人口学への招待

 『人口学への招待』(河野稠果著、中公新書)を読む。
 人口減少の危機が叫ばれること喧しきかぎりであるが、それを論じるにあたり基本的な知識を与えてくれる恰好の書物である。個人としての人は生まれて、一定期間生きたのち死ぬ。集団としての人はその個々人の生と死、人の移動によって成り立っている。集団としての人の数の推移を分析し、予測することが人口学demographyの目的であるが、著者も告白しているように「日本の将来の出生率の動向を正確に推測できる水準には達していない」のだそうだ。国連人口部長のタバ氏によれば「人口推計は科学的な労作というよりもアートである」とのこと。このアートによってどのような将来の日本像が描かれるのか。当面の予測によると日本の人口は減少を続け、65歳以上の人口割合は、2025年には30.5%、2050年には39.6%に達するという。2025年までの人口減少はまだ緩慢であり、その影響は軽微にとどまるそう(逆に言うと何らかの対策を打てる最後のチャンス)だが、2025年の時点でかかえる負の人口モメンタムによってその後急速に減少していくという。著者は「人口崩壊」と名づけているが、これはいわば日本人という種の絶滅への道だろう。野生動物と同じく一定の数を割り込むともはや自然のままでは回復は望めないのかもしれない。
 著者は人口減少がむしろ好ましいとする楽観論についても言及し、時期によってはそうしたこともありうるが、期間は短いと述べている。確かにそうだろう。
 歴史的にみて、死亡率が低下することによってなぜ出生率まで低下してくるのか。単純そうに見えるがこの疑問についても確乎とした答えはなく、対立学説があるというのも驚きである。死亡率の低下がとにかく究極的原因とする考え方に対して、社会経済的要因が根柢にあるとする考え方がある。本書を読む限りでは、後者の考え方の方が現在の日本に当てはまるような気がする。子どもをつくるという長期的投資についての費用対効果の考え方が変わってきているのだろう。苦労はしても子宝を授かる方が幸せであるという伝統的な価値観は大きく揺らいでいる。また女性、しかも限られた年齢の女性しか子どもをつくれないという生物学的制約に加えて、女性の避妊というのも小さくない要因であることが指摘されている。女性を「産む機械」と表現した某大臣は辞職に追い込まれたが、「機械」という表現が不適当だったのか、「産む」すなわち産んで当然という表現が不適当だったのか。男性に従属させられ子どもを産んでこそ女性という全うな機械であるという考え方が非難されたとすれば、この国では明らかに女性の少なからぬ割合が産まない人生を選択しているのだろう。
 いろいろと考えさせられることが多い本である上に、生命表や合計特殊出生率、人口置き換え水準の意味、期間出生率とコーホート出生率の違い、安定人口モデルなど基礎もしっかり教えてくれる良書であると思う。
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ヒトは食べられて進化した

 『ヒトは食べられて進化した』(ドナ・ハート、ロバート・W・サスマン著、伊藤伸子訳、化学同人刊)を読む。
 本書は人類の祖先をMan the Hunter(狩るヒト)ではなく、Man the Hunted(狩られるヒト)として捉えるほうが正しいと主張する。すなわち人類は他の動物たちの捕食の危険に曝されながら、それをうまく回避して子孫を残すように進化してきたのだというわけである。この説によれば、私たちの脳の進化も標的をうまくしとめるためではなく、うまく逃げおおせるために役に立ったというわけである。
 傍証として著者らは、ヒトを捕食する動物種がいかに多いかを説明する。トラやヒョウはむろんのこと、クマ、ハイエナ、ヘビ、ワニ、猛禽類などが猿やわれわれの祖先を餌にしている(いた)ことを説明している。これが本書の一つの中心である。この部分で紹介されている剣歯ネコという種は初期ヒトと共存しており、彼らはヒトを捕食していたという。その証拠として例えば、ノタルクトゥスという霊長類の頭蓋骨の化石にあいた穴は、ウルパウスという捕食者の歯にぴったりと符合することをあげる。大型ネコ科が大きな口を開けて、初期ヒト科の頭に齧り付いている様子が骨格を透視する形でイラストとなっており、説得力を感じさせる。ヒトが殺しあってあいた穴ではなく、捕食されていた証拠だというわけである。
 こうした並み居る敵たちに対して、我らが祖先は、どうしたであろうか。現在サバンナに生息するパタスモンキーは、相手の予測できない動きをとったり,小さな集団が広い範囲に分散したり,夜間出産する多くの霊長類に反して日中の出産するなどの戦略をとるという。ヒトの祖先は、身体の大型化、群れを作る社会性の形成、認知能力の向上、逆襲攻撃を対捕食者戦略としてとっていたと著者らは推察する。そして二足歩行や言語はヒトとなってから進化したものだろうと仮説を述べる。
 こうした特長が捕食者から逃れるのに役立ったのは確かだろうが、なぜヒトではここまで脳が進化し、言語が発達したのか、そしてそれは捕食という淘汰圧と必然的な関係があったのか、そのあたりはどうも説得力に欠けるように思う。
 ヒトをHunterとして理解する思考様式は、著者によるとキリスト教的原罪思想に関係しているという。しかし科学の仮説というのは、ある一定の思考パターンの延長や類推や逆転によって生まれる(ダーウィンの自然選択理論然り)から、その源がどこにあるかということで直ちにその科学的仮説を偏見だと断罪することは誤りだと思う。問題はそうした仮説が根拠なく社会へと適用されるところにある。

