考えることに重点が置かれる一方で、その構造が時間のなかでどのように変化するかが考察されることもない。それに加えて、かれの研究は基本的に比較研究であり、多様なデータを若干の基本図式に還元するにはきわめて有効な方法だが、それをひとつの社会の対象とする民族誌にどう適用するかは不明なままである。
 以上のような課題を抱えているのが事実だとはいえ、レヴィ=ストロースの方法が人類学的知の精緻化に大きく貢献してきたこと、今後も貢献しうるであろうことに、私はいささかの疑問ももっていない。方法であるかぎりそれを金科玉条として信奉するのは間違いであり、それを修正しつつ使うなら、それは人類学の主要な財産のひとつであったし、今後もありつづけるであろう。


こうしておいて次の象徴人類学へと進んでいくので、読んでいるほうも単に構造人類学の成果を開陳されるだけなく、その問題点を示してくれるのでよりわかりやすい。それというのも自然科学の歴史と違い人類学の歴史は枝分かれが多いのだ。もちろん自然科学系の歴史もさまざまな枝はあり、クーンの指摘するようなパラダイムの転換という断絶はあろう。しかし通覧して一本の太い幹があり、現時点での成果から振り返っての理解が可能なので見通しがつけやすいのだ。これに対して文化人類学というのはどうも枝分かれが多いようで、しかも現在の人類学がもっとも進んでいるのかというとさにあらず、本書を読むとさらに問題が複雑化しているようである。そのことがさらに全体像を理解をしにくくしているように思う。だから本書のような著作は貴重である。本書の最後は「人類学の再構築」と題されていることからもまだまだ課題が多い(それだけに取り組みがいのある?)分野なのだろう。その部分から引用する。



人類学は異質な文化をもつ社会でのフィールドワークを中心的な方法とする科学であり、それが得意とするのは「過去」ではなく、「現在」の記述である。そして今日の世界が、先に見たような「文化」の名によるさまざまな問題を生じさせているとすれば、それらの問題を現場で詳細に記述し、その解決のために人びとや諸々の機関や団体がどのような取り組みをしてきたか、それらの取り組みはどれだけ有効であり、限界を有しているかを記述し分析することこそ、人類学が今後おこなうべき重要な課題のひとつであろう。

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昭和史 戦後篇

 『昭和史 戦後篇』(半藤一利著、平凡社刊)を読む。
 戦前篇につづいての読書である。時代の移り変わりをこうして読んでいると、状況はその時々で違っても人間の思考や行動は似たようなところがあるものだということを思い知らされる。これが優れた点が似るならば、歴史は「進歩」するのであろうが、残念ながらそうではない。順風満帆に進んでいるときは、未来はすべて自分の思い通りになるものだと驕慢になり、絶望の淵に落とされたときには理性は曇ってしまうのが人の常なのだろうか。
 戦後の混乱期の記述を読んでいると、なおさらこの思いが強くなる。そして時代は変わっても似たようなことは起こるものである。GHQの占領下におかれたとき、1945年9月11日主要戦犯容疑者39人の逮捕指令が発せられた。この日、太平洋戦争の最高責任者の一人である東条英機元総理大臣兼陸軍大臣兼参謀総長が自決未遂をした。ピストルで胸を撃ったそうだが、未遂に終わってしまうという醜態を演じた。本書では、この件について高見順氏の日記のコメントを紹介している。

作家の高見順さんが日記に書いていることが、おそらく多くの日本人の感想だったと思います。
 「なぜ今になってあわてて取り乱して自殺したりするのだろう。そのくらいなら御詔勅のあった日に自決すべきだ。醜態この上なし。しかも取り乱して死にそこなっている。恥の上塗り」
東条さんには悪いですが、こういう感情をおそらく皆がもったでしょう。いわんや陸軍大臣として「戦陣訓」を発令した人です。そこに曰く、「生きて虜囚の辱めを受けず」と。日本人はこのとき本当にがっかりした、という記憶が強く残っています。

指導者の引き際というものは後々までに語り草になるのである。翻って今の状況もそのスケールは著しく矮小だが似てはいないだろうか。先の参院選で自民党は一敗地にまみれた。このときに指導者は身を引くべきではなかったのか。所信表明演説をした後に、「なぜ今になってあわてて取り乱して」辞職するのか。そのくらいなら選挙結果が分かった日に辞職すべきであったろう。かつて一国の指導者として「美しい日本」を掲げた人なのに、「醜態この上なし」。ことは日本国内の問題だけではない。状況は違ってもそのときにどう判断すべきなのか、歴史はきちんと教えてくれている。

