学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

石牟礼道子『苦海浄土』を読む

2020-04-22 18:46:12 | 読書感想
今年の東京オリンピックは中止となりましたが、新型肺炎拡大の前まで、国内はオリンピックの話題で沸騰していました。1964(昭和39)年の前回大会から56年ぶりの自国開催となる予定でしたから、それは無理もありません。1964年という過去を振り返るとき、日本はまさに高度経済成長期の真っただ中にいました。この時代を知らない世代である私には、まったくピンときませんが、確かに好景気に沸いた時代であったのです。しかし、そうした一方で、人間の命を脅かす公害という大きな問題が出てきていたのでした。

この時期の、特にひどい公害を、いわゆる四大公害と呼び、そのひとつが熊本県水俣市沿岸部で起こった水俣病です。企業が有機水銀を含んだ排水を海に流し、それによって汚染された魚介類を食べた人たちが病にかかったのです。石牟礼道子『苦海浄土』(藤原書店、2016年)は、その水俣病に長年関わった著者の取材に基づくノンフィクションです。しかし、それは淡々と事実を列挙するようなノンフィクションの手法では書かれていません。そこには文学的な手法が使われ、水俣地方の自然のありかた、その地方に生きる人たちの方言、長文にわたる行政や裁判、病院の記録文書の挿入、などが盛り込まれています。この手法によって、この水俣病という事柄が、鋭い槍のようになって私たちの心に突き刺さるのです。いかに言葉が強い力を持つのかがわかります。

「進歩する科学文明とは、より手の込んだ合法的な野蛮世界へ逆行する暴力支配をいうにちがいなかった。」

こういう言葉に対して、私はどう答えたらいいのかわかりません。科学文明が世の中を便利に、豊かにしたことは間違いありませんし、私もその恩恵を享受しています。でも、果たしてこの世の中の在り方が正解だったのでしょうか。現在、海の汚染といえば、プラスチックごみが大きな問題になっています。細かく砕かれたこのごみを取り込んだ魚介類を食べれば、それが人体にも蓄積されることになる。約50年前の水俣病が、現在の事柄とリンクすることに、私は背筋に冷たいものを感じるのです。
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