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プラスチック・ワード

 『プラスチック・ワード』(ウヴェ・ペルクゼン著、糟谷啓介訳、藤原書店刊)を読む。
 内容が空虚でありながら政治や社会に蔓延し、日常言語の姿を歪曲している言葉を「プラスチック・ワード」として、その警鐘を鳴らす本である。著者はこの語の30にのぼる特徴を列記している(p68)。

 A1 話し手にはその語を定義する力がない
    2 その語は表面的には科学用語に似かよっている。それはステレオタイプである。
   3 それは科学に起源をもつ。
   4 ある領域から別の領域へと移し変えることができる。その限りではそれはメタファーデである。
   5 科学と日常世界の間の目に見えない結び目をつくる。
 B6 きわめて広い応用範囲(使用領域)をもつ。
  ・・・・

全部列記するのは控えるが、著者は一見科学的に見えながら歪曲されたコノテーションをもつ言語が無批判に流通する現状を憂えている。単純な科学批判ではなく、科学の領域で定義された用語がいい加減な形で日常生活で使われること、すなわち科学的用語の勝手な転用を問題としているようだ。ことばを「階層化し植民地化する」と批判していることからハーバマスに影響を受けているようだ。
 日本で言えば政策を提言するときの官僚の作文のなかに鏤められている外来語や専門用語がまさにこれにあたるだろう。政策を実行する側が知を握っており、無知な民衆を従わせ、家畜化するための衒学的な用語である。
 著者は、科学の概念自体ではなく、その転用において、それを担当するエキスパートたちを批判している(p188)。

 科学はこれからもますます専門化していくし、専門用語はさらに増えるだろう。それを理解しやすいように簡約化することと、誤りやすい比喩によってわかったかのようにすることとは全く違うのだということを抑えておくことが必要だろう。著者は、「アイデンティティ」、「セクシュアリティ」、「エネルギー」、「インフォメーション」、「コミュニケーション」などのカタカナ語や「発展」、「輸送」、「近代化」などをあげている。
 自然を制御するという欲望が続くかぎり科学の営みは終わることはないだろう。そしてそのことによって偶然によって弄ばれることが少なくならば、科学への要請は止むことはないだろう。著者がこの中でトクヴィル(『アメリカのデモクラシー』)を引用して指摘しているところは、重要だと思われる(それにしてもトクヴィルの洞察力には敬服する)。

 民主的な国民は、類を表わす用語や抽象的な単語を熱烈に好むものである。なぜなら、これらの表現は思考を広げてくれるからであり、少ししかない空間に多くの事物を封じこめることによって、知性のはたらきを助けてくれるからである。(中略)

 民主的な言語のなかにあるふれている抽象語、いかなる特定の事実にも付着させずにあらゆる話題に用いられるこうした抽象語は、思考を肥大化させ、思考に蔽いをかける。抽象語は表現の速度をますます増大させ、観念の明晰さを減じる。しかし、ことばに関していえば、民主的国民は労苦よりも曖昧さを好むものである。
 そもそもわたしは、民主的国民のもとで話し書く人々にとって、こうした曖昧さが密かな魅力となっているのではないかと疑っている。(中略)
 ・・・民主的な国々に住む人々は、足場がさだまらぬ思考をもつことが多い。彼らには、それを閉じ込めるための巨大な表現が必要なのである。今日言い表した観念が、明日に到来するであろう新しい状況に合致するかどうかがわからないのだから、自然と抽象語への嗜好を抱くようになる。

