学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』を読む

2009-08-10 18:50:36 | 読書感想
著者エミール・ゾラ(1840~1902)は、19世紀後半に活躍したフランスの作家です。

『ボヌール・デ・ダム百貨店』は、ゾラが43歳のときに発表した百貨店を舞台にした小説。ごく簡単なあらすじを紹介しますと、主人公ドゥニーズ(女性です)は両親を亡くし、二人の弟たちを連れてラシャ商の叔父の下へ身を寄せます。ところが、その町は「ボヌール・デ・ダム百貨店」が大勢力をはっており、どの個人商店も勢いに押されて破産寸前。叔父も苦しい経営を余儀なくされており、ドゥニーズはそんな叔父に同情しながらも、百貨店に魅せられて…。商業、恋愛、欲望など様々な要素を込めた読み応えのある小説です。

百貨店の登場によって、個人商店が苦戦を強いられるようになる構図は、消費社会である日本とて同じこと。それが120年前、すでにフランスで書かれていたことに驚かされました。ゾラは倒産していく個人商店に対し、百貨店の登場は果たして我々にとって本当に良いことなのかと疑問を投げかけているかのように思えます。しかし、一方で百貨店の登場を否定してもいません。ドゥニーズが、百貨店を恨む個人商店の経営者に向かって「百貨店は商業形態が発展した新しいかたちであり、全否定することはできないでしょう」と冷静な言葉を述べている点が印象的でした。

そうして現在に目を移すとどうでしょう。私は商業の素人ですが、ニュースを見る限り昨今百貨店はかなりの苦戦を強いられているようです。日本全体が不景気で、人々が消費より貯蓄を優先しているという背景があるのだと思いますが、これをゾラが見たらどう小説に書きますでしょうか。かつて無敵を誇った百貨店がしだいに苦戦していく、ということはドゥニーズの述べた言葉を借りれば、今まさに何か百貨店に代わる新しい商業形態が生まれんとしているのでしょうか。はたまた、今はただ100年近い戦いのせいで休息をしているに過ぎないのでしょうか。どちらにしろ、時代の先を読むのは難しいものがあります。

この小説は、切り口次第で様々な読み方が出来そうです。長編小説ですが、読者を小説にぐいぐいと引き込む魅力を持った本です。この夏、ぜひオススメの一冊です。

●『ボヌール・デ・ダム百貨店』(伊藤桂子訳 論創社 2002年)