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昭和史 1926-1945

 『昭和史 1926-1945』(半藤一利著、平凡社刊)を読む。
 半藤節による昭和史連続講義をまとめた本である。本の帯には「決定版!!語り下ろし」とある。本を手に取ったとき、この「語り下ろす」という言葉が何となく気になった。「書き下ろす」という言葉は知っていたが、この言葉にはあまり馴染みがなく違和感を覚える。最近インタヴューをして語った内容を専門のライターが筆記してまとめたものを出版したものが「語り下ろし」と銘打って本になるようだ。「下ろす」という意味には「製版、印刷に回す」というのが辞書に載っているので、基本的には原稿として新たに書かれたものが「下ろされる」のであろうが、「語り下ろす」という場合は、「語る」→「聞き取る」→「書きつける」→「出版」という手順を踏むのをまとめて「語り下ろす」というようだ。この場合「書き下ろし」という時に意味される「新たに」というニュアンスが含まれるのかどうか私にはよくわからない。その人の主張などはしばしば随所で表明されるものであるから、それをわざわざ「語り下ろす」として「新しさ」を強調することができるのかと思うのだが、どうやら新鮮さを売りにしようという出版社側の意図なのであろう。何を売るにつけ、この国では新鮮さが重要なのである。
 本の内容に入る前からずいぶん瑣末なことに拘るようであるが、本を手にしたときに買うかどうかを決める材料として意外とこうした瑣末なことが大事なことがある。私は書店でこの本を見たときに、どうもこの「語り下ろし」という言葉がひっかかって買うのを躊躇ってしまったのである。
 それはともかくそんなことは気にせず読んでみると、名講義録であり臨場感をもって読める。帯に気にせず買ってよかったという感想である。著者は昭和五年生まれであり、まさに少年時代を太平洋戦争下の空気を吸って成長している。この時代の空気を吸っていたというのが、「語り」には必要なのである。それにしても史実ではわかっていながら、この開戦から終戦までの過程の詳細を改めて聞かされると、著者の慨嘆ではないがまさに「なんというバカなことを」という思いがため息とともに出てくるのを抑えることができない。この読後感がずっしりと重くのしかかるのは、当時の軍部の重鎮たちの思考と決断が実は今の政治状況においても(皮肉なことに)脈脈と受け継がれているという思いを新たにさせられるからに他ならない。視野が狭くなっている時には、目先の人参にしか思いが至らないものである。これが避けられない人の短所であるならば、その視野狭窄を正すためには、その競争を客観視できる忠告者が欠かせないのであるが、人参に夢中になっている競争者にとって、一番腹立たしいのがこうした客観の存在であるというのも歴史は語ってくれる。それがときに峻烈な権力闘争のうねりとなるのだが、歴史を読む者にとっては、忘れがたき教訓の標となるのである。
 翻って現在の日本の指導者(と自負している)たちの権力闘争は、はなはだ茶番に近く、これでは「バカであることの」教訓にもなりがたいものではなかろうかと感じられる。職を賭するという気概の表明がこの本の時代と現在ではあまりにも違いすぎる。これはもう悲しいくらいのことで、今度の事件のために最早「職を賭して」という表現で、決死の覚悟を表明することはできなくなった。「安倍政権以降、職を賭することは茶番である」と誰かの名句をもじって言えるかもしれない。後世の歴史家がこのときの歴史を振り返って、あまりのバカさ加減のために執筆欲を失うようなことにならなければいいがと思う。

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パリ五段活用

 『パリ五段活用』(鹿島茂著、中公文庫)を読む。19世紀の世界都市パリを「食べる・飲む」、「かぐ」、「歩く」、「しのぶ」、「見る」、「買う」、「くらべる」の七部構成で解剖し、複眼的に再構成する都市エッセイである。最初手にしたとき、この目次でどうして五段活用なのかとはなはだ疑問だった。巻末をみるとさまざまなメディアに掲載されたエッセイを主題ごとに再構成したもので、「飲む」、「かぐ」、「歩く」、「しのぶ」、「買う」が五段活用だからと著者が言ったのを編集者が即座に応じて決まったという。なんとなくわかりやすいタイトルだけどやっぱり気になるな。
 それはさておき、随所にパリの歴史についての薀蓄が書かれてある。ネタ本は翻訳されている本も多いので、飛び切り珍しいという話題があるわけではないが、通読すると19世紀末というのは消費者としての大衆が出現するという歴史的な時期だったのだと改めて感じる。そしてそれを支えていたものが鉄道などの大量輸送機関であり、鉄骨による建築技術であり、工場による大量生産の技術であり、電信などの遠隔地への情報伝達技術であった。科学技術が社会基盤を激変させた革命的な時代だったのだ。そしてそれらが人々の意識を変えていった。進歩と回顧という相反する眼差しがこれほど鮮明に際立った時代もないのではないだろうか。
 たとえば海辺のリゾートというものがこの時期に誕生したことが紹介されているが、最初健康法として紹介された海水浴が、リゾートへと発展していくためには海辺の地への移動手段である鉄道の発達が不可欠だったことが指摘されている。最初に海辺のリゾートが生まれたのはディエップという地であったが、ブームにはならなかった。なぜなら、