 訳文について感じたが、著者が問題のプラスチック・ワードとしてあげている「発展」という用語は、ドイツ語では「Entwicklung」なので、ここは著者が科学的用語からの転用を問題視している文脈に照らすと、日本語に訳すならば「進化」としたほうが適当ではなかったかと思われる。日本でもこの用語は生物学で使用される意味を全く無視して濫用されているのは周知のとおりである。

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シャンパン 泡の科学

 『シャンパン 泡の科学』(ジェラール・リジェ=ベレール著、立花峰夫訳、白水社)を読む。著者は、ランス大学の醸造学研究所で学位を取得した同大学の助教授である。シャンパンの神秘的な泡について専門的立場から、その性質を平易に説明してくれる。シャンパンの泡は、注がれたグラスの内部の傷や凹凸から生まれるという説明(これはソムリエの人から聞いたのだが)を信じていたが、実はそうしたところで泡は生成していないということを本書で初めて知った。ガラスやクリスタルの傷や凹凸における湾曲面の臨界半径は気泡生成に必要な最低の長さよりもはるか短いというのだ。泡は、グラスの内面に付着している不純物から生成するのだという。だからいかなる不純物も付着していない完璧にきれいなフルートグラスにシャンパンを注いでも泡は全くたたないのだ。これは実際に実験され証明されているという。
 フルートグラスから立つ泡は、小さい方がエレガントで美しく、熟成されたシャンパンほどそうだといわれるが、これも物理学的に説明できる。
 泡は浮力によって上昇するにつれて過剰な二酸化炭素分子がどんどん泡に引き寄せられ、成長していく。上昇して泡が大きくなると浮力も大きななる。では宇宙空間ではシャンパンの泡はどうなるか。また太陽系では最も小さくてエレガントな泡ができるのはどの惑星なのか。ビールとシャンパンの泡の挙動が違うのはどうしてか。こうした興味深い疑問にもやさしく答えてくれる。
 目の前の一杯のシャンパンからこんなにエキサイティングな科学が語れるというのは実に楽しい。シャンパンを飲みながらであればもっと楽しいだろう。
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昭和史 戦後篇

 『昭和史 戦後篇』(半藤一利著、平凡社刊)を読む。
 戦前篇につづいての読書である。時代の移り変わりをこうして読んでいると、状況はその時々で違っても人間の思考や行動は似たようなところがあるものだということを思い知らされる。これが優れた点が似るならば、歴史は「進歩」するのであろうが、残念ながらそうではない。順風満帆に進んでいるときは、未来はすべて自分の思い通りになるものだと驕慢になり、絶望の淵に落とされたときには理性は曇ってしまうのが人の常なのだろうか。
 戦後の混乱期の記述を読んでいると、なおさらこの思いが強くなる。そして時代は変わっても似たようなことは起こるものである。GHQの占領下におかれたとき、1945年9月11日主要戦犯容疑者39人の逮捕指令が発せられた。この日、太平洋戦争の最高責任者の一人である東条英機元総理大臣兼陸軍大臣兼参謀総長が自決未遂をした。ピストルで胸を撃ったそうだが、未遂に終わってしまうという醜態を演じた。本書では、この件について高見順氏の日記のコメントを紹介している。

作家の高見順さんが日記に書いていることが、おそらく多くの日本人の感想だったと思います。
 「なぜ今になってあわてて取り乱して自殺したりするのだろう。そのくらいなら御詔勅のあった日に自決すべきだ。醜態この上なし。しかも取り乱して死にそこなっている。恥の上塗り」
東条さんには悪いですが、こういう感情をおそらく皆がもったでしょう。いわんや陸軍大臣として「戦陣訓」を発令した人です。そこに曰く、「生きて虜囚の辱めを受けず」と。日本人はこのとき本当にがっかりした、という記憶が強く残っています。

指導者の引き際というものは後々までに語り草になるのである。翻って今の状況もそのスケールは著しく矮小だが似てはいないだろうか。先の参院選で自民党は一敗地にまみれた。このときに指導者は身を引くべきではなかったのか。所信表明演説をした後に、「なぜ今になってあわてて取り乱して」辞職するのか。そのくらいなら選挙結果が分かった日に辞職すべきであったろう。かつて一国の指導者として「美しい日本」を掲げた人なのに、「醜態この上なし」。ことは日本国内の問題だけではない。状況は違ってもそのときにどう判断すべきなのか、歴史はきちんと教えてくれている。

