学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

志野と瀬戸黒

2019-10-04 18:08:36 | 展覧会感想
学生時代、何気なく入ったお店の棚に、湯呑が大切に飾られているのを見かけた。それは燃え上がるような真っ赤な色をしていて、私が普段使いをしている湯呑とは明らかに違うものだった。値段を見ると2万円とある。私は家に帰ってからも、翌日になってからも、その湯呑のことがどうしても忘れられなかった。その湯呑を何としても手に入れたい。それから、せっせとアルバイトをして、数か月後ようやくその湯呑を買い求めることができた。学生の買い物にしては不相応なものだと思ったし、湯呑にそれだけのお金を使ったことで親からも驚かれたが、以来、私の大切な湯呑となった。あとになって、それは志野焼という焼物であることを知ったのである。

いまサントリー美術館で「黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部 美濃の茶陶」展が開催されている。主に16世紀から17世紀にかけ、美濃で作陶された焼物がずらりと並んでおり、十分に見ごたえがある。見ごたえがある、というのは、茶器1点1点に言葉に尽くせない素晴らしさを感じることのほかに、その茶器がどういう歴史をたどってきたのか、という物語性にまで追及しているところにある。人間の寿命は長くても100年、だがこれらの茶器は400年、500年の長い道のりを歩み、その間、茶器に魅了された多くの人たちが大切に守り続けてきた。本当に良いものというのは時代を越えると言われる。今日でも通用する造形と装飾、そこに歴史の重みが加わるとき、これらの茶器に自然と頭を下げたくなる。

かつて私は真っ赤な志野焼に心が惹かれた。だが、人間の趣向は移り変わるものである。この展覧会を見てから、瀬戸黒の言い知れぬ美しさに魅了されている。家に帰ってからも、翌日になってからもどうしても忘れられない。これは学生時代とまるで同じである。瀬戸黒のことをもっとよく知りたい。展覧会をきっかけにして日頃の楽しみなことがひとつ増えた。これは嬉しいことである。