「海辺のリゾート」というもののイマジネールを現実化するだけの社会的な基盤が整備されていなかったからである。すなわち、当時はまだ、鉄道が開通せず、また海辺の町への乗合馬車の便もごくわずかだったので、いかにスノッブといえども、これだけの距離を走破してまで、流行を追う気にはなれなかったのである。だが、一八四二年に鉄道がルーアンまで開通し、一八六三年にトゥルーヴィルへの直通列車が設けられると、ようやくこの問題もクリアーされる。
 こうして、風俗習慣の歴史の舞台に、「リゾート地の女王、トゥルーヴィル」が登場してくる。


あとは一寒村地が有名な避暑地へと様変わりしていくお決まりのコースであるが、面白いのは少年の時期にその地を訪れた将来の小説家がひと夏の素晴らしい経験を刷り込まれていることである。



 彼女はぼくを見つめた。ぼくは目を伏せて、赤くなってしまった。まったくなんという眼差しだろう! このひとは、なんて美しい女性だろう。(中略)毎朝、ぼくは彼女が水にはいるのを見にいった。水のなかの彼女を遠くから眺めては、やわらかなしずかな波をうらやましがったものだ。


このときの経験はのちに『感情教育』のアルヌー夫人として造形されるという。「避暑地の出来事」というなんとも誘惑的で甘美なイメージはこのようにして生まれていったのだ。そしてそのイメージができるためには鉄道が必要だったし、そのことを伝え拡げていくメディアが必要だった。このことを考えると、本書でも引用されているベンヤミンの洞察



モードも建築も、それが生きられている瞬間の暗闇の中に身を置いており、集団の夢の意識に属している。その意識が目覚めるのは-たとえば広告においてである。


も何となく合点がいくのである。
 インターネットで全世界と瞬時に結ばれ、世界中のあらゆる広告を目にすることが今や可能となっているが、それでも注入された欲望をもった頭は見られるショーウインドウや触れられる商品、歩かれる歩道を必要としている。それを実現できるのがまさに「都市」という聖地である。休日ともなると一斉に人は地方から鉄道などを利用して都市へと集まる。インターネットでたいていのものは手に入るにも関わらず、欲望の集積回路を実現するものとして都市という基盤がいまだに必要なのだ。

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贈与の文化史2

  16世紀のフランスにおける贈与についてのこの著作の中で、当時の大学では知識というものが神からの贈与であって、売買できるようなものではなかったと書かれていた。中世の修道院では、写本作業は賞賛に値する信心深い行為で、写本を貸与するのは慈善行為であったという。これは現在の私たちの感覚からすると大きく違う。専門的知識は大学で授業料を支払って買うものであり、教師は自らの努力で獲得した知識を売って、それに見合う報酬を得る。知識は売買という経済的回路にしっかりと組み込まれてしまっている。ところが当時の教会法は、建前として「教授たちに対して、報酬を受けたり、書き写したものを売ったりすることを禁じていた」という。まあそれでも『ルカによる福音書』の「働き人が、その報いを得るのは当然である」という一節を根拠として、報酬を受けることは正当化されていたという。建前と本音がうまく使い分けられていた節はあるものの、知識は聖霊の恵みで、あまり高く売るべきではないとされていたという。
 少し考えてみると、専門的知識や技量といったものはいくら自分が獲得したと言い張ってみたところで、もとはそれを教えてくれた人から譲り受けたものである。そしてそれを教えてくれた師も、その師からというように、知識は贈与の連鎖でなりたっている。自分は、わずかな独創をその膨大な知の宝庫に付け加えるだけであるといった方が正確だろう。そんなものを法外な値段をつけて売買するのは許されるのか。現代であれば、著作権に絡む報酬はどの程度が適正なのかという問いが問われる。
 印刷技術がまだ揺籃期にあった当時、書物は希少な知財であり、書物の所有者たちは「書物の所有権は、個人的なものであると同時に集団に属するものであって、神ご自身もいくらかの権利を有しておられるという考え方を継承した」。したがって「書物は謹呈されるのが最良で、正当な価格を超えて売ることがあってはならず、ましてや決して死蔵してはならなかった」。印刷技術が発展しても、書物の生産・売買は、ほかの商売ほど「金銭づく」ではないと見なされていたという。
 公共財と贈与との関連を教えてくれる興味深い史実である。こうした記事を読むとせっせと本を買うのは、何か浄財をしているような気分になる。読書という趣味は、悪徳ではないのだ。しかし買って溜め込んだ本たちを「死蔵」してはいけないのだ。なかなか難しいことである。
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贈与の文化史