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昭和史 1926-1945

 『昭和史 1926-1945』(半藤一利著、平凡社刊)を読む。
 半藤節による昭和史連続講義をまとめた本である。本の帯には「決定版!!語り下ろし」とある。本を手に取ったとき、この「語り下ろす」という言葉が何となく気になった。「書き下ろす」という言葉は知っていたが、この言葉にはあまり馴染みがなく違和感を覚える。最近インタヴューをして語った内容を専門のライターが筆記してまとめたものを出版したものが「語り下ろし」と銘打って本になるようだ。「下ろす」という意味には「製版、印刷に回す」というのが辞書に載っているので、基本的には原稿として新たに書かれたものが「下ろされる」のであろうが、「語り下ろす」という場合は、「語る」→「聞き取る」→「書きつける」→「出版」という手順を踏むのをまとめて「語り下ろす」というようだ。この場合「書き下ろし」という時に意味される「新たに」というニュアンスが含まれるのかどうか私にはよくわからない。その人の主張などはしばしば随所で表明されるものであるから、それをわざわざ「語り下ろす」として「新しさ」を強調することができるのかと思うのだが、どうやら新鮮さを売りにしようという出版社側の意図なのであろう。何を売るにつけ、この国では新鮮さが重要なのである。
 本の内容に入る前からずいぶん瑣末なことに拘るようであるが、本を手にしたときに買うかどうかを決める材料として意外とこうした瑣末なことが大事なことがある。私は書店でこの本を見たときに、どうもこの「語り下ろし」という言葉がひっかかって買うのを躊躇ってしまったのである。
 それはともかくそんなことは気にせず読んでみると、名講義録であり臨場感をもって読める。帯に気にせず買ってよかったという感想である。著者は昭和五年生まれであり、まさに少年時代を太平洋戦争下の空気を吸って成長している。この時代の空気を吸っていたというのが、「語り」には必要なのである。それにしても史実ではわかっていながら、この開戦から終戦までの過程の詳細を改めて聞かされると、著者の慨嘆ではないがまさに「なんというバカなことを」という思いがため息とともに出てくるのを抑えることができない。この読後感がずっしりと重くのしかかるのは、当時の軍部の重鎮たちの思考と決断が実は今の政治状況においても(皮肉なことに)脈脈と受け継がれているという思いを新たにさせられるからに他ならない。視野が狭くなっている時には、目先の人参にしか思いが至らないものである。これが避けられない人の短所であるならば、その視野狭窄を正すためには、その競争を客観視できる忠告者が欠かせないのであるが、人参に夢中になっている競争者にとって、一番腹立たしいのがこうした客観の存在であるというのも歴史は語ってくれる。それがときに峻烈な権力闘争のうねりとなるのだが、歴史を読む者にとっては、忘れがたき教訓の標となるのである。
 翻って現在の日本の指導者(と自負している)たちの権力闘争は、はなはだ茶番に近く、これでは「バカであることの」教訓にもなりがたいものではなかろうかと感じられる。職を賭するという気概の表明がこの本の時代と現在ではあまりにも違いすぎる。これはもう悲しいくらいのことで、今度の事件のために最早「職を賭して」という表現で、決死の覚悟を表明することはできなくなった。「安倍政権以降、職を賭することは茶番である」と誰かの名句をもじって言えるかもしれない。後世の歴史家がこのときの歴史を振り返って、あまりのバカさ加減のために執筆欲を失うようなことにならなければいいがと思う。

