紅一点論

 『紅一点論』(斉藤美奈子著、ちくま文庫)を読む。
 アニメーション、児童向け伝記に登場する女性が男性の視点からどのように類型化されているかを論じた本である。紅一点というのは、男性の中に偶然紛れ込んだ女性一人というのではなく、本来男性だけで占められるべき組織であったところに、ある理由からその位置を占めることを許された一人の特別な女性という意味である。その理由は、女性が男性に勝るとも劣らない特別な能力をもっているか、男性の領分を侵さないことが明らかであるかである。
 著者は、こうした女性の類型を(1)魔法少女(女の子の国のヒロイン)、(2)紅の戦士(男の子の国のヒロイン)、(3)悪の女王(悪の帝国のヒロイン)、(4)聖なる母(脇役)に分類している。
 これは上に述べた紅一点となる理由という点から見直すと、男に伍する能力は、男性と同じ土俵で勝負するような能力である場合は、その女性は「戦士」として認められる。その能力が男性とは異質な能力である場合、「魔力」をもつ女性(=魔女)とみなされる。男性の領分を侵さない女性とは、年端のいかない少女か母としての女性であることになる。
 基本的に男性は自分と同等またはより優れた能力のある女性を認めたくない(社会における男女の機会均等を推進するのもそのルールを作るのが男性である限りにおいてである)から、そうした女性は、悪の帝国の戦士である場合は滅ぼされる運命にあるし、身内の場合は最後は非業の死を遂げる悲劇のヒロインになる運命にある。ライバルとなる心配のない女性は、一つは「かわいい」女性であり、ときには男性のセクハラも笑って許してくれるような女性である。もう一つは「やさしい」女性であり、男性のわがままを許してくれる母親のような女性である。「かわいい」、「やさしい」というのは、男性の世界では異質な原理であり、これは立派な一つの能力であり、男性からみて理解に苦しむほど優れている場合は「魔力」と呼ばれるし、ときには「聖なる」ものとして崇め奉られる。この類型の女性は自分の領分を守っている限りは男性にとって善なる存在だが、ひとたび身の程を忘れて男性の領分に侵入するようになると、前者は「悪女」といわれ、後者は「悪しき母(鬼婆)」となる。
 さまざまなアニメや女性の伝記においてそうした類型化がどのように描かれているかを著者はこれでもかというばかりに暴いていく。それは読んでいて思わず相槌をうったり、笑ったりしてしまう。
 同様に男性のアニメキャラクターにも女性からみた幻想は反映されるはずだからこれはおそらくお互い様である。
 そしてどんな男性および女性もそうした類型にぴったりとあてはまるような人はいないから常に男女の理解はすれ違いを続けるのだろう。

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