学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

ある先生との思い出

2019-10-18 21:38:58 | 仕事
作家が亡くなっても、その作品は生き続ける。先日、とある美術館へ出かけたとき、かつて私がお世話になり、5年ほど前に亡くなられた先生の作品が4点ほど展示されていたのを見かけた。そこには創作ノートも展示してあり、抽象表現に関する先生の私見が達筆な字と図によって、隙間なく綴られていた。思わず先生の顔が頭に浮かぶ。

先生と初めて会ったのは、10年程前だった。ある作家の展覧会を開催するため、その調査で先生のところへ伺ったのである。もうすでに80歳を越えていらして、足元のおぼつかないところはあったが、とても達者で、ご自宅を訪ねるたびにその作家のことや一緒に活動してきたことの思い出を話して下さった。ご自分の作品のことはあまり語らなかったが、ときどき私に作品を見せて、どんなことを感じるかをお尋ねになることがあった。そのとき、「私の絵はどんな風に感じてもらっても構わない。どう見えるか、絵の見方は人の勝手です。」とおっしゃっていたことを思い出す。先生は、よく近所のお店へカツレツを食べに連れて行って下さった。先生の好物がまさにカツレツらしい。80歳を過ぎているとは思えないほど、食欲が旺盛であった。

最後に話をしたのは電話越しである。「あなたは引っ込み思案の性格だが、いつまでもそれではいけない。どんどん前へ出て、積極的に仕事をすること。自分にはちょっと困難な仕事だと思っても、あなたならこなせるはずだから自信を持って。」とアドバイスを頂いた。この言葉は今でも私の心の支えになっている。学芸員の仕事が、先生と私とを結び付けてくれた。先生のお墓は、見事な桜で美しく彩られるお寺の一角にある。ときどきお墓参りに行って先生に手を合わせる。この仕事に就いて本当に良かったと思う。
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