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自由とは何か

 『自由とは何か』(大屋雄裕著、ちくま新書)を読む。
 近代社会の前提である「自由な個人」という近代的自我を問い直し、その価値を考察する著作である。この近代的自我、人格というものは自然的存在では全くなく、虚構であることを著者は前提とする。ここで虚構だから意味がないのではなく、社会を作るルールとしてこの擬制は事実以上に重要であることを著者は強調している。功利的にみれば、そのような虚構を採用した方が社会にとって、また社会を構成する人々にとって効用が増大するのである。個人の自由というものもそうした擬制の中で考える必要がるわけだ。
 自由については、冒頭でミルの他者危害の原則、シュテルナーのエゴイズム、バーリンの自由論が要約される。個人の自由は他者の自由の侵害行為を排除して初めて成立すること、それはすなわち個人は他者にとっての潜在的自由の侵害者であることが確認され、積極的自由が権力によって歪曲される危険性が消極的自由に比べ高いことからバーリンは後者を称揚した。
 消極的自由が他者に対する故意の干渉によってしか侵害されないのなら、リバタリアニズムがいうような最小の政府が望ましい。自然や市場原理に任せておくのがいいということになろう。しかしそこには自由を奪う危険があると著者は指摘する。
 監視社会についての考察が続くのだが、レッシングの『CODE』から規制についての四つの手段(法・市場・社会規範・アーキテクチャ)が挙げられる。法や社会規範といった事後的に機能する規制に対して、アーキテクチャのように事前的に、支配されるという意識なくなされる規制システムについて著者は注意を喚起する。これは相互い排他的なものではなく、それぞれ一長一短があるのだが、私たちが自由を事前規制的なシステムから逃れることで得られるとするならば、それに対するリスクも引き受けねばならないことを著者は強調している。このあたりは監視社会を一方的に国家権力による悪であるとして、それへの抵抗を主張するような単細胞的議論には陥っていない点が評価される。
 次に自由であることの証が、問われれば個人が自分の選択・決定や行為を説明できること、それにより自らの選択と行為の責任を引き受けることと不可分であることが述べられる。

 たとえ自己決定なるものが事実として存在しないとしても、だからその帰結に対する責任を負わなくていいという結論がただちに導かれるわけではない。そうではなく、責任を負うときに・そのことによって私が「自由な個人」だと言うのかどうか、私が「自由な個人」であるという擬制を作り出すのか、それが社会において認められるのかどうかが問題なのだ。
 「自由な個人」だから帰結の責任を負わなくてはならないのではなく、責任を負うときに・そのことによって私は「自由な個人」になる。ここでは、自由と責任のあいだの因果関係が逆転しているのである。

 しかし自由な個人という擬制が現代社会においては弱体化しつつあり、それがアーキテクチャ的規制によって守られてもいるのではないかということ、またパノプティコン的監視という非・法的なものの内面化によって法の下に平等な個人が生まれることに著者は充分自覚的である。著者は「それでもなお、人々が自分のことを自律的な個人であると信じていることには相当の意味があるのではないか」と信じている。自分が自らの意志で行為したと感じられることは、やはり価値のあることだろうし、その意識があってこそ他者から承認される存在となりうる。

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マイケル・K

 『マイケル・K』(J・M・クッツェー著、くぼた のぞみ訳、ちくま文庫)を読む。
 舞台は内戦下の南アフリカで、先天的な口唇裂と知的な障害というハンディキャップを背負ったマイケル・Kは突然病院から退院を言い渡された母親を手押し車に載せてケープタウンを脱して内陸部の農場へと旅立つ。しかし途中で母親は死亡し、不条理な暴力や仕打ちに翻弄される。Kというイニシャルがあるせいか不条理な運命に弄ばれる主人公にはカフカの影が見える。しかしカフカの作品に見られるどこか陰鬱な感じに比べて、この作品ではどことない明るさが感じられる。その明るさは、人間の肉体と精神という限界の中での明るさではなく、もっとそれを超越した”明るさ”である。例えば主人公は一人農場へと戻り、納屋でカボチャとメロンの種子を見つけ、それを育てる。大地に撒かれた種子は芽を出し、実を結ぶ。

種子の世話をし、見守り、大地に食物が稔るのを待つあいだ、彼自身の食物に対する欲求はどんどん薄れていった。空腹感はまったくなく、ほとんど思い出せない感覚になっていた。見つけたものを手当たり次第口に入れたが、それは食べなければ肉体は死ぬという思いを払拭できなかったからにすぎない。何を食べるかは重要ではなかった。味覚は麻痺し、あっても土埃の味がした。
 この大地から食物が稔れば俺の食欲はもどる、その食物には固有の味があるのだからと自分に言いきかせた。
 山やキャンプの過酷な体験で、彼の身体には骨と筋肉しか残っていなかった。衣服はすでに、原形を留めないほどぼろぼろになって身体からぶらさがっていた。それでも自分の畑のまわりを動きながら、そんな肉体の状態に深い喜びを感じた。足取りは軽く、ほとんど地面に触れないくらいだ。これなら飛ぶことだってできる、肉体のまま霊魂にもなれそうだ。

