優れたリーダーとはどんな人のことなのでしょう。みんなを自分の理想へ引っ張っていくのがいいのか、あるいは、みんなの意見を集約してより良い方向へ導くのがいいのか。私は学生の時分、部活動で主将を任されたことを機に、リーダーとしてあるべき姿を常に考えるようになりました。それは年齢を重ね、社会人になった今でも変わっていません。
『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』(梯久美子著、新潮社、2005年)は、太平洋戦争末期に大本営から硫黄島の死守を任された陸軍中将栗林忠道の評伝です。栗林たちの守る硫黄島が占領されると、日本本土は連日のように爆弾の雨にさらされてしまう。総勢2万人(そのほとんどが一般からの応召兵)のリーダーとなった栗林は、硫黄島の地下20メートルにアリの巣のような通路を張り巡らせ、いわば島全体を要塞化して決戦に臨みます。決戦前、栗林は硫黄島を隅々まで見て周り、地形を掌握するとともに、戦の準備をする部下たちの姿を見れば、積極的に声をかけて士気を落とさぬよう努めました。また、作戦内容や心構えを全員にメモさせて共通認識を持たせ、特に無謀な突撃、すなわち「バンザイ突撃」を禁止します。そして、いざ戦闘が始まると、彼の部下たちは大いに奮闘し、栗林は頻繁に感状を出して、本人やその家族に報いています。
栗林の姿勢として一貫しているのは、作戦の遂行のために部下たちの心に寄り添うということです。彼が寄り添っていたのは、部下だけではありません。決戦前に、自分の家族にもたびたび手紙を送って、妻や子供たちの心にも寄り添いました。優れたリーダーとは、自分の理想へ引っ張ったり、みんなの意見を集約したりする以前に、こうした心を持つことが大切なのだということを学びました。また、島の地下要塞化や突撃禁止など、栗林が極めて合理的な思考の持ち主であったことがわかります。今の私は美術館において中間管理職のような立場であり、リーダーとして求められることはそれほど多くはありませんが、今後のあるべき姿として、栗林忠道のことは忘れずに居たいものです。
『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』(梯久美子著、新潮社、2005年)は、太平洋戦争末期に大本営から硫黄島の死守を任された陸軍中将栗林忠道の評伝です。栗林たちの守る硫黄島が占領されると、日本本土は連日のように爆弾の雨にさらされてしまう。総勢2万人(そのほとんどが一般からの応召兵)のリーダーとなった栗林は、硫黄島の地下20メートルにアリの巣のような通路を張り巡らせ、いわば島全体を要塞化して決戦に臨みます。決戦前、栗林は硫黄島を隅々まで見て周り、地形を掌握するとともに、戦の準備をする部下たちの姿を見れば、積極的に声をかけて士気を落とさぬよう努めました。また、作戦内容や心構えを全員にメモさせて共通認識を持たせ、特に無謀な突撃、すなわち「バンザイ突撃」を禁止します。そして、いざ戦闘が始まると、彼の部下たちは大いに奮闘し、栗林は頻繁に感状を出して、本人やその家族に報いています。
栗林の姿勢として一貫しているのは、作戦の遂行のために部下たちの心に寄り添うということです。彼が寄り添っていたのは、部下だけではありません。決戦前に、自分の家族にもたびたび手紙を送って、妻や子供たちの心にも寄り添いました。優れたリーダーとは、自分の理想へ引っ張ったり、みんなの意見を集約したりする以前に、こうした心を持つことが大切なのだということを学びました。また、島の地下要塞化や突撃禁止など、栗林が極めて合理的な思考の持ち主であったことがわかります。今の私は美術館において中間管理職のような立場であり、リーダーとして求められることはそれほど多くはありませんが、今後のあるべき姿として、栗林忠道のことは忘れずに居たいものです。