 『贈与の文化史』(ナタリー・Z・デーヴィス著、宮下志朗訳、みすず書房刊)を読む。
 16世紀のフランスにおける贈与の特徴を論じた著作である。市場でみられる交換と贈与でみられる交換(互酬性)は、経済の発達により後者が前者に置き換わっていくわけではない。贈与の意味と用法は16世紀のフランスでいかなるものであったか。
 この時代は、贈与という点からみると、

 ラブレーの巨人たちが、武力よりも贈与の義務によって、多くのものを獲得できた時代なのであった。それはキケロの『義務について』とセネカの『恩恵について』という、贈与をめぐる古代ローマの偉大なるガイドブックが、陸続と刷られた時代であった。カトリックとカルヴァンが、人間は神になにを与えることができるのかをめぐって激しく論争した時代であった。国王が、自分の威厳を高めようとしながら、同時に国庫を満たそうとした時代であった。パトロネージのシステムが、より複雑になった時代であった。それは、親族たちが、財産を寄贈する最良の方法を探しまわった時代であった。農村においても、地域の市場が栄えて、リヨンの大市によって、生産物や信用を、ヨーロッパ中に流通させた時代でもあった。そしてまた「野蛮人」にプレゼントすべく、あのジャック・カルチエが、ナイフやガラス玉を船に満載して、地球の反対側に向かった

時代であった。著者は16世紀における贈与の特徴でもっとも重要なことは、「同じ身分の人々、あるいは異なる身分の人々のあいだの人間関係を和らげて、人々が自分たちだけで閉じこもらないようにすること」であったと指摘している。これはこの時代に限らず普遍的なことだろうと思うが、贈り物を受ければ、お返しをという心性があればこそ人間関係を開いたものにする力がそこに作用するからであろう。
 神の存在が大きな位置をしめていた時代なればこそと思うが、社会での水平移動的な贈与に加えて、神からの贈与とい垂直移動が重要な要素を占めていた。興味深かったのは、贈与と売買の関係の感覚、両者の境界の感覚が現在とは異なっていたことである。

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魅惑する帝国

 『魅惑する帝国』(田野大輔著、名古屋大学出版会刊)を読む。
 ナチズムによる政治の美学化について考察した著作である。「美しい国家」を目指したナチズムの淵源がロマン主義と深い関連があることは従来から指摘されていたが、両者の関係は多くの面で重なりながらも異質な存在であったことを指摘している。ファシズムは政治の美学化を推進するが、ロマン主義はこの流れを助け現状肯定的なイデオロギーとして作用する一方で、現実に対して醒めた批判意識を醸成したことを指摘している。
 労働者を中心とする「大衆という素材を民族へと形成する芸術的人間」だと自認していたゲッペルスはロマン主義の感傷を排し、「鋼鉄のロマン主義」を掲げた。古代ローマ帝国を範として現実の社会の中に「原初的空間」を現出させること、そして民族共同体の一体性を演出することが彼らにとって重要であったのである。ロマン主義のもつ現実逃避的で感傷的な側面は克服すべき欠点であった。そしてロマン主義のもつ民族主義的な要素は人種主義的イデオロギーと結びつく。
 国家という作品を創造する政治=芸術という営みはハイデガーがナチズムに期待した点でもあった(しかし同時にハイデガーの目指したものとナチズムの政治とは人間の道具的理性への批判的眼差しの有無という点で違いがあったと指摘されている)。
 しかしロマン主義は同時に現実逃避的な側面をもち、芸術の大衆化によってそれは通俗的なキッチュを生み出す。本書ではナチズムとは結びつかないそうしたキッチュのもつ批判的側面、抵抗的側面を指摘している。ベンヤミンがいう「芸術の政治化」による「政治の美学化」の転倒である。
 全体主義は大衆を動員して、国家を美化し英雄を作ろうとする。実際はブレヒトが『ガリレオの生涯』で喝破したように、英雄を必要とする国家は不幸なのである。キッチュはそんな尊大な国家を茶化し矮小化し、国家的権力を無力化する。風刺が厳重に取り締まられるゆえんである。「美しい国」などという空虚なお題目に対してはこれを冗談でしょうと笑い飛ばすことが正しい応対であり、それができるかぎり国民は健全なのだ。
 ナチズム政権下での大衆動員の歴史を書いた本と見て読み始めたが、ナチズムの美学を単純に否定することなく、その魅力を冷静に解剖しているところが評価できる。政治と芸術、権力と風刺などのことについて考えさせる非常に奥深い本であった。
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針の上で天使は何人踊れるか