Kはやがて稔ったカボチャを炭火で焙って食べる。二本の金串をカボチャに刺して裏返しては焼きながら突然感謝の思いが胸に溢れる。

あとは、残りの人生を、自分の労働によって大地から産み出される食べ物を食べて、ここで静かに暮らしていけばいい。土のように優しくなりさえすればいい。最初の薄切りを口に運んだ。ぱりっと焦げた皮の下、果肉は柔らかくたっぷりと汁を含んでいた。

やがてKはゲリラに食糧を供していたと間違われ逮捕され、栄養失調の診断で病院に収容される。しかしKは栄養物の瓶を押しのけ、まるで自分の食べ物ではないと言わんばかりに拒絶する。自らに合った食べ物がなかったために飢えて死んでいくカフカの『断食芸人』を思い起こさせる。治療を拒否するかのようにして姿を消していったKに対して主治医は独白する。

いったい彼らが何の役に立つ?荷を運ぶだけで大量に死んでしまうのが関の山ではないか?国家はマイケルズのような土を掘り返す者たちの背中に乗っているんだ。国家は彼らがあくせく働いて生産したものを貪り食い、そのお返しに彼らの背中に糞を垂れる。だが、国家がマイケルズに番号スタンプを押して丸飲みにしても、時間の無駄だ。マイケルズは国家の腹のなかを未消化のまま通過してしまった。

自由を求めていかなる状況でも生き抜いていく、それでいて執拗さよりも明るさがどこかに漂うKの姿は大地の泣き笑いを誘う。その一粒の涙が例えば物語の最後にKが井戸の底から組み上げる水である。

・・・以前はポンプがあったのに、目立つものが残らないよう兵士たちが爆破した場所を見て「水はどうするんだよ?」と不平を言ったら、彼は、マイケル・Kはポケットからティースプーンを、ティースプーンと長い糸巻きを取り出す。井戸の竪穴の端から砕石を取り除き、ティースプーンの柄を曲げてループを作り、そこに糸を結んでシャフト沿いに地中深くおろしていく。そして、それを引き上げるとスプーンのくぼみに水がある。こんなふうにしても人は生きていける、とマイケル・Kは言うのだろう。

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「かわいい」論

 『「かわいい」論』(四方田犬彦著、ちくま新書)を読む。日本で、特に女性がしばしば口にする「かわいい」という表現の意味をさぐりながら日本文化を考察した本である。まずはこのことばが「かはゆし」から「かほはゆし」という古語に遡ることができ、今昔物語に初出があること、そしてその変遷を辿りつつ印欧語やその他の言語においての差異をみると定石を踏む。その後に大学生に対してとったアンケートを紹介する。実はこの結果が面白い。月並みな(これが大学生かという)回答もある(のはもちろんだ)が、中にはなるほどというものもある。「かわいい」という言葉には両義性があるのだ。



彼(女)は「かわいい」という言葉がもつ魔術的な牽引力に魅惑されながらも、同時にそれに反撥や嫌悪をも感じている。「かわいい」ものに取り囲まれている日常を送りながらも、この言葉が意味もなく万事において濫用されていることに不快感を感じている。自分を「かわいい」とは思えないにもかかわらず、人から「かわいい」と呼ばれたいと思い、また不用意に「かわいい」と呼ばれることに当惑と不快感を感じもしている。


また「かわいい」の反対語を聞く設問に対する回答から、「美しい」との相違が浮かび上がる。「かわいい」は、「美しい」と違って、



神聖さや完全さ、永遠と対立し、どこまでも表層的ではかなげに移ろいやすく、世俗的で不完全、未成熟な何物かである。だがそうした一見欠点と思われる要素を逆方向から眺めてみると、親しげでわかりやすく、容易に手に取ることのできる心理的近さが構造化されている。「美しい」はしばしば触れることの禁忌と不可能性と結びついているが、「かわいい」は人をして触れたい、庇護してあげたいという欲求を引き起こす。それは言葉を換えて言うならば、支配したいという欲求と同義であり、対象を自分よりも下の、劣等な存在と見なすことにも通じている。


