学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

前橋文学館へゆく

2019-03-05 21:23:56 | 展覧会感想
アーツ前橋から北へ少しばかり行くと、広瀬川という小さいけれど勢いのある川が見えてきます。その川沿いに建っているのが前橋文学館で、ここは前橋出身の詩人萩原朔太郎の資料を有しているところです。

萩原朔太郎(1886‐1942)は、口語自由詩という新しい表現方法を芸術的な域にまで高め、特に詩集『月に吠える』の斬新さによって一躍世に知られることとなった近代を代表する詩人のひとりです。私は萩原の詩がとても好きで、時折本棚から詩集を引っ張り出してきては繰り返し読んで楽しみます。その萩原の詩を楽しむには、大なり小なりとも声に出して読むことをお勧めします。彼は詩と音楽の関係性をとても意識していて、その詩の音を口に出し、耳で捉えることで、日本語の軽快なリズムがとても心地よく感じられるのです。私は『月に吠える』も好みですが、文語体による『純情小曲集』も好きです。私が思うに文語体であれ、口語自由詩であれ、彼は言葉の使い方にとても敏感であったのでしょう。

前橋文学館は、3年前に朔太郎の孫にあたる朔美氏が館長となって、以来、さらに積極的な事業展開を行うようになったようです。私も5、6年ぶりに文学館を訪れましたが、まず1階にbarができ、新しいミュージアムグッズも売られ、さらに企画展示室にある大きな詩集のオブジェに耳を当てると、作家(詩人の中本道代さん)の声でご本人の詩が朗読されるという面白い仕掛けがされていました。

文学館というのは、展示の仕方がとても難しい。博物館や美術館なら、ある歴史的事項や表現方法を作品や資料でお客様の視覚に訴えることができるけれど、文学館はそうはいかない。というのは、本や原稿をただ並べただけではお客様が小説や詩を理解したことにはならないし、かといって、会場内で小説や詩を読んでもらうわけにもいかない。ゆえに前橋文学館のように、視覚だけでなく、触覚や聴覚を使って楽しめる展示方法は面白いアイディアであると感じました。

ここは私の好きな文学館のひとつで、これからの活動を1ファンとして応援していきたいし、これからどんな活動をしてくれるのかとても楽しみにしています。
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「闇に刻む光 アジアの木版画運動」展を観る

2019-03-04 19:21:59 | 展覧会感想
群馬県は前橋にあるアーツ前橋では「闇に刻む光 アジアの木版画運動」展が開かれています。私たちが子供のころに学校の授業で親しんだ木版画というものは、版さえあれば絵や文字を複製することができる特長を持っています。そうであるなら、マス・メディアのひとつになりえますね。この展覧会では、1930年代から今日に至るまで、資本主義によって生み出された社会のひずみを、木版という媒体がどのように訴え、そして広がっていったのかを示したものです。これはとても大きな主題であり、よって展示されている作品の数も400点に近く、かなり見ごたえがありました。

まず、魯迅が中国での木版画教室に日本人を招き、その技術を同志に広めてゆくところから始まります。木版画は、経済活動という名において労働力を摂取し、そして摂取される者との関係をあぶり出し、その死や暴力、略奪は、おそらく印象を強く残したいという意図をもって、木版の墨摺りのみで強く訴えかけます。それは同じ木版でも、権力者への反発心を「見立て」で茶化した江戸時代の浮世絵とは迫り方が全く違うものです。この社会の問題を訴える木版画は、時代に寄り添い続け、やがてベンガル、インドネシア、シンガポールなどの世界へ広がっていきます。

会場を進むにつれ、木版画が人間の精神をよく表し、そしていかに強く訴えるものかを知るとともに、1930年代から続くこうした資本主義経済の問題は、今も根深く残っていて、これはつまり人を奴隷のように扱うブラック企業や、外国人労働者を低賃金で雇い長時間労働を命ずる一部の会社など、我々は何も変わっていない社会に居ることを実感するのです。木版画を通し、現代の文明というものは一体何なのか、私はつくづく考えさせられたのでした。

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「松本竣介 読書の時間」展を観る

2019-03-03 20:42:29 | 展覧会感想
群馬県は桐生の大川美術館へ行ってきました。ここは、水道山の中腹にある、眺めの良い美術館です。以前、ブログでも紹介しましたが、現在、「松本竣介 読書の時間」展を開催しています。

この松本竣介という洋画家は、東京の生まれですが、父の都合で少年から青年時代まで岩手県盛岡に居り、その経緯から彫刻家の舟越保武とも深い付き合いがありました。ゆえに、岩手県立美術館でも郷土の作家として松本竣介を扱い、私はそこで何遍も松本の作品を見ているせいか、彼は岩手県の作家であるという印象が強いのです。展覧会では、よく本を読んだという松本の蔵書を紹介しています。

松本は900冊近くの蔵書を有していたと云われますが、実際の会場に有るのはそのうちの数百冊。それらを一見するに、和洋問わず、小説、詩集、哲学、画集を持っていて、さらに殆どが近代の作家で占められていました。松本が特に愛した小説家は宮沢賢治だと云われ、もしかしたら岩手県が舞台となる、その世界観を通して、少年、青年時代を過ごした懐かしき郷里に想いを馳せていたのかもしれません。松本は本を大切に扱ったそうですが、ときどきペンで書き込みもしていて、展示もされていましたが、本と向き合う松本の息遣いが聞こえてくるようでした。

これらの本がどれだけ滋養となって、作品制作に反映されていったのでしょう。とても知ることはできないけれど、海外へ留学をしていない彼が日本で洋画を描くうえでのヨーロッパの精神性というものを本から学び得たのかもしれません。本を通して、作家の精神性に迫ろうとする企画はとても面白いものでした。
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