 『針の上で天使は何人踊れるか』(ダレン・オルドリッジ著、池上俊一監修、柏書房刊)を読む。ヨーロッパ中世末期から近世にいたるまでのさまざまな歴史的事実の中で、現代の私たちからは摩訶不思議、荒唐無稽にしか見えない現象について、それがいかにその時代にあっては「合理的」であったかを説明した本である。表題の天使についての疑問も、天使という存在が人間と同じような肉体を所有しているのか否かという問題のひとつの応用問題である。天使は聖書においてさまざまな形で人間と交流している。肉体をもつ人間と交流できる存在である以上、なんらかの有形的な存在、すなわち肉体をもつであろうと考えることは、合理的である。天上では無形だが、地上に降り立つときだけ有形となるのか?そうだとすればこの有形の天使は眠ったり、食べたりするのか?セックスをするのか?したいと思うのか?疑問はつきない。
 大前提となっているのは、神は存在し、その下僕である天使も存在するということである。この枠組みの中で考察する以上そうした問題について何らかの解答をせざるをえない。
 私たちがこれらの問題に頭を悩ませていた過去の人々をあざ笑うことができるのは、そうした認識的枠組みを共有しておらず、神を必要としない科学的合理主義の世界観の方が数段優れているということを当然視しているからにほかならない。しかしどちらもこの世界(人間にとって不可思議なこの世界)を解釈しようとする真摯な営みであることにおいては同じである。その枠組みの中で事象を説明、解釈する以上すべては”合理的”になされなければならないのだ。いずれにせよ人間の恣意的な解釈の枠組みだとしていずれにもコミットしない立場は不合理で不誠実な態度なのだと思う。
 だからこの本に書かれているような突飛な事例は、あくまで現在の私たちにとって突飛なのである。監修者も同名の本を著しているが、「動物裁判」の事例も「裁判」という制度が今とまったく違った考えに基いている以上、こうした裁判もありなのである。私たちは、理性を備えた(自分で合理的な判断ができる)人間のみしか裁きを受けられないということを前提としている。だから合理的判断が可能かどうかという境界事例では、裁きにゆらぎが生じる。下は本書で紹介されている事例である。

一九九三年、リヴァプールで十歳の少年ふたりが幼児を殴り殺した。その後、ふたりは成人と同じ法廷で裁かれ、殺人罪で有罪判決を下された。(中略)少年たちの裁判には前近代の見世物のような「報復的残忍さ」があったと、モリソンは書いている。(中略)当時、少年たちはまれに見るほど大人びていると新聞が書いていたにもかかわらず、少年たちが大人と全く同じように自分たちの行動に責任を負えると思っていた人は、ほとんどいなかった。(中略)この単純な観察結果は他の状況でも明らかなのに、トンプソンヴェナブルズが殺人罪で有罪になったときは無視された。(中略)トンプソンとヴェナブルズの裁判からは、文化によって罪の負い方に対する考えが異なることも見て取れた。今日の大部分の西欧人にとって、豚が法律に違反したという考え方はとても受け入れられない。同様にイギリスの裁判のちょうど一年後に、トロンヘイムの町で六歳の少年ふたりが幼児を殴り石をぶつけて殺すという事件が起きた。ノルウェーの人々にとっては、子供たちに殺人罪を負わせるのは、とても考えられないことだった。ノルウェーの事件はイギリスのそれと非常に似ているものの、地元の社会は全く異なる反応を示した。(中略)罪の負い方に対する考え方は同時代であっても、場所によって、状況によって大幅に変わることがわかる。

受精卵はいつから人間になるのか、苦痛を感じることができる高等な霊長類に権利はあるのか、脳死を人の死と認めていいのかなど生命倫理で議論されるこうした問題も、実は中世のスコラ学者たちが天使について議論していたように、ある枠組みの中で世界をあくまで合理的に解釈しようとする営みであることには変わりがない。こんな珍奇なことが「あった」のだと面白がるのではなく、今現在でもこんな珍奇なことが「ある」のだと考えさせてくれるところに本書の意義がある。

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