さらに「きもかわ」という新語によって「かわいい」のより深層が明らかにされるところが興味深い。これはなかなか理解に苦しむ単語という感じを受けるのは、「きもい」から「かわいい」か、「きもい」けれども「かわいい」かという論理的関係で解釈しようとするからで、実は「かわいい」という言葉の中にはグロテスクなものが内在しているのだ。「かわいい」という表現することによって無意識の底に抑圧されるものがあり、それが回帰してくるときに「きもかわ」として現れるというわけだ。

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パリ五段活用

 『パリ五段活用』(鹿島茂著、中公文庫)を読む。19世紀の世界都市パリを「食べる・飲む」、「かぐ」、「歩く」、「しのぶ」、「見る」、「買う」、「くらべる」の七部構成で解剖し、複眼的に再構成する都市エッセイである。最初手にしたとき、この目次でどうして五段活用なのかとはなはだ疑問だった。巻末をみるとさまざまなメディアに掲載されたエッセイを主題ごとに再構成したもので、「飲む」、「かぐ」、「歩く」、「しのぶ」、「買う」が五段活用だからと著者が言ったのを編集者が即座に応じて決まったという。なんとなくわかりやすいタイトルだけどやっぱり気になるな。
 それはさておき、随所にパリの歴史についての薀蓄が書かれてある。ネタ本は翻訳されている本も多いので、飛び切り珍しいという話題があるわけではないが、通読すると19世紀末というのは消費者としての大衆が出現するという歴史的な時期だったのだと改めて感じる。そしてそれを支えていたものが鉄道などの大量輸送機関であり、鉄骨による建築技術であり、工場による大量生産の技術であり、電信などの遠隔地への情報伝達技術であった。科学技術が社会基盤を激変させた革命的な時代だったのだ。そしてそれらが人々の意識を変えていった。進歩と回顧という相反する眼差しがこれほど鮮明に際立った時代もないのではないだろうか。
 たとえば海辺のリゾートというものがこの時期に誕生したことが紹介されているが、最初健康法として紹介された海水浴が、リゾートへと発展していくためには海辺の地への移動手段である鉄道の発達が不可欠だったことが指摘されている。最初に海辺のリゾートが生まれたのはディエップという地であったが、ブームにはならなかった。なぜなら、



「海辺のリゾート」というもののイマジネールを現実化するだけの社会的な基盤が整備されていなかったからである。すなわち、当時はまだ、鉄道が開通せず、また海辺の町への乗合馬車の便もごくわずかだったので、いかにスノッブといえども、これだけの距離を走破してまで、流行を追う気にはなれなかったのである。だが、一八四二年に鉄道がルーアンまで開通し、一八六三年にトゥルーヴィルへの直通列車が設けられると、ようやくこの問題もクリアーされる。
 こうして、風俗習慣の歴史の舞台に、「リゾート地の女王、トゥルーヴィル」が登場してくる。


あとは一寒村地が有名な避暑地へと様変わりしていくお決まりのコースであるが、面白いのは少年の時期にその地を訪れた将来の小説家がひと夏の素晴らしい経験を刷り込まれていることである。



 彼女はぼくを見つめた。ぼくは目を伏せて、赤くなってしまった。まったくなんという眼差しだろう! このひとは、なんて美しい女性だろう。(中略)毎朝、ぼくは彼女が水にはいるのを見にいった。水のなかの彼女を遠くから眺めては、やわらかなしずかな波をうらやましがったものだ。


このときの経験はのちに『感情教育』のアルヌー夫人として造形されるという。「避暑地の出来事」というなんとも誘惑的で甘美なイメージはこのようにして生まれていったのだ。そしてそのイメージができるためには鉄道が必要だったし、そのことを伝え拡げていくメディアが必要だった。このことを考えると、本書でも引用されているベンヤミンの洞察



モードも建築も、それが生きられている瞬間の暗闇の中に身を置いており、集団の夢の意識に属している。その意識が目覚めるのは-たとえば広告においてである。


も何となく合点がいくのである。
 インターネットで全世界と瞬時に結ばれ、世界中のあらゆる広告を目にすることが今や可能となっているが、それでも注入された欲望をもった頭は見られるショーウインドウや触れられる商品、歩かれる歩道を必要としている。それを実現できるのがまさに「都市」という聖地である。休日ともなると一斉に人は地方から鉄道などを利用して都市へと集まる。インターネットでたいていのものは手に入るにも関わらず、欲望の集積回路を実現するものとして都市という基盤がいまだに必要